人 魚 姫
――蒼天の龍 碧海の華――









 第10話

 神殿から溢れ出た光が、死の風を消し去っていく。
 溢れ出す光に、ゼロスが呻いた。

「これは……」

 ガウリイの傷ついた身体に力が甦っていく。
 枯れていた木々が緑を取り戻し、濁った水が清さを取り戻す。
 優しく力強い風が死の空気を押し戻していく。
 島を取り囲む海から、様々な歌声が響き渡った。

 イルカたちの高い声に、鯨たちの高く低く響く声。それに海鳥たちの声が重なる。
 マーマン少年聖歌隊によるボーイソプラノが響き、それに集まった他の人魚達が声を重ねる。
 命を讃え、命を支える……生の賛歌。

「地・風・炎そして……水」


『ガウリイさん、今です!』
『ぼやぼやすんじゃねぇ!さっさと止めを差しやがれ!!』
『今こそ……全ての闇を払う時。
 さぁ、貴方のその剣に四つの力を…!』

『ガウリイ…!』

 聞き覚えのある声と、知らない二つの声。でもそれが自分を励ましてくれているのは分かった。そして、リナの声。
 その声に導かれるまま、ガウリイは光の剣を天にかざした。

 大地の力を象徴する、緑の輝き。
 風を象徴する、銀の輝き。
 炎を象徴する、真紅の輝き。
 そして、水を象徴する青く淡い輝きが、ガウリイの持つ光の剣に集約されていく。
「くっ………」
「ゼロス……今度こそ決着をつけてやる」
「後少しという所で……余計な邪魔が入りましたね」
 依然としてゼロスは強気の態度を崩していない。だがその瞳に隠された焦りにガウリイは気がついていた。
 死の力に侵されていた時、ガウリイ達の力が削がれたように生の力に満ちた今、ゼロスの力は反対に削がれている。
 反対に今のガウリイは力に満ちていた。
 輝きを増した光の剣をかざし、猛然と斬りつける。

「覚悟しろ、ゼロス!」

 光の剣の刃をゼロスが杖で受け止める。激しい鍔迫り合いの中、紫と青の瞳が交差する。

「どうやらここまでのようですね」
「ゼロス!」
 空間を渡られては逃げられてしまう。
「そうはいかせるかよ!」

『スペース・インターセプト!』

 凛とした声と共に、周囲が虹色の光に包まれる。
「お前等!」
「空間遮断の術を掛けたわ。もう逃げられないわよ」
 にっこりとキャナルが微笑む。
「随分好き勝手してくれたわね。この島にまで侵入するなんて。でももう終わりよ」
 槍を構えたミリィがぴたりと穂先をゼロスに向ける。
「お前等魔族にはもう二度と手を出させやしない。これできっちりケリを付けてやる」
 ケインがサイ・ブレードを構え、ガウリイに並ぶ。

「覚悟しろ、ゼロス!」

 ガウリイとケインが左右同時に斬りかかる。
「いくわよキャナル!」
「任せて!」
 キャナルが呪文を唱え始める。
「炎と光の精霊よ、今こそここに集い我が力となれ……『光焔乱舞』」
 集まった輝きがミリィの持つ槍に集約する。
「いくわよ、百発百中のあたし達の技、受けるがいいわ!
 『サイ・ブラスター』!!」

 青白く燃える炎の槍をミリィがゼロスめがけて投げつける。
「!?」
 ケインを弾き飛ばし、かわそうとしたゼロスの足が何かに縫い止められた様に動かない。
 槍が放つ光が魔族の力を削ぎ、その場に縫いつけたのだ。
 ゼロスに、炎の槍が突き刺さる。

「ぐわあぁぁぁあぁぁあぁあぁあああっっ!」

 光と炎に焼かれ、仰け反ったゼロスの目に映ったのは。

 青白く燃える光の剣をかざしたガウリイの姿。


 ざん………っっっ


 光の刃が、ゼロスを一刀両断にする。
 策謀を巡らせ、何度もガウリイ達を窮地に陥れたゼロスの。

 これが、最期だった。


          ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 神殿に満ちていた光が、ゆっくりと消えていく。
「リナ!」
 ガウリイの声に、リナが振り返る。彼女の手には虹色に輝く真珠がそっと握られていた。
「それが……」
 嬉しそうに微笑み、リナが頷く。
 そっと近付いたキャナルが、リナの手から新しい“海の宝珠”を受け取る。
 ほっと息をついたリナが、その場に崩れ落ちる。
「リナ…!?」
 彼女の身体を抱き留めたガウリイは、そのあまりの軽さに息を飲んだ。いくら何でも軽すぎる。しかも今こうして抱きかかえているというのに、何故これほど存在感が希薄なのか。
「一体……どうしたんだ」

「リナは……もうすぐ消えるわ」

 振り返った先には、ルナが一人佇んでいた。
「消えるって……どういう事です!?」
 ルナはケイン達に頷いてガウリイに近付いてきた。
 “宝珠”を手にしたキャナルを中心に三人が姿を消すと、ルナはリナを抱き抱えたガウリイの前に立った。
「リナはもうすぐ海の泡になって消えるわ」
「!!」
「……この神殿は、代々の“珊瑚の王女”の墓所でもあるのよ」
「墓所……だと……」
 呆然としたガウリイは、腕の中のリナに目を向けた。
 すでに彼女に意識はなく、か細い息づかいだけが僅かに伝わってくる。その身体が僅かに透けて来つつあるのに気がついたガウリイは、しっかりと彼女を抱きしめた。
「“海の宝珠”の再生……その為だけに“珊瑚の王女”は生まれてくる。そして役目を終えた後、この場で消滅してしまうのよ。
 自分の存在すら、保つ事が出来なくなって」
「何か……何か方法は無いのか!?助ける方法は!」

「………一つだけ、方法があるわ」

 ルナは静かな眼差しでガウリイの瞳を見据えた。その手には一振りの短剣が握られている。

「この短剣で貴方の胸を突くの。
 貴方の人間としての命……それをリナに与えれば、この子は消滅を免れるわ」

「……なんだ、そんな事か。驚かすなよ」
 これにはルナも目を見開いた。
「何だって、それだけなの?私の言った意味、ちゃんと分かって言っているのかしら?」
「俺の命でリナが助かるなら、何を迷うことがあるんだ?」
 呆気にとられるルナの前で、ガウリイはそっとリナの額に口づけた。
「すぐ助けてやるからな……リナ」
「本当に良いのね?」
「あぁ」

 ルナから短剣を受け取り、代わりにリナを預けてガウリイは鞘を抜いた。

「必ずリナを…」
「えぇ。……分かってるわ」

 ルナが頷くのを見届け、

 ガウリイは、自らの胸に短剣を突き立てた。





To be continue...