硝子の魔法使い
〜3〜




















  
  『シンデレラもすてがたいけど、あたしは魔法使いがいい!』
  幼いあたしが、笑顔で言う。

  ・・・・・ああ。これは、夢だ。

  『たにんのたすけをまつなんて、あたしのしょうぶんじゃないわ!あたしは
  あたしのちからで、でっかいおしろをたてるのよっ!』
  『それじゃあ、リナが大きくなったら、迎えに行ってもいい?』
  『うみゅ?お迎えきてくれるの?じゃあお兄ちゃんは、おうじさま?』
  『うん。リナだけの、王子様になりたいな』
  『それじゃあ、お兄ちゃんもじぶんのおしろたてといて?そしたらあたし、
  いっしょにいってあげる(はぁと)』
  『約束だよ?』
  『うん!』

  幼い日の、幼い約束。
  顔も忘れてしまったお兄ちゃん。
  でもたぶんこれが。あたしの、初恋。


  働かざる者食うべからず。
  連日完売してしまう商品の製作に、あたしはトコトン追われていた。
  毎日毎日、50点以上も売れていれば、それまで創っておいたストックなんて
  あっという間。
  流石にご飯に釣られる暇も無くなって、製作に没頭する日々が続いている。
  これで少しは、ガウリイとも逢う時間が減るかな、と思いきや。
  「リ〜ナぁ?メシ出来たぞ♪」
  ・・・・・いるんだよ。こひつわ(涙)
  人ンちのキッチンで、持参のエプロン着けて料理なんぞしてるのよ。この男わ。
  まるっきし、押しかけ女房そのまんま。
  ここまでされると、追い返す気力すら起きない。
  それに・・・なんだか最近、居心地がいいのだ。ガウリイといると。
  だ、だからって別に、その、す、好きとか、そーゆーんじゃないのよ?!
  なんつーかその、慣れたとゆーか落ち着くとゆーか・・・(赤面)
  き、きっとあれね。『犬も3日飼えば情がうつる』ってヤツ。うん。
  「なあ、リナ。仕事、いつになったら終わるんだ?」
  「ん〜〜そうね。今日はあと、2・30は創んないと・・・」
  あたしは答えながら、ミートソースのパスタをパクリ。
  うん。まあまあね。缶詰じゃないのがよし。
  「少し、休んだ方がいいんじゃないか?お前さんここんとこ、真夜中まで仕事
  してるんだろ?」
  「しょーがないじゃない。そーでもしなきゃ、おっつかないんだから」
  だいたい、あんたが全部売るからぢゃないのよ。
  喉まで出掛かったその言葉を、あたしはなぜか飲み込んだ。
  「1日ぐらい、店を休んだって平気だろ?」
  「そーゆーいい加減なコトしたくないの。コレっくらいは、大丈夫よ。それに
  露店の許可は、8月一杯だし」
  今度は、サラダをパクつく。
  うむ。ドレッシングも手作りで、べりーぐー。
  「でも最近、顔色悪いし・・・」    
  しつこい。
  「大丈夫だってば!あんたこそ、そろそろ仕事に行ったら?いっくら有給休暇
  ったって、長く休んでたら周りに迷惑かかるでしょ?」
  「仕事はちゃんとしてるよ。朝とか夜に、会社に顔出してるから」
  「それでいいワケないでしょー?普通の会社でんなコトしてたらクビよ、クビ」
  「オレの方はいいんだよ。それより、お前さんの身体が心配――」
  「あーはいはい、それはどーも。――ごちそうさま!」
  ガウリイの言葉を遮って、あたしはさっさと席を立つ。
  「おい、リナ!」
  無視。
  無言で作業に戻れば、あからさまに聞こえてくる、特大のため息。
  続いて、食器を片付ける音。
  ・・・ぷんだ。あたしのコトばっかり、気にし過ぎなのよ。
  会社の人だって、絶対困ってるはずなんだから。
  だけど。そうは思ってみるものの。
  ガウリイの、怒ったような顔がチラついて、なんだか胸が痛かった。

  ・・・・・・・なんか、気まずい。
  あたしは作業をしつつ、ちらりとガウリイを盗み見る。
  いつもはあたしの手元を観察するか、寝てるかしてるはずなのに、今夜に限っ
  て雑誌なんか読んでる。顔つきも堅いし・・・。
  ・・・しゃ〜ないな。あたしも大人気無かったし。
  あたしは蒼い硝子棒を取り出すと、バーナーの炎に翳した。
  熱で溶け出す硝子の塊を、道具を使ってちょいちょいと形作る。
  バランスを整えて、冷ませば完成。
  ふっ。あたしってば上手(はぁと)
  「ガウリイ」
  「・・・なんだ」
  うあ、機嫌わる。
  しかしあたしは怯まず、出来あがったばかりの『ソレ』を手渡した。
  ガウリイはきょとんとして、何度か目を瞬かせる。
  「・・・くらげ・・・?」
  「そう♪あんたにぴったし☆」
  そう、それは。
  蒼い身体のまぁるいライン。触手も細かく、1本1本ちゃんとあり。
  黄色の硝子でちょっぴり前髪付ければ、『ガウリイくらげ』の出来あがり☆
  彼の瞳と同じ色じゃないのは、残念だけど仕方ない。
  ガウリイは『ソレ』をまじまじと見つめ――― 笑った。
  嬉しそうに『ガウリイくらげ』を眺めてる。  
  ・・・・・良かった。機嫌、直ったみたいね。
  「ねえ」
  「ん?」
  「あのさ・・・その、心配してくれるのはありがたいんだけど、ガウリイにも
  生活ってもんがあるでしょ?」
  「だからそれは・・・」
  「いいから聞いて」
  ぴしゃりと言い放つ。
  「時間外に仕事してるって言っても、あんたが休んでるコトで、やっぱり迷惑
  被ってる人っていると思う。あんたを見る周囲の目だって、きっと冷たい。社
  長の息子だからワガママだとか、所詮親の七光りとか言われるの、あんただっ
  てイヤでしょ?」
  「・・・・・」
  「だから、その・・・・・あたしに逢いに来るのは、仕事の合間にして?食事
  くらいなら、付き合ってあげるから、さ。」
  ・・・あたしはたぶん、真っ赤になってると思う。
  こーゆーのってガラじゃないし、はっきし苦手なんだけど。
  でも、ガウリイが。
  本気であたしを心配してくれてるのは、わかるから。
  少しくらい、答えてあげるのも悪くないかな、なんて。
  「リナ」
  ・・・なんか、めちゃめちゃ嬉しそう。
  視線を上げれば、お日様みたいなあの微笑み。
  
  ――― うん。悪くない。こんな笑顔が、見られるなら。

  ガウリイはぽん、とあたしの頭に手を乗せた。
  「わかった。明日から、仕事に戻るよ」
  「・・・うん。そうして」
  「でも、食事には誘っていいんだよな?」     
  「う、うん。まあ・・・」
  「昼は?弁当とか買って、差し入れに行ってもいいか?」
  「えと・・・じ、時間があれば・・・」
  「毎日でもいい?」
  「そ、それは・・・・・」
  毎日ってあんた・・・。それぢゃいまと変わらないんぢゃあ・・・?
  「駄目なのか?」
  「うっ・・・?!」
  あうぅ〜〜〜!!その瞳で見つめないでよぉっ!!!
  「なあ、リナ?駄目か?」
  「〜〜〜わ、わかったわよ!好きにすれば?!」
  「サンキュ♪」
  くうぅぅぅぅぅ〜〜〜〜!!!
  どうしてあたしはこんなに、こいつの瞳に弱いのよぅ・・・(涙)
  しかもガウリイってば、わかっててやってるフシがある。
  ・・・・・やっぱスリッパに、鉄板仕込んどこ。
  「リナ」
  「ふぇ?」

  きゅ☆

  きゅ?きゅって・・・うえぇぇぇぇっっっ?!!
  なっ、なんでいきなり抱き締められてんのよぉぉぉぉっっっ?!!!
  「ちょっ、ちょっとガウリイっっ?!!」
  「少しだけ」
  す、少しって、少しってどのくらいぃぃぃぃぃっっっ?!!
  パニクって暴れてみても、ガウリイの腕はびくともしなくて。
  押し付けられる、固い胸板の感触。耳元に掛かる息遣いがくすぐったい。
  ってコレ、しっ、死ぬほど恥ずかしい〜〜〜!!!!
  「ガウリイっっ!!!」
  「もうちょっと」
  少しって言ったクセにぃぃぃぃぃっっ!!!
  こーなったら噛み付いてでも逃げ出して・・・・・
  「・・・・・オレ、さ」
  あによっっ!!
  「いま、すごい幸せ」
  って・・・・・。
  ・・・そんな、震えた声で言わないでよ。
  聞いてるあたしの方が、なんだか苦しくなっちゃうじゃないの。
  でも。そっか・・・。
  ガウリイはあたしといて、その・・・幸せって思えるんだ。
  それって、スゴイことだよね?
  あたしって存在が、人1人幸せに出来るんだから。
  ・・・・・めっちゃめちゃ恥ずかしいコトには、変わりないんだけど。
  たまにはこーゆーのも、いいかもしんない。
  ちょっと落ち着いてみたら、ここも案外、居心地いいし。
  「もうちょっとだけ、な」
  ・・・そだね。
  もうちょっとだけなら、許してあげる。   
  あんたの震えが、止まるまでなら。
   
  かなり恥ずかしかったけど、あたしは身体の力を抜いた。
  ガウリイの、あたしを抱き締める力が、ほんの少し強くなる。

  うん。こんなのも悪くない、かな?