いつか旅立つ日まで
〜1〜





















「あ、アメリア。しばらくの間、ちょっと留守にするから」
 日差しがぽかぽかと心地良い、とある晴れた日の午後のことである。
 公務が一段落ついたとかで、アメリアが遊びに来ている。せっかくだから、庭の
テーブルでみんなでお茶でも、ということになり。
 ふと思い出したもので、あたしはそう言ったのだが―――
「ええっ!? しばらく留守って、リナママ、どうしたんですかっ!?」
「リナっ、おまえ、どっか行くのかっ!?」
 アメリアよりも先に、口を開いたのが約二名。
 金髪美形、黙っていれば問題なし、だけど口を開けば大ボケクラゲのガウリイと、
三百六十度どこから見ても女の子にしか見えない、けれど実は正真正銘男の子だった
りする息子のロナ。・・・・・・っておい。
「・・・あ、あのねぇ。二人には説明したでしょ?」
「そうでしたっけ?」
「されたかぁ?」
 ・・・・・・おひ。
「したわよ! 昨夜! 夕食の時にっ!」
「あの、リナさん落ち着いて・・・」
 叫ぶあたしをよそに、ガウリイとロナはなぜかにこやかに笑うと。
「イヤですねぇ、リナママってば。僕とパパが、昨日のことなんて覚えてるわけない
じゃないですか」
「だよなぁ。一晩寝たら忘れるに決まってるよな、オレ達じゃ」
「ですよねー」
「なー」
 こ、こいつらはあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
 なに明るく言ってんのよ!? 何を!?
 クラゲはガウリイ一人でも疲れるってのに、ロナまでこれじゃ・・・・・・はう。
「ロナ君て、変なトコロがガウリイさんに似てますよね」
 しみじみとつぶやくアメリアに、あたしはやけくそ気味にうなずく。
「そーなのよ。クラゲなとことピーマン嫌いなとこ。妙な部分だけ似てるんだからっ」
 おかげで、毎度毎度の料理の際、あたしがどれだけ苦労していると思ってるんだろう?
 基本的にいい子のロナは、大嫌いなピーマンでも、顔をそらしながら食べてくれる
けど、それも何か作る方としては嫌だし。ガウリイになると、全然食べてくれないし。
 そのせいで、あたしはいっつもピーマンだけすりおろしたり思い切り他の食材と混
ぜたり匂いでわからないように香辛料使ったり・・・・・・ぶつぶつ。
「僕、ガウリイパパほどクラゲじゃないですよぉ」
 不満そうにぷうっと頬をふくらますロナ。大きな紅の瞳にさらさらの金髪。その顔
は、本当に女の子そのもの。ふりふりのスカートでもはかせたら、どれだけ可愛いだ
ろうか。
 ・・・・・・実際、ロナに「着てみて♪」とスカートを見せながらお願いしたりし
たのだが、「絶対にイヤ。死んでもイヤです!!!」と思い切り言われてしまった。
ちぇっ。
「んま、ロナはまだ、ちゃんと脳細胞が生きてるもんねー」
 あたしの意見に、変な顔で口をはさむのはガウリイ。
「・・・・・・あの、それって、オレの脳細胞は死んでるってこと・・・・・・?」
「だってあんたの頭につまってるのはヨーグルトでしょ」
「えっ、そうなんですか!?」
 いやあのそこで信じられても困るんだけどロナ。
「ロナぁぁぁぁ。リナの冗談真に受けるなって・・・・・・」
「え? ウソなの?」
 きょとん、とロナ。あう、可愛い。
「ロナ君、ロナ君。たしかにガウリイさんの記憶力のなさには信じられないものがあ
りますけど、これでも一応人間なんですから」
 アメリアは苦笑しながら言い・・・・・・って、さりげに酷いこと言ってるしこの
子も。
「なーんだ。入ってないんですか、ヨーグルト・・・・・・」
 そしてロナ。なぜそこで残念がる?
 我が息子ながら・・・・・・いまいちよくわからん奴。
「で、リナさん。何か話がずれましたけど―――結局、何なんですか?」
「あ、そーいえば、話がいつのまにかかわってたわね」
 ガウリイもロナも覚えてないってゆーし。もう一度説明するか。
「あたし達、アメリアに勧められるまま、戻ってきてからセイルーンに住み着い
ちゃってるじゃない?」
「ええ、そうですけど・・・・・・って、もしかして! リナさん達ここから出て行
く気ですかっ? もうセイルーンに飽きてっ!?」
 ガタン、と立ち上がりアメリアは叫ぶ。―――って、どーして話がそこに行くか
なぁ。
「そんな気ないわよ。だいたい、セイルーンに飽きるって・・・・・・まだ何ヶ月も
住んでないじゃない。そんなんじゃないわよ」
「そうですか? 良かったですぅ」
 ほっと息をつくと、
「だってリナさんってば、王宮内でも『セイルーンを壊滅しかけた女』とか陰口たた
かれてますから、それが嫌でセイルーンから出て行っちゃうんじゃないのかと思って
・・・・・・」
「あはは。あたしがそんな陰口くらいで出て行くわけ・・・・・・って、なにっ!?
 あたし、そんなこと言われてるわけっ!?」
「え? リナさん知らなかったんですか?」
「知らないわよっ!」
 おにょれ王宮の連中めっ! まさかこのあたしをそんな風に言っているとはっ!
 ・・・・・・ま、まあ、たしかに過去に、セイルーンを壊滅しかけたことは事実だ
けど・・・・・・
 でもでもっ! あくまでも『しかけた』だけであって、実際に破壊したわけじゃな
いし! ただ、ちょっぴり国の一部分がふっ飛んだだけで!
 国がまるごとなくなるのに比べたら、一部分ぐらい小さいじゃないか。うん。
「リナママ・・・・・・いったい昔に何やってたんですか?」
 気がつけば、意味ありげな視線であたしを見ているロナ。
「何もやってないわよ。ただ、ちょっぴり国の一部分をふっ飛ばしただけで」
「それのどこがちょっぴり・・・・・・?」
「まあ、若気の至りってやつね。あの頃のあたしってば若かったから♪ 今も若いけど♪」
 あたしの我ながら苦しい理屈に、けれどロナは納得してくれたのか。首をかしげつ
つもミルクを飲む。
 素直なことはいいことだ。うむうむ。
「んで、何かまた話がそれたけど―――つまり、いつのまにか家なんて建てて暮らし
ちゃってるけど、実家には何の報告もしてないのよね、実は。だから・・・・・・
ちょっとね、一回帰って顔出ししてこよーかなと思って」
「それはいいことですよリナさんっ!」
 案の定、アメリアは笑顔で賛成してくれた。べつにアメリアが一緒に行くわけじゃ
ないんだけど。
「離れ離れになっていた家族の再会っ! ああ、何て素晴らしいシチュエイションっ!」
「いやシチュエイションて・・・・・・んなドラマチックなものじゃないんだけど・
・・・・・」
「何を言ってるんですか! 感動的じゃあないですかっ!」
「・・・・・・・・・・・・」
 何やら燃えてるアメリアをよそに、あたしは思わず明後日の方を向いた。
 感動的―――うちの家族に限っては、何かとてつもなく当てはまらないような気が
・・・・・・
 だいたい、十をいくつか越したばかりの娘が旅に出ようって時も、「行ってらっ
しゃい。気をつけてね♪」「いい土産が入ったら送りなさい。私がちゃんともらって
あげるから」「んま、人生死ななきゃどうってことねーからな」とか何とか口々に
言ってたし―――
 どう思い返しても・・・・・・あれって、感動の旅立ちのシーンじゃなかったなぁ
・・・・・・(遠い目)
 ま、いいんだけどね。どーせうちの家族は普通とはちがうし。
「リナママのお家に行くんですか? えっと、ゼフィーリアですよね。王都、ゼ
フィール・シティ」
「よく覚えてるわね、ロナ。昨日の話は忘れてたのに」
「リナママのことですから」
 にこっと笑ってロナは言う。
 できれば、あたし以外のこともちゃんと覚えててほしいんですけど・・・・・・
「へー。おまえさんの実家にねぇ。・・・・・・オレらもか?」
「もちろん。あんた達が行かなくてどーすんのよ。一応紹介しないとまずいでしょ」
 もっとも・・・・・・母ちゃん父ちゃんはべつとしても、姉ちゃんは・・・・・・
絶対に知ってるだろうなぁ、二人のこと・・・・・・
 何かよく知らんけど、姉ちゃんの情報網ってばものすごいし。
 はたして、あれも赤の竜神の騎士としての能力なんだろーか?
「ママ、ママ。僕、おじいちゃんとおばあちゃんに会えるんですか?」
 嬉しそうに言ったロナの言葉に、少し首をかしげて。
 あ、そっか。あたしの両親だから、ロナにとってみれば祖父母になるわけで。
 でも、何でだろう・・・・・・あの二人がおじいちゃんとおばちゃんて・・・・・
・すっごい違和感があるような気がするのは。二人とも、外見だけなら永遠に二十歳
で通用しそうだったし。
「ま、そーゆーことになるわね。嬉しい?」
「はいっ」
「初めておじいちゃん達に会えるんですもんね」
 小さく笑ってアメリアもうなずく。
「じゃあ、三人で楽しんできて下さいね。家は、たまに私が様子見に来ますから! 
庭にも水をまいておきます!」
「ありがと、アメリア。お土産に、ゼリーリアのワインでも持って帰るわ」
 それはそうと、セイルーンの国民として、王女さまに水やりなんかさせていーのだ
ろうか・・・・・・?
 ・・・・・・ま、いっか。アメリアだし。




 そんなこんなで、いろいろな準備などをし。
 ゼフィーリア向けて家を出たのは、それから三日後のことであった。




 久しぶりに身に纏った魔道士ルックに、ちょびっとだけ違和感を覚えた。
 つい何ヶ月ほど前までは、毎日着てたわけなんだけど。ここのところ、ずっと普通
の服だったもんで。
 いつのまにやら、生活ってのは変わってるもんなんだなぁと・・・・・・不思議な
感覚になる。
「久しぶりだなぁ。こうやって街道なんて歩くの」
 ガウリイまでもが、懐かしげにそんな声をもらした。
「久しぶりってことは・・・・・・ガウリイっ、あんた、前に旅してたことちゃんと
覚えてるのねっ? すごい、すごいわガウリイっ!」
「お、おまえなぁ・・・・・・」
 あたしの褒め言葉に、なぜかガウリイは頬をひきつらせる。
「いくらオレだって、あんな印象強い事件の連続だった時のこと、忘れるわけないだ
ろうが」
「忘れるわけない、ねぇ。ふぅぅぅぅん」
 あたしはぴっと指をたて。
「じゃあ問題。あたしとあんたが初めて出会った事件で倒した大物さんの名前は?」
 言うまでもないが、あの赤眼の魔王シャブラニグドゥのことである。
 さて、これに答えられたら、さっきのガウリイの言葉を信じてあげてもいいのだが
―――
「え、えっと、えっと、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だっけ?」
「やっぱり忘れてるじゃないっ!」
 うだああああ、少しでも信じようとしたあたしがバカだった!
「赤眼の魔王シャブラニグドゥですよ、ガウリイパパ。そのうちの一体を、ゼルさん
も合わせた三人で倒したんでしょう?」
 口をはさんだのは―――前をひょこひょこと歩いていた、腰に一本の魔力剣をたず
さえたロナ。
 着ている物は、動きやすい少年もの。完璧に子供のその服と、長い剣とかちょっと
不釣合いだが、あたしがいるかぎり、何が起こるかわからないのだからコレは必需
品。んま、剣なんてなくても、ロナに敵う奴がそうそう出てくるとは思わないけど。
何たってロナ、ゼロスと同等ぐらいの力を持っているらしいし。
 と、それはさておき。
「ロナ。あんた、そんなことまで知ってたの?」
 赤の竜神の騎士としての『力』から、ロナがとんでもないことを、だれから教わる
でもなく知識として持っているのは知っていたけど―――
「知ってますよ。リナママ達の話は、神族の間でも魔族の間でも有名ですから。ま
あ、アメリアさんに聞いた話とかもありますけどね」
 にしても、リナママに戦いを挑むだなんて、バカな輩もいたものですねぇ―――
と。そう呟くロナの表情が・・・・・・
「・・・・・・ろ、ロナ・・・・・・?」
 なぜだか、とても冷ややかに見えたのは―――それは、はたしてあたしの気のせい
か。
 たまに、ゼロスがいつものにこやかな笑顔を取り払い、魔族そのものの表情になる
ことがあったけど、何だかそれと似ているかのような。
「あ、チョウチョ!」
 蝶を見つけて、とたんいつもの子供っぽい顔に戻るロナ。ぱたぱたっと走り出す。
「走ると転ぶぞー」
 苦笑しながら、横から口を出すガウリイ。すっかり、父親って感じが板についてい
て。
 ・・・・・・気のせい、かな? 今のは?
 首をかしげるあたしに、何か力を使ったのか、それとも偶然か、手に蝶を止まらせ
たロナが振り返る。
「リナママ? どうしたんですか?」
 あどけないその表情。子供特有の、無邪気さに溢れた。
「ううん、何でもないわ」
 あたしは、小さく笑ってそう答える。
 妙なこと言って、ロナを不安がらしても仕方ないし。
 とりあえず―――姉ちゃんに、赤の竜神の騎士のこと、いろいろと聞いてみるか・
・・・・・




 セイルーンからゼフィーリアまでは、けっこうそこそこの距離があった。
 しかも、子供のロナの足に合わせてるもんで、普段よりも時間が余計にかかるわけで。
 だけど、いくら離れてるとはいえ、歩いている以上、いつかは着いてしまうわけで
―――
 家を出てから何日経ったのだろうか。偶然出会ったデーモンをなぎ倒し、盗賊を
ぶったおして金品強奪し、近頃じゃめっきりやらなくなった山に竜破斬を一発なんぞ
とゆー技をかまして地形をかえたりしてストレス発散したりするうちに。
 ―――あたし達は、すでにゼフィーリアの国境の前にいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あう、着い
ちゃった」
 覚悟はしておいたはずなのだが―――実際にここまで来ると、どうにも決心が鈍る
のがわかった。
 この国境を越えて、それからしばらく歩けば・・・・・・もうそこは、すぐに王都
ゼフィール・シティ。
 時間にして、夕方ぐらいまで歩けば着いてしまうほどの距離に、もう来ているのである。
「リナ? 何で止まるんだ?」
「・・・・・・ふふ、ふふふっ。ちょっとねぇぇぇぇぇ」
 あああああああああああどうしようううううううううううううううううっっ!!!
 どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするっ!?
 あうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうあうっ!
 ・・・・・・って、ダメだこりゃ。何かあたしの頭、変になってるし・・・・・・
「リナママ? お家行くの、イヤなんですか?」
「嫌ってゆーかねぇ・・・・・・」
 べつに、母ちゃんや父ちゃんに会うのはべつにいいんだけど。
 姉ちゃんに・・・・・・姉ちゃんに会うのが・・・・・・・・・・・・・・・
 ああっ! 挨拶もしないうちから子供を産んじゃって(しかも七歳)、しかもセイ
ルーンに庭付き一戸建ての家なんて構えてるなんて言ったら!?
 まちがいなく姉ちゃんに殺されるうううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!
 い、行きたくない・・・・・・殺されるのが目に見えてるのに行きたくなんかない
けど・・・・・・
 でもでもっ! だからといって、ずっと挨拶しないままだと、それはそれでもの
すっごい怖いものがあるしっ!
 それこそ、ある日買い物から帰ったら、姉ちゃんが家にいる、ってこともありえそ
うだし―――
 うあああああああああどうするっ!? どうするあたしっ!?
 はあ・・・・・・これぞまさしく、運命の選択・・・・・・っ
「・・・・・・リナママ、どうしたんでしょうね?」
「・・・・・・オレ達に内緒で拾い食いでもして、腹でも壊したんかな?」
「・・・・・・ママってば、お金持ってるのにケチですからねー」
「・・・・・・そうそ。あれぞまさしく守銭奴ってやつだよなー」
「ってそこ! 何ひそひそしてんのよっ!?」
 ったく! だぁぁぁぁぁっれが拾い食いよっ? だれがっ!?
 人が真剣に悩んでるってゆーのに!
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・も、いーや。
「ああ、もうっ! とにかく行くわよっ! 行けば何とかなるわっ!」
 首をかしげるガウリイとロナにかまわず、あたしはさっさと歩き出した。



 行った後で―――結局、後悔するはめになるのだけれど・・・・・・