Behind the Red Curtain 〜第十幕〜 |
結局俺は、あのままリナと再会出来ず終いだった。 唯一この状況を承知しているガードナーにも会えず、俺は…いや、“ガブリエフ公爵”は、 店の従業員と思しき、二人のスーツ姿の男に連れられて、『赤い象の部屋』に連れて行かれた。 そう、名前の通り、ここは『赤い象の部屋』である。 煌びやかな巨大な象の模型の中に、豪華絢爛な装飾をあしらって、部屋を作っているわけだ。 その室内は、見渡す限り、赤・赤・赤!!! キングサイズの丸いベッドから、ベルベッド製の壁に至るまで、とにかく、赤い色に拘っている。 そしてその赤を引き立てているのが、部屋の細部に施された金色の装飾だろう。 象の部屋の赤い扉を開けると、15mほど先の、向かいの壁(つまり、象の横腹)には、 人の背丈と同じ高さのハート型にくりぬかれた巨大な窓がある。 その窓の縁は、目が眩むような金色だ。 外からは娼婦やダンサーの嬌声や男たちの笑い声、音楽や歌声が聞こえてくる。 窓から臨む、ミースの夜景を眺めながら、俺はサティーンが来るのを待っていた。 そう……ここは、トップコーティザンの“仕事場”なのだ…。 あのまま、彼女は再びブランコに乗って虚空に消えていった。 サティーン…か……まさか、君と再び再会できるとはな……。 「ここから見える景色って素敵だと思わない?」 不意に投げかけられた、よく通る声…。 それは…六年ぶりに聞く、懐かしい声…。 振り向くと、そこには、黒い下着のような扇情的な服に身を包んだサティーンが立っていた。 ハイヒールを履いた足元まである、身体が完全に透けて見える夜着の下には、黒いガーターベルトと黒いコルセット。 腰より少し上までの高さまで伸ばした緋色の髪にはスパイラルカールがかけられていて、 薔薇にも勝る赤い唇の端を少し上げ、挑発的な碧眼で舐めまわすように俺を見つめる…。 「詞的な、気分に、なれるでしょ?」 形のいい唇が、一単語ずつ区切って言葉を紡ぐ。 「…ああ…。」 久々に会う彼女に、正直俺は、緊張していたのかもしれない。 自分でも少し声が震えているのが分かる。 「何か食べる?それとも、シャンパンなんて、どうかしら?」 サティーンは俺に背を向け、部屋の隅の、黄金の小さな円卓へと向かった。 その上には、マスカットやメロンなどの果物と、氷の入ったケースに ボトルごと浮かんでいるシャンパンが並んでいる。 俺に気づいているのか──? それとも……。 「いや、それよりも、君と話がしたい。」 俺は賭けにでるつもりで、その言葉を口にした。 その言葉に、サティーンは動きをとめた。 シャンパンボトルを、音を立ててケースに突っ込む。 彼女は俺に背を向けたまま円卓の縁を掴むと、そのまま黙りこんでしまった…。 「サティーン……?」 どこか様子のおかしい彼女に、俺は一歩、足を踏み出した。 「……何しに来たの…?」 小さく呟くような声…。 「え…?」 「何しに来たのかってきいてるのよ!」 勢いよく振り向いたサティーンの青い瞳には、涙が一杯に浮かんでいた。 あとはもう…何も考えられなかった……。 気づいた時には身体が勝手に動いていて……。 俺は泣きじゃくる彼女を、息ができなくなるくらい、力強く抱きしめていた……。 それは、俺が初めて、リナのことを考えなかった瞬間でもあった……。 to be continued...... |