宿命の終わるとき |
第5話:堕天使の誘い(1) リナはずっと、考えていた。 洗濯物を乾す時も、 ご飯を作っている時も、 ガウリイをスリッパではたいている時も。 ずっと―――ある1つの事を、考えていた。 「なんか考えてるだろ、リナ?」 ……そして、その事を見逃すガウリイではなかった。 「え…?」 「今日1日、ずっと。 飯食ってる時もぼーっとしてたし…… それに。何より、今」 ガウリイは息を整えるリナの髪を梳きながら、 「俺の事、見てなかった」 「……ごめん……」 「謝らなくて良いから。 ……それより、何考えてたんだ?」 「…………あの、ね」 リナは身を起こすと、 「……ルーナの、事なの」 「…やっぱりそうか…」 薄々感づいていたのだろう。ガウリイが言った。 「あの件はお前のせいじゃないって、言っただろう? ルーナだって、『母さんのはちゃめちゃ人生知ってれば、あれっくらいの報復は予 想してた』って言ってくれたじゃないか」 「そうじゃないの」 硬い声。ぎゅっと握られた拳が、リナの胸元で震える。 「あたしにやられた盗賊は、まだまだたくさんいるわ… それこそ、全国どこにでも。 ……そしてそいつらは、ルーナだけじゃない……ミリーやリークだって狙ってくる かもしれない……」 「リナ……」 「そうなった時―― ミリーやリークはともかく、ルーナにまで手が回らないかもしれない。 もしもの時、あたしはルーナを守ってあげられないかもしれないの…。 そうなった時、あたしが……どんな方法を取るか、わからない」 そっと、震えるリナの手に自分の手を重ねるガウリイ。リナの緊張が、少しだけ緩 む。 「……怖い。 ルーナより、ミリーやリークを優先にして考えちゃう自分がすっごく怖いの……。 それに…… ……都合の良いときだけ、ガウリイに頼りそうな自分も怖い」 「……リナ。 別に怖いことなんか何にもないだろ?俺はリナに頼ってもらって、嬉しいんだから」 「違うの。 自分で自分が、嫌なの……怖いの……なんか、ガウリイを利用してるみたいで…… イヤだよ……」 ガウリイにしがみつくように抱きつくリナ。僅かな震えが止まっていない。 ガウリイはリナの頭をぽんぽんと軽く叩くと、 「大丈夫……俺はお前が、他人を利用するような人間じゃないって事はちゃんと知っ てるから…… きっと、ルーナも知ってる。あいつはお前に似て、頭が良いからな…… だから……泣くな。リナ」 「……な、泣いてっ…なん……っかぁっ……」 説得力のない言葉。 それがかえって痛々しくて。 「リナ……」 キスと共に、再びリナを組み敷いた。 「……………」 ――ルーナはそっと、丸いコインのようなものを耳から離した。 なんてことはない。 ただちょっと、偶然手に入れたレグルス盤を使って、夫婦の寝室を盗聴していたのだが―― 結果、なんだか深刻な話を聞くこととなった。 「……『ルーナを守ってあげられないかもしれない』……ねぇ……」 はふ、とため息をつくルーナ。 ――あたしはやっぱり、誰かに助けられてないと生きていけないヤツなのかな……。 「人並程度には強いと思ってんだけどなぁ…」 手の中のレグルス盤を弄いながら、ごろんとベッドの上で仰向けに転がる。 「……………魔法が使えなくても強くなれる方法…ねーかなぁ……?」 ―――例えば――切れ味抜群の剣――……伝説の光の剣とか、斬妖剣とかがあったら 良いのにな…――― ……まさかそれが、ガブリエフ家の倉庫の奥の方に眠っているとは露知らず。 ルーナはそのまま、眠りに引き込まれて行った…… そして。 見た夢は、悪夢……。 「おなかすいたなのぉ〜!」 「はらへったぁっ!!」 「……………」 「僕もお腹空いたぁ」 「……はいはい。今作ってんだから、おとなしく待ってろ」 ガウリイが非番の日は、いつもルーナが食事当番となっていた。ガウリイがリナを離 さないからである。 「ったく……エターナルクィーンも、ちっとは考えて非番組んでくれよな……」 「手伝おっか?」 そう言って横から顔を出したのは、言うまでもなくフェリオだ。 「お前、料理なんて出来るのか?」 「僕、切るのなら得意〜♪」 ……果てしなく疑わしいセリフだが、まぁ人手は確かに足りない。 「仕方ねーな…… じゃあ、そこの卵割ってといてくれ」 「割ってとくの?わかったー♪」 コンコン、と角に卵を軽くぶつけ、意外な手際の良さで卵をといていくフェリオ。 「へー。人間、特技の1個や2個はあるもんだな」 「……褒められたの?僕」 「うんうん。偉い偉い」 かなり棒読みなルーナの言葉に、しかしフェリオは上機嫌となった。 「じゃあ、次はそこのウィンナーに切り込み入れて」 「はーい♪」 「次、塩とって」 「うん♪」 「コショウ」 「はい♪」 「皿」 「はーいっ♪」 「ほれ、運べ」 「うんっ♪」 「食べるか?」 「食べるー♪」 「……らぶらぶ、なのぉv」 「そうだな」 「……らぶら、ぶ……?」 「アイリスちゃんしらないなの?」 「らぶらぶってのは、あーゆーくうきのことをいうんだって。ルーナねえちゃんが いってたんだ」 「らぶらぶ…?」 「うんっ。ルーナおねーちゃんと、フェリオおにーちゃん、とってもらぶらぶな のぉー♪」 ……そしてまた。 幼少組3人がこっそりとこんな会話をしている事も、ルーナは露知らず、なのであった。 「……さて、と。 そろそろ、僕の出番ですねぇ♪」 …そして、ここでも暗躍している人物がいた。 ……『それ』は、ちょこんとベッドの上で正座していた。 ルーナはそれを見たとたん――― ぱたん。 素直に入るはずだった自室のドアを閉める。 しかし。 「そんな静かなリアクションされると、僕としても困っちゃうんですけど……」 いつの間に出てきたのか。『それ』は、ルーナの横でぽりぽりと頭を掻いた。 「……誰だ?お前」 それに動じることなく、静かに『それ』に問いかけるルーナ。ドアにもたれかかるよ うに姿勢を変えると、 「まぁ、大体想像つくけど。 おおかた、魔族……それも、かなり高位の」 「そんなところです。 覚えてらっしゃいませんか?前に1度だけ、お会いしたことがあるんですけど」 「さっぱり」 ひょい、とルーナは肩をすくめた。 「そうですか。 じゃあ、改めて自己紹介しますね♪ 僕は、獣神官ゼロス――獣王ゼラス=メタリオム様にお仕えする、魔族です」 「……ああ!」 思い出したのか、ルーナはぽんっ!と手を打つと、 「パシリ魔族!」 「違いますっ!」 「…じゃあ、後ろ姿がゴキブリ似?」 「それも違いますっ!! ……まったく……リナさんあたりに吹き込まれたんでしょう?」 「当たりー」 「(………後でガウリイさんに、超強力な媚薬振りかけてやるぅ)」 「そんなことより。何しに来たんだ、お前? 人の部屋のベッドに正座なんかして……」 「……ああ、そうでした」 本来の用件を思い出し、『それ』――ゼロスはにこやかに言った。 「―――誰よりも強くなりたいとは思いませんか?」 ………ルーナの心に、迷いが生じた。 <つづく> ちょっとだけガウリナらぶらぶvでした(^^;) ちなみにサブタイトルの中の『誘い』は、『さそい』でわなく『いざない』と読んで くださいな(笑) |