運命、そして宿命。 |
第12話:ピーマンか、離婚か。 「が・う・り・い♪ ちょ〜っとだけ♪お話があるの。リビングまで来てくれない?」 ぴきぃっ! いつも以上に甘ったるい、愛妻の声に。 ガウリイは、思わず身を竦ませた。 リナの言う『お話』に、心当たりがあるからである。 ちなみにガウリイが今いるのは、リビングから少し離れたところにある自室。 行きたくないのはやまやまなのだが、身重の妻をここまで来させるのは心苦しいし、 なにより今行かなかったからと言って、嵐から逃れられるわけでもない。 「……わかったよ」 誰にともなく呟いて、ガウリイはリビングへと向かった。 「…………リナ。 確かに俺は、ルーナを森に置き去りにしちまった。 それに対する責任だって、俺が取らなきゃならないのもわかってる。 でも――」 リビングで。 苦しげな表情のまま、ガウリイはテーブルの上を指差すと、 「これだけはっ! このピーマン全部食べろっていうのだけは、耐えられないんだっ!!」 ――そう。 テーブルの上には、バスケットいっぱいに詰め込まれた、生のピーマンがあった。 「あら。ルーナは、あたしが作ったピーマンおかゆ、全部たいらげてくれたのよ。 だったら、父親として、これを食べ尽くすのは当然よね」 「リナぁぁぁぁぁ…… 頼むよぉ……俺、ピーマン嫌いなんだってば……」 「だったらなおさら、この機会に克服してちょうだい。 生まれてくる子供に、しめしがつかないわ。 ――それとも――」 リナは、情けない顔で土下座するガウリイを見下ろすと、 「離婚する?」 さらりと言ってのける。 「幸いルーナに傷はなかったけど、これが食べらんないのなら……あんたに、父親の 権利はないんじゃないの?」 う゛…… 内心、ぎくりとするガウリイ。 ルーナを見つけたとき、彼女が重傷を負っていた事を、彼はまだリナに言っていな かった。 「昨日も言ったけど、これ、本気だからね? ガウリイ」 ………彼は悩んだ。これまでにないほど悩んだ。 リナと離婚するなんて、もちろん嫌だ。 でも、ピーマン食べるのも……嫌なんだよなぁ…… 「……………わかった。 ピーマン食べる。でも、そのかわり――」 「そのかわり?」 「リナにも、克服してもらうぜ」 「……はぁ?」 ガウリイが何を言わんとしてるのかわからず、聞き返すリナ。 「つまり、これ♪」 にこにこしながら、どこからともなくガウリイが出したのは―― ビン詰めのなめくじ。 「…………うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! いやあっ!ちょっと待ってほんとにヤダっっ!!!なんでそんなもん持ってんの よぉ―――っ!」 「えっと……なんだったかな…… そうそう、『乙女の秘密』♪」 「あんたのどこが乙女よぉっ!とにかくしまってぇ!!」 形勢逆転。まさにその通りだった。 「離婚しない?」 「しないしない」 「ピーマン食べさせない?」 「食べさせない食べさせない」 「俺のこと……愛してる?」 「愛してる愛し………へっ!?」 「おっけおっけ。 じゃ、おあいこな♪」 にぃーっこりと、満面の笑みを浮かべ、なめくじをしまうガウリイ。 「………なんか、違う気がする……」 「リナ」 ガウリイは、リナの頬にそっと手を伸ばすと、 「……ごめん、な。 ルーナのこと……ほんとに、ごめん。 だから、離婚するなんて言わないでくれよ……」 「…………バカくらげ。 あんたみたいなくらげを、世間にほっぽりだすなんて、恐ろしくて出来やしないわ よ」 「……ありがとな」 柔らかく笑い、リナの頬にキスをする。 「さぁって、と。 そろそろあの2人も、かえって来る頃でしょうし。 フェリオくん、起こしましょ」 言って、立ち上がったリナに―― 「その必要ないけど?」 澄んだ声が届く。 「………え゛…?」 きぃっ、と、リビングのドアが開く。 そこには、ルーナとフェリオの姿が。 「……あんたたち、まさか……」 「一部始終、見させていただきました♪ いやぁ、だってさぁ、家庭の危機なのにあたしだけ何も関与しないってのは、おか しいんじゃねーかなぁと思って……」 「わざわざフェリオくん起こして、覗き見してた、と……?」 「ねぇねぇルーナ。のぞきみって、なに?」 「ああ。覗き見ってのはな、今みたいならぶらぶシーンを、こっそり観察すること だ」 「らぶらぶ?」 「るーなぁぁぁぁ……?」 「あ。母さん、怖い」 「……ガウリイ。悪いけど、今日の夕食、ピーマンの炊き込み御飯に決定ね」 「えーっ!?ちょっと待てよリナ!!俺関係ねーだろ!?」 「だめっ!一蓮托生!!」 「ねぇねぇルーナ。いちれんたくしょおってなに?」 「いちれんたくしょーは、あたしも知らないな……」 「……いつでもにぎやかなんだな、お前らは……」 ぴた。 突然聞こえてきた別の声に、彼らはそちらの方を振り向き―― 「……あ―――っ! お父様!!お母様!!」 フェリオの言葉に、ルーナは思わず、我が目を疑ったのだった。 <つづく> 今度こそ、次が最終回!(多分) |