人 魚 姫 ――蒼天の龍 碧海の華―― |
第9話 巨大な樹が、どっしりと大地に根を下ろす。その根本で、一人の少女が一心不乱に祈りを捧げていた。 「アメリア」 彼女に近付いたエルフの青年が声を掛けると、少女はゆっくりと顔を上げ、青年の方を向いた。 「ゼルガディスさん……」 「大地の力はどうなんだ?」 「まだそれほどは……リナさんの方が上手く進んでいれば大した事にはならないと思います。 でも……嫌な予感がするんです」 エルフの巫女姫であるアメリアには予知能力がある。それを知っているゼルガディスは深く息を吐いた。 「ゼルガディスさん、一つお願いがあるんですけど……」 「なんだ」 「連絡を取って欲しい方がいるんです。それも、早急に」 「分かった。それで、誰に連絡をつけるんだ?」 ゼルガディスの問いかけに、アメリアは遙か彼方にそびえる山脈に目を向けた。 「風の長……シルフ族のミリーナさんに」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 山頂が雲の上に顔を出す高山に、一つの種族がひっそりと暮らしていた。 そこへ風を切り、一羽の銀色の羽根の鷲が飛来した。 「ん?」 見張りに立つバードマンがそれに気づき、立ち上がる。 「シルバー・イーグルか。……これは!」 足につけられた手紙に目を落とし、慌てて彼は集落へと飛び立った。 届けられた手紙に目を通し、ミリーナは静かに立ち上がった。 「ミリーナ様」 「エルフの巫女姫が何と?」 「エルフの森へ行きます。用意を」 集まった一同からざわめきが上がる。 シルフ族の長が、風を治めるこの地から離れるなど前例がない。 「ミリーナ様、それは……」 「何故ミリーナ様がわざわざ行かれなくてはならないのですか?」 「水界の守護者…人魚族の危機です」 「水の……」 「しかし、何故ミリーナ様が出かけられなければならないのですか!? 以前にも我々は力を貸した。これ以上は彼らの役目」 「そうだ。そもそもこれは水の一族の問題ではないですか」 「水の一族の問題だからこそ、行かなくてはならないのです」 凛としたミリーナの言葉に、一瞬にしてざわめきが消える。 「忘れたのですか?以前アメリア姫の要請でバードマンの部隊を派遣したときの事を」 「忘れてはおりません。 ……あれだけの魔物の相手をしたのは初めての経験でした」 ミリーナの前に膝をついたエルクは、あの時のことを思い出して俯いた。 膨大な数の魔物達。 傷つき、倒れた仲間も少なくはない。 「今ここで水界が魔の力に渡れば、あのような出来事が日々繰り返されるようになります。 それを見過ごすことが、私達に許されると思うのですか?」 最早誰一人ミリーナに反対する者はいなかった。 風の民を見回し、ミリーナはただ一言告げた。 「出かけます」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ エルフ達が遠巻きに見守る中、鳥たちが一斉に飛び立っていく。 「初めまして、アメリア姫」 「こんにちわ。こちらこそ初めまして。私のことは、アメリアと呼んで下さいね」 「そうですか?ではお言葉に甘えて……」 ミリーナは、手にした小型の竪琴を抱えなおした。まっすぐに視線を合わせ、一つ頷く。 「アメリアさん、どこで始めるのです?」 「この先に、エルフの守護大樹があります。そこでなら風の力も掴みやすいと思います」 「そう。じゃ、急ぎましょう」 「はい」 アメリアを先頭に、森の中を進む。 木々の間を抜けると、一面の花畑が広がった。その中央の丘の上に、大樹がどっしりと根を下ろしている。 「立派な樹ですね」 「はい。もうずっとこの森を守ってくれているんです」 白い衣装を纏ったエルフの神官達が、エメラルドのついた杖をアメリアに差し出した。 「これが、エルフ族に伝わる“地のエメラルド”です」 花畑に腰を下ろしたミリーナが竪琴を構える。 「“風のクリスタル”よ」 「これで“火のルビー”があれば……」 炎の力が魔族の手に落ちて久しい。 火の一族である火竜族は、全滅こそ免れたもののちりぢりとなっていてその所在は不明のまま。 「“海の宝珠”は今海界の神殿で再生しなおしている途中なんです。でもリナさんが失われた“火のルビー”を持っていたから、それを介して私達の力を送ることが出来ると思うんです。 ……本当は、誰か火竜族の人がいれば完璧なんですけど……」 「火竜族?」 ミリーナが首を傾げた。 「どうかしたんですか?」 「………見つかるかもしれませんよ、アメリアさん」 「えぇ!?」 ミリーナの口元に苦笑が浮かぶ。 「どういう事なんですか?」 「ちょっと、ね」 ばさばさばさばさばさばばさばさばさばさばさばさばさばさ……… 「みり〜〜〜〜〜〜〜な〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ」 「え?」 目が点状態になるアメリア。 舞い降りてきたのは巨象さえ鷲掴みにするロック鳥だった。よく見ると足で何かを掴んでいる。 ぺいっっ 「あ」 ずべしゃっっ ロック鳥は掴んでいたものを上空で投げ捨てると、悠々と去っていった。 地面に激突したものを、エルフ達が遠巻きにして見つめた。 「あの………ミリーナさん、これって……」 「全く……いつもは必要もないのにどこからでも湧いて出て来る人が、どうして必要な時には行方を眩ませるのか…… いつまで寝てるつもりです?ルーク」 ミリーナに声を掛けられると、ぴくぴくしていた男はがばりと跳ね起きた。 「ミリーナ!!やっぱりお前も俺のことを愛してくれて」 「いません」 身も蓋もないミリーナの一言に、ルークと呼ばれた黒髪の青年ががっくりとうなだれる。 が、顔を上げるとにんまりと笑った。 「恥ずかしがり屋だなぁ。俺のミリーナは」 「誰が貴方のですか」 「わざわざロック鳥なんかで呼ばなくても、ミリーナが俺の名前さえ呼んでくれれば地の果てからでも飛んでくるのに」 「結構です。 アメリアさん、これは一応火竜族の者です。これでも一応長ですから何かの役には立つでしょう」 「…………あ、そうなんですか」 目の前の状況にちょっぴりついていけなくなっていたアメリア。 「火竜族?」 訝しげな声を上げたのはゼルガディスだった。 「火竜族なのに髪が黒いのか?」 火竜族は炎の力を司る一族。それゆえ、髪は燃えさかる炎のような真紅であったはず。 「あぁ、これか。染めたんだ」 「染めた?」 「ミリーナがさ、『赤毛は嫌い』って言うから。な?ミリーナ」 「知りません」 目の前で繰り広げられる光景に、ゼルガディスは頭を抱えた。 どうしてこう……緊迫感がないのだろうか。 「でもこれで四つの力が揃いましたね!天は私達に味方しています! いまこそ四つの種族が正義のためその力を合わせる時です!!」 「……なぁ、あれ、何だ?」 「おい……うちの一族の巫女姫にけちを付けるのか?」 「いや……ちょっとついていけないノリかと思ったんでな……」 ちょっと引いた感のあるルークに、ゼルガディスは溜め息をまたついた。 たしかに、このまま放っておいたらいつまで経っても話が前に進まない。 「アメリア、時間が無くなるぞ」 「え?あ? す。すみません!あんまりにも燃えるシチュエーションだったんで……」 こほん、と一つ咳払いをし、アメリアが大樹に向かい合う。 妙なる調べが風に乗って舞い上がる。 繊細な、それでいて力強い旋律が奏でられ、アメリアの声に重なる。 奏でる旋律にあわせてミリーナが声を響かせるとルークがそれを追いかける。絶妙な追いかけっこの隣でアメリアとゼルガディスの声がぴったりと寄り添いあう。 ざわざわと大樹が緑の葉を揺らす。 一つ、また一つと灯るフェアリーソウルが蛍のように大樹を取り巻き、やがて一つの流れを形成した。 光の粒は集まり、寄り添い合い、一つの奔流となって天へ駆け上っていく。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 聖なる島に、死の影が広がっていく。 その中で、ただ生まれたばかりの“宝珠”をリナは抱きしめている事しか出来なかった。 じわじわと迫る絶望と死の影。 ………大丈夫。絶対に大丈夫。 祈る事しか出来ないけれど。 それでも。それだからこそ。 信じている。 みんなを。そして……… 髪飾りがふわりと光を浮かべた。 地上を旅している間に何度も見た、闇を照らし、寒さからの解放をもたらす温かな光と熱。 闇に立ち向かう、勇気の象徴。 溢れ出した、真紅の光。聖なる炎の力。 足下から伝わってくる力。 冬の寒さを乗り越え、燃えさかる炎からも再生を果たす力。 闇からの再生を果たす、希望の象徴。 豊かな森の色。聖なる大地の力。 優しい風が、髪を揺らす。 励ますように吹き抜けたそれは、次の瞬間荒れ狂う力となって死の風を吹き払った。 闇を吹き払い、新たな力を呼び込む英知の象徴。 透き通った、聖なる風の力。 そして………伝わってくる、みんなの祈り。 闇を溶かし、包み込む優しき力。聖なる水の力。 みんなが、いる。 あたしは、決して一人じゃない。一人で戦っているのではない。 生まれたばかりの……まだ力を持ち始めたばかりの“宝珠”が。 聖なる力に導かれ、眩い光を放った。 全ての闇を払う、聖なる光を。 To be continue... |