人 魚 姫 ――蒼天の龍 碧海の華―― |
エピローグ 〜平穏〜 室内に、幼い少女の泣き声が響いていた。 「おいおい泣くなよ」 「だあってぇ〜〜〜」 泣きじゃくる幼い娘を、困ったように若い父親がなだめていた。 その様子を冷ややかに金髪の少年が眺めている。 「にんぎょひめもおうじさまもかわいそう……」 「お話としては、これじゃ落第点だよ、父様」 「それはちょっと辛くないか?セルディ」 父親の抗議に、息子は肩を竦めて答えた。父親譲りの蒼い瞳が冷ややかな色を浮かべている。 「当然だと思うけど。いくら相手を助けるためといっても自分が死ぬんじゃ、そんなの意味ないからね」 息子からのなかなか辛い批評に、父親は苦笑した。 「あらあら何の騒ぎ?」 娘の泣き声に顔を出した母親が、三人を見て苦笑を浮かべた。 「かあさま〜」 泣きじゃくる娘を抱き上げ、困ったような顔を父親に向ける。 「またあのお話をしていたのね」 「そう。父様にしちゃ上手く作ってると思うけど、まだまだだね。リーアを泣かせるようじゃ、合格点はあげられないよ。 そう思わない?母様」 息子の指摘に微妙な笑みを浮かべ、母親はちらりと視線で促した。それを受け、父親は息子に言った。 「まだちゃんと完結してないんだから、批評はそれからにしてくれると助かるんだが」 「まだつづきがあるの?」 「あぁ」 涙で綺麗な真紅の瞳を更に赤くした娘の頭を撫で、父親は口を開いた。 「………王子様はな、ちゃんと生きてたよ。気がついたら、故郷にある自分のお城に戻っていたんだ」 城にはみんなが揃っていた。 父王も母も、兄夫婦も。 驚いたことに、彼が城を出てからわずか7年しか経っていなかったのだ。 「城に戻ってからも、王子様は毎日毎日海に行った。 大切な人魚姫は助かったのか、元気にしているのか……知りたかったけれど、海の民でない王子様にはもう確かめる術がなかったんだ。 ……そうして、一年が過ぎた」 ……それは、ある満月の夜。 「何気なく外を見ていた王子様は、海で一頭のイルカが跳ねるのを見たんだ」 「わかった!あのいるかさんでしょ? にんぎょひめといっしょにいた、しろいいるかさん!」 得意げに目を輝かせる娘の髪を撫でて父親は微笑んだ。 「そうだよ。 それを見た王子様は、城を飛び出したんだ。行き先は分かるか?」 「あの入り江だね?」 「当たりだ。 ……砂浜に目を凝らした王子様は、そこに誰かが倒れているのを見つけたんだ」 砂浜に広がる長い栗色の髪。 雪のように白い肌。 ほっそりとした手足。 「王子様が声もなく見ていると、ゆっくりとその人は起き上がったんだ」 頼り無げに辺りを見回していた瞳が、彼の前で止まった。 蕾が開くように、彼女の顔に笑みが広がっていく。 「……その人は、あの人魚姫だった。 人魚姫は、本当の人間になったんだ。そして、王子様と結婚して末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし」 「ずっといっしょ?おうじさまも、にんぎょひめも?」 「あぁ。ずっと一緒だ」 「とおさまと、かあさまみたいに?」 「あぁ、そうだよ。安心したか?リーア」 「うん!」 目をきらきらさせている娘に笑いかけ、布団をかぶせてやる。 「お話は終わりだ。二人とも、もう寝るんだぞ」 「はぁーーい。おやすみなさい、とうさま、かあさま」 「じゃ、僕も部屋に戻るよ。おやすみ、リーア」 「おやすみなさい、にいさま」 「…………父様」 廊下に出たセルディは、ちょっとだけ振り返って父親を呼び止めた。 「ん?」 振り返った父親に、息子は意味ありげな笑みを浮かべた。 「……人魚姫と仲良く、ねぇ」 「え?」 きょとんとした母親に、にっこりと笑う。 「セルディ?」 「何でもないよ、母様。おやすみなさい」 ひらひらと手を振って、走り出す。 「………ホント、万年新婚だからなぁ。うちの両親は」 廊下の影から、仲良く歩いていく両親を見送ってセルディは肩を竦めた。 子供達を寝かしつけた後。 父親は夫婦の寝室に戻った妻の後を追った。 「どうした?真っ赤だぞ、リナ」 「もう……誰のせいだと思ってるのよ。あんな事まで正確に話すこと無いじゃない」 真っ赤になって抗議する妻を、嬉しそうにガウリイは抱きしめた。 「でも……詳しい事なんて何にも話してないのに。あたしに似て賢いわね、セルディは」 「まったくだ。おかげでツッコミが怖くなってきたよ」 クスクスと笑い続ける妻を抱きしめてガウリイは言った。 「でも……本当にもうだいぶ経つのよね……あれから」 「そうだな」 柔らかな髪を指先に絡め、口づける。 「それにしても、姉ちゃんたら……何でそんな誤解される様な言い方をしたのかしら」 「さあ……それは分からないけど」 腕の中から見上げる妻に口づけを落とし、窓から見える海に視線を向けた。 「ずっと守っていくさ……リナも、セルディも、リーアも……」 「頼りにしてるわよ、ガウリイ」 「あぁ」 再会出来たあの時から。 いや、初めて出会った幼い時から。 彼が守ると決めた、ただ一人の女性。 そして彼女がもたらした掛け替えの無い宝物達。 「そのうち、本当のこと教えてやるか?」 「本当の事って……あたしが人魚だったって事?」 「それもあるけど……そうだな、やっぱりあれかな」 「あれ?」 「プロポーズはリナからだったって」 「ちょっ……何言って」 真っ赤になったリナを抱きしめて、ガウリイはかなり人の悪い笑みを浮かべた。 「なにせ、『海ではもうやること無いし、暇でしょうがないからお嫁に来てあげてもいいわよ』だもんなぁ」 「止めてって言ってるでしょお!?」 「そこまで言われちゃ、男としては断れないよなぁ」 「ガ〜ウ〜リ〜イ〜〜〜ッッ」 これ以上無いくらい真っ赤になってリナはガウリイの髪を引っ張った。 「もう止めてよっ!そんな事話したりしたら、あたし実家に帰るからねっ」 「どーやって?」 「ふふん、あたしの実家が海だと思って安心してるわね?ざーんねんでした! あたしはいつでも帰れるのよ?ほら」 リナが取りだしたのは、あの銀のペンダント。 「あたしはいつだって人魚に戻れるんだから。 海王…父様だって、『辛い事があったらいつでも帰ってきて良いぞ』って言ってたんだし」 「………そうなのか?」 「そーよっ。 ……まぁ、その後姉ちゃんに頭小突かれてたけど」 その時の情景を思い出してリナはクスクスと笑った。 あまり一緒には居られなかったけれど、父王が自分をとても大事にしてくれていたのは良く分かっていた。 その分、人間として嫁いでいくのにはかなり渋い顔をしていたのも。 「ふぅぅぅん……… つまり、それさえなければリナは海に帰れないわけだな?」 にんまりと笑うガウリイに、ひくっとリナが引きつった。 慌ててペンダントを抑え、ガウリイから距離を取る。 「リーーナ♪」 「だっダメ!これは渡さないからね!!」 室内を逃げ回るリナを実に楽しそうにガウリイは追いかけた。 「ちょっと!!いい加減にしなさいよいい歳して!!」 「やっぱり家族円満には母親が不可欠だよなぁ?その為にも……」 「こらぁっ!何よその笑みは!!」 「いいからいいから♪」 「良くなぁ〜〜〜いっ!」 ☆★☆∽☆★☆∽☆★☆ ふわりふわりと螢が舞う様子を、アメリアはゼルガディスと並んで見ていた。 「静かですね、ゼルガディスさん」 「あぁ、そうだな」 暫く無言だったアメリアが、急にクスクスと思い出し笑いを始めた。 「アメリア?」 「いえ……この間水晶球に映ったリナさん達の事、思い出して」 「相変わらずどたばたしていたな。とても二人も子供がいるとは思えん」 水晶球に映ったのは、相変わらずボケた発言をしたらしいガウリイと、それをスリッパで突っ込んでいるリナの姿。 二人に良く似た子供達がそれを楽しそうに見ていた。 「でも、とても幸せそうでした」 「そうだな……それには同感だ」 「幸せなのは良い事ですね!ゼルガディスさん」 顔をほころばせるアメリアを、穏やかな微笑みを浮かべてゼルガディスは見守った。 「………私達も、負けないくらい幸せになりましょうね」 「ん?」 「何でもありません!」 真っ赤になってアメリアはぱたぱたと手を振った。 「………あぁ、そうだな」 「ゼルガディスさん……!」 寄り添い合う二つの影を、銀の光を放つ月が静かに見守っていた。 ☆★☆∽☆★☆∽☆★☆ 風に乗って穏やかな調べが天に舞う。 「………何の用ですか?」 「用が無くちゃ顔見に来ちゃダメなのか?」 「………せっかく聖石が戻って来たのだから、やることが山積みなのでは?」 「だから、ミリーナに会いに来たんだよ」 ちょっと離れた岩の上に腰掛け、ルークは空にかかる満月を見上げた。 「散り散りになってた一族もだいぶ集まってきたしな。おかげで仕事が山積みだ。 ……ミリーナにもなかなか会いに来られなくて、ご免な」 「別に。静かで結構です」 相変わらずの物言いにルークは破顔した。 そのまま、二人の間に沈黙が下りる。 「……あいつら、どうしてるかな」 「あの二人の事なら、もう子供が出来ましたよ」 「本当か!?」 「えぇ。男の子と女の子が」 「二人もいるのか?」 「たしか、上の男の子が7歳、下の子が5歳だったはずですけど」 ルークは思わず天を仰いだ。 「いいなぁ…… な、ミリーナ俺達も」 「寝言は寝てからにしてください」 冷たく言い放ちながらも、ミリーナは穏やかな微笑みを浮かべていた。 沈黙の中、ミリーナの奏でる楽の音だけが静かに響いていた。 ☆★☆∽☆★☆∽☆★☆ 『ちょっとやだ、こらガウリイ!』 『……リナが実家に戻るなんて言い出すのが悪いんだぞ』 『先に変な事言いだしたのはあんたでしょ!』 『ほほう……そんな事を言うか。なら……』 『きゃあっ……もう、いい加減にしてよ』 『帰ったりしないな?』 『もう………するわけないでしょ?分かってるクセにいぢわるするんだから』 「まったく……何やってるんだか」 「ルナ様、西の海の状況が届きました」 自分を呼ぶ声に、ルナは水晶に映る光景から目を離した。 「今行きます。 ………いつまで新婚を続けるつもりかしら。こんな光景父上に見せたら、また不機嫌になるわね」 離れている事が多かったせいか、父が妹を特に気に掛けていたのをルナは知っている。 「あの子がガウリイさんの所に行くのを最後まで渋っていたし……本当にいつまで経っても子離れ出来ないんだから。 さて、と」 瞬時にルナの表情が変わる。 妹を思う姉の顔から、水界を治める女王としての顔に。 「あの子達がもう二度と戦乱に巻き込まれないように……私がしっかりしなくちゃね」 海を治める“真珠の女王”として。大切な妹の姉として。 平和を取り戻した世界を守っていく……それがルナの決意。 室内に残された水晶が、きらりと小さく光を放った。 ☆★☆∽☆★☆∽☆★☆ 「もう、どこにも行くなよ」 「行かないわ。……ずっとここにいる。ガウリイの傍にいる。 だって……」 ガウリイの腕に身体を預けて、リナは呟いた。 「……ここが、あたしの居場所だもの……」 ………こうして。 長い物語は幕を閉じた。 これ以後のお話は、当人達によって綴られていくのみ……… 第3部《再生編》完 ***駄文のお詫びと感謝*** これで「人魚姫」のお話は終わりです。 今までこれを連載させて下さった飛鳥さん、そして読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。 特に第3部に入ってから書く速度が極端に落ちて、お待たせしたことをお詫びします。 ここまで長い話を書いたのは初めてでした。最後まで欠くことが出来たのは感想を寄せて下さった方々のおかげです。 本当にありがとうございました。 |
Lily様へお礼の言葉v
長きに渡り綴られてきた物語も、ついに終焉を迎えた、ということで。
本当〜にお疲れさまでした。
お礼の言葉は言い尽くせないほどですvvvv
本当にありがとうございましたv