宿命の終わるとき |
第18話:記憶の底に在ったもの(2) ――――――――フェリオ……。 「んあ?」 一言うめいて、フェリオはゆっくりと上半身を起こした。 周囲には、闇。 「……何?ひょっとして俺死んだ?」 「死んでないよ。ルーナが生きてる限り、殺したって死なないくせに」 フェリオの独り言に答えたのは、まだ声変わりもしていない男声。 「……カイルか」 「ルーナには、この間警告の意味で会話したけど――君とは、本当に久しぶりだね」 「出来ることなら、記憶の底から抹消したかったけどな」 「おや奇遇だね。僕もだよ」 「ははははは」 「ははははは」 「……やめよーぜ。なんか不毛だ」 「……そうだね」 ちょっとむなしさを感じたらしい。2人はいったん会話を切ると、 「……ここはどこだ?」 フェリオが再び会話を切り出す。 カイルは青銀髪の前髪を掻きあげると、 「ルーナの中、だよ。 ……魔王がルーナの身体に入り込もうとしたのは覚えてる?」 「ああ」 「でもそのルーナの身体に、君がムカつくくらい密着してたから、魔王が入り込むと 同時に君の意識までルーナの中に引きずり込まれちゃったんだ」 「……ムカつくくらいって」 「そのショックで、ルーナも今意識を失ってる。つまり、この空間のどこかにいるは ずだ」 さらりとフェリオのうめきを無視するカイル。 フェリオはがりがりと頭を掻き毟りながら、 「……じゃあ、お前は何でここにいるんだよ? お前死んだろ?」 「君が殺したんでしょ。 ……ルーナの『未練』……かな。ルーナは僕の死を受け止めきれなかった。理解し たつもりでも、心のどこかで否定していたんだ。 その念が、僕をこの空間に残した。 ……おかげで君にたっぷりと文句が言えるよ。よくも僕の墓足蹴にしたね。あれ、 僕の両親とルーナとアスカが作ってくれた物なのに」 「いやそんな中途半端に古い話題持ち出されても……。 だってあん時、本格的にムカついたし。死んでからも好かれてるってどゆこと」 「僕は人格者だからね。君と違って」 「うあムカつく。言っとくけど俺、もうお前より年上なんだぞ」 「あれそうだっけ? どーりで。生意気に磨きがかかったと思ったら」 「……やっぱムカつく……。 まぁそこらへんはツッコんでるとキリ無いから流してやるけど。 ところで、そのルーナはどこだよ? あと、魔王は? アイツいるはずだろ、入り 込んじまったんだから」 「……ああ。奴なら、いないよ」 「……え?」 カイルの答えに、フェリオが思わず声を上げる。 カイルは口元を苦笑の形に歪めて、言った。 「『先客』がいたからね。ルーナの中には」 ――――――――ルーナ……。 「んあ?」 起きる際のうめき声は、フェリオと全く同じだった。 半身をむくりと起こし、きょろきょろと辺りを見回す。 あるのは闇ばかりだった。 「……っかしーなー。さっき、誰かに呼ばれた気がしたのに……」 「ああ、そりゃ俺だ」 「っ!」 真後ろから聞こえてきた声に、ルーナはびくりと肩を震わせた。 振り向けば、そこには赤い髪の男。闇の中でも何故かはっきりと見える。 「よっ」 「……誰お前」 馴れ馴れしい挨拶に、ルーナは警戒心を剥き出しにした。 男は苦笑して、 「そうピリピリすんなって。北の魔王追い払えたのだって、俺のおかげなんだぞ?」 「……え?」 「俺がいなきゃ、今頃お前は魔王に身体乗っ取られてオダブツってことだ。感謝しろ よな」 「……………」 そういやそんな話だった気がする。 ルーナは胸中で今までの経緯を思い返しながら、 「あんた誰。だから」 「ンなこた気にすんな。どーせお前、ダメージ回復すりゃ自然に意識目覚めるんだか ら。それまでの付き合いだ」 「……?」 「それよか」 男は悪戯っぽく笑って、 「知りたくねぇ?お前の昔のこと」 「……? あたしの昔?」 「俺の目的は、2つあるんだ。 1つは、お前を元の状態に戻すこと。……まぁこれは、お前、魔王に一瞬でも入り 込まれたショックで自然と元に戻ったみてーだけどな。 で、もう1つ。この目的を果たすためには、お前にこの事実を告げなきゃならん」 「……もう1つの目的って?」 「そりゃ、俺のプライベートなことだし。秘密。 で、『この事実』ってヤツだけど」 男はぱちん、と指を鳴らす。 瞬間、周囲の風景が真っ黒な闇から華やかな景色に変わった。 ――桜の、木。 青い空が横たわる空間で、それだけが自己主張しているかのように咲き誇っていた。 「………まさか………」 「そのまさか、だ。 8年前、お前が見たもの。お前、思い出しかけてただろ?夢で」 「……うん…だけど……さほど、気にしてなくて……」 あれ? 違和感。 「あの桜の木の下で、誰と出会ったのか。忘れたか」 「……………」 そう、忘れていた。 でも今は、思い出していた。 あの時。 あの木の下で。 出会ったのは。 「よく見るんだ。お前の記憶を封じた奴が、何をしたのか」 桜の木の下には、銀髪の少年と、栗色の髪の少女がいた。 <つづく> |