いつか旅立つ日まで 〜3〜 |
家族、と聞いて、普通はみんな何を思い浮かべるのだろう? あたしは―――まず、ほわほわの母ちゃんと美人な父ちゃん。 それに、あたしの目標でもある姉ちゃんのこと。 当たり前のことなんだけど、あたしが生まれて物心ついた時から、母ちゃんは母 ちゃんで、父ちゃんは父ちゃん。そして姉ちゃんは姉ちゃんだった。 母ちゃんは、いっつもぽや〜っとして、何だか子供のあたしの目から見ても子供っ ぽい人で。だけど怒る時は母親の顔でちゃんと怒って。 父ちゃんは、何かかっこいい人。顔ももちろんそうなんだけど、それよりも性格 ―――中身が、本当にかっこいいと思った。 姉ちゃんは、とにかくすごい。その一言に尽きる。だれよりも強くて、きちんと 『自分の在り処』とでも言うような物を心に持っている。 気がついた時からそうだったから、まるで初めからそう生まれ、ずっとそうなの かとも思ったぐらい。 だけどそれは誤りで、母ちゃんも父ちゃんも姉ちゃんも、赤ちゃんの時があって。 そして、成長していったのだ。 親は、何だかずうっと親って感じだけど。初めから、大人って感じだけど。 ―――あたしは、この何年かで、はたして成長しているのだろうか? 子供を産んで、育てて、家に住んで、家事をやって。 魔法と、勉強と違い、『人の成長』なんてはっきりと目に見えないから、わからない。 どうなのだろうか。あたしは―――・・・・・・あたし、は。 *** 「ソファにでも座ってちょうだい。部屋が散らかっていてごめんなさいね。突然だっ たから、掃除もあんまりしてなくって・・・・・・」 通されたのは廊下をまっすぐ進んだところにあるリビング。掃除をしていないとい うわりには、べつに汚れたところもない。・・・・・・ま、母ちゃんは料理・掃除大 好きな人だから、これぐらいでも『汚い』ということになるのかもしれないが。 「いえ、全然綺麗ですよ。よっぽど家の方が、もおリナが魔道の研究とかやりだすと すごくて―――とても人の住める環境じゃげふぅっ」 ぼぐっ! いらんことしゃべるガウリイは、あたしの鉄拳に静かにソファに崩れ去った。 ・・・・・・ふっ、余計なこと言うからこうなるのよ。 「あらあら・・・・・・ごめんなさいね。私の育て方が悪かったのか、リナってばこ んな粗野で乱暴な娘に育っちゃって―――」 「活発で元気がいいのよ。だいたい今の悪いのはガウリイでしょ」 「リナも駄目よ、そんな後ろから後頭部殴るだなんて。痛いじゃないの」 って人の話聞いてないし。いつものことだけど。 倒れてるガウリイを横に押しのけて、あたしはソファに座る。 隣に座ったロナが、緊張しているのか、あたしの腕をぎゅっとにぎってくる。 「三人とも、アップルティーでいいかしら? ちょうどね、お隣さんからいいのを頂 いたから」 「平気よ。ガウリイは、どーせお茶の味の違いなんてわからないだろーし。ロナは何 でも飲めるし」 「リナその言い方ってあんまり・・・・・・」 すぐさま復活したガウリイが文句を言うけど、ガウリイだから気にしない。 顔を、ちょっと伸ばして。ロナの方を向く。 「ローナ。なにリナにしがみついてんだ?」 「緊張してんでしょ。神経図太いあんたとはちがうんだから」 「神経図太いのはリナの・・・・・・いや、何でもない」 あたしの視線にこもる殺気に気づいてか、沈黙して明後日の方向を見やるガウリイ。 「おまちどうさま。クッキーもあったから、良かったら食べてちょうだい」 クッキーの一言に、見事に同時に反応するガウリイとロナ。 べつにあたしの実家だからいいけど・・・・・・よそでこれやられたら恥ずかしいぞ。 母ちゃんは向かい側に座って、自分でいれたアップルティーを一口飲んで。 「で、リナ。金髪のお兄さんと可愛い子は、いったいどちら様かしら?」 大方の事情はわかっているだろうに―――わざとらしくにっこり微笑んで、母ちゃ んは訊ねてくれる。 何つーか、こういう辺りが意地悪いなぁと思うんだけど・・・・・・それをいかにも 人の良さそうな笑顔でやってくるからなおさらだ。 「・・・・・・・・・・・・え、えっと、その・・・・・・・・・・・・が、ガウリイと ロナ」 「名前だけしか言ってもらえないの、リナ?」 う〜〜、ンなこと言ったってぇっ! 恥ずかしくて言えるかぁっ! 思わず暴れだしそうになるあたしの横で、口を開いたのは―――ガウリイ。 「リナの夫のガウリイ=ガブリエフです。で、こっちが七歳になる子供のロナ。今日 は突然お邪魔して申し訳げふぅっ」 「さらりっと夫とか言うなぁぁぁぁぁぁっ!」 ガウリイを沈黙させたのは―――それはさておき。 「いてて・・・・・・だっておまえが言わないんだから仕方ないだろぉ? それにオレ、 べつに変なこと言ってないぞ?」 「あんたには羞恥心とかゆーものはないんかっ!? い、言うにしても、そぉ露骨 じゃなくてもっとソフトに柔らかくっ!」 「んな無茶なことできねえって。ソフトに柔らかくって・・・・・・どう言えばいい んだよっ?」 「それがわからないから考えてたんでしょっ!」 「ちょっと落ち着きなさいリナ。そう怒鳴るものじゃないわ」 静かな母ちゃんの声に、あたしはソファに座りなおす。 何てゆーか、いつでもどこでもおっとりしている母ちゃんのこの声を聞くと、どう にも調子が狂う。 「にしても、本当なの、リナ? 今の話は」 「・・・・・・・・・・・・ほ、ほんと」 うっわ認めるのなんかすっごい恥ずかしいぃぃぃぃぃっ!!! だけど、否定するわけにもいかないし・・・・・・うみゅう。 「あらあら・・・・・・こんなかっこいい人とリナがだなんて・・・・・・」 母ちゃんは、ほう、と息をついて。 「何て不釣合いなのかしら―――」 「ってちょっと待て母ちゃん」 いくら何でもそこまで言うか? 普通? 本人の目の前で? 「だって、えっと、ガウリイさんでしたっけ? こんなに良さそうな人・・・・・・ きっとすっごいもてたでしょう?」 「いいのは顔だけよ。こいつ、頭の中身はクラゲ並だもの。あたしでもなきゃ面倒見 切れないっての」 「そうそう」 わかっているのかいないのか、こくこくとうなずくガウリイ。あたしの方を見て、 意味ありげに笑うと。 「こんなはねっかえりでややこしいことにばっか遭遇するような奴、オレでもなきゃ 面倒見切れないよなぁ」 「・・・・・・うっ、な、どーゆう意味よっ!?」 「へー、わかんない? あんだけ魔族との事件に首つっこんどいて?」 ガウリイは、いつもはめちゃくちゃクラゲで、知能なんてないに等しいけど。 たまに―――こんな風に、あたしをすらやりくるめるような一場面を見せたりして ・・・・・・何か、あなどれない。 ほんと、どっちが本性なんだか。どっちかにしてくれれば、わかりやすいのに。 「ふんだっ。何よ、ガウリイなんて、あたしがいなけりゃ何にもできないくせにっ」 「ま、それはそうだな。おまえさんがいなくなるだなんて、耐えられないだろうし」 「・・・・・・・・・・・・」 だ、だから、こいつはぁぁぁぁぁぁっ! そうゆう恥ずかしいセリフを、何でそう・・・っ 懐に忍ばせてあるスリッパを取り出す気にもなれず、あたしはただ顔を赤面させているだけ。 「あらあら。仲がいいのねぇ、二人とも」 ―――そんなんじゃないやい。 「で、そっちの可愛い子が・・・・・・ロナちゃんでしたっけ?」 言って、母ちゃんはにこりとロナに笑いかける。 恥ずかしいのか照れているのか、あたしの腕に顔をうずめるロナ。 うーん、人見知りはしないはずなんだけど―――やっぱ、いつもとは状況がちがうから かなー? 「ロナ、挨拶しなさい。あたしの母ちゃんで、あんたにとってはおばあちゃんよ?」 おばあちゃんって言っても、見た目はそれこそ『お母さん』といった年齢ではあるけど。 ちなみにあたしとロナが並んで歩くと、知らない人からはよく年の離れた姉妹に思われる。 「・・・・・・初めまして。ロナ=インバースです」 あたしの腕にしがみついたまま、ロナはちょっと顔を上げて。 「まあ、可愛い♪」 一瞬にして、どうやら母ちゃんはロナを気に入ったらしい。 「ねえロナちゃん。クッキー食べてないけど、ケーキでも食べる? あ、チョコレートも あるわよ?」 「え、えっと・・・・・・ケーキ食べたいです」 緊張しながらも、やっぱりお菓子は食べたいのか。ロナの言葉に、嬉しそうにキッ チンへと向かっていく母ちゃん。 「あらー、良かったわねぇロナ。母ちゃんに好かれたみたいじゃない?」 まあ、それはいいんだけど。いいんだけど・・・・・・もしかして。 「ねぇ、ガウリイ」 「ん? 何だ、リナ?」 「母ちゃん、気づいてるのかなぁ」 「何が?」 「だから・・・」 あたしが言うよりも早く、鼻歌を口ずさみながら母ちゃんが戻ってきた。もちろん、 手にしたトレイには美味しそうなケーキをのせて。 それを見て、ロナの目がちょっと輝く。食べ物に目がないところは、さすがあたし達の子供。 「ね、ロナちゃん。うちにね、小さい頃リナが着ないで、まだ全然綺麗なまんまの洋服 があるんだけど、ちょっと着てみない? リナったら、ふりふりのスカートなんて はいてくれなくて・・・・・・まあ似合うとも思えないのだけど。でもね、ロナちゃん にならすっごい似あうと思うんだけど・・・・・・って、どうしたの? リナ、ロナちゃん?」 ため息をついたあたしと険しい顔つきになったロナに(だけど何かそれも可愛かったりする)、母ちゃんは首をかしげる。 やあっぱ気づいてなかったし・・・・・・んま、このロナを見てそう思う人なんて 今まで一人もいなかったけど・・・・・・ ところで今さらりと何か失礼なこと聞いたような気がしたんだけど。まあそれはさておき。 「・・・・・・あ、あのね、母ちゃん。言い忘れてたけど・・・・・・ロナ、男の子よ。 女の子じゃないわよ?」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・え?」 長い長い沈黙の後。母ちゃんは消え入るような声でそうもらした。 当然の反応っちゃそうなんだけど―――やっぱ何か悲しいぞ。 我が息子ならがこのロナ君、ちょっとどうかと思うほどには女顔だ。ほんとに恐ろ しいほどには。 このまま成長すれば、きっとナンパがすごいだろうなぁ・・・・・・いったいガウリイの遺伝子は何処に。 「・・・・・・あ、あの、ホント、に? さっき私がだました意趣返しに、ウソつい てたりしない?」 「そんなウソつかないわよ。意趣返しって子供じゃあるまいし。だいたいロナって男の子 の名前じゃない」 「そういえばそうだけれど―――」 手を頬にあてて息をもらすと、母ちゃんはロナをじーっと見る。 「・・・・・・えっと、あの・・・・・・お、おばあちゃん?」 「まあ、可愛いからべつにいいわよね。とてもリナの子供とは思えないぐらいの愛ら しさだもの♪」 どうやら母ちゃんの心情ではそのように自己完結されたらしい。 って何かまたさらりっと失礼なこと言ってるし。この人。 「僕、よくリナママ似って言われますけど。だからリナママも可愛いですよ」 と、あたしの弁護をするロナ。 う〜む、子供に可愛いといわれて喜ぶべきか悲しむべきか――― 「確かに顔立ちはリナに似ているけど。だけどリナの場合は・・・・・・何て言うの かしら。性格のきつさがそのまんま顔に出ているのよねぇ。それに生意気だし乱暴だ し可愛げは無いし怒ると平気で攻撃呪文でも唱えるし―――」 「それはそうですけど・・・・・・」 「ああ、うん。確かにそうだな」 ・・・・・・納得するなよ二人とも。 「でも、そんなリナからもこんな可愛い子供が生まれるんだから、人間ってわからな いものよねぇ」 遠くを見つめながら、しみじみとつぶやく。何かそこでそんな風に感慨にふけられ ても困るんですけど。あたしとしては。 何つーか、母ちゃんもけっこう毒舌家だよなぁ・・・・・・口調がおっとりしてる し悪気はないんで、あんまそうは思われないみたいだけど。 「だけど、ねぇリナ? 一つ、気になることがあるのだけど」 「うん、なに?」 母ちゃんのことだから、またガウリイとはちがったぼけをかましてくれるのかと 思ったあたしの耳に――― 「あなた、まだ二十歳にはなってないわよね? 旅に出てから、三年ぐらいしか経っ てないわけだし。 なのに・・・・・・どうしてロナちゃん、もう七つになってるのかしら?」 『うぐっ』 あたし達三人、いっせいにうめいた。 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』 そんでもってこれまた同時に沈黙。クラゲのガウリイでさえ、こればっかりは覚え ていたらしい。 そおいえば―――『それ』をどうするか、考えるのをすっかり忘れていた。 何たって、姉ちゃんに会う時の恐怖で胸がいっぱいだったし――― よく考えれば・・・・・・いや、よく考えなくても、あたしの子供にしては――― ロナは、大きすぎるのだ。 「リナママ。言っちゃったらどうですか? 過去に行ってたって」 こっそりと、ロナが耳打ちしてくる。 「・・・・・・あー、まあ、それが一番すっきりするんだけど・・・・・・」 「その時のリナママ達の心情はすっとばして。ちょっとした事件があって飛ばされ たってことにしたら?」 「あ、そうね」 これまたこっそりとうなずきながら、いつもながらにちょっと感心するあたし。 嫌なトコだけガウリイに似て、クラゲっぽかったりすれば、ロナはこんな所で頭が働く。 子供らしいその底に、賢さがあるっていうか―――ガウリイ同様、ロナもなかなか あなどれない。 「あー、えーとね。そこらへんにはちょっと事情があって・・・・・・だけど、ロナ はちゃんとあたしの実子。ガウリイの連れ子ってのでもないから。何回も説明すんの 面倒だから、みんなが揃った時にまとめて話すわ」 「あら、そお? じゃあ、後でのお楽しみってところね♪」 お楽しみ・・・・・・なのか? よくわからんけども。母ちゃんの思考回路はよく 理解できん。 と、横から髪が、つんつん、と引っ張られる。 「・・・・・・なに?」 「なあ。みんなって、だれ? 他に人なんていんのか?」 すぱこぉぉぉんっ! ガウリイの頭に炸裂したのは、今度こそ登場したあたしのスリッパアップリケ付き! 「あら、いい音♪」 妙なところで感心している母ちゃんは視界に入れないようにして。 「あーのーねーっ。なぁぁぁぁんのためにここに来たと思ってるのよ!? あんたは!?」 「えっと・・・・・・アップルティーを飲むため?」 「違うわっ! ンなの家でも飲めるでしょ!? ここに来たのは、あたしの家族に挨拶する ため! だからみんなってーのは、あたしの家族よか・ぞ・く!」 「へえ、そうだったのかぁ。知らなかったなぁ」 「って行く前に説明したでしょーがこのクラゲぇぇぇぇぇぇっ!」 つ、疲れる・・・・・・こいつと話すのって、ほんとーに疲れるっ! ったく、ホント、こいつの親の顔が見てみたいわ。やっぱクラゲか? 「ちなみにその家族って、母ちゃんはもういるから父ちゃんと姉ちゃんの二人よ。二人が帰ってきたらボケてないでちゃんと挨拶して・・・・・・」 「あら、二人じゃないわよ? 私はもう帰ってきてるもの」 唐突に、後ろから―――本当に、すぐ後ろから、声が・・・・・・した。 その声を聞いて思い出す、かつて幼い頃にあったいろいろな日々。 勉強をサボって遊びに出れば、どこからともなく姉ちゃんがバイトの皿を持ちながら 現れ殴られ、寝坊なんてしようものならこん棒で頭をどつかれて起こされあやうく 永眠しそうになったり、何故かいきなり現れた純魔族を耳掻き棒でこてんぱんにしな がらあたしに説教してたり――― 「リ・ナ・ちゃ・ん? 帰ってきたお姉ちゃんに、何の挨拶もないのかしらぁ?」 完璧に固まった身体を、何とか根性でぎぎぃっと首だけ動かして。 振り返ったあたしの目に、笑顔も麗しき姉ちゃんが、それはそれは優雅に微笑んでいた――― |