硝子の魔法使い
〜4〜




















  ガウリイが自分の仕事に戻り、手伝いに来なくって数日が過ぎた。
 
   
  人間、実に正直なモンで、ガウリイがいないとわかった途端、お姉ちゃん達を
  中心としたお客はめっきり減った。
  その代わり、というか。
  女の壁に阻まれて、近寄らなくなってしまっていた一般のお客さん達が、戻っ
  てきてくれたのだ。

  「ありがとうございました〜」

  馴染みの御婦人を見送って、あたしは軽く息を吐いた。
  商品目当てのお客さんがいてくれるのは、ホント嬉しい。
  あたしの作品を、ちゃんと見てくれるから。
  ガウリイ目当てのお姉ちゃん達、そんなのどうでもいいって感じだった。
  彼女達は、『男』の気が引ければなんでも良かったのだ。
  ――― 本当は、悔しかった。
  あたしの創ったものすべてが、ガウリイ一人に適わないんだと解って。
  彼の手伝いを断れなかった理由も、先日飲み込んでしまった言葉の意味もそこ
  にあった。 
  その事実を受け入れるのを、あたしのプライドが許さなかったのだ。
  ガウリイがいなくなれば、彼女達は買いに来なくなる。
  元々、彼目当てに集まってきたのだから、当然ではあるのだけれど。
  「・・・あたしの腕も、まだまだね・・・」 
  呟いて、苦笑する。
  あの中に少しくらい、あたしの作品に目を留めてくれる人がいるかな、なんて。
  ヘンに期待しちゃったのよね。
  現実は、やっぱり厳しかったけど。
  『彼はもう来ません』って言った途端、みんな帰っちゃうんだもんなぁ・・・。
  予想はしてたんだけどね。
  でも、実際にやられるとやっぱしキツイ。
  だけどその現実を受け止められなきゃ、あたしはきっと成長出来ないだろう。
 
  「リナっ!」
  
  名前を呼ばれて、声のした方に顔を向ければ。
  笑顔で駆け寄ってくる、ガウリイの姿。 
  自然、緩んでしまう頬を引き締めて、手早く商品を片付ける。
  お姉ちゃん対策に『食事中』の札を立てると、当たり前という動作で、ガウリイ
  があたしのバッグを持つ。
  目立たない場所に移動して、適当に座り込む。
  「今日はステーキハウスのランチ、テイク・アウトしてきたんだ。あったかい
  うちにさっさと食おうぜ」
  「そうね♪」
  
  『時間があれば』って言ったのに、この男は昼も夜も、本当に毎日やってくる。 
  今日はあそこのお弁当、今日はどこそこのレストランと、よくもまあそんなに続
  くもんだと感心する。
  今更ながらに、あたしのどこが良かったのかな〜、なんて思ってみたり。
  「今度は、店に食べに行こうな。で、その後ドライブとかどうだ?」
  「いいわね」
  上機嫌で頷くあたし。
  ――― あの日の夜から、あたし達の関係はちょっぴり近くなった。
  食事の後に、ドライブした映画を観たり海に行ったり。
  お互いのマンションを行き来して、コーヒー・タイムなんてのもしてたりする。
  その・・・デ、デートしてるみたいだし、なんつーか、こ、ここ、恋人みたいな
  んだけど、ぢつはあたしはまだ、返事をしていない。
  ゼルなんかに言わせれば付き合ってるよーにしか見えないらしいし、あたしもま
  あ、おっけーしてもいいかな〜、なんて思ったりしてるんだけど・・・(真っ赤)
  いまいち踏ん切りがつかないとゆーか、もうちょこっとだけ、このままの関係で
  いたいとゆーか・・・。

  「なあ、リナ」
  「あに?」
  あらかた食べ終わり、デザートのオレンジのムースを手渡してくれながら、ガウ
  リイが話し掛けてくる。  
  「お前さん、もうすぐ店終わりなんだろ?」
  「まーね。あと一週間」
  「それからどうすんだ?」
  「ん〜?冬の初めにちょっと大きな展覧会があるんだけど、それに出展する作品
  創りに集中するわ」
  「てんらんかい?」
  「そう。主催者さんが知り合いでね、声掛けてくれたからさ。久しぶりに腕試し
  でもしよっかなーと」
  と、ムースをぱくり。
  あ〜〜・・・美味しい(はぁと)
  「そーいやお前さん、なんかの賞とった事あるんだって?」
  「へ?なんで知ってんの?」
  突然聞かれて、思わずマヌケな声を返す。
  「ゼルに聞いた」
  あ。そっか。
  「そん時の写真も見せて貰ったぞ」
  うげ。
  にやり、と意地悪く笑って見せるガウリイに、あたしは思いっきし渋面を作る。
  「『舞踏会』って題名だったっけか?可愛いの創ったよな〜〜」
  「ほっとけっ!!」
  にやにやするガウリイ。 
  ええい!なんかムカツクぞっ!
  「ぷんだっ!どーせ似合わないモン創ったわよっ!」
  ぷいっとソッポを向くあたし。
  ぢつはとある展覧会で賞をとった作品ってのが、ちょっぴしその、少女趣味〜な
  カンジのヤツで。
  クリスタルの硝子のお城中で、王子様お姫様・紳士淑女が踊ってる様子を表現し
  たのだが・・・。
  ふっ。
  家族からゼルから、賞をくれた審査員連中にまで、大爆笑されたわよ!
  『らしくなく可愛い』って。(怒)
  ・・・どちくしょう。
  笑われるのがイヤで、その作品は実家の物置に突っ込んだのに。
  まさかゼルのヤツ、写真を持っていたとは・・・。
  「なあなあ。オレあれ見て、ちょっと気になったんだけどさ」
  「あによ」
  まだからかう気か?!と不機嫌に返してみるが、ガウリイに怯んだ様子なし。
  「城のてっぺんに、ヘンな棒持った黒い奴いるよな?あれ、なんだ?」
  「そ、それは・・・」
  思わず言葉に詰まるあたし。
  つーか説明したくないし。
  「なあ。なんなんだ?」
  ・・・しつこいし。
  こーなるとコイツは、答え貰うまで食い下がってくんのよね。
  「なあなあ。リナってば」
  あうぅ〜〜!
  ・・・・・・・・もおいいや。笑いたければ好きにしろ。(涙)
  「あ、あれは・・・魔法使いよ・・・」
  「まほーつかい?」
  きょとん、とする彼。
  あたしはヤケクソ気味み、
  「だから!魔法使いがあのお城を創ったのっ!一夜しかもたない夢の魔法でみん
  なが楽しむ姿を眺めてるってカンジを――って笑うなああぁぁぁっっ!!」
  だあぁぁっっ!!やっぱり笑いやがったよこひつはぁぁぁっっっ!!
  「くっ、くくくっ!ホンット可愛いのなぁ、お前さん(はぁと)」
  「いやっかましいっっ!!!」
  だからイヤだったのよっ!しかも肩震わせてまで笑うなっっ!!
  「しょ、しょーがないでしょ?!それしか思いつかなかったんだからっ!」
  だってだって、あたしのちっちゃい時からの目標は『自分の力で自分の城を建て
  る!』だったから、初めての出展作品はそれしか思いつかなかったのよっ!!
  「〜〜〜いつまで笑ってんのよっ!!」
  爆笑の発作に襲われている、失礼極まりないガウリイの頭を拳骨で殴ってやる。
  すると彼は、ようやく笑うのを止めて殴られた頭を擦った。
  「いちち・・・んで、今回はどんなの創るんだ?」
  「教えない」
  「ええ〜〜!けち」
  「やかましいわいっ!!」
  ここまで笑われて、誰が教えるもんかいっ!
  「んじゃさ、出来たら見せてくれよな」
  「やだ」
  即答。
  「なんでだよ〜〜!」
  「どーせまた笑うんでしょーがっっ!!」
  「笑わない笑わない」
  「んなヘラヘラ顔で言われても説得力無いわよ」
  「・・・ヘラヘラって・・・」
  
  ・・・結局この後、完成したら見せる約束をさせられたのだけれど。

  
  あたしは、このまま続くと思ってた。
  ガウリイと過ごす、楽しい時間が。
  優しくて暖かな空気が、ずっと続くと思っていたのだ。
  けれど―――

  そんな幸せな時間を失ったのは、店を閉める最終日だった。


  あたしは、腕時計を確認した。
  ガウリイが迎えに来る、30分前。
  ちょっと早いけど、そろそろ片付け始めてもいいかな。
  
  「・・・・・あの・・・・・」

  少しずつ後片付けを始めたあたしに、おずおずといった感じで声を掛けてきたの
  は、長い黒髪の、清楚な美女だった。
  「あ、はい。いらっしゃいませ」
  「いえ、違うんです。お客ではないんです」
  「は?」
  慌てて頭を振る彼女に、あたしは小首を傾げた。
  ほんの少しの躊躇いの後、彼女は意を決したように真っ直ぐあたしを見つめて。
  「あの・・・わたくし、シルフィール=ネルス=ラーダと申します。リナ=イン
  バースさんですよね・・・?」
  「ええ。そうですけど?」
  「あの、わたくし・・・・・ガウリイ様の婚約者です」

  
  きょとんとするあたしに、彼女――シルフィールは思い詰めた表情で、しかし、
  きっぱりと言い放ったのだった。