人 魚 姫
――蒼天の龍 碧海の華――









 第2話

 ガウリイはゆっくりと洞窟を下っていった。
 最初は暗く思えた道も、目が慣れて来るにつれ苦ではなくなっていた。
 様々な魚たちがガウリイを先導するように泳いでいく。
「どこに繋がっているんだろうな。この洞窟は」
 もちろん魚達が答えるわけがない。そのまま進んでいくと今度は緩やかな上り坂に変わっていった。
「ん?……なんだこれ」
 魚達の放つ光に浮かび上がる白い物。それはまるで雪のように遙か上から降ってくる。
 まるでカーテンのようにそれはある区域を包み込んでいた。そこで魚達は左右に分かれ、
そこに留まってガウリイを取り囲んだ。
「この中に進め……って事なんだろうな」
 魚達に見送られ、ガウリイはその中へ足を踏み入れた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 海の中の雪…それに遮られた中はまるで別世界だった。
 深さは変わっていないはずなのに、そこは森のような海草に覆われ色とりどりの魚達が泳いでいく。
 海草を掻き分けるようにして進むガウリイの前に、再び白い石や虹色に光る貝殻で舗装された道が現れた。
 その道に沿って進むと、道はまた岩の中に口を開けた洞窟の中へと続いていた。
 洞窟の中は暗かったが、すぐ目の前に上から光が射し込んでいる場所があった。洞窟はそこで途切れている。
「そーいや、ここって海の中だったっけな」
 射し込む光を見上げてガウリイは呟くと、ゆらゆらと揺れる水面目指して泳いだ。


 水面から顔を出すと、そこは巨大な建物の中だった。白い壁が周囲を取り囲み、見事な彫刻が施された柱が立ち並んでいる。
「……リナはどこに居るんだろうな」
 ルナは通路を抜けた先にある小島にリナはいると言っていた。となればここがそうなのだろう。
 だが、しんと静まりかえったその部屋に、人の気配はない。
「仕方ない、探してみるか」
 ガウリイは水から上がると周囲を見渡した。


 ガウリイが海から上がった部屋を一歩出ると、熱風が吹き付けてきた。あっという間に着ていた衣服が乾いてしまう。
 柱廊をぬけると外に繋がっていた。緑に溢れた美しい庭。
 その庭に人影があった。花々に囲まれて座り、ぼんやりと空を眺めている。
 最初にその姿を目にした時、思わずガウリイは硬直した。
 ……可愛い。
 旅をしていたときは赤系の服が多かったし、人魚の姿も真紅。しかし今彼女が身につけているのはシンプルな純白のドレスだった。
 何だかいつものリナと違って、戸惑いを隠すようにガウリイは声をかけた。
「リナ?」
 彼女は振り返り……
「………ぶ」
 吹き出した。
「リナァ」
「ごめん。でも……随分飾られたわねえ、あんたも」
 青を基調とした礼服を着せられたガウリイをリナはおかしそうに見ている。
「まさか今更こんな服を着る羽目になるとは思わなかったが……それより、ここはどこなんだ?」
 ガウリイが尋ねるとリナは意外そうな顔をした。
「聞いてないの?」
「ああ。ルナさんに言われたのはリナを守れって事だけだったし……ケインとかいったっけ?あいつはオレのこの格好見て笑ってただけだったぞ」
 ガウリイの答えにリナは困ったような顔をした。
「……つまり、あたしの口から言えって事なのね……」
「??」
 リナは何故かガウリイから視線を逸らした。
「どうしたんだ?リナ」
「あのね……ここは、水の力の中心地なの。ここで、“海の宝珠”の再生をするのよ」
「再生って……出来るのか、そんな事が」
「当たり前じゃない。でも誰にでも出来る訳じゃないの。“宝珠”の再生が出来るのは珊瑚の王女であるあたしだけ」
「そうか。それでゼロスはリナを…」
 リナは頷いて立ち上がった。ゆっくりと歩き出すリナの後にガウリイが続いた。
「ただ、再生はあたし一人じゃ出来ないの」
「?」
「“宝珠”の再生のためには、まずこの世界に存在する全ての水の力を集約させなくちゃいけない。けどその為にあたしは持っている力をぎりぎりまで絞り出すことになるの。それでも足りるかどうか分からない……
 だから」
 リナは覚悟を決めるように大きく息を吸った。
「あたしには必ず対となる存在があるの。生まれた時から定められた、あたしの片翼が。その存在が、あたしの力を増幅させ、安定させる」
「……リ、ナ?」
 ガウリイは立ち止まったリナの前に回り込んだ。俯いたままのリナの前にしゃがみ込み、
彼女の顔を見上げる。
 リナはこれ以上ないくらい真っ赤になっていた。
「まさか、それって……」
「////…これ以上言わせるつもり!?」
 ガウリイは思いきりリナを抱きしめた。
「どうしよう。俺滅茶苦茶嬉しい。嬉しすぎてどうにかなりそうだ」
「……けど、ね、ガウリイ。“宝珠”の再生がどれくらいで出来るか、分からないんだよ?
すぐに終わるかもしれない。けど、もしかしたらものすごく時間がかかるかもしれないの。
全てが終わった時……ガウリイの故郷に、ガウリイの家族は誰もいなくなってるかもしれない。ガウリイのこと知っている人、誰もいなくなってるかもしれない。
 いいの?……そうなっても」
 見上げるリナに、ガウリイは微笑んだ。
「そんな事気にしてるのか?リナは」
「だって!あたしはいいわよ。元々人魚の一族は長命だから。でも人間のガウリイの家族はそうじゃないでしょう!?」
「俺は、リナがいるから。それに、完全に知り合いがいなくなるわけじゃないだろ?アメリアとか、ゼルとか。さっきのケイン達だって一応知り合いの部類に入るだろうし。
 ほら、リナが気にすることなんか何もないだろ?」
「……あんたってば、ホント暢気なんだから……」
「そんなことより、俺は何をすればいいんだ?言っておくが、俺はリナみたいに術は使えないんだが…」
「そんな事って……」
 リナは呆れたようにガウリイの顔を見上げてくすりと笑った。
「別にあんたが術を使う訳じゃないわ。さっきも言ったでしょ?
 あんたはあたしの増幅装置なのよ。だから、あの時みたいにしてくれたらいいの」
「あの時?」
「ゼロスと戦ったとき……あんな風に支えてくれたら、それでいいの」
 リナは微笑むといつもの挑戦的な瞳に戻って宣言した。
「それじゃ、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょっか。こっちよ。ついて来てガウリイ」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 海底から不気味な地鳴りが響いてくる。
「まずいな……おい、そっちはどうだ!?」
「こっちもだ。水の澱みが酷くなっている。このままでは王の封印が解けてしまうのも時間の問題だ」
 マーマンの青年達は顔を見合わせた。
「とにかく、ルナ様に報告だ」
「それは困りますね」
「!?」
 一瞬のうちに全てが終わっていた。
 かつて青年達を形作っていた物全てが、赤黒い塵となって消えていく。
「邪魔はさせませんよ。……例え、辣腕の真珠の女王といえどもね……」
 紫の瞳を薄く開き、低く魔は嗤った。





to be continue...