蒼天の龍　碧海の華

人　魚　姫
――蒼天の龍　碧海の華――

　第４話　それは、ふとした違和感だった。　目を開けると柔らかな栗色の髪が見えた。何かを抱きしめるようにしている小さな柔らかな体。　腕の中のリナを抱きしめ、再び目を閉じようとしたガウリイは何かの気配に顔を上げた。　ここは海の聖域。今ここに立ち入ることが出来るのはここにいる二人のみ。　気配の元はこの島の中にない。それは外から……じわじわとここへ向け迫ってきている。　リナは瞳を閉じたまま、胸に抱えた光を抱きしめている。その腕に力がこもっているのにガウリイは気がついた。「リナ……」　返事はないが、ガウリイはリナもこの気配に気がついているのが分かった。彼女の力を受け、今まさに再生を果たそうとしている新たな“宝珠”。それを狙うものがいる。　ガウリイは片方の腕でリナを抱きしめたまま、身に帯びた剣に手をやった。　彼女を守るための剣。自分の力。　もう一度リナを堅く抱きしめる。彼女が頷いたのを確かめ、そっと腕を放した。　リナから離れ、光の外に出る。「すぐに片づけてくる。待っててくれ、リナ」 ◆　◆　◆　◆　◆　◆　◆ 　それは、最初は小さな異変だった。　川に死んだ魚が浮き始めたのはいつだったのか。　しかしそれは瞬く間に魚の大量死へとつながっていった。　ある場所では少しずつ木が枯れていっていた。　湖からゆっくりと生き物が減っていく。「お帰りなさい、ゼルガディスさん。どうでした？」「ひどいものだな。オレ達エルフのすむ森はまだいいが、ごく普通の森はあちこちで木が立ち枯れている。生き物が死滅した湖まであった。　力の流れはどうなっている？」　アメリアは顔を伏せた。「大地の力はまだ大丈夫です。でも水の力は…… 　今頃リナさんが“宝珠”を再生させていますけど、再生が終わるまでこの異変を止める方法はないですし…… 　それに、ルナさんから連絡があったんです。どうもあの”深きものどもの王”が復活してしまったらしいんです」「何だと！？」　ゼルガディスは愕然としてアメリアの顔を見つめた。「あれが復活したとなると……」「もちろんルナさん達も正義のため頑張ってます！でもただでさえ水の力が弱まっている時でしたから」　アメリアはぎゅっと手を握りしめた。　ゼルガディスはそっとアメリアの手を取った。「水のことはあいつらに任せるしかない。大丈夫さ。あいつらなら」「……そうですね。今は、私たちに出来る事をやっていればいいんですよね。　ありがとうございます、ゼルガディスさん。おかげで元気が出てきました！　リナさん達が“宝珠”を再生させ終わるまで、魔族さん達になんて負けたりしません！！」　気合いを入れてゼルガディスに微笑みかけると、アメリアはいきなりそばにあった大樹によじ登った。「見てなさい魔族さん達！私たちの正義の力、見せてあげます！！」　ガッツポーズで叫ぶアメリアに、エルフ達から賞賛の声が挙がる。　その様子に、ちょっぴり心配になったゼルガディスであった。 ◆　◆　◆　◆　◆　◆　◆ 　ルナは険しい顔つきで、報告を聞いていた。　現在の状況からして、“王”の復活はまず間違いない。だが報告は手下である水魔達の事ばかりだった。　もちろんそれらとて無視できるものではない。だが“宝珠”が再生するまで打つ手はあまりないのが実状だった。　しかも人間達の技術力が伸びるのに伴い、河川の汚染は無視できなくなりつつあった。“宝珠”の力の消滅により、水は自浄能力を失いつつある。「随分難しい顔をしてるじゃねぇか。真珠の」　かけられた声に顔を上げると、碧鱗のリザードマンが半月刀を片手に立っていた。体格は優に普通のリザードマンの二倍はある。「碧鱗の王ジオーク……その『真珠の』って呼び方は止めてって言いませんでした？」「そうだったか？まぁ細かいことは気にするな」　豪快に笑いながら彼は近付いてきた。「お前さんとこの若い連中も、結構やられてるみてぇだな」「えぇ。それに今回はなかなかしっぽを掴ませないようね」「そりゃあそうだろう。当時の海の王にゃ煮え湯を飲まされたわけだからな」　半月刀を肩で揺らしながらジオークは笑う。「そういや、ここに来る途中で面白いもの見たぞ」　ルナが微かに眉を動かす。「ゼロスだ。ここから南東の海溝の近くだな」「南東？」　リナの居る島があるのは西。方角的にはほぼ逆なのだが…… 「気になるわね」「だろう？お前さんならのると思ってな、言いに来た」　ジオークはにやりと笑った。「行くか？」「行くわ」　ルナもにやりと笑う。「お前達は引き続き水魔の討伐を。しかし無茶な深追いは絶対にしてはならない」『はい！ルナ様もお気をつけて』「悪いな。お前さん達の真珠、ちっとばかし借りるぜ」　ルナの呪文で二人の姿は瞬時にかき消える。　残された人魚達は慌ただしく動き始めた。　二つの水の勢力が衝突する時は間近に迫っていた。 ◆　◆　◆　◆　◆　◆　◆ 　唯一の出入り口まで来てガウリイの前に、一人の人魚が姿を現した。あの時リナを迎えに出ていた三人のうちの一人。「お待ちしてました。私はキャナルといいます。以後どうぞよろしく」「あぁ。こっちこそよろしくな」「これを」　キャナルが差し出したのは、直径１センチほどの小さな虹色の玉。「これは私たち人魚の秘薬です。これを飲めば私たちと同様水中でも息が出来るようになります」　ガウリイはそれを受け取ると躊躇いなく飲み込んだ。　口の中で溶けたそれが喉を滑り落ちていく。その感触にガウリイは覚えがあった。　海で溺れかけた時にリナが飲ませたのが、これか。　キャナルの先導で海中に潜る。「何が起きてる？」「水界の魔王が復活しました。その為、あちこちで活性化した水魔が暴れています」「そうか。で、そいつはこっちに来てるのか？」「まだはっきりとは」　キャナルの後について結界を通り抜ける。「そういえば、ここって出入りできないんじゃないのか？」「私は海の神殿の巫女。といっても全ての巫女が入れる訳じゃないですけど」　二人の人魚が並んで待っていた。「私の兄ケインと従姉妹のミレニアムです」「よろしく。私のことはミリィって呼んでね」「ま、足手まといにはなるなよな」　相変わらずのケインにガウリイも不適に笑って答える。「何が来ても、リナを守るだけだ」「その言葉、しっかり守れよ」　ケインは言って視線を背後に向けた。「どうやら、お客さんみたいだな」 To be continue...