宿命の終わるとき |
第8話:堕天使の誘い(4) その後。 ある意味、フェリオは大忙しだった。 リナを見つけ、質問攻めにしたり、 インバース家に押しかけ、今度はルナを質問攻めにしたり、 挙句の果てには魔道士協会にまで足を伸ばした。 しかもその質問内容は、 『ルーナは30分間で何回寝返りを打つのか』だの 『ルーナはいつも何時頃に眠るのか』だの 『ルーナはいつも何時頃に起きるのか』だのと、 『知ってどうするそんなこと』と誰もが思うような事ばかりだったのである。 だがフェリオは満足したのか、 その日はずっと上機嫌であった。 「随分と慎重ですね。兄様にしては」 ……そして。 夜、水を飲みに台所へとやってきたフェリオにそう声をかけたのは、他ならぬ彼の 妹、アイリスだった。 フェリオは一瞬身構えるが、妹だとわかり警戒を解く。 「……なんだ、お前かアイリス……どうしたんだ、こんな時間に?」 「トイレに起きたら兄様の姿が見えたので、ついでに忠告をと思いまして」 アイリス。 セイルーン王家第1王女。 あまり人に慣れていないため、必要以上のことは話さない、無口な幼女――と、周囲 からは思われている。 だが、違うのだ。 彼女は別に、人に慣れていないわけでもない。ただ、意思表示さえ出来ればいいの で、自然と口数が少なくなるだけだ。それをアメリアやゼルガディスが『人に慣れて いない』と結論付けた――それだけのことだった。 ちなみに、その結論を否定する気もアイリスにはない。かえってそう思われていた方 がやりやすいのもまた事実である。 それに、必要以上のことを話さない理由は、他にもあった。 「忠告?」 「ええ」 アイリスは頷くと、 「兄様らしくありませんわ。今回の動きは。 たかが1人の女のために、こんなに時間や労力をかけて……」 「アイリス」 フェリオは強い口調でアイリスの言葉を遮った。 「『たかが1人の女』――お前はそう言うが、俺にとっちゃ『たった1人の女』なん だよ。 お前にルーナの価値を決めろとは言ってない。あいつの価値を決めるのは俺だ」 「わかりませんわね」 アイリスは負けじと反論する。 「欲しいモノはなんでも手に入れてきたあなたでしょう。その気になれば、他国の1 つや2つ簡単に潰せるあなたが、なぜあんな女のためにここまで手の込んだことをな さるのです?」 ――必要以上に話さないもう1つの理由。 それは、生まれつき3歳児らしくない口調にあった。 「お前は何もわかっちゃいねーな」 フェリオは不敵な笑みを浮かべると、 「あいつはそうでもしないと、手に収まってくれねーんだ。 そこらで飛んでる鳥だってそうだろ? 捕まえるには作戦と道具がいる、格子のないカゴに収めるためには多少の傷はつけ なきゃならない…… つまりはそういうことだ」 「……傷つけすぎて、鳥本来の姿が失われなければ良いですけど」 アイリスは言った。 フェリオはその言葉の意がよくわからぬまま、 「お前こそ……欲しいモノがあるから、ここに居るんだろう?」 「……何のことですの?」 「とぼけるなよ。 ――リーク――今は別の女に目がいってるみたいだが、いずれは目も覚めるさ。 そこを狙うつもりなんだろう?お前は」 アイリスは無言で踵を返した。 ふと振り返ると、 「―――これだけは覚えておくと良いですわ、兄様。 鳥といえど、立派な命。傷つけられれば、抵抗だってしてくる……。 ―――――誘いに魅入り過ぎて、本当に大切なモノを失わないようにして下さいませ」 本当ニ大切ナ『モノ』? フェリオは一瞬―――一瞬だけ、迷った。 ――このまま、明日の夜……いいのか?本当に? 大切なモノ。 誘いに魅入る? どういう意味だ? ただ――失いたくないのは事実だ…… だけど、………もう―――― ―――――引き返せない所まで来てしまっている――――― ……忠告は、無となった。 <つづく> |