宿命の終わるとき








第7話:堕天使の誘い(3)





要するにそれは。


単なる、賭。





「聞きたいことがあるのー」
「…?な、なんだ?フェリオ」
急にそう話しかけられて。
ガウリイは困惑した。
フェリオの正体を知っていて、なおかつフェリオ自身もそれを知っている。なのに、
なぜそんな子供らしい口調で聞いてくるのだ?
「あのね、ルーナのことなの」
「ルーナの?」
散々熟知しているはずなのに。まだ調べたりないことでもあったのだろうか?
「ん〜……っていうか、なんていうか……
 まぁとにかく、教えてくれる?」
「いいけど」
ガウリイは2つ返事で引き受けてしまった。
「あのね」


「女を悦ばせるコツってなんだ?」


ぶはッ!!
思わずガウリイは吹き出した。
いきなり口調が変わったのと、その言葉の内容がとんでもないからである。
「なんだよ。そーゆーことに関しちゃ、この家の中じゃお前が1番のエキスパートだろ?」
「お、お前……」
震える声で言葉を紡ぐガウリイ。
「まさか……とうとう俺のリナの魅力に気付いて手を出すつもりか!?」
「いや、そっちじゃないし。しかも何気に私物化だし」
フェリオはぱたぱたと手を振った。
ガウリイはあまり使わない頭を使って考え、
「……あ、ルーナか?」
やっとのことで気付く。
そして。
「………ってルーナぁぁっ!?
 おい!まさか嫁入り前の娘を襲うつもりじゃないだろうな!?」
「すっ…するかンなこと!お前がいるのに!!
 ただちょっと、参考までに聞こうと思っただけだよっ」
首根っこを掴んでこようとするガウリイから身をかわし、慌てて弁明するフェリオ。
「あ、そ……
 まぁ、教えてやらんでもないけど。
 具体的にどんなのが聞きたいんだ?」
「具体的に…」
フェリオはしばし考え込み、言った。
「……じゃあ、初めての女の悦ばせ方」

真っ昼間から話し込むような内容ではないのだが。

むろん、そんなことを気にするような男達ではなかった。




「ア〜スカっ♪」
「私の結晶に触れないでね♪」
猫なで声を出しながら作られたばかりのクッキーに手を出そうとしていたフェリオ
に、アスカは同じく妙に優しい声を出した。
窓から覗いているフェリオから、アスカはさりげなくクッキーを盛った皿を遠ざけると、
「で。何しに来たの?
 あんたがクッキーがめに来るとは思えないんだけど」
「ちょっとな」
フェリオは窓からよじ登り、台所に侵入すると、
「聞きたいことがある」
「ルーナ絡みならお断りよ」
アスカは即座に却下した。
「自分で調べるのね」
「……キツいな」
「そうやって人任せにしてるから、うだつの上がらないバカ王子なんて呼ばれるのよ」
「そう呼んでるの、お前だけだろ」
「世論はたった1人の意見で変わることだってあるのよ」
はふ……
フェリオはため息を1つ吐くと、
「わかった。
 自分で調べりゃいーんだろ……」
「別に教えてあげてやってもいーけど?」
なんだそりゃ。
そうフェリオは思ったが、教えてもらうに越したことはない。
「……教えてくれ」
「条件つきよ。
 これから先、絶対にルーナを傷つけないって約束するのなら教えてあげる」
「………わかった。約束する」
「そう。信じるわ。
 ……何が聞きたいの」
「―――前に、ルーナがさらわれたとき―――
 お前、言ってたよな。
 『魔法で治せるのは、身体の傷だけ』…とかって。
 あれはどういう意味なんだ?」
「………まだわかってなかったのぉ!?
 うわぁ。女心を知らな過ぎ」
アスカは大げさなため息をつき、
「ようするにね。
 心の傷までは癒せないってことよ、どんな魔法でも」
「……………だから、どういう意味だ?」
「あーもぉこの鈍感バカ!
 つまり、ルーナは外見では元気そうだけど、心の中じゃすっごい傷ついてるってことよ!」

傷つく?

あいつが?

「…ありえんだろ」
「だから鈍感だっつってんのよ」
「あれが演技だと?」
「演技よ」


「―――世界で1番悲しい演技」


フェリオは口をつぐんだ。
理解できなかったのだ。どうしても。
ルーナがまだ傷ついている、などということを。
あの事件の直後は、確かにルーナもダメージが大きかった。それはフェリオ自身も
知っている。
だが、今の今でもそのときの痛みを引きずっているのか?

「……わかった。すまない」
完全に理解したわけではないが、これ以上ここにいても仕方ない。
窓から出ようとするフェリオに、
「――ちょっと待った」
アスカは何かを放った。
何とか受け取れたそれは、小さな包み。
「あのとき、渡せなかったクッキー。
 いつものだって言って、ルーナに渡して」
「…わかった」
フェリオはそう言って、アスカの家を後にした。




―――――さっきから、嘘ばかり吐いてるな、俺は。
       
       傷つけずにいられるはず、無いのに―――――



……そう、胸中で呟きながら。


<つづく>