人 魚 姫
―蒼天の龍 碧海の華―









 第6話

 水が濁っていく。
「ったく、後で綺麗にするの大変なんだから。どうせなら掃除くらいしてから滅んで欲しいわね」
 ミリィがうんざりという様子で呟いた。
「大変なのか?」
「そりゃあね。魔によって死んだ生命って、そのままだと命の流れに戻れないのよ。それを浄化するのが神殿に勤める巫女の役割なんだけど……」
「“宝珠”の再生が終わらない限り、私達にはその仕事が出来ないんです。ですから」
『しっかりお願いしますねvガウリイさん』
 にっこり微笑む二人にガウリイは苦笑を浮かべた。
「その為には、次のお客さんにお引き取り願わなくちゃな」

「ほう……どうやら運で勝ったわけではなさそうだな」

 水が渦を巻き、その中から一人の男が姿を現した。
「お前は」
「俺の名はピシシーダ。貴様がガウリイか」
 じろじろとピシシーダはガウリイを眺め、鼻で笑った。
「確かに見栄えは悪くないようだが……海の王女を娶るには役不足だな」
「お前にどうこう言われる筋合いはない。
 俺はリナを守る。お前達などに彼女は渡さない。それだけだ」
 ガウリイは肩を竦めて笑った。
「それに、お前等に認められなくても、リナとルナさんに認めてもらえたからな。お前等が何を言っても痛くも痒くもない」
「…………一応、俺も認めてないんだが…………」
「無駄な抵抗よねぇ」
「うるせぇ」
 すねるケインをミリィが笑う。
「大人しく引き下がるなら、見逃しても構わないが……言うだけ無駄、か」
「そういう事だ」

 ピシシーダが手を挙げる。
「俺の得意技を見せてやろう」
「?」
 水が揺れる。

 ……何だ?妙に辺りが赤く……

「赤潮!?」
 海面の方に目をやったミリィが叫んだ。

「ご名答。こいつは赤潮だ。
 もちろんご期待通りただの赤潮じゃない。水魔の力をたっぷり込めて熟成させた特別品だ。たっぷり受け取ってくれ。俺からのプレゼントだ」
「プレゼントの押し売りはお断り!さっさと持って帰ってよね!」
「遠慮はいらない。まだ沢山あるからな。これから世界中の海にこれを広めて差し上げよう。
 沿岸の魚や貝達にとってまたとないプレゼントだろう?」
 そう言う間にも、赤い死の水は波に乗って広がっていく。

「冗談じゃないわ。あんなのが広まったりしたら、海の生き物が死滅しちゃうじゃない」
「何なんだ、赤潮って」
「実際は水じゃないんです。もともとは水にすむ微生物なんですけど、水界のバランスが崩れたときとかに異常発生してしまうんです。
 これが起きると魚達は息が出来なくなって死んでしまう。それに、赤潮が起きるとあなた達人間が食べる貝が毒を持ってしまったもするんです。そうなったら人間だって死ぬことになります」
 キャナルは海面を漂う死の水を睨んだ。
 ピシシーダはただほくそ笑みながらその様子を眺めている。
「あいつを倒しても消えないのか」
「大量発生は押さえられるかも。でもあいつが滅んだからといって消えてくれる訳じゃ無いわ」
 渋い顔をするミリィ。
「どっちにしろやることは決まってるだろうが!ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと行くぞ!」
 斬り込んでいくケインにガウリイは苦笑した。
「確かにな。サポート頼む」
「了解!」

「4対1ですか。これでは面白くありませんね」
「お前等を楽しませるほど趣味悪くないんだよ!」
 ケインの一撃をかわしながら、それでもなお余裕の態度でピシシーダは呟いた。
「少し、遊び相手を増やしましょう」
「!」
 ざわざわと海底が蠢き始める。
「何あれ…気持ち悪い」
 腐臭を放つ異形のモノが、ゆっくりと海底から体を起こしてくる。それも半端な数ではない。
「我が王の力……とくとご覧あれ」
 ピシシーダが嗤う。

 動きそのものはそう速くない。だが水の中だというのに咽せかえりそうになるほど強い腐敗臭にガウリイは顔をしかめた。
 こいつらはただ臭いだけじゃない。
 圧倒的な死の匂いを振りまきながら、次々とピシシーダの周囲を取り囲んでいく。
「水魔にしちゃ……妙だな」
 ちらりとケインは背後のキャナルに視線を向けた。
「ケイン!」
「ちっ」
 襲いかかるそれを振り返りざま右切上に剣を振るう。
 確かに剣は相手を捕らえた。だが伝わる感触はあまりにも違っていた。

「!?」

 まるで柔らかな泥でも斬ったような感触に、ケインが咄嗟に身体をひねる。
 ケインを襲った一撃は、崩れゆくその化け物の身体からのびた触手だった。
 斬られればぐずぐずと身体を崩れさせ、泥のようになる。そしてそれはまた元の塊に吸収され、そこから新たな化け物が再生される。
「きりがないな……」
 ガウリイはちらりと周囲を見回した。
 ケイン達も善戦しているが、斬っても斬っても再生する魔物が相手ではどうしても防戦が主体になっていた。ガウリイの光の剣であればどうやら再生する事無く消滅するようだが、後から後から現れる魔物を全て消滅させる前にこちらの体力がつきてしまうだろう。
 海面の赤潮はさらに酷くなっていっている。
 激しい戦いが続く中、次第に息苦しさが感じられるようになっていた。
 ピシシーダは余裕の表情でこちらを眺めている。
 消耗戦になれば不利なのはガウリイ達だった。
 まだ“深きものどもの王”は姿を見せていない。これ以上体力を消耗させるわけにはいかなかった。

「仕方ねぇな……おい、ガウリイ」
「なんだ」
「今から大技をぶちかます。あれなら多分こいつらもあいつもまとめて吹っ飛ばせる筈だ」
「ケイン!あれをやるつもりなの!?無茶よ」
「無茶だろうが何だろうが、やれることはみんなやる。それがプロってものだろうが。
 キャナル、やれるな」
「はい」
「……時間稼ぎだな。任せろ」
「合図したら離れろよ。巻き込まれても俺は責任持たないからな」
「分かった」
 目で合図をかわし、ガウリイは魔物の群に飛び込んで剣を振り回した。ガウリイの死角から触手を伸ばす魔物はミリィが叩き斬る。
 キャナルが小さな声で歌い始める。


 ざわりと水が揺れた。


「ん?……何を始める気だ」

 魔物の群の中からピシシーダは目を細めてガウリイ達を見ていた。
 限りなく再生を繰り返すこの魔物を相手に、なかなか良く戦ったと言える。だが彼らが力尽きるのは時間の問題だった。それを待ってから弱くなった結界を破り、宝珠と珊瑚の王女を王に捧げれば水界の全ては水魔の王の物になる。
 勝利を確信していたピシシーダは、キャナルが歌い始めた時もたいして気には止めなかった。何をしても、無駄であると。
 いい加減諦めれば良いものを……

 嘲笑おうとしたピシシーダの視界が、一瞬のうちに青白い光で染め上げられる。

 全ては刹那の瞬間の出来事だった。



 ガウリイは唖然として目の前に出来たクレーターを眺めた。
「いつ見ても反則物ねぇ。これは」
 ガウリイに苦笑いして見せながらミリィが呟く。
「大丈夫?ケイン、キャナル」
 心配そうなミリィにキャナルは微笑んで見せた。
「ちょっと、疲れたけど。でも大丈夫」
「ケインは?」
「俺も平気だ。
 あの野郎はむかついたからな。一発斬ってやりたかったんだが、ま、仕方ねぇか」
 ぐるぐると肩を回しながらケインは不敵に笑った。
「今のは?」
「プラズマ・ブラスト。キャナルが練り上げた力を俺のサイ・ブレードで増幅、放出する技だ。
 威力は、見ての通りだ。ただこれをやっちまうと後で動けなくなるのが難点だな」
 ケインの一発は、海上に広がっていた赤潮までまとめて吹き飛ばしていた。
「さてと……これでお客は打ち止めか?」

「プラズマ・ブラストですか……たいした威力ですね」

 弾かれたように全員が顔を上げる。
 少し離れた場所に漂っていた赫い塵が集まっていく。

「そんな……あれをくらって生きてるなんて……」
「くそっ」

 呆然とするミリィ。
 唇を噛みしめるキャナル。

「しかし……これも無駄なあがき。
 王が復活なされた今、お前達の力は削られる一方。しかし我々は……」

 ピシシーダの身体が大きく膨らんでいく。

「海が汚れるほど……水界に魔の手が伸びるほど……
 我々は力を増す。こんな風にな!」

「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
 ピシシーダの作り出した渦に弾き飛ばされたキャナルが、海底の岩に叩きつけられる。
「キャナル!」
「仲間の心配より、自分の事を心配したらどうですか?」
「お前に言われたくねぇな!」
 吐き捨てるように言うケインに、ピシシーダは嗤いで答えた。

「それでは、そろそろ最終幕……エピローグとしましょうか」





To be continue...