いつか旅立つ日まで
〜2〜






















 ―――世界を見てきなさい―――


 姉ちゃんのその言葉で始まったあたしの旅。
 初めは・・・・・・何だったんだろうなぁ。ただの好奇心?
 今まで、ずっとゼフィーリアで暮らしていて。『世界』ってゆうのがどんなのか、
気になりだして。
 それに、自分の魔法の腕がどんなものか、どれくらい通用するものか、それも、
気になって。
 その他にも、まあ、いろんな理由があって―――



 そしてあたしは旅に出た。



 初めて外の世界に出て、いろいろなことを知った。
 知っても知っても、きりがないくらい、『世界』にはいろんなことがありすぎて。
 そして―――・・・・・・初めて、『仲間』と思える人達にも、出会った。

 それから、何年か経って。
 今、その仲間だった奴と一緒に、故郷に来てるってんだから・・・・・・






 何つーか、人生ってわかんないものだなあと、しみじみ、実感していたり、した。















 懐かしい風の香りに、あたしは思わず空を仰いだ。
 頭の上には、夕方になり真っ赤に染まった―――空。
「リナママ、嬉しそうですね」
「うーん、まあねぇ」
 何たって、ロナ誕生の際過去に行ってたおかげで、あたしにとってみればゆうに十年
ぶりの故郷なのだ。
 これで嬉しくないはずはないだろう。・・・・・・姉ちゃんに会う時の恐怖さえ思い出さなければ。
 もう日が暮れ始めている時刻のせいか、通りに人の数は少なかった。
 ・・・・・・ま、あたしにはこの方がいいんだけどね。
「へえ、ここがねぇ」
 きょろきょろと辺りを見回しながら呟くガウリイ。
「ここが?」
「いや、おまえさんの生まれた所なんだなと思ってさ」
 小さな笑みを浮かべながらのその言葉に、あたしはちょっと赤くなった。
 い、いや、その、ね。両親に挨拶ってのもあるけど、あたしの故郷を見てもらいたくて・・・・・・そのために連れてきたんだけど・・・・・・
 ・・・・・・改めて言われるな、何か照れるってゆーか。ごにょごにょ。
「何か、いい所だな。雰囲気とか。懐かしいって感じで」
「あったりまえじゃない。何たって、このあたしの生まれ故郷なんだから!」
 よく考えれば、べつにあたしが威張ることじゃないような気もするけど。ま、いっや。
「んでも、何かすごいオーラもありますよねー」
 通りを三人でゆっくりと歩きながら。
 ロナの言葉に、あたしとガウリイは「ん?」と顔を見合わせた。
 言っとくが、あたし達には、ンなもん微塵も感じられない。
「すごいオーラって?」
 ロナは、う〜んと首をかしげて。
「えっと、何かうまく言えないんですけど・・・・・・何かすごいんです。辺りの雰囲気が。多分、リナママのお姉さん。ほら、僕と同じ赤の竜神の騎士なんでしょう?
 その人が生まれたことによって、何らかの力の放出があって・・・・・・そのせい
だと思うんですけど。ママ、何か心当たりとかありません?」
「心当たり―――あっ、そういえばゼフィーリアって、なーんか『世界最強の〜』とか、『天下無敵の〜』とかいう人がやたらとごろごろしてるとは思ってたけど・・・
・・・何、それって、あたしの姉ちゃんが原因だったわけ? ただの偶然じゃなくって?」
 いやまあ、偶然にしては多すぎるなーとは思ってたけど。だけどまさか、姉ちゃん
が諸悪の根源だったとは・・・・・・って、べつに悪事を叩いたわけじゃないんだけども。
「僕も、詳しいことは知りませんけどね。いくら赤の竜神の騎士ったって、ようは力の一部分。完全体じゃありませんから。異界黙示録なんかに比べたら、その知識なんて微々たるものですしねー」
「ふーん・・・」
 やっぱロナにも、わからないことってのはあるのか。
 でもあたしにしてみれば、七歳児が異界黙示録とか言ってる時点で充分すごいと思
うんだけど。きっとガウリイに言っても、「何だそれ?」とか言われるに決まってるし―――
 そういえばロナって、どこらへんまでなら知ってて、どこらへんからは知らないんだろ?
 何かいつだったか、冥神官や冥将軍の名前ならわかる、とか何とか言ってたのは聞いた
ことがあるけど。
 今度、どこまで答えられるか、質問攻めにしてみよーっと。
「うわ、でけぇ家だな〜」
 しばらく歩いて、メイン通りをぬけて。住宅街に出たところで、ガウリイが声をあげた。
 目の前には、一軒の家。まあ、ガウリイがそう言うのも無理はないくらいの大きさはある。
 何たって、家だけでも普通の家の三倍以上。それに庭とか倉庫とか何やらがオプ
ションとしてついているのだから―――その総面積はおして知るべし。
「べつに、大きいからっていいことはないわよ。どーせ住んでる人間なんてたかが知
れてるんだし。ただ掃除が大<変なだけよ」
「いや、そりゃそうかもしれないけど・・・・・・おまえなぁ、人様の家をそんな風
に言うのはやめた方がいいぞ?」
「え? 人様?」 
 首をかしげるあたし。えっと、ガウリイに言ってなかったっけ・・・・・・?
 三人で家の前に止まって。そしてあたしは言う。
「ここ、あたしの家なんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 沈黙。しばらくして。
『うええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇっ!?』
 ガウリイとロナの声が唱和して・・・・・・ってうるさいし。
「こ、ここっ!? このでかいのがおまえの家っ!? うそぉっ!」
「何でそこまで驚くかな・・・・・・べつにいいけど。
 二人には言ってなかったっけ? あたしの両親、初めはてきとーにぶらぶらと旅し
てたんだけど、子供―――姉ちゃんが生まれるってんで、ここゼフィーリアに住むことになって。
 んで、住むところも何もなかった父ちゃん達に、親切なじいちゃんがいてさ。商家
をやってたんだけど、子供がいないってんで後継ぎがいなくて。それで、丸ごとゆ
ずってくれたらしいのよ」
「丸ごとって、お家も全部ですか?」
「そ。ま、その時はこんなにまで大きくはなかったそうだけど・・・・・・父ちゃんってば、なーんか商売の才能があってねー。一気にここまで大きくしちゃったのよ。んで、この家ってわけ」
 この家、といいながら、あたしは指で目の前のそれをぴっと指す。
「へー。何かよくわからんけど、すごいんだなぁおまえの親父さん」
「まーね。自慢の父ちゃんだもん」
 はっきりいって、これは自慢できる。どこに出しても恥ずかしくはないぐらいである。
「ほら、行くわよ」
 すごいすごーいとばっかり口にしているロナの手をひいて、門をあけ、庭を歩いて行く。
 何てゆーか・・・・・・あきれるほどに変わってない庭だったり、する。
 あたしが旅に出た時とまるっきり同じ。生えている木も、色とりどりの花も。
 ああ、帰ってきたんだなぁという思いと同時に―――けれど、玄関の扉の前で、足が
ぴたりっと止まる。
 今の時間からして・・・・・・まだ、姉ちゃんは帰ってないと思うんだけど・・・
・・・いやまて、姉ちゃんのことだからどっかしらからの情報網かであたしが帰って
くることも知ってて、待ち伏せしてるってことも・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「リナ? 何で固まってるんだ?」
 後ろからつんつんっとマントの端を引っ張ってくるガウリイに、あたしはちょっと首を振って。
 ―――ええいっ、女は度胸だっ! 行け、あたしっ!
 覚悟を決めて、あたしはドアをノックする!
「こんなでかい家なのに、ノックの音なんか聞こえるのか?」
「ああ・・・・・・ちょっと、魔法がかかっててね。大丈夫。ちゃんと聞こえてるはずよ」
 ま、出てくるまでに時間がかかるのは仕方ないとしても。
 横にいたロナが、心なしか後ろにさがり、あたしの手をぎゅっとにぎる。
 やっぱり・・・・・・不安、ってゆーか。やっぱり緊張する、かな?
 ―――大丈夫。大丈夫だから。
 優しく手を握り返す。そんな思いが伝わるように。伝わってと、願いながら。
 そして。しばらくして。扉が、開く。
「こんにちは。・・・・・・と、あら?」
 あたしと同じ栗色の髪。懐かしい顔。
 旅立った時と全く同じ、変わっていないその雰囲気に、全てに。
 熱いものがこみ上げてきて―――開いた口から、言葉が・・・・・・
「か、母ちゃ・・・」
「どちら様かしら?」

 すべっ!

 あたしはこけた。思いっきり。力の限り。
 いやそりゃまあ、確かに、確かに、長いことずっと旅に出ていたけど。
 十五になる前から出てたから・・・・・・もう、三年以上ってことになるんだけど。
 だからって、だからって―――自分の娘のこと忘れるか!? 普通っ!?
「あ、あのねっ。あたしは・・・っ!」
「ああ、お隣のローザちゃん? ここのところ会ってなかったけれど・・・・・・この前会った時は金髪だったのに、ちょっと見ない間にずいぶんと日焼けしたのねぇ」
 おひ。あたしローザじゃないし。ってゆーかいくら日焼けしたって金髪が栗色に
なったりしないし。
「ローザじゃないっつーの。顔見たらわかるでしょーが顔見ればっ! だからね、あたしはリ・・・」
「あ、わかったわ。リニアちゃんね? 栗色の髪だし! にしても、この前十歳に
なったと思ったら、もうこんなに大きくなっちゃって・・・・・・・子供って、ほん
と、成長が早いわよねぇ」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・だれか、この天然さんを何とかして下さい。
「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁぁっ! あたしはリナっ! リナ=インバース! 母ちゃんの娘よ娘ぇっ!
 なにっ、ほんっとに忘れちゃったわけ!? あたしのこと!? 本当に!?」
「失礼ね。忘れるわけないじゃないの。お帰りなさい、リナ」
「・・・・・・へ?」
 あまりの変わり身の早さに、あたしは目を丸くする。
 そんなあたしの様子を見てか、母ちゃんは小さく笑うと、あたしの額をこつんと小突いて。
「バカね。私が本当にあなたのことを忘れているとでも思ったの? 冗談に決まってるじゃない。
 今まで何の連絡もしないで、思い出したように急に帰ってくるんですもの。だからちょっとした意地悪よ♪」
「・・・・・・あ、そ」
 そうでした。天然ボケなのと同時に、母ちゃんてばこうゆう人だった。
 変わっていないのが嬉しくもあり、何だかあきれるような心地にもなり。
 つられたように笑ったあたしのマントが、またまた後ろから引っ張られた。言うまでもなく、相手は―――
「なあ、リナ」
「・・・な、何?」
 何かこのパターンだと、こいつはまたとんでもないことを言ってきそうな・・・・・・
「で、この人だれ? おまえの姉ちゃん?」

 ずびっ!

 再びあたしはずっこけた。
 か、母ちゃんが母ちゃんなら、ガウリイはガウリイというべきか・・・・・・
「あ、あのねっ。この人はあたしの母親っ! さっきからそう言ってるでしょ!? 
何でそこで姉ちゃんになるのよ!?」
「いやだって、オレ人の話なんて聞いてないし・・・・・・ってええっ!? この人おまえの母親っ!? こんなに若いのにっ!?」
 叫ぶあたしに叫び返すガウリイ。
「あら、若いだなんて・・・」
 まんざらでもなさそうに、ぽっと頬を赤くする母ちゃん。
 もう、何か勝手にしてって感じなんだけど―――
「こう見えても、もう四十はとっくにこしてるわよ。二人の子持ちなんだから」
 こう見えても、と言うのは・・・・・・母ちゃん、外見ははっきり言って若い。だれが見ても四十過ぎには見えない。
 元々童顔気味で小柄なのに(ここらへんがあたしは母ちゃん似だ)、ぽやぽやーっとした天然気味の性格がもろ顔に出ていて、母ちゃんはどう見ても三十前後にしか見えない。服装などによっては充分二十代でも通用してしまうのだから恐ろしい。
 この人の子供だから、あたしがいっつも年より幼く見られるのも仕方ないんだろうなぁ・・・・・・
「へえ、そうなんだ・・・・・・と、すみません。何かいきなり」
 母ちゃんとわかって、いきなりぺこりと頭を下げるガウリイ。何かもう遅いって感じがするけど。
「気にしないで。そのかわり、中に入ったら、たっぷりとお話を聞かせてもらいますから、ね?」
 子供のような無垢な笑顔を浮かべて、母ちゃんは大きく扉を開ける。
 記憶に残る家の香り。まっすぐ続く廊下。いつだったか、割ったことのある窓。
「たっぷり、ね・・・・・・当分話し終わらないわよ?」
「結構。私、お話は好きだし。それに、時間なんてたくさんあるんですもの」
 あたし達の物語―――さて、一日で話し終えるかどうか?
 さっきからずっと固まっているロナの手を引いて、足をすすめる。
 言う言葉は、もちろん、決まっていた。



「―――ただいま!」