宿命の終わるとき |
第3話:変化の後の一大事(3) フェリオはこっそりと、洞窟の様子を伺う。 …とは言っても、盗賊風の見張りが3人ばかりいるため、木に隠れてなければならないが。 注意深く耳をすませると、聞こえてくる見張りどもの談笑。 「……しっかし、ボスも物好きだよなぁ」 「ああ…よりにもよって、あんな子供を相手にするとは……」 「ま、仕方ねぇさ。あのリナ=インバースには、いろいろと恨みがあるみてぇだし…… あの子も可哀想だよな。13で死んじまうなんてよ」 「他の奴らも、そんなに女に餓えてんのかね」 「いくら餓えてるからって、13の女の子に手ぇ出さなくてもなぁ……」 推測するのは簡単だった。 だが、頭で整理をつける前に―― フェリオの体は、まっすぐに見張りどもの方へと突っ込んだ。 「――な――!?」 あまりに突然の事で、見張りどもは一瞬うろたえる。 その一瞬のうちに、フェリオは見張りの1人が持っていた短剣を奪い取り―― 「……ルーナはどこだ?」 別の1人の首筋に短剣をつきつけ、冷たい声でそう問うた。 「くっ……」 「お前ら盗賊どもがさらった、栗色の髪に青い瞳の少女だ――言わなければ殺す」 淡々と言葉を紡ぐ。 半ば人質状態の1人はもちろん、他の2人も動けなかった。 動けば、殺される―――そう本能的に、感じとっていたから。 「わ――わかった!言う!!」 刃先をつきつけられている男が、叫ぶように言った。 「こ、この洞窟の奥だ!! 途中で道がいくつかわかれてるが、ずっとまっすぐに行けばきっと――」 「……なるほど」 す、とフェリオは短剣を降ろし―― 「なら、お前らは用なしだな」 「―――!?」 3人が、その言葉の意味を理解するより早く。 ――爆発が、起こった。 遠くで響く音。 軽く感じる振動。 「……?おい、誰か見てこい」 親玉の言葉に、4,5人の男が入り口の方へと向かう。 だが、ルーナを押さえつける力はあまり変わった気がしない。 「……っ、ヤぁ……!」 悲しい事に、声で嫌悪を表すしか、今のルーナに抵抗の術はなかった。 カーディガンはすでに剥ぎ取られ、ワンピースも脱がされかけている。剣を扱うものとは思えない白く細い肩が、外部に剥き出しになっていた。 それでも泣くことをしないのは、心まで征服されたくなかったから。 でも、それもそろそろ限界だ――… ルーナはぎゅっと目を瞑り、自分の体をいいように弄ぶ手に耐えていた。 「――邪魔、だな」 そう呟きながら、フェリオはまた1人斬り捨てる。 短剣の一振りでこんなことが出来る奴など、この世にいるのだろうか。 「えぇいっ!多勢に無勢だ、まとめてかかれっ!」 誰かの放った声に、男どもは一斉にフェリオに飛びつき―― 「――邪魔だって…言ってるだろ?」 その一言に、また多くの死体が転がる。 「チッ……おい、退くぞ!!」 別の男の声に、全員が退いた。 どうやらチームワークはなかなかのものらしい。 「……間に合え……!」 願いを口にしながら。 フェリオは再び前進を始めた。 ずきんっ!! ……イタいっ……! 突然腹部を襲う痛みに、ルーナは奥歯を噛み締めた。 アスカの家で感じたのと同じものだ。 そして同時に、何かがずるり、と流れ出すような感覚もする。 ずきずきしてくる。少しでも気を抜けば、意識を失ってしまうだろう。 ――と、何やら慌ただしい。 「ぼ、ボス…!大半がやられました!」 「なんだと?……しょうがねぇ、加勢してこい!」 そしてまた、何人かがこの場を離れる。 ――お前も行けぇぇぇぇっ!それでもボスかお前はっ!! 心の中で必死に叫ぶが、届くわけもない。 ――――ずきぃ…っ!! 一際大きな痛みが、ルーナを襲い―― 彼女の意識は、そこで途絶えた。 「だから邪魔だって言ってるだろ!!」 ざしゅっっ!! また1つ、死体が増えた。 「くそ…!」 そしてまた、何人かが奥に引っ込む。 派手な魔法は使えないので、こうやって各個撃破していくしかないのだが…… 「いいかげんっ……に、しやがれ!!」 ざしゅざしゅざしゅっっ!! ――フェリオの歩くあとには、死体だけが続いていた。 「お?……へっ、気絶しちまいやがったか。 まぁ、下手に騒がれるよりマシだな」 「ぼ…ボス! ダメです…強すぎます!!」 「一体どんなんなんだ、そいつは?」 手を休めずに部下に聞く親玉。 「へ、へい…… 肩まである銀髪で、やたらひょろっちそうな見かけのわりには、短剣1つで殺しまくって……」 「肩まで?おい、まさか女にやられたんじゃねぇだろうな?」 「いえ、男でし……」 部下の言葉はそこで途切れた――永遠に。 「……お前が親玉か」 ずるり、と崩れ落ちる部下の死体の後ろには、冷たい光を宿した瞳のフェリオが佇んでいた。 ―――その瞳が、ルーナの姿を見た瞬間、憎悪に満ちた――― 見えたのは、変わり果てた少女の姿。 いつもは綺麗な栗色のストレート・へアは泥で汚れ、衣服はびりびりに破かれている。 そして何より、許せなかったのは―― 閉じられた瞼に光る、一粒の涙だった。 「――――殺す!」 はっきりとそう宣言して、フェリオは動く。 まず1人。短剣で首をちょっと突いてやったら、あっけなく崩れ落ちた。 それだけで何人か殺し、次に魔法。 「――『ダーク・ミスト』」 ぶぁっ!と黒い霧が広がり、また何人か果てる。 それらをいろいろ繰り返し―― ――気づけば。残るは親玉1人となっていた。 「な、なんなんだ…」 霧の向こうから、親玉とやらの震える声。 ……そこか。 「お前、一体何者だ!?」 「――知りたいか――?」 近くに転がる死体の腰から、長剣を取る。 それを構えると、フェリオは言った。 「俺はセイルーン王国第1王位継承者、フェリオ=グレイ=ティル=セイルーン…だ」 「……う…… うああああああああああっ!!!!」 親玉の口からは絶叫が―― そして片耳のあった場所からは、血が吹き出していた。 「人間ってのは丈夫だよな…… 心臓を突くか首でも跳ね飛ばさない限り、簡単には死ねない」 次は、指。 恐ろしいまでに精密な剣さばきで、じわじわと追い詰めてゆく。 「な、な、な、なんでだ……うああ…… どうして……ぐほっ……聖王国の、王子……が、黒魔術を……!?」 「質問の多い奴だな……」 今度は足首。 「そんなの決まってるだろ?」 そして手首。 「欲しい物を手に入れるためには、その物以上の力を持ってなきゃダメってことだ」 その言葉は――親玉には、届かなかった。 「……………」 何の感慨も持たずに辺りに散らばる死骸を見てから、血溜まりに倒れていたルーナを軽々と抱き上げると、 「部品(パーツ)が原形をとどめているだけでも、ありがたいと思うんだな――…」 言ってフェリオは、惨劇の舞台をあとにした。 <つづく> |