人 魚 姫 ――蒼天の龍 碧海の華―― |
第3話 リナに案内されて、ガウリイは再び白亜の建物の中に入った。 さっき出てきた部屋の前を通り過ぎ、更に奥へと向かう。 「ここよ」 リナが立ち止まったのは建物の最奥の部屋だった。 そこはそう大きな部屋ではなかった。ただ高い天井から光が降り注ぎ、穏やかな気配に満たされている。 周囲に施された精緻な彫刻。そこから流れ出した水が静かにせせらぎの音を奏でている。 「本当に、いいの?今ならまだ引き返せるけど……」 「まだそんな事言ってるのか? いいから始めようぜ。俺はずっとこうしてるから」 そう言ってリナをガウリイは抱きしめた。こうしているだけでリナの力になれるのなら、何時までだってこうしていよう。 ガウリイの腕の中でリナは目を閉じ、祈り始めた。 周囲を流れる水がざわめき出す。 天井から降り注ぐ光の中を、水滴が舞い踊る。組み合わせたリナの手……その中に小さな光が生まれる。 光はゆっくりと大きくなり、二人の姿を覆い隠していった。 「始まった……」 水の力がある一点を目指し、集約されていく。その気配を感じ取り、ルナは玉座から立ち上がった。 西の海域に向かった者達からの連絡が途絶えて、しばらくたつ。 「誰か」 「お呼びでしょうか、ルナ様」 「出陣します。用意を」 「!?」 泳ぎだしたルナの後を慌てて共の者達が追う。 「ご出陣などなぜ…」 「“深き者共の王”を私以外の誰が封印できる?」 「しかしまだ封印は解かれては」 「いない、と? 違うわね。すでに動き始めているでしょう」 硬直する人魚達を振り返り、ルナは言った。 「どれだけの者達の行方が途絶えている?おそらく相手はリナを攫った張本人、ゼロス。であれば時を無駄にはしていない」 そう。あのゼロスなら。 そして奴が考えているのは、ただ“王”を目覚めさせるだけではない。 「ラウディ様」 テラスで険しい顔で海を見つめていたラウディは、控えめな声に振り向いた。 「メリルーン……帰ったのか」 「はい」 メリルーンはラウディの隣りに立つと、視線を海へ向けた。 「また赤潮が……それに、ある海域に入ると倒れるという噂を漁師達が」 「そうか」 それきり、二人の間に沈黙がおりる。 「ラウディ様……ガウリイ様は……」 「あいつのことなら心配するだけ無駄さ。どうせ今頃あの人魚姫を掴まえて二人で仲良くやってるに決まってる」 「まぁ。そんなこと言って、本当は心配なくせに。 義父様と同じで素直でいらっしゃらないんだから」 ころころと笑うメリルーンにラウディは苦笑した。 「でも……私もそう思います。きっと……」 「そのうち、三人で帰ってくるんじゃないのか?」 「ま」 微笑んでメリルーンは海へ視線を向けた。 ……どうぞ無事で…… その願いは届くのか。 「またこの雨……このままじゃ森が……」 大樹の下で、アメリアはどんよりと曇った空を見上げた。 このところ、エルフの森は雨が続いていた。だが…… 「雨に邪気が混ざっている……命を育む水が死の力を帯びるなんて……」 降り注ぐ雨のせいでゆっくりと森の木々は枯れていっている。こればかりはいくらエルフといえどもどうすることも出来なかった。 このままでは大地も命を育む力を失ってしまう。 「リナさん……」 水の力は、いまだ回復の兆しを見せない。 「さすがは“深きものどもの王”……」 『貴様か……ゼロス……』 闇が支配する深海。そこでゼロスはゆっくりと佇んでいた。 「水の力が衰えている今、水界はもはや王の物……」 『まだだ。まだ珊瑚の姫がいる……』 ゼロスがいる場所よりも更に深く。いや、ゼロスのすぐ真後ろで。 低く声は響く。 『海王の力をひく者がいる……きゃつらを倒さぬ限り油断はできん……』 海底で何かが身じろぎする。 『フィエステリア……』 声に答えるようにゼロスの脇に何かが現れた。だが、姿は見えない。 『ゆけ……お前の毒を全ての河に、湖に満たすのだ……』 王の言葉に従い、それは水の中に溶け込むように消えた。 その様子にゼロスは小さく笑みを浮かべた。 「では……王よ、また後ほど……」 優雅に一礼し、ゼロスは姿を消した。 『ゼロスめ……この儂をも利用する気か……』 「“深きものどもの王”よ……いかがなさいます。あの者王を嘲っておりますが……」 姿を現したのは水魔の一人だった。 『ピシシーダか……捨て置け。 我々魔族に協力関係など元からないわ。あやつも儂らも互いに利用しあうのみ。 ゼロスのたくらみ、精々利用すれば良い』 「御意」 王の意を受け、水魔は海中に溶け込むように消える。 ゆっくりと、だが確実に水界に魔の力は広がっていった。 to be continue... |