Behind the Red Curtain
〜第十三幕〜

















「オレには関係のないことだ。」

「そんなこと言わないでくれよガウリイ!」



一仕事終え、場末の酒場で飲んでいたオレは、傭兵仲間からのしつこい懇願に辟易していた。


「なあ…頼むよぉ!俺とおまえの仲じゃないかぁ〜!」
「たまたま雇い主が同じなだけだ。オレは一生、誰ともつるむつもりはない。」
「だからそんなこと言うなって!生き別れの双子の弟の頼みなんだぜ?」
「オレには生き別れの双子の兄弟なんていない。たまたまオレ達の容姿が酷似しているだけだ。」


そう……先ほどからオレに纏わりついて離れない男……。
先月、ある戦場で出会った傭兵で、名前をクレイグ・オズボーンという。

それ以来オレに付き纏っているわけだが、如何せんコイツはオレと全く同じような外見をしている。
長く伸ばした黄金色の髪に海の色のような碧眼。
オレより、ほんの僅かに身長が低いことと、赤い装束を身に纏っているという点を除けば、
他の身体的特徴や顔の造りもほぼ同じだ。

そんなオレたちが揉めている光景は、端から見れば滑稽に違いない。


「そんな冷たいこと言わないでくれよ〜…!ただ彼女の前で俺の歌を披露してくれればいいんだ!」
「娼婦ごときのために時間を浪費したくない。」
「おまえ知らねぇのか?この街、ミースの娼婦は上玉揃いで有名なんだぜ?」
「生憎、オレは女には不自由しないからな。金を払わなくても向こうから寄ってくる。」
「へっ!それは俺も同じだ!おまえと同じ顔してんの忘れんなよ…。」
「だったら何故その娼婦に入れ揚げる?」


先ほどまで威勢のよかったクレイグが突然口をつぐむ。
オレが痛いところをついたからであろう。

そう…。
オレ達傭兵には、“親睦”や“友情”といった言葉は必要ない。
そしてもちろん……“愛”も──。
娼婦と寝ることはあっても、それはたった一夜限りの関係…。

その女を愛してはならないのだ。


「おまえだって分かっているだろう?オレ達の生き方の何たるかを…。」
「…………。」
「どこで買った女だか知ら──」
「そんな言い方はやめろっっ!!!」

店中に響き渡るクレイグの大声がオレの言葉を遮った。
彼のこの台詞が、益々オレ達の滑稽さを彩ることであろう。
客たちの好奇の視線が増えたのに気づいたのか、クレイグは若干顔を赤らめて続けた。


「と、とにかくだ、俺はまだ彼女と話したことすらない…。街角で彼女を一目見ただけなんだ……。」
「それで惚れたのか?」
「…あ、ああ……。」


一層顔を赤らめるクレイグ。
だがオレはクレイグに釘をさしておかねばならない。

「さっきオレが言った事が伝わっていないようだな…?」
「いや…俺にもよく分かってる…。」
「本当だろうな?」
「ああ…傭兵稼業を捨てる覚悟もできている。もっと言えば、この街ミースに留まる覚悟も…。」

その言葉に、俺は驚かされた。
目の前の男の決意を込めた真摯な瞳は、その言葉が嘘ではないことを物語っている。
そして、その女に対する想いも……。

「……事と次第によっては、剣を捨てるわけだな?」
「ああ……。」

頷くクレイグの深みを増したマリンブルーの瞳が、その真剣さを物語っていた。


フッ………。
たかが女のために……。


「いいだろう。おまえに協力してやる。」
「ほ、本当か!?ガウリイ!?」
「不本意だがな。」
「おおおお〜!!さすがは俺の兄貴だぁぁ!!!」
「それ以上言うと斬るぞ。」
「………は、はひ…。」


かくしてオレは、クレイグのくだらない計画に協力する羽目になってしまった。
詩歌を嗜むこの男は、女に気持ちを伝える手段としても詩を用いるらしく、
オレ扮する“クレイグ・オズボーン”に、その女の前で、自分で作詞した歌を披露してもらいたいらしい。


なぜ自ら女の所へ赴かないのか──?


答えは簡単である。
この男は極度のあがり症なのだ。
クレイグの理論からすると、歌の力によってあらかじめ自分に惚れている女が相手ならば何とかなるらしい。
なんとも情けない話だが…。


そんなオレがいま立っている場所は──。


娼館『パレス・オブ・ウーマン』──。

『女の宮殿』という意味の、なんともありきたりな名前だが豪壮華麗な娼館の一部屋だ。
クレイグの野郎がわざわざオレにタキシードを着せたのも、この店の外観を見れば納得がいく。

ここは、オーナーの就任が襲名制という変わった店で、
このほど引退する4代目に代わって5代目に相応しい男を募集中だという。
だがしかし、その選出に毎回苦心が払われるらしい。

ご多分に漏れず、“5代目クリス・ガードナー”の成り手がいないのだ──。

なぜか?
答えは至って簡単である。
“クリス・ガードナー”の座に着いた者は女断ちしなければならないのである。
就任と同時に相続できる莫大な財産も、肉欲の前では駄賃にすぎないというわけである。
余談だが、今年オープンする新店舗の『ジャルダン・ド・ミース』というナイトクラブの全権もその5代目が握るらしい。

そんな風変わりだが、絶大な人気を誇る娼館にいるわけだが……。

オレが通されたのは、実に質素で狭い部屋だった。

赤い光を放つランプがシルク製のシーツの皺が妖しくうねるベッドを照らし出している。
サイドボードの上には、ブランデーと葉巻。
窓が開け放たれ、黒いカーテンが風になびいていた。

クレイグが惚れたサティーンとかいう名の女を指名した結果がこれだ。
きっと駆け出しの娼婦なのであろう。

オレが手持ち無沙汰に部屋の真ん中に突っ立ってしばらく経ったそのとき───。


コンコン


木製の部屋の扉をノックする音。
きっとサティーンのご登場であろう。

「開いてるよ。」

オレはどうしても気の無い返事しかできない。
そしてゆっくりと、その扉が開けられた。
淡い光を背に、そこに立っていたのは───。


「私をご指名だったかしら?」


目の前に佇む彼女のあまりの美しさに、オレは言葉をなくしてしまった。


                                 
           
                                 
            to be continued......