いつか旅立つ日まで
〜4〜





















 ―――・・・・・・殺されるかと思った。

 
 冗談ではなく、心底から。
 振り返った先に、笑顔も麗しい姉ちゃんの姿を見て―――

 あたしは、ただそれだけを思ったのだった。



 ***


 
 硬直するあたしの前で、けれど意外にも真っ先に姉ちゃんが声をかけたのは。
「はあい、ロナ君。生で会うのはこれが初めてね。元気だった?」
 演技ではない、本心からと思えるにこやかな笑顔で―――ロナに、話し掛けてた
り、した。
 生で会うのはって・・・・・・元気だったって・・・・・・
 ・・・・・・何でそんな、知り合いみたいなこと言ってるんだろ?
 首をかしげつつも、下手に姉ちゃんにつっこんだら殺される。そう思い、口を閉ざ
しているあたしの隣で。
「―――どこかで会いましたっけ?」
 こっちもまた、首をかしげるロナ。
 姉ちゃんの顔が、ちょっぴり引きつった。
「覚えてないのかしら? 私の方は、ばっちりしっかり記憶しているのだけれど?」
 あう、姉ちゃん・・・・・・『ばっちりしっかり』のところ、やけに強調してて・
・・・・・怖いってば。
「・・・・・・リナ。何かおまえの姉ちゃん怖いなぁ」
 ガウリイが、小さな声でそうささやいた。
 お得意の、あたしにしか聞こえないってやつで。だけど。
「ガウリイ君? 何か言ったかしら? 空耳だと思うんだけど、死ぬ覚悟でもあるの
かしら?」
「いえいえいえいえ何でもないですっ。死ぬ覚悟もないですっ!」
 笑顔のまんま、あっさりと怖いことを言われ、ガウリイはぶんぶんと首を横にふっ
た。
「―――」
 やっぱり。姉ちゃんには聞かれていたか。
 あたしも立派に地獄耳だとは思うが、姉ちゃんははっきり言ってそれ以上。人間と
は思えないほどだ。
 いつだったか、子供の頃。友達と遊んでいる時に、ついぽろっと姉ちゃんの悪口を
もらしたら―――
 次の瞬間、バイト先の皿持ったまんまの姉ちゃんが現れ、こん棒であたしの頭どつ
いて去っていった。
「・・・・・・・・・」
 止めよ、昔のこと思い出すのは。悲しくなるから。
 ちょっと遠い方向を見つめてしまったあたしにかまわず、のほほ〜んと口を開いた
のは母ちゃんだった。
「ルナったら、ガウリイさんを脅かすのは止めなさい。せっかくリナの面倒を見てく
れるって言って下さる、貴重な方なんだから・・・・・・ここでガウリイさんを逃が
したら、きっとリナは一生お嫁になんて行けないわよ?」
 母ちゃんとしては、姉ちゃんを諭すつもりだったんだろう。とは思う。
 思うがしかし―――
「ちょっと母ちゃん! もっと他に言い方ってもんないの!? その言い方じゃ、ま
るであたしが厄介もんみたいじゃない!」
「気にしないでねガウリイさん。ちょっと口は悪いけど、ルナも、こっちから手を出
さなければ、まあ殺されることはないと思うから。安心してちょうだい」
「はあ、そうですか・・・」
「ちょっと。あたしは無視かい」
 突っ込み入れても、母ちゃんに聞こえた様子はなく、「ああ、ルナにもお茶よね」
とか言って台所に行ってしまった。
 ったくあの人は・・・・・・これが、わざとやっているんならまだいいものの、母
ちゃんは自でやっている。天然さんなのだ。その分始末に終えないから面倒なことこ
の上ない。
「あっ。もしかして、セイルーンの大祭の時の・・・・・・夢の人ですかっ?」
 あたしの正面に座った姉ちゃんに、ロナが突如大声を上げた。
 どうやら、さっきの姉ちゃんとの会話繋がりのようなのだが・・・・・・
 セイルーンの大祭? 夢の人? 何の事よいったい?
 あたしにはさっぱりわからないのだが、姉ちゃんには通じているようだ。
「正解。ちょっと答えるのが遅いわね。ま、忘れるよりかはマシだけど」
「僕と同じモノだってのはわかってましたけど。でも、ルナお姉さんだって自信はあ
りませんでしたし―――」
「同じってだけでもわかればいいかしらね。実はあれ、私だったのよ。気づかなかっ
た?」
「はい。だってルナお姉さん、リナママとあんまり似てないですから」
 あたしとガウリイそっちのけで、姉ちゃんとロナは会話を交わしていく。
 ちょっとは事情を説明してもらいたいのだけど―――どうなってるんだか、いった
い。
「リナ。何だ、あの二人って知り合いだったのか?」
「そうらしいけど・・・・・・あたしも知らないわよ」
 まあ、この場合姉ちゃんが姉ちゃんだから・・・・・・べつに不思議でもないのだ
けど。
「あのぉ、姉ちゃん・・・・・・」
「なあに? リナちゃん?」
「はいっ! えっとその、ロナと知り合いだったんですかっ?」
 慌てて背筋をびしっとのばし、丁寧語になるあたし。
 実の姉と会話をするのに、ここまで緊張する妹ってのも珍しいと思う。
 あたしの問いを、けれど姉ちゃんはさらっと流してくれた。
「知り合いといえば知り合いだけど、大したことでもないわ」
「そ、そうですか・・・・・・」
 まあいいや。この件は、後でロナに聞くとしよう。
「そ・れ・よ・り。リナちゃんは、私に何か話すことがあるんじゃないのかしら?」
 どこまでも笑顔で。恐ろしいほどの笑顔で。
 立ち上る気配が、魔族にもひけをとらないほどの恐怖をかきたてるのは何故か。
 いや、答えは『相手が姉ちゃんだから』の一言で終わってしまうのだけれど。
「お姉ちゃんに報告すること、あるはずよねぇ?」
 こくこくこくっ。
 螺子をまいた人形のように、首をたてにふる。
「いえあのそれなんですけど、何回も同じこと説明するのは面倒だから、父ちゃんも
帰ってきて、それからにしようかな、とか・・・・・・」
 声が震えているのが自分でもわかるが、怖いものは怖いんだから仕方ない。
「ああ。父さんなら、『幻の魚メデタイを釣りに行く』とか言って昨日から出かけて
るわよ。当分帰ってこないと思うわ」
「え・・・」
 ウソ、と思ったが、それを口に出すような勇気はあたしにはなかった。
 と、父ちゃん・・・・・・釣り好きなのは知ってたけど! 何も昨日から行くこと
はないじゃないかぁっ!
「お待ちどうさま。あらあら、楽しそうね。何のお話してたのかしら?」
 姉ちゃんへお茶を持ってきた母ちゃんが、にこにこ笑顔で部屋に入ってきた。
 どーでもいいけど母ちゃん、この場の雰囲気ぐらい普通だれにだってわかると思う
のに・・・・・・よくああも笑顔で入ってこれるものだ。あたしだったら一目散に逃
げ出すのに。
「ええ。楽しいお話してたのよ。ね? リナちゃん?」
「あはははは」
 笑うしかないあたし。顔は全然笑ってないけど。
 横で、ロナも黙りこくって座っている。ガウリイは・・・・・・おひ、一人でクッ
キー食べてるんじゃない。
 正面を見つめたまんま、あたしはガウリイの足を踏んづけた。
「・・・・・・リナ」
 ガウリイのことは無視。何さ、こっちが怖い思いしてるってのに、一人でばかすか
食べちゃってさ。
「母さんも座って。リナちゃんが、大事なお話してくれるっていうから」
 いや、えっと、あの・・・・・・あんまりしたくないんですけど・・・・・・
「あらあら、何かしら。楽しみね♪」
 姉ちゃんの怖すぎる笑顔と、母ちゃんと天然の笑顔。
 二つのそれを正面に見つめたあたしに、もちろんのこと、拒否権はないのだった。




「退屈だろうし、ロナは外行って遊んでていいわよ。あんまり遠くに行っちゃダメだ
からね」
 そう言って、あたしはロナを追い出し―――もとい、遊びに行かせた。
 べつにロナがいても良かったのだけれど・・・・・・やっぱり、ちょっと、子供に
は聞かせたくないというか。
「リナちゃんってば、いつのまにやらいっぱしの母親の顔しちゃってるのねぇ」
 いつのまにやら、のところをやけに強調した姉ちゃんのセリフに、少しドキっとし
ながら。
 ロナに言われて通り、あの当時のあたしの心情諸々は、正直に言うとまずいので
すっとばして。ある事件があった、とのことで事情説明をしたあたしの前で、二人の
反応は全くちがうものだった。
 ちなみにここまで、ずっとガウリイは黙らせてある。こいつにしゃべらせると、余
計ややこしくなること確実だ。
「あらまあ、そんなことがねぇ・・・・・・だからロナちゃんはああなのに、あなた
達は成長してないってこと」
 母ちゃんは敵ではない。この天然さんを騙すのは、はっきりいって簡単だ。
 だが、あたしにとっての最大の問題は―――・・・・・・
「ふうん。ある事件があって、ねえ」
 姉ちゃんは、とりたてて何も言わない。さっきからずっと、「そお」「ふうん」
「事件、ねぇ」等の言葉をずっと繰り返しているだけだ。
 一見すると、べつに問題はないように見えるのだか―――
 その姉ちゃんの目が露骨に言っている。『正直におっしゃい?』と。
「まあ、『事件』にはちがいないでしょうが、ねぇ」
「・・・・・・・・・」
 あたしは、顔面に乾いた笑顔を張り付かせるので精一杯であった。
 いやもうこれは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・ばれてる。
 思いっきり。はっきりと。姉ちゃんは、何があったのか―――知られている。
「ちょおっと、説明を省略しすぎじゃないかしら? ねえ、リナちゃん?」
「あははは。いや、そうですかねぇ」
 ―――怒っているのなら、そうはっきりと言ってくれた方がよっぽどマシだ。
 んだけど姉ちゃんはそれをしない。ねちねちっと言ってくるのだから・・・・・・
やられている方としてはたまったものではない。
 姉ちゃんはほぼ感付いているのだから、正直にここで認めてしまった方がいいのか
もしれない。その方が、後々のためなのかもしれない。・・・・・・とは思う。
 だけどっ! 認めてしまえば最期、いったい姉ちゃんにどんな目にあわされるかっ
!?
 その時のあたしの心情的に、例えどんな物があったにしろ・・・・・・『逃げた』
なんて姉ちゃんに言おうものなら―――
 間違いない。断言してもいい。絶対に、姉ちゃんのお仕置きが待っている。

 い・・・・・・、嫌じゃああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!

 姉ちゃんのお仕置きだけはっ・・・・・・そ、それだけはっ。
 あんな拷問にうぐらいなら―――ばれているのを感じつつも、こうやって針のむし
ろに立たされている方が、まだマシ・・・・・・なような気がする。
「ま、あなたがそう言うのなら、べつにそれでいいのだけれど」
「へ・・・?」
 わけのわからない覚悟を決めたあたしに、姉ちゃんはあっさりとそんなことを言っ
てくれた。
 あまりにあっさりしすぎてるものだから・・・・・・あたしは思わず拍子抜け。
 姉ちゃんのことだから、いつまでもいつまでも、人が嫌がっているのを見て楽しむ
かのように、ねちっこーっく嫌味を言ってくるものだとばかり思っていたのだが・・
・・・・
「・・・・・・あ、あの、いいの?」
「いいって? だって、リナちゃんの話はこれだけなんでしょう?」
 にっこり微笑まれ、あたしは背筋がぞぞっとなったが、それを隠してこくこくっと
頷く。
 姉ちゃんが、このまま素直に引き下がるとはとても思えないが―――だからといっ
て、ここで自分からわざわざ穴を掘る必要はない。
 とりあえずは・・・・・・休戦、といったところだろうか。
「お話はこれで終わりかしら?」
 あたしと姉ちゃんの裏のやり取りになんて気づきもせず(いや、それとも本当は気
づいているのに、そうじゃないフリをしているのだろうか?)、会話がとぎれたとこ
ろを見計らって、母ちゃんが口を挟んだ。
「リナ、しばらくは家にいるんでしょう? まさか、明日にでも帰ったりは―――」
「あー、ううん。ちょっとは居ようかなー、とか思ってるんだけど・・・・・・」
 うーん、でも、姉ちゃんがいるし・・・・・・早く帰ろうかな。
「あら、良かった。じゃあ、たくさんお話が聞けるわね♪」
「まあ、話すことはたくさんあるけど・・・・・・」
 楽しみねえ、と呟くと、母ちゃんは立ち上がりガウリイに向かって手招きした。
「お部屋に案内するわ。さっきからお手伝いさんに片付けてもらってたから、もう大
丈夫だと思うのよ」
「あ、はい。すみません」
 ぺこりと頭を下げて、ガウリイも立ち上がる。小柄な母ちゃんの横に立つと、やっ
ぱガウリイは背が高い。かなりの身長差がある。あたしとでもあるんだろうけど。
 そのまま黙って部屋から出て行くかと思いきや、母ちゃんの足がぴたっと止まっ
た。
 くるっと振り返って。人好きのする笑顔を浮かべて。
「そうそ。リナとは別の部屋なんだけど、色々と我慢してくれるかしら?」

 べしゃっ

 ・・・・・・あたしは潰れた。
「かっ、か、か、・・・・・・・・・母ちゃんっ!!!」
 何つーことを言い出すんだっ!? いきなりっ!?
 そんなことを言うと、まるであたし達が・・・・・・ま、まったく!
「いやぁ、あんまり我慢はしたくないんですけどねぇ」
 と、ガウリイ。
「あらあら。若いっていいわねぇ」
 と、母ちゃん。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・

 うだああああああっ! こいつらには、羞恥心ってもんがないのかっ!?
「まあ、若いうちに楽しんどこうと思いまして」
「子供はたくさんいた方が楽しいものね。まだ作るんでしょう?」
「いやぁ、その点リナが非協力的なもんで」
「あら、ダメねえ。できる時にやっておいた方がいいのに」
 にこやかにきわどい会話を交わしながら、二人は笑顔で部屋を出て行った。
「―――・・・・・・」
 た、頼むから―――止めれ。そーゆー会話は。
 突っ込む気力も失せ、あたしはテーブルにうつ伏せになっていた。
「リナちゃん。一つ言っておくけれど」
 優雅にアップルティーを飲みながら、姉ちゃんは一言。
「私が許可するまで、そーゆー事は禁止だから。いい?」

 とくに異論はなかったけれど。
 姉ちゃんが、いったい何を考え、そんなことを言ったのか―――


 もう少し、考えておくべき、だったのだ。
 後で、あたしは後悔することになるのだから―――・・・・・・