宿命の終わるとき |
第10話:儀式の果てに…(2) 夜。 魔が騒ぎ、闇が辺りを包み込み――堕天使が、堕ちるとき。 「……………さーて、と。 彼が動く前に、僕も影ながら応援させて頂きますか」 誰にともなくそう呟いて。 ゼロスは、錫杖を一振り。 「……どうでもいいですけど、あれだけ手応えないのもつまらないですね……」 そうぼやくゼロスの視線の先には、仲つむまじくよりそって眠る1組の男女。 ガウリイと、リナ。 ゼロスが錫杖を振ったのは、2人をさらに深い眠りに落とすためだったのだが――も ともとぐっすり眠っていたので、あまり効果が見えない。 「………まぁ、いいですけど」 言ってゼロスはもう1振り。 今度は、同じく夢の中であるはずの双子、そしてアイリスを標的に。 「さて、応援はここまでですね」 満足げにため息をつくゼロス。 これから楽しいショーが見れるというのだ。口調が浮かれ気味になるのも無理はない。 すでに見物――というより野次馬の準備も万端で、隣にはどこから持ってきたのか、 せんべいとお茶まである。 ゼロスに言わせれば、単なるアクセントらしいのだが。 「………………期待してますよ?フェリオさん。 全て、あなたの今夜にかかってるんですから―――」 「『アンロック』」 魔法で窓の鍵を開け。 フェリオはそぉっと、ルーナの部屋に侵入した。 ――フェリオの調べによると、今の時間、ルーナは仰向けになって寝ている。 まさにその調査通り、ルーナは仰向けに寝ていた。 気配を殺して、そっと、ルーナの寝顔をのぞきこむ。 ―――可愛い――― などとバカなことを考えるフェリオ。 だが、今夜こそ、本来の目的を達さなくてはならないのだ。 ここでチャンスを逃したら、この先いつ出来るかわからない。ゼロスもしゃしゃり出 てきたことだし…好機だろう。 フェリオは部屋の四隅に、それぞれ持ってきた短剣を突き立てる。 ――予防線、である。 そして……そぉっと、起こさぬように細心の注意を払って、ルーナに覆い被さる。 「…………ん゛ー…………」 だが気付かれたか――ルーナが、うっすらと目を開けた。 一瞬びくりとして身構えるフェリオに、ルーナは寝ぼけたような声で、 「………………カイ、ルぅ………?」 「!!」 また、『カイル』。 フェリオの心が、怒りで燃えるのを自分でも感じ取った。 あのときもそうだったからだ。 前の1件で、ルーナを洞窟から助け出したとき。 ルーナはこう呟いたのだ。 『―――ありがとう……カイル―――』 ……と。 ルーナの心には、いまだ『カイル』が住みついている。 ――これ以上、あいつにしがみつかせてやるものか!―― フェリオは心の中でそう叫びながら、にっこりとルーナに微笑みかけると、 「そうだよ……僕だよ。ルーナ」 「……カイルだぁ……」 「うん。だから、安心して寝ててね」 「……わかったぁ………」 そう応えて、ルーナは再び眠りについた。 フェリオは一息つくと―― そっと。 ルーナの髪に、口付けた。 ……どこだろう、ここは? ルーナは自問した。 どこまでも果てしなく続く、花畑? そうかと思えば、荒れ狂う海にも見えるし、のどかな田園風景も見える。 ………ここは……一体……? ルーナが頭を巡らせると―― 『――――!カイル!?』 見慣れた青銀髪が、ルーナの目に止まった。 それは振り向いて、ルーナに微笑みかける。 『―――ルーナ』 『カイル!お前、どこ行ってたんだよ!?』 懐かしい、声。 何年も前に聞けなくなったはずの声が、今、目の前で発せられている。 カイルはルーナの問いに苦笑しながら、 『……ちょっとね。 いろいろ、野暮用があって。 でも、いつもルーナの傍にいたから。約束通り』 『当たり前だ』 ふてくされたように言うルーナ。 『あたしとの約束を果たさないような奴、こっちから願い下げしてる』 『……………』 カイルはしばし、無言でルーナを懐かしむように見つめていた。 だが、言わねばならないことを思い出し、真剣な顔になる。 『……ルーナ。よく聞いてね』 『え? ……なんだよ、いきなり真面目な顔になって……』 『真剣な事なんだ。 下手をすると、間に合わなくなってしまう』 間に合わない? 『何に?』 『……ルーナにとっては、1番辛いことになると思う』 辛い…こと? 『覚悟して聞いて。 ――何があっても――自分を見失わないで。 自分を強く持って……目の前の現実から、目を逸らさないようにするんだ。いいね?』 『何言ってんだよ……平気だよ。 あたし、強いから。自分を見失うなんてこと、あるわけないだろ?』 『……それが怖いんだよ、ルーナ』 ……怖い……? ルーナは首を傾げた。 『お前の言ってること、さっきから、どうにもわかりにくいんだが……』 『今はわからなくてもいい。いつか、わかるときが来てしまうはずだから』 『……久々に会ったってのに、えらくカタイ話になったな……』 カイルは、にっこりと微笑んだ。 昔と、全く変わっていないルーナ。 この純粋さが――凶と出るか、吉と出るか―― 『……ルーナ。 そろそろ、起きて……現実に立ち向かって。 ―――負けないで――『彼』に――自分に―――』 ……それは、『賭』だった。 ………重い……… 息苦しい。 身体にかかる圧力からくる苦しさに、ルーナは意識を浮かび上がらせ―― 「………………フェリオ………………」 呆然と。 その名を、呟いた。 <つづく> |