人 魚 姫 ――蒼天の龍 碧海の華―― |
第5話 水にも気配がある。 普段はあまりにも弱く、微かなものなので誰も気がつかない。 それでも水がその存在感を消すことはない。いつも穏やかに他の全ての生き物を守っていく。 しかし。 今水が放つ気配は、禍々しいものと化していた。 「やだ!何よこれ!?」 ミリィが気色悪そうに声を上げる。 見た目は無色透明だが、明らかに害意を持つ何かがそこにいた。 キャナルが何かの術を唱えると、一斉に水に色が付く。 「……って、何だこいつら」 「とりあえず、魔の気配を持つ物に色を付けてみたんだけど……」 霧のように動くものが、水中を漂いながらこちらを窺っている。自分たちの姿が捉えられていても気にした様子はない。 「形のない水魔ってわけね……また厄介な……」 ミリィが顔をしかめる。 「くすくす……初めまして、水界の王女の守護者達」 ゆらゆらと揺れていたそれが一つにまとまっていく。四人の目の前でそれは一人の女の姿をとった。 「私は水魔フィエステリア。無駄な抵抗はよしなさい。あなた達に私は倒せない」 「言ってくれるじゃねぇか」 ケインは顔をしかめて剣を抜いた。 「倒せないかどうか……んなものやってみなくちゃ分かんねぇだろ!」 ケインの持つ剣の柄から青白い光がのびる。 「それは?」 「お前の持つ光の剣よりは威力が低いけどな。魔族相手にするならこいつでなきゃダメだ」 「おやおや……せっかく忠告してあげたというのに。まぁいいわ。 個にして全、全にして個であるこの私を倒せるものなら倒してみなさい」 くすくすと笑いながらフィエステリアが手招きする。 「ケイン、あんまり熱くなったら相手の思うつぼよ」 「サポート頼むな、ミリィ」 「あのねぇ」 「水界一の腕前、頼りにしてるぜ」 小さく肩を竦め、ミリィは群青色の槍を構えた。 「そこまで言われちゃ、やるしかないわね。このミレニアムの腕前、とくと見せてあげるわ!」 突っ込んでいくケインに合わせ、ミリィもフィエステリアに向かっていく。 「ガウリイさん、ここが水の中という事を忘れないで下さい。一応私達と同レベルくらいには動けますが、それでも地上にいたときに比べて身体が重いはずです」 「分かった」 キャナルに頷き返し、ガウリイも光の剣を発動させた。 「くすくすくす……どうしたの?私を倒すのではないの?」 フィエステリアの哄笑が響く。 「ちっ、厄介な奴だ」 フィエステリアはかなり厄介な相手だった。 女の姿と霧状の姿、双方を巧みに用いてこちらの攻撃をやり過ごす。特に霧状の時にはいくら攻撃を仕掛けても全く効果はない。 からかうように女の姿になってみせ、四人を嘲笑う。 「広範囲の術もありますけど……」 「頼むから今はやらないでくれよ。俺達まで黒コゲになっちまう」 「キャナルの術はリナとは別の意味で半端じゃないしね…… でもどうするの?このままじゃこっちのダメージが増える一方よ」 余裕を見せるようにフィエステリアは女の姿で嗤っている。しかし斬りつければ刃が当たる寸前に身体を分解させてしまう。 「来ないの?なら……今度は私から行こうかしら」 フィエステリアの両手から細かな泡と共に何かがわき上がる。 「!?」 真っ先に反応したのはキャナルだった。 「キャナル!?」 「あらあら…この程度でもう影響が出るの?さすが清い水でしか生きられない人魚族の巫女。 貴女が死んだらさぞかし素晴らしい生贄になるんでしょうね」 蒼白な顔でキャナルが呪文を呟く。 「キャナル!」 「大丈夫、毒消しの術を使ったから。 ……でも、このままじゃ……」 「……おいケイン」 「ん」 「気がついたか?あいつ……あの姿になるとき一瞬光る部分がある」 ガウリイはフィエステリアから視線を外さないまま小声で言った。 「お前の方が速い。狙えるか」 「……どこだ」 「奴の身体で言うなら……丁度鳩尾の所だ」 「了解」 ケインはキャナルに付き添うミリィに一つ頷くと、ガウリイに次いで剣を構えた。 「行くぞ」 短い気合いと共にガウリイが斬りつける。 「無駄だというのがまだ…!?」 霧から女になる刹那の時。 ケインの一撃は正確にフィエステリアの鳩尾を貫いていた。すかさずガウリイも返す一撃を同じ場所に加える。 獣のような咆吼をあげてフィエステリアが仰け反る。血走った目で睨み付けるその様子に、先程までの余裕は微塵もない。 そこにミリィの槍が突き立つ。 「貴、様ら…」 「『ライトニング・ヴォルト』!」 「だあぁぁぁあぁぁっっ!?」 ミリィの槍めがけ激しい電撃が放たれる。 「キャナル!ここでそれを使うのはよせって言っただろうが!」 「ちゃんとミリィの槍を避雷針にしたでしょ?」 もうちょっとで黒こげになるところだったケインが叫ぶが、キャナルはすました顔をしている。 「それにしても、良く気がついたわね、あいつの核に」 ミリィが崩れ去り水に溶けていくフィエステリアから槍を拾い上げながらガウリイに微笑みかけた。 「さすが、リナが選んだだけの事はあるわね」 「ふん。これくらい出来て当然だ」 「まったく、いい加減認めたらいいのに。戦いはチームワークが大事なんだから」 「そうそう。それに……」 「あぁ。どうやら第二陣のお出ましのようだ」 ガウリイは青い水の向こうに視線を向ける。 どす黒く変色した海水がゆっくりと広がっていった。 「ここがそうなの?」 「あぁ。海底火山もある。火の魔族であるゼロスが侵入するにゃ丁度いい場所だろう」 一方そのころ。 ルナとジオークはとある海溝の上にいた。遙か海底から火山の熱による気泡が立ち上ってくる。 「“王”の復活にゼロスが手を貸したのは間違いないが……」 「えぇ。いくら“宝珠”が失われたとはいえ、いくらなんでも早すぎる。恐らく“王”はゼロスにとっては捨て駒の一つでしょうね」 「全くとんでもねぇヤツだな。一応仮にも水魔の王を捨て駒たぁな」 「まさに、目的のためなら手段は問わず、ね。そして、あいつの目的は」 「十中八九、お前さんの妹姫だな。んで…」 ジオークはにやりと笑った。 「お前さんはどうする?」 答えてルナも微笑みを浮かべる。 「可愛い妹にはもう決まったお相手がいるの。妹の恋路を邪魔する相手には……やっぱり地獄を見ていただかなくちゃv」 「くっくっくっ、そいつはてぇへんだ。お前さんの見せる地獄じゃ、魔族も裸足で逃げ出すだろうぜ」 ルナの微笑みを見てジオークはおかしそうに笑った。といっても今のルナの微笑みを見て笑えるのは、あくまでも彼が微笑みを向けられた相手ではないからだろう。 「んじゃ、いくか。今頃守護者達が奴の手下とぶつかってるはずだしな」 「それに……“王”の復活がもし私の予想通りなら、そろそろ限界の筈。これ以上はあの子の力を取り込まなければ動けないわ」 ルナが呪文を唱え、二人はまた姿を消した。 To be continue... |