宿命の終わるとき











第15話:蒼玉の紅いチカラ。(3)




全て(1部脚色含)を話し終えた後―――
ガブリエフ家には、気まずい沈黙が漂っていた。
さすがにフェリオも、カイル云々の話は避けたものの、それでもかなりショッキングな話だったらしい。

「――つまり――
 あんた、5歳の時初めてルーナに会った瞬間からずっと、あの子の事見てたってわけ……?」
「まぁな……」
――ウソである。
リナの言葉は、フェリオの話の1部要点をまとめたものだ。だがそれも、脚色の部分に含まれており、フェリオはそれよりも以前に、ルーナに出会っている。……まぁ、惚れただの何だのとはっきり自覚したのは、確かにリナの言った時からだが。
「……1つ良いかしら?」
挙手してからそう言ったのは、ルナ。
「あなたは何者?」
「……セイルーン王国第1王子……フェリオ=グレイ=ティル=セイルーン…だけど……?」
彼女の言葉の意がわからず、戸惑い気味に答えるフェリオ。
ルナは真摯な表情で、
「そう。
 あなたはそれを充分知っているはずなのに、こんな辺境に住んでいる、一介の少女に手を出したという事ね。
 ――あなた、それがどれだけの責任を伴うかわかる?」
「!」
ぐ、とフェリオは息を呑んだ。
この10年間、ずっと大人達を手玉に取ってきた彼でも、さすがにルナ=インバースには敵わないらしい。
「将来結婚すれば良いってわけじゃない。いえ、むしろそれこそ、ルーナにとって失礼よ。
 ルーナはこれからの未来に、たくさんの可能性が待っている……。
 それがあなたのせいで、滅茶苦茶になろうとしてる。
 ………たかが13年しか生きてないガキに、その責任が取れるとは思えないんだけれど?」
「ね、姉ちゃん、何もそこまで……」
「あなたは黙ってなさいリナ。あなたじゃダメよ、ずっと一緒に住んでいた人間だもの……。
 ゼルガディスさん、アメリアさん、あなた方も申し訳ありませんが、今回は私にでしゃばらせて頂けませんか?
 第3者があつかましいとは思いますけど――言葉で思い知らせてやらなきゃ、私、彼の事殺してしまいそうなので」
冗談ではない、本気の声色。
ゼルガディスとアメリアは、一瞬顔を見合わせた後、深く頷いた。
ちなみにその隣では、先程の自分と同じ事をしているはずのルナを見て、『スケールが違い過ぎる……』と冷汗を流しながら硬直していたりする。
「……それで、何か反論は無いのかしら?」
「――俺は……」
「『ルーナの事を愛してる』なんて言わないようにね。
 押しつけるだけの愛情なんて、ルーナにとっては鬱陶しいだけよ」
「………………」
ルナの冷酷にも聞こえる言葉に、フェリオは沈黙するしかなかった。
ルナはため息を1つ吐くと、
「……そこらへんがガキだって言ってるの。
 あなた、ルーナに手を出す前に、少しでも『こんな事をしたらどうなるのか』って考えた?
 これは私の勝手な想像だけれど、後先考えずに、自分の欲求だけを最優先させたんじゃないの?」
「違…! 俺は……」
――俺は……?――
俺は――何故、『賭』の期日を早めてまで、ルーナを……?
何故?
改めて考えてみると、自分が何故、今までの苦労を水の泡にしてまで、ルーナを手に入れたかったのか――その部分だけが、記憶の海から消え去ってしまっている。
――待てよ……?
俺が、ルーナを、この時期のうちにモノにしなきゃならなかったのは――
「……………………あーっ!」
そして、辿り着く。
黒い悪魔の姿の元に。




「……っと♪
 ルーナさん、こんにちは。ご機嫌いかがですか?」
友好的に見える笑顔を浮かべながら、窓からの侵入者――ゼロスはそう言った。
だが言われた方のルーナは、ぴくりと肩を震わせただけで、何の返事もしてこない。
「ふむ……
 まぁ、少しつまらないですけど、これはこれで好都合ですね」
ゼロスはルーナの顔を覗き込むと、
「誰よりも強くなりに行きましょうか。ルーナさん」
「……………強……く………?」
光を失った瞳の少女は、途切れ途切れに、そう呟く。
「…………私、の………存…在…理由………そこに、ある?」
「……ええ。ありますよ」
ゼロスの言葉に、少しだけ、安堵したように微笑むルーナ。
あの母親同様、輝きに満ち溢れていた少女と同一人物とは思えないな――と思いつつ、ゼロスは手を差し伸べる。
「行きましょうか」
「……………」
ルーナは震える手で、ゼロスの手を取り――

っばぁんっ!

「ルーナ! 行くな!!」

ドアを開け放ち、そう叫んだのは、フェリオだった。
「……っ!」
声にならない声を上げるルーナ。
ゼロスはルーナの手を握り締めると、にっこりといつもの笑みを浮かべて、
「これはこれは、皆さんお揃いのようで。
 ですがもう手遅れですね。ルーナさんは連れて行かせていただきます」
「やめろ! 魔王の依り代なんかにさせてたまるか!」
「…ああ、フェリオさん。
 あなたには本当にお世話になりましたね。実によく役に立って下さいました。
お礼を申し上げますよ。
 ……でも、これ以上口を挟まれるのは、こちらとしてもいろいろと面倒です。
そろそろ退散させて頂きますよ――ルーナさんと一緒にね」
「待ちなさい」
静かな――しかし、威厳に満ちた声でそう言ったのは、ルナ。
皆より1歩前に進み出ると、
「大人しくルーナを私達の元に返しなさい。
 さもなければ……赤の竜神の騎士の名において、あなたを滅ぼします」
脅迫にも似た、その言葉。
ゼロスはさすがに身の危険を悟ったようだが、それであっさりと返すようでは魔族としての名折れである。
隙を見て、ルーナと共に空間に逃げ込む――ゼロスはそんな計画を笑顔の裏で組み立てながら、ルーナの手をさらに強く握り締める。
「残念ですが、僕にはそんな簡単に滅ぼされるつもりは全く無いんですよ。
 まぁ、あなたと真っ向に戦ったら勝ち目はないでしょうが……」
精神世界面への入り口を探り当てながら、ゼロスはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「戦って勝てるアテが無いのなら――」
見つけた。
ゼロスはついでにと、去り際のセリフも考えておく。
――だが、それは必要なくなった。


――――――――きぃんっ!!


「―――――――――――!」


黒板をひっかいたような嫌な音と、誰かが何かを叫ぶ声。
それが重なった。
思わず目を閉じ、耳を塞ぐ全員。
音が止んだ――が、余韻が残っているのか、誰も体制を変えようとはしない。
だが。
「――しまった!」
そう叫んだのは、ルナ。
それが合図であったかのように、全員目を開け、耳を抑えていた手を離す。
だがすでに――ルーナとゼロスは消えていた……。
「くそ……私達のスキを突いて空間を渡るのだと思い込んでしまっていたわ。
 まさか、こんな技を身につけているなんて……」
ルナのぼやきに、
「――違う――」
……そう呟いたのは、フェリオだった。
「『違う』? どういう意味?」
「ゼロスがやったんじゃない……
 ――やったのは――ルーナだ……!」
『なっ……!?』
驚きの声を上げる一同。
「あんたね、自分で何言ってるかわかってる!?
 ルーナは攫われた立場なのよ、なんでゼロスとかゆーのの逃亡手助けすんの!」
思わずツッコミを入れるアスカ。
だがそれでも、フェリオには確証とも言うべき事実を知っていた。
「――聞こえたんだ、あの時……あの、きぃーんっていう、嫌な音の間から……ルーナの言葉が……何故か、はっきりと……」
「ルーナは何て言ってたの…?」
リナの問いかけに、フェリオは一瞬言葉に詰まったが――


「……『強くなって』……『お前を』…………『殺してやる!』……って……」



<つづく>