いつか旅立つ日まで 〜6〜 |
里帰りした翌日から。・・・・・・まあ、予想はしていて、案の定、その通りだっ たわけで。 あたし達三人は、姉ちゃんによってこき使われていたのだった。 「あー、・・・・・・重い」 思わず呟きもらせば、ロナが心配そうな目であたしを見上げてくる。 「リナママ。僕、もう少し荷物持ちますよ?」 「あ、大丈夫、大丈夫。ありがと、心配してくれて」 そう言うロナだって、そりゃあたしに比べれば少ないものの、けっこう荷物を持っ ているのだ。 これがガウリイなら、喜んで持ってもらうのだが―――さすがに、ロナにそれをさ せる気にはなれなかった。 「ロナこそ、大丈夫?」 「平気です。僕、男の子ですから」 女の子そのものの顔で、ロナはそんなことを言う。 う〜ん・・・・・・頼もしいなぁ。外見はこれでも、やぱり男の子とでも言うべきか。 ま、ロナも可愛いのなんて今だけで・・・・・・大きくなれば、母親なんて疎まし いだけになるのだろうけど。 「ルナお姉さん、こんなに買って、どうするんでしょうね」 荷物をしげしげと眺めながら、ロナは不思議そうに。あたしも首を横にふる。 「姉ちゃんの考えてることは―――あたしにはわからないわ」 こんな、山ほど食料品買わせて・・・・・・これ全部食べきるのに、いったいどれ だけかかると思ってるんだろ。 家の食料庫にだって、まだたくさん入ってるわけだし。いくらあたしとガウリイが 来たからって、ねえ? 「こんなに食べ物ばっかで・・・・・・早く食べないと腐っちゃいますねぇ」 「いえ・・・・・・あたしとガウリイが頑張れば、何とかできるかも・・・・・・」 「がんばらなくていいです」 どうしてか、ロナの激しい拒否にあってしまった。 冗談で言ったのに・・・・・・何も、そんなにまで言わなくても・・・・・・ 「ま、いーわ。あれ以上知り合いに会わないうちに、さっさと帰りましょ」 ロナもそれには同意だったのか、わずかにその足が速くなった。 ま、ロナもあんだけの目にあってれば、やっぱそうなるか――― ここ、ゼフィーリアはあたしの故郷。当然のことながら、旅に出るまでは、ここで 生まれ育ったわけで。 もちろん知り合いもたくさんいる。山ほどいる。それはいいんだけど・・・・・・ うっとうしいのが、噂話好きのおばさん連中。 いっつも道の端っこで、ぺーちゃかぴーちゃか世間話ばっかしてるおばさん達に捕 まったが最後。おもしろい話を提供するまで、絶対に話してもらえないのだ、これが。 買い物の最中、始めの方は何とか見つからずにこれたのだが、先ほどついに見つ かってしまい――― 思い出すのも疲れるほどの、質問攻めにあったのだ。おもいっきり。 とくにあたしなんて、もう長いこと旅に出てたもんだから・・・・・・好奇心旺盛 なおばさん方に捕まって、もう世間話をするのにもほとほと懲りた。 いつ帰ってきただの、これまで何をしていたのだと、あたしの噂はよく届いてきて るだの、―――そして、ここにロナもいたのが、余計におばさん達に拍車をかけてしまった。 ロナの顔立ちはあたし似だから、おばさん達もすぐにピンときて・・・・・・それ からはもお、質問、質問、質問の嵐。 ロナも相手をするのに疲れるほどには、ホント、すごかった。 野次馬根性はすごいと言うか、それでもおばさん連中はまだまだ元気なんだから、 そこまでいくともう恐れ入るほどだ。 「・・・・・・疲れたでしょ? ロナも」 「えっと、まあ、少し・・・・・・」 でも、とロナは言葉を続けた。 「人が噂話をしているような所は、平和だって証拠・・・・・・って、言ってましたから」 だから、平和ってことですよ、と。およそ七歳児らしかぬ表情で、ロナは言った。 「だれが言ったの? そんなこと?」 「アメリアさんです」 ああ、そっか・・・・・・ま、一応あの子も王族だしねー。 まかりまちがっても、アメリアなんかが王位についたら・・・・・・セイルーン、 すごいことになりそうだけど。 「ロナ、荷物、傾いてるわよ」 「あれ・・・?」 おっとっと、と持ち直すロナ。こゆところは、年相応に子供っぽくて可愛らしい。 ガウリイも、そろそろ倉庫の修理も終わった頃だろうし、早く帰ってやらねば。 「ちょっと・・・・・・リナじゃないっ!?」 早く帰ってやんないと、まーた姉ちゃんに捕まってこき使われることになる・・・ ・・・のに。 ―――何でこうも、知り合いばっかに会うのかなぁ? 目立たないようにしてるんだけど。 「リナママ、どうします。逃げますか?」 あっさりと非情なことを言うロナ。あたしもそれに頷きたいところではあるのだが。 「リナでしょ! リナよね!? 逃げようたってそうはいかないからね、リナっ!」 うだあああああっ! リナリナって、人の名前連呼するんじゃないっ! あたしは猫かっ!? 一発攻撃呪文でも食らわせて黙らせようと、振り向いたあたしの目に映ったのは。 声からして、話好きのおばさんじゃないとは思っていたが―――何だ、お隣のローザ。 「やっほー、ローザ。久しぶりねー」 ローザは、まあ友達って間柄だし。べつに逃げる必要もない、か。 「久しぶりも久しぶりよっ! いったい何年ぶりだと思ってるわけ!?」 怒ってるような顔をしているが、それが本気でないことも、付き合いの長さからわ かっている。 「三年ぶり、かしらね・・・」 答えながら、あたしは近づいてきたローザの腕に、荷物を一つ押し付けて。カラに なった手で、軽く引っ張り歩き出した。 「あのねぇ、リナ―――久しぶりに再会した友人に、いきなりこの仕打ちなわけ?」 「あはは。だって重くって。家まで、ね?」 じと目になったローザに、あたしは軽く笑って。ローザはあきらめたのか、何を 言っても無駄と悟ったのか。小さなため息一つついて、そのままついて来てくれた。 「にしても、ローザだって・・・・・・こんな人込みの中で、人の名前連呼しないでよ」 「何で? いいじゃな、リナってばもう充分有名なんだから。今さら恥ずかしがる必 要もないでしょ」 「だから・・・・・・捕まるでしょ。せっかく目立たないようにしてるのに」 ローザが目を大きくする。数秒、考え込むように黙ってから。 にやり、と人の悪い笑みなんて浮かべて。 「ああ、そーゆーこと。その様子だと、井戸端会議中の方々にでも捕まった?」 「―――とっくにね。振り払うのに苦労したんだから」 あたしが疲れた様子で言うと、ローザは他人事のためか、明るく笑ってくれたりした。 今度はあたしがじと目になる番だった。 「・・・・・・ローザ。あんたねぇ、あたしがどれだけ苦労したと思ってるわけ?」 「あはっ、いや、それはわかるけど・・・・・・何かねぇ、光景が目に浮かんじゃっ て。あのパワフルなおばさま方には、だれも敵わないもの。いくらリナでも無理よね。 ま、あんたは昔から騒がしくて、人の噂話のネタになるにはいい人材だったし? それが里帰りしてきたんだから、おばさま方に熱が入るのも無理はないわよ」 ローザの言ってることは―――不本意ながら、確かに、わかるのだけれど。 だからって、何であたしがあそこまで苦労しなきゃならないのかと・・・・・・ ちょっと、理不尽に思えてくる。 まあ、ずっとここで生活してるんだから、ヒマなんだろうけどさ、みんな。 「いつ帰ってきたのよ?」 「昨日の夕方。あんたにも、ちゃんと挨拶しようとは思ってたわよ」 ローザの言いたいことはわかったから、あたしは、思わず言い訳がましくそう言って。 「・・・本当?」 「ほ、ホントだってば! 何よ、疑うわけ?」 「ま、リナがそう言うのなら信じてあげるけど・・・・・・で、なに。翌日から、ル ナさんに使われてるわけね?」 自分の手にした荷物を眺め、ローザはふう、とため息をついた。 その瞳が、露骨に語っている。『またこき使われちゃって・・・・・・』と。 自分でもそう思っているだけに―――上手い反論が見つからなくって。 「久しぶりの里帰りなんだから、ゆっくりしたら?」 「し、仕方ないじゃないっ。ローザ、あんた・・・・・・あの姉ちゃんに逆らえると 思うわけ?」 ―――しばしの沈黙。 「・・・・・・ま、そりゃ無理ね」 「・・・・・・でしょ」 納得してくれて嬉しいのだが、それはそれで、少し悲しいものがある。 「にしても、すごい荷物ねぇ」 暗くなった雰囲気を払拭しようと思ったのか、ローザがやたらと明るい声音で言った。 「しかもこんなに食べ物ばっかで―――いくらあんたが帰ってきたからって、すごす ぎじゃない?」 「あたしもそう思うんだけど、姉ちゃん、教えてくれないのよね。しかも、これだけ じゃないし―――」 ああ、そうそ。軽くなったし、その分ロナの荷物でも・・・・・・ そう思い、ふっと視線を下げたあたしの目に。けれど、ロナの姿は映らず。 「ロナ?」 あれ、いつの間に・・・・・・ロナ、どこ行ったんだろ? 「リナ? 何言ってるのよ?」 「ロナっ!」 さっきよりも、少し大きな声。 ロナのことだから、迷子になるなんてこと、ないと思ってたけど。 「ロナっ!」 「ちょっと、リナ・・・?」 戸惑うローザはさて置いて、あたしは小走りに駆け出した。 小さな金髪が、見えたような気がしたのだ。 「ロナ?」 呼びかけたあたしに、小さな金髪が振り返った。 「あ、リナママ!」 笑顔で。口の周りに、何かの食べ物のカスなんてくっつけて。 「お店の人に、お菓子もらったんです。美味しかったですよ」 「あ、あんたねぇぇぇ・・・・・・」 一気に疲れた気がして、あたしはその場にしゃがみこみそうになった。 荷物が重いから、そんなことしないけど。・・・・・・ったく、この子は。 「リナママも食べたかったですか?」 「そうじゃなくて。いきなり居なくなったら驚くじゃない。ダメでしょ?」 しっかりしてると思うし、実際そうなんだけど。何でこう、食べ物にだけは弱いんだか。 ・・・・・・あたしとガウリイの子供だからってか? やっぱり? 「―――ごめんなさい」 「リナっ!」 ロナの謝る声と、ローザのあたしを呼ぶ声。ほとんど同時に聞こえた。 「あんたねぇ! 人に荷物押し付けて、なに勝手に・・・・・・」 今度は少し怒ったようなその顔が。ロナを見て、とたん、困惑したようなそれに変わった。 それでも、荷物を落とさないでいてくれたのには、感謝するべきだとでもいうか。 えーっと、何て言うかな、この場合・・・・・・ 「―――とりあえず、帰りましょ」 ロナの手を引いて、あたしは歩き出した。 「・・・・・・って、なに。その子、あんたの・・・・・・子供?」 「あはは。いやぁ、実はそうなのよねー」 笑って言うことではないのだが、あまりに愕然としたローザの様子を見ていたら、 もう笑うしかないといった感じで。 にしても。ずっと旅に出てて、あたしだってもう大人と言っていいほどの年齢で。 べつに子供ができてても、不思議じゃないと思うんだけど。 「なに、あんた・・・・・・いつのまに、男なんてできてたのよっ!?」 「え、あの、できるって―――」 ・・・・・・あいかわらず、露骨に言うやつよねぇ。 「あー、その、旅の連れでね。もう何年も一緒にいて―――何か、まあ、いつのまのやら」 そうは言っても、その間には、本当に色々なことがあったのだけれど。 何度も魔族と戦って。何度も死にかけて。そのたびに、助けてもらって。―――仲 間も、できて。 泣いたこともあったけど、その分、笑ったことも多かった。 今は、そんな仲間も、ばらばらになっちゃってるけど・・・・・・でもそれも、ま た会えるって確信があるからこそで。 だから、離れていても寂しくはない。 「旅の連れ・・・・・・あー、悔しいっ! よりによって、リナに先越されるなんてっ!」 空を仰いでローザは叫ぶ。何か、あたしにしてみれば引っかかる言葉。 「絶対、あたしの方が先に、恋人ゲットできると思ったのに!」 「その調子じゃ、まだ、できてないみたいね?」 ちょっと意地悪なあたしの言葉に、ローザはふんっとそっぽを向いた。 「わーるかったわね。どーせ、まだ一人もんですよっ」 「ローザってば、昔っからけっこうもててたじゃない。美形で優しくてお金持ちで、 とか色々注文つけるからでしょ?」 「いいの。あたしは玉の輿志望なんだから」 臆面もなく、ローザはそう言いきった。・・・・・・ったく、あいかわらず変わっ てない奴。 まあ、ローザはウェーブのかかった金髪の、翡翠色の瞳の、けっこう可愛い子だから。 上手くすれば、のれないこともないだろうけど。 「ママ。タマノコシって何ですか?」 「あのねー、玉の輿ってゆーのはねぇ」 「ローザ! 人の子供に変なこと教えないでよ!」 ったく、子供に悪影響だっつーに・・・・・・それを、嬉々とした表情なんかで。 「あんたは、大人しく荷物持ってればいーのよ」 「うっわ。ひどい言い草ねー」 そう言いながらも、ローザは荷物を持って、あたしの家までの道を歩いてくれている。 んま、ローザの家が、あたしの隣だから、ついでなんだろうけど。 「にしても、リナにねぇ・・・・・・」 「何よ? 何が言いたいわけ?」 遠くを見つめ、はーっと息をついたりする、ローザのわざとらしすぎる態度に、思 わず呪文を唱えそうになってしまう。 「・・・・・・べつに? ただちょっと、人生の不公平さについて、神様に文句を言 いたくなっただけよ」 そんな大げさな、とあたしは思う。ローザだって、まだ二十歳にもなってないんだ から、べつに人生終わったってわけでもあるまいに。 「そのうち、いい人が現れるわよ」 我ながら、何て月並な、と思わないわけでもなかったが、これぐらいしか言うこと がなかったのだから仕方ない。 そこまで話したとき、丁度家の前に着いたのだが、せっかくだから玄関まで運んで もらうことにして。 「あいっかわらず、バカでかい家よねー」 あきれたように苦笑して。あたしもそれは思っていたから、小さな笑みを返すだけ。 そこに、でっかい木材抱えたガウリイが、ちょうどいいタイミングで通りかかった。 「ガウリイ。あんたまだやってたの?」 「おー、リナ。買い物終わったのか?」 あたしなんかが持ったら、きっと数歩も行かないうちに力尽きるような、それぐら いの木材を持っていても。さすがは体力バカのガウリイ、全然疲れた様子も見せず に、普通にほてほてと歩いていた。 「すごい荷物だな。待っててくれたら、オレが付き合ったのに」 「べつに平気よ。代わりに付き合ってくれたから―――こっち、ローザ。隣の家の子よ」 何とも短い説明だが、脳みそクラゲなガウリイには、これぐらいがちょうどいい。 どーせ、長く説明しても忘れちゃうんだから。 ガウリイは、ローザの方を見て。人好きのする笑みを浮かべた。 「悪いな、付き合わせちまって。リナにひどい目に合わされなかったか?」 ・・・・・・おひ。 「え? いいえ。そんなにはぁ」 「ちょっとローザ、そんなにはって何よ?」 ガウリイもガウリイなら、ローザもローザだ。人を何だと思ってるんだか? 「じゃ、オレ、まだ終わってないからさ。・・・・・・ロナ、荷物置いたら、ちょっ と手伝ってくれよ」 「はーい。すぐに行きます」 いい子なお返事。ガウリイは、ロナを見て、小さくふっと笑って。そして、倉庫へ 向かって歩いて行った。 「ガウリイパパ、まだ働いてたんですね。大変ですね」 「ま、姉ちゃん、滞在費はとらない代わりに、労働してもらうって言ってたから ねー」 ガウリイは、まあ人一倍体力だけはある奴だし。あのぐらいなら平気だろう。 「・・・・・・リナ」 なぜだか暗いローザの声に、あたしは振り返った。 「なに? ローザ。・・・・・・あ、荷物ね。ごめんごめん」 「そーじゃなくてっ! 今の人っ!」 ガウリイが消えた方を指し、叫ぶローザ。その様子に、ただならぬものを感じつつ。 「えっと・・・・・・この子の、父親」 はっきりと言うのが恥ずかしくって、そんな言い方をしてしまう。 どう言ったところで、結局は変わらないって、わかってはいるんだけど。今さら恥 ずかしがったところで、何も変わらないって、わかってはいるんだけど。 「ママ。僕、荷物置いて、パパのお手伝いしてきます」 「あ、うん。お願いね」 タタタっと駆け出していったロナを眺めていたあたしは。 きゅっ ―――いきなり、後ろからローザに首を締められた。 「ちょちょちょっと・・・・・・ローザ、苦しい・・・・・・」 「リナ、今の何よっ!? 何であんなカッコイイ人が、よりによってあんたなんかの 男なのよっ!?」 「ローザ、手、放して・・・・・・」 「絶対絶対不公平だわっ! リナにはつりあわないわっ!」 あたしの首から手を離し、明後日の方を仰ぎながらそう絶叫。 べつに、もう散々母ちゃんから言われてるからいいけど。こいつらには、情っても のがないのか? どいつもこいつも、不似合いだの不釣合いだの―――うるさいっての。 ひとしきり、ローザはあたしに向かって文句を言って。言われても、あたしとして も困るんだけなんだけど。 何とか気がおさまったのか、「帰る」と言い、踵を返して。 「ああ、そうだ、リナ」 振り返って、声を潜めて。 「友達のよしみで言っておくけど。―――ルナさんに、気をつけなさいよね」 「姉ちゃんに・・・?」 「そ。その荷物といい、絶対に何か企んでるわね。賭けてもいい。 まあ、あんたも実の妹なんだし? それぐらい、もう気づいてるだろうけど?」 確かに―――気づいては、いる。ただ、その企んでいる『何か』がわからないだけで。 ローザを見送りながら、あたしは頭をひねらせていた。 姉ちゃんに気をつけろって言われても―――・・・・・・いったい、どうすればいい のやら? |