Behind
the Red Curtain 〜第十五幕〜 |
「信じられないわ……。」 「なにが?」 「こうしてあなたに街を案内してることと…。」 「…ことと?」 「私が恋に落ちたこと……。」 「それはオレも同じだよ…。」 翌日、オレはサティーンにミースの街中を案内してもらっていた。 いわゆる、“でえと”というやつだろうか…? 今日の彼女は髪を一つにまとめた、灰色のスーツドレス姿だ。 昨夜とは一転して全身を覆い隠している。 黒い手袋と黒い帽子がシックな色合いの中でアクセントとなっている。 オレはというと、昨日クレイグに借りたタキシードのままである。 ただし、黒いジャケットと赤いベストは脱いで、白の蝶ネクタイも外しているが…。 昨夜は結局、オレはあれから自分の宿に戻った。 あのまま彼女と結ばれてしまうのは、あまりにも軽率というか、盲目的というか…。 オレは傭兵としての自分の信念を忘れたわけではなかったし、 彼女にも、プロとして、客と恋に落ちないという意識があったからだ。 そして、一晩じっくり考えて、お互い、この気持ちが本物だと思ったら、 翌日噴水の広場で落ち合おうと約束したのだ。 そして、彼女は来てくれた……。 今のところクレイグとは会っていない。 新しい仕事でも入ったのか、クレイグの姿が見当たらないのだ。 こちらとしても、そのほうが助かる…。 あいつに会わせる顔がないから…。 「ねぇ、ガウリイ?」 「ん?」 思考の世界に引き込まれていたオレを彼女が引き戻す。 「あそこに入って、少し話でもしない?」 彼女が指さすのは大きな劇場。 現在上演中のミュージカルのポスターや看板が外壁に、所狭しと並べられている。 今日の興行は終ったらしく、劇場周辺には観客らしき人だかりはない。 「いいけど…でも…入れるの?」 「私は顔が広いのよ。」 そう言う彼女に手を引かれて、オレたちはスタッフ用通用口から劇場内に入っていった。 すれ違う関係者達は彼女を知っているらしく、狭い廊下を会釈しながら通り過ぎていく。 そして辿り着いたのは薄暗く広い観客席。 既に人一人なく、幕が閉められた舞台の向こうで、大道具を作る金槌の音がするのみだった。 オレたちは二階の客席に腰を落ち着けた。 「ここがね…私の夢の舞台なの…。」 「夢…?」 唐突に彼女は語り始めた。 「私は子供の頃から女優になるのが夢だったの…。毎日のようにこの劇場に通ったわ。」 「それでここの人間と顔見知りなのか…?」 「ええ。最初は追い返されたりしてたけど、そのうち見かねたオーナーがチケット売りの仕事なんかを任せてくれるようになって……。裏方の仕事でも、芝居に関わることができて、私はとても幸せだった……でも……。」 「……………。」 「そんな自由な暮らしも、長くは続かなかったのよ…。」 夢を語り、輝いていた彼女の顔が曇る。 「何があったの…?」 オレはそんなサティーンの手を取った。 きっと何か辛い事があったのだろうと思ったから……。 「ついこの間のことよ……。」 「……………。」 「両親が亡くなったの…。」 ポツリと呟くサティーン。 彼女の表情に、オレの胸が締め付けられるように痛んだ。 「もともと貧しい家で、家族で支えあってたのに、両親が亡くなって……私も死のうと思った……。」 「……………。」 「でも、ボロを着て街をぶらついていた私に声をかけてきた人がいたのよ…。」 「……………。」 「それが…パレス・オブ・ウーマンの4代目クリス・ガードナーだったの……。」 「それで君は……。」 「実はね、あなたが私の、最初のお客さんなの……。」 そう言ってサティーンは小さく微笑んだ。 でも、その瞳には涙が浮かんでいて……。 「いつかあんな所飛び出してやるって思ってたけど、あなたに……あなたに…出会えた……。」 その一言に、オレの身体は突き動かされた。 気づいた時には、サティーンを腕の中に抱きしめていて…。 その赤い唇に、深く深く、口付けていた。 遠くからオレ達を見つめる、マリンブルーの瞳があることに、気づく事すらできずに……。 幸福の絶頂の中、その日オレ達は初めて結ばれた──。 to be continued...... |