硝子の魔法使い
〜5〜




















  外は鬱陶しい、暗い雨。
  まるであたしの心情を表しているかのようで、気分がますます重くなる。
  あたしは硝子を細工しながら、先日の出来事を思い起こす。

  『ガウリイ様の婚約者です』

  彼女──シルフィールにそう告げられた時、頭の中が真っ白になった。
  パニクったあたしは『彼とはただの友人ですから』とだけ言って、ガウリイを
  待たずにその場から立ち去った。
  どうしたらいいか、わからなかった。
  考えたくは無い、けど・・・。
  二股・・・だったのかな・・・。
  遊び、とか。
  からかわれただけ、とか。
  〜〜ああもう、ダメ。
  どんどん思考が暗くなる。
  と、本日何度目かの電話が鳴った。
  誰かはわかっている。
  だから、あたしは出ない。
  「もしもし。ああ、やっぱりガウリイか」
  おひ。
  「いや、居留守だ。・・・ああ、仕事中だが」
  ちょっと待て、ゼル。
  なぜに人ンちの電話に、あんたが出んのよ。
  「わかった。伝えておく」
  受話器を置き、こちらを向く幼馴染みを、あたしは思いきり睨みつけた。
  「・・・顔が怖いぞ」
  「うっさい。なにしてんのよ、あんた」
  「お前に頼まれた硝子棒を持ってきたんだが?」
  「そーぢゃなくて」
  するとゼルは、わざとらしく溜息を吐く。
  「話くらい、聞いてやったらどうだ」
  あたしの目の前までやってきて、座り込むゼルガディス。
  仕方なく、あたしはバーナーの炎を止めた。
  「なにを聞けって言うの?」
  謝罪の言葉?
  騙して悪かったとか何とか?
  冗談じゃない。
  そんなの、あたしがミジメすぎる。
  「・・・ガウリイは、お前を騙すような奴だったか?」
  「・・・それは・・・」
  「お前から見て、あいつはそんな奴だったか?」
  ゼルの投げ掛けに、あたしは沈黙する。  
  あたしの知ってるガウリイは。
  惚けてて、意外に頑固で。                
  お人好しで、過保護で。
  あたしのワガママに、苦笑しながらも付き合ってくれて。
  いつも、お日様みたいに笑ってた。
  あたしの、隣で。
  「どうだ?」
  あたしは小さく、頭を横に振る。
  あのすべてが、嘘とは思えなかったから。
  でも。
  「でも、初めて逢った時、あいつ女に引っ叩かれてたわよ?」
  「・・・ま、女癖の悪さはアメリアも認めてたけどな」
  やっぱり。
  「でも、お前には本気に見えた」
  「そんなの、わかんないじゃない」
  「アメリアの話だと、叩いた女が最後の1人だったそうだ」
  は?
  「お前と知り合う少し前から、女達と別れてたんだとさ」
  あたしは、ゼルの言葉の意味が、良くわからなかった。
  だってそれじゃ、つじつまが合わないじゃない。
  あたしに逢ってから、ならわかるけど。
  まあ、女遊びしてたってのは変わんないが。
  「確かめてきたらどうだ?」
  そう言って、車のキーを揺らして見せる。
  ”行くなら送ってやる”ってコトなんだろーけど・・・。
  「話を聞いて、やっぱり騙されてたのなら、おれも一緒に怒ってやる。気の
  済むまで存分に殴り倒して来い」
  あたしはつい、笑ってしまった。
  うん、ゼルの言う通り。
  そっちの方が、あたしらしい。
  少なくとも、うじうじめそめそしてるこの状態よりは、ずっとマシだ。
  「行くか?」
  「そーね。白黒決着つけてきますか!」
  ウィンクして、明るく言ってやると。
  ゼルガディスが、あたしの頭をくしゃりと撫でた。
  「やっと戻ったな」
  「・・・へへ」
  なんだかちょっと、照れくさかった。

  
  すーはー すーはー
  深呼吸、深呼吸。
  落ち着け、あたし。
  何度も訪れたコトのある、ガウリイの部屋で。
  珈琲を煎れている彼の背を見ながら、あたしは一生懸命、心の準備をしていた。
  ちなみにゼルガディスには、『騙されてたら後で怒ってやる』と言われ、先に
  帰られてしまった。
  ・・・なんか、上手いこと嵌められた気がひしひしと・・・。
  ゼルのヤツ、あたしの扱いに慣れてるだけにタチが悪い。
  「──お待たせ」
  「あ、うん」
  珈琲のカップを差し出され、あたしは焦りながら居住まいを正した。
  ・・・嵌められてたとしても、決着はハッキリさせないと。うん。
  ガウリイはあたしに何も聞かず、砂糖を1つ、琥珀色の液体に落とした。
  それがあたしの好みだと、知っているから。
  なんとなく気恥ずかしくて、ろくにかき混ぜずに口をつけた。
  良い香り。
  あたしが選んだ、珈琲豆だ。
  それに、お揃いのマグカップ。
  一緒に選んで、ガウリイが買ってくれたモノ。
  『新婚夫婦みたいだなv』とかガウリイがふざけたコト抜かして、あたしに
  スリッパでどつかれて・・・。
  「ありがとな、リナ」
  「は?なにが?」    
  いきなり礼を言われ、面食らってしまった。
  てっきり最初に、謝れるかと思ってたのに・・・。
  「逢ってくれてだよ。ずっと避けられてたから」
  「・・・それは、しかたないでしょ?」
  極力、冷静を装って返す。
  先に取り乱したら、あたしの負けだ。
  ガウリイは、ほんの少し哀しそうな瞳で「そうだな」と言ってから、まっすぐ
  にあたしを見つめてきた。
  「・・・シルフィールの事だけど」
  きた!
  知らず、緊張するあたし。
  それを悟られまいと、カップを口元へ運ぶ。
  「実は、オレも知らなかったんだ」
  「・・・・・・・・・・はい?」
  カップを運ぶ手が止まる。
  「確かに以前、冗談交じりに話が出た事があったんだけどさ。オレは社交辞令
  だと思って、聞き流してたんだ。そしたら、オレに内緒で親同士が勝手に決め
  ちまってたみたいで・・・」
  ぽりぽりと、困ったように頬を掻くガウリイ。
  ・・・そりゃあ、大企業の家だから。
  そーゆーコトも珍しくは無いかもしんないけど。
  「けど・・・彼女は、あんたのコト・・・」
  言いにくくて、言葉を濁す。
  親同士の取り決めだろうが、政略結婚だろうが。
  シルフィールが、ガウリイを好きなのは事実。
  じゃなきゃ、わざわざあたしのトコになんか来ない。
  「オレは、リナが好きなんだ」
  「・・・!!」
  ハッキリ・キッパリ告げられて、あたしの平常心が脆くも崩れ去っていく。
  蒼い、瞳が。
  情けなかったり、穏やかだったりする、あの瞳が。
  いまは激しい熱を持って、あたしを貫く。
  「彼女の気持ちには応えられない。オレが欲しいのは、リナだけだから」
  「そ、な、うぅ・・・・」
  は、恥ずかし〜・・・!!
  なんだってコイツは、んなに素直に言えちゃうわけ?!
  「誤解させたのは謝る。でも、騙したつもりはない。今回の件は、シルフィール
  にも両親にも話をつけて、全部白紙にしてきた」
  「・・・し、信じていいの・・・?」
  「ああ、もちろん。つらい思いさせて、ごめん」
  ガウリイが、あたしの手を握ってくる。
  あたしはといえば。
  真っ赤になって、頷くだけで精一杯だった。
  精一杯、なんだけど。
  誤解だって、わかったし。
  ガウリイは誠意を、ちゃんと見せてくれた。 
  だから今度は、あたしの番。
  「あ、あの、あたし・・・!」
  握られた手に、力を込める。
  心臓が飛び出しそう。
  「あたし、も、その、ごめん!こ、今度からは、ガウリイのコト、ちゃんと、
  信じるから」
  「・・・うん」
  「そ、そいで、あの・・・だから・・・・・」
  頑張れ!あたし!!
  「リナ?」
  「だ、だから・・・!・・・好き、だよ・・・」
  言えたっ!!
  なんか今更な気もするけど、ちゃんと返事してなかったし・・・(赤面)
  ちらり、とガウリイを見れば、薄っすらと頬を染めていた。
  「リナっ・・・!!」
  あ、ヤな予感。
  
  ぐい!
  がばっ!!
  
  あううぅぅぅ〜〜っ!!やっぱし抱き締められたぁぁぁっっっ!!!
  しかも苦しいぃぃぃ〜〜〜!!
  「ちょっ、ガウリイっ・・・!!」
  「幸せだあぁ〜〜♪オレも愛してるぞ、リナvv」
  「わっ、わかったから、離れて・・・!」
  「やだ♪もう離してやんない♪」
  うにゃあああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!
  やんない♪ぢゃないわぼけぇぇぇっっ!!
  「リナ。オレと結婚しよう」
  っていきなりプロポーズかあんたはっ?!!
  「あ、あのね、もちょっとムードってモンを・・・!」
  いちおーケチつけてみるけど、やっぱしにやけてんだろーなぁ・・・・・。
  あたしの顔・・・(激赤)
  「ってなに押し倒してんのよっっ!!」
  「だってもー我慢できないし」
  我慢しろっ!!(大泣)
  圧し掛かってくる身体の下で、じたばたするあたし。
  やばひ。やばすぎるぅぅぅ〜〜〜!!
  「ちょっ、まっ・・・へ、返事!まだオーケーしてないっ!!」
  「だってもう、新居建ててあるぞ?」
  はいいぃぃぃっっ?!!
  「なんでそんな用意周到なのよっ?!!」
  「だって、約束しただろ?自分の城を建てたら迎えに行くって」
  「・・・え・・・」
  さらりと言われたその言葉に、あたしは思わず暴れるのをやめ、まじまじと
  見つめてしまった。
  だって、それは。
  幼い頃の、初恋のお兄ちゃんとの約束で・・・。
  「ガウリイ・・・なの・・・・・?」
  「やっと思い出したか?はくじょーもん」
  ガウリイが笑う。
  悪戯っ子のように。
  「だ、だって、あれってあたしが4・5歳の頃で・・・!」
  「でもリナ、一緒に来てくれるって約束したし」
  「こっ、子供の口約束でしょ?!それにもう時効・・・!!」
  「にはさせないぞ。リナを迎える為に、ガブリエフとは関係なく会社設立したし
  業績上げて家も建てたし」
  「・・・まぢ・・・ですか・・・?」
  「おおまぢだ」
  固まったあたしに、ゆっくりとガウリイの顔が近づいてくる。
  「責任、とってもらうからな♪」
  「あう」

  
  結局。
  しっかり”責任”とやらを、とらされてしまったあたしは。  
  ガウリイが用意した新居の隣に、あたしの城である工房を構えるコトにした。
  同じ敷地に建つ、2つの城を前に、あたしとガウリイは揃って立つ。
  「しっかし・・・子供時代の無邪気な夢が、こんな形で実現するとわ・・・」
  「いーじゃないか。幸せなんだし♪」
  「・・・・・後でお姫様の方が良かった、なんて後悔しても遅いからね」
  あたしの憎まれ口に、ガウリイは抱擁で仕返しする。
  「オレはお姫様より、魔法使いの方がいい」
  「・・・魔法使いとの生活は、甘くないからね」
  「おう。覚悟してる」
  「よろしい」

  
  ちなみに、展覧会に出品したあたしの作品は、見事に金賞を受賞し。
  『そらとうみの狭間』と銘々されたそれは、あたしの代表作となった───


  物語の最後は、ハッピーエンドで幕を閉じるのが常である。
  すなわち。

  魔法使いと王子様は、末永く幸せに暮らしましたとさ♪


                           
                                    
     えんど