宿命の終わるとき










第17話:記憶の底に在ったもの(1)





「やっぱり、この地は空気が良いですね」


カタート山脈。
氷にその身を封じられし存在の前で、ゼロスは朗らかに呟いた。
傍らには、やはり変わらぬままのルーナ。
「先程は助かりましたよ、ルーナさん。
 あのままだと、僕、きっとあなたの伯母様に滅ぼされてたでしょうから」
「…………力……どこ…………?」
ゼロスの言葉など全く聞いていないかのように、ルーナはただその問いだけを繰り返す。
ゼロスは一瞬面白くなさげに顔をしかめたが、すぐに笑顔を張りつけると、
「まぁ確かに、のんびりしすぎて邪魔が入ってもつまらないですしね……。
 いいでしょう」
言って、赤眼の魔王に向かって魔族なりの敬礼をする。
「貴方様の依り代が見つかりました――この人間ならば、貴方様も存分に力を奮えましょう」
瞬間、突風の唸りが魔王の歓喜の雄叫びに聞こえたのは気のせいだろうか?
闇色の光が、氷柱の魔王の身体から抜け出たのは――?


闇の魂が、ルーナに向かって突き進み。


そして。



「ルーナ!いい加減目ぇ覚ませっ!」




……その声が、一瞬、全てを止めた。



「……って……フェリオさん!?
 ちょっと待って下さい、あなたどうやってこんな短時間でここまで!?」
「ふっ。
 これぞ秘技、筆者の話の都合……もとい、ルーナへの愛の力!」
ゼロス達のいるところより数段高い場所から、フェリオはそう叫んだ。
すたんっ、とそのまま飛び降りると、
「いーか。これ以上、てめーの思い通りにはさせないから……なっ!?」
ゼロスに向かって啖呵を切っていたフェリオが――突如、吹き飛んだ。
そのまま岩壁にうちつけられ、倒れ込む。
やったのは、間違いなく、ルーナ。
「………邪魔しないで……邪魔、しないでぇっ!」
悲痛ともいえる表情でルーナが言う。
「やめろ!お前……自分が何してるのか、……って……わかってたら、するわけねーな……
 とにかく、やめとけ!お前絶対後悔するぞ…っ!」
「しない……」
激痛を堪えて言うフェリオに、しかしルーナは否定の言葉とともに、自分の心の底の想いをぶちまけた。

「だって、強くなくちゃいけないんだもの!
 強くなって、あなたを殺して、もっともっと強くなって、大切な人を守れるくらいにならなくちゃいけないんだもの!
 独りでも平気なくらいに、独りぼっちでも泣かなくていいくらいに、強くならなくちゃいけないんだもの!!」

「………ルーナ……お前………」
フェリオは戸惑い気味にそう呟いてから、突然ふっと微笑んで、
「……ったく……お前って、意外なところでバカだな」
痛みを堪えて、ルーナのもとへと一足で跳躍する。
「!」
ルーナが息を呑んだのがわかったが、フェリオはそれに構わず、ふわりと抱き締めた。
そして耳元で囁く。
「――知ってるか。
 女にはな、そんな力、いらねぇんだよ」
びくりとルーナが震える。だがフェリオはそれに構わずに、言葉を続ける。
「だってそうだろ?男ってのは、女守れてなんぼだ。守りもせずにおっ死んじまうような男は、……まぁ失格とまではいかなくとも、いただけねーな」
万が一化けて出てこられても困るので、ちょっと言葉を濁してみる。
「わかるか?
 お前、女として必要な力は、もうとっくに手に入れちまってるんだよ。
 ………男に、守りたいって思わせる力だ」
言ってフェリオは、ルーナの瞳を覗き込んだ。
後ろで何だかゼロスがダメージを受けてるようだが、まぁそれは気にしないでおく。
ともかく、ルーナの瞳は――微かに、光を帯びていた。
「わかったろ?つまり、もう力なんて――」
ここで一気に説得しようと、さらに言葉を紡ごうとした、その時。
―――――ゅんっ!!
すぐ脇を、闇色の何かが通り過ぎる!
「なっ、オイ、ちょっと待て!俺今最高潮にカッコ良いところなんだから邪魔すんなっ!!」
――無駄だ。その娘は、我が依り代として選ばれた娘だ!――
まるで地の底から響くような声。
だがフェリオはルーナを抱きかかえたまま憤然と、
「フザケんなよ! ルーナは俺の嫁として選ばれた女だぞ!!」
……ルーナが正気だったら、何かしらのツッコミが入っていただろう台詞を吐く。
――愚かな……我からは逃れられまい――
「あーそーだよ悪かったな畜生!どーせ無力な男ですよ俺は!」
「……フェリオさん、ちょっとキャラ変わってません……?」
「魔王相手に鬼ごっこしてりゃ、キャラだって変わるっ!!」
ぼそりと呟いたゼロスの言葉に、ルーナ抱えて走りながら返事するフェリオ。
だがそれが限界だった。
足がもつれ、ルーナもろとも無様にフェリオはすっ転び――



――――その娘の力、我が物だ――――



そんな声が、至近距離で聞こえた。




<つづく>