戸惑ひの欠片。









<そんな二人旅ぷらすα>〜中篇〜



「どーした、何かオレの顔についてるかぁ?」


ごくんと大きく咽仏を動かして、
よーやくガウリイがまともに喋った。
…場の流れというものに頓着することを知らない、
いつも通りの呑気な声。
探るように見ても。
本気で、ガウリイはあたしが何故こんなに顔色を変えているのか、
分からない様子だった。
「…………」
「なんだ?」
(そ、空耳?)
なんだかさっきまでガウリイが。
あたしが可愛いだとかキスしたいだとか、
あの声で聞くとなんかものすごい違和感のある台詞を、
吐いていたように…聞こえたのだが。

さっきまで、当の本人は食べ物で口いっぱいだったし。

(…うん。きっと空耳ねっ♪空耳に決まった!)
我ながらちょっぴし無理のある仮説を、
あたしはなんとか納得しようとする。
「べ、べべべべつに何でもないわよ」
「別にって顔じゃないぞ」
「き、気のせいでしょっ!?」
ちょっぴし、声は上擦っていたかもしんない。
そうこうするうちも、
あたしは、またあの妙なガウリイの声…
のよーな幻聴が聞こえやしないかと、身構えていた。

じりじり。

恐ろしいまでの緊張感をあたしが漂わせている最中、
ガウリイがふと顔を上げる。
「あれ…ゼロス、もう行くのか?」
「へっ!?」
慌てて振り向くと、
席から立ちあがったゼロスがきびすを返しかけていたり(汗)。
「ち、ちょ…ゼロス!」
「それでは僕はこのへんで〜♪」
「ち、ちょっとまてぇええええぇええっ!!
頼むからこんな訳の分からん状況に、
ひとを置き去りにするなぁああっっ!!!」
席を立ちあがりかけたニコ目神官の服の裾をしっかと押さえ、
だくだくと涙を流しつつ懇願したのだが。
あたしが必死で掴んだ裾は、
無常にもするりと宙で溶けた。
精神世界に引っ込めたらしいことは分かったが、
んなことはどーでもいい。
「をいこら、このまま一人で逃げる気っ!?」
「いやあ、はっはっは。
ちょっと魔族にはキツい状況ですからねー。
また、どうなったか伺いに来ますよ」
「くっ、!おにょれゼロス、
乙女の心からの健気な願いを、あっさり却下するなんてっ(涙)」
「とゆーか、魔族相手に心からのお願いが通じても
それはそれで怖いんじゃないですか?」
楽しげに冷静なツッコミ。
「そうそう、念のため申し上げておきますが。
僕は何にもしてませんからね〜♪」
裏の見えない微笑みを浮かべつつ、
ぱさりと服を翻して唐突に精神世界に消えていった不気味なゼロスに。
本当かおいっ!?
とあたしはツッコむ暇もなかった。
 
口の中は、果実水で異物を流し込んだために、
すでにじゃりじゃりすらしていない。
中では一番状況を把握できていそうなゴキブリ魔族に逃げられたら…
後に残るのは、あたしとガウリイの二人だけである。

「…………どうした?リナ」
ガウリイの問いかけは、いつも通りまのびしているのに。
なんだか妙に身体が強張って、隣を振り向けなかった。

つうっ。
額に汗が流れて行く。
(いや、でも今はなんも聞こえないし)
どこをどうやったのか、
ゼロスが消えたことに誰も気付かず、
食堂はがやがやと騒がしいまんまだった。
「ね…ガウリイ。つかぬことを聞くけど…
うう……いや、やっぱなんでもない」
恐る恐る緊張を解きながら、
曖昧に返事をする。
もう聞こえないのか…?
さっき、ふと気まぐれな風が吹くみたいなかんじで聞こえた、
幻聴…のような、なにか。

と,油断した瞬間!

『二人っきりだなぁ♪』

「ぶっ!?」 
いやこの食堂には、食事している他の皆様も…って、オイ!!!
「…………ち、ちょっと!!ガウリイ」
「ん〜なんだ?リナ」
頭に直接響いてきた死ぬほど恥ずかしいたわごとに、
あたしは真っ赤になってじと目を向ける。
「あんたねぇっ……あんた、まさか」
「だから何だよ?」
がたがた。
怪訝そうにこっちを見ながら、
改めて椅子に座りなおすガウリイ。
…ってあんた、
さりげなくあたしの正面に座りなおしたな?
そういや幻聴も、隣じゃあたしのぷりてぃな顔が、
見えないとかなんとか(赤面)
言っていたよーな気がするが。
「ガウリイ…」
「あ、リナ!!追加注文の鳥が来たぞ。
食っちまっていいのか?
…をいをい、オレが先に食っちまったからってそんな怒るなよ〜。
だいたいこれ注文したのはオレだぜ」
邪気のなさそーな、蒼い瞳。
「う…」
違う。あたしが黙っている訳は、
んなこととは徹底的に違う。
…が、それをどうして本人に告げることができようっ!?

(さっきからあんた、どっかの、
ちょっぴし辛い思いでの誰かをほーふつとさせる、
らぶらぶな台詞を頭から垂れ流してない?
もちろん対象は、あ・た・し♪)

…などとはっ!!!(涙)
それに。

「なんでもなひ…。いいわ、その鳥さんガウリイにあげる」
「ええっ、いいのかっ?ほんとか!?
中にピーマン仕込んだりしてないなっ?」
「いつあたしに、そんなヒマがあった…?」

転がったナイフをうきうきと握りなおしているガウリイを見れば、
あたしの中の疑惑はとても的を射ているとは思えなかった。
ときどき、
あたしをどきっとさせるような意味深な台詞を吐くガウリイだが。
こいつは、ボケた脳味噌で好きなことを喋っているに過ぎないのだ。
その証拠に、
意味深な台詞はいつも意味をなさないまま、ほったらかし。
(一生保護者でいるとか、
あたしの実家に行きたいとか…)
普通に考えれば、なにやら仄めかしていそーな言葉も。

……何も考えずに言われるなら、
そこにはやっぱり何のメッセージも込められていないんだから。

ガウリイの、空色の瞳が印象的な文句なしの容貌と、
均整の取れた逞しい体つき。
剣士としては超一流の腕前と、
惚けてる割には何をするにも無理のない身のこなし…
割と甘いかんじの声も、
安心できるみたいな笑顔も総合的に見て悪くはない。

実はガウリイには、
まともにお使いもできないスケルトン並の脳味噌しかないのだが。
んなことは関係なしに、こいつはモテる。

ぱっと見には、んなこと分からんし。
旅先で村の娘や美人のおねーちゃん達に惚れられたことも、
一度や二度ではない。
一部の人は、こいつがボケててもいいみたいだし…
そう、例えば様づけでガウリイを呼ぶシルフィール。

でも、うるうるした目で見つめられても。
ぽっと上気した顔で、話しかけられても。

ガウリイは、特別な好意に気付かない。
それに対しての何の反応も返さず、
ただいつも通りの罪のない顔で笑うだけ。
…だから当然、
ガウリイには複雑な乙女ごころや恋愛などを解する機能はないのだと、
あたしはそう考えていた。
もうずっと長い間、そう思ってきた。

「ほら、リナも食えよ(遠慮されると不気味だし)。
そんなことじゃ、胸が育たんぞ〜?」
「…死にたいの?ガウリイ」
「えっ…はっはっは(大汗)」

(ほら、ガウリイはいつも通りのくらげぢゃない!)
(だいたい!!)

あたし達の二人旅は、
スリッパでのどつき漫才を繰り返して、
ぽんぽん頭を撫でられてという毎日の繰り返し。

目の前のやたら美形な男は、
あたしの過保護な自称保護者だった。
そう本人が言うのだから、
あたしのよーなお子様は、
彼の恋愛対象ではないはずである。

「…やっぱし、コレあたしが食べる!」
「しょ、しょんな〜(涙)」

ぶすり。

あたしはとりあえず、
目の前の男の前の皿から鳥肉さんをフォークに拾い、
乱暴にそれを口に放り込んでかみ締めた。



     *  *  *



部屋に引き上げて眠るまでの数時間の恐ろしい状況は、
できることなら語りたくない。
大雑把に言えば、あたしとガウリイは食事を終えて、
それぞれお風呂に入り。
いつものように別々の部屋に引き上げて眠っただけなのだが。

その頃には、
あたしは正直いってこれまでにないほど、
この不条理な状況に混乱していた。
正直いって。
あたしは、繰り返し聞こえるガウリイの声に、
もう我慢の限界がきていた。

『り〜な♪』

(……も〜、いや)

あたしは、
これまで経験したことがないくらい、
精神的にくたくただった。
原因は言わずと知れた、
ふいに聞こえるあの正体不明の台詞である。

『リナ』

あたしは断じてあれを聞いて、
リナ=インバースも、まんざらでもないぢゃない♪
とか、嬉しがっているのではない。
むしろ…事実は反対だった。

(もう、聞きたくない)

訳もなく涙が出そうな、
そんな今の自分の精神の不安定さを、心で叱咤する。



夜も更けて自分の部屋に引き上げたあたしは、小さく呼んだ。

「いるんでしょ?ゼロス」

「…いやぁ、バレちゃいましたか」
口元だけで笑いながら、
ふわりと閉めたドアの前へと現れた生ゴミ魔族を、
あたしは椅子の上から睨む。
自分の部屋に魔族がいるという事実は、
決して楽しいものではなかったが。
…どうせいるなら、目に見えていた方がまだましというものだった。

「で?…とっとと説明してもらいましょうか」
「おや?なんだか顔色が悪いですよ、リナさん。風邪ですか?」
「違うわよ」

これも、飲み込んだ魔血玉の影響か。
普段よりも随分、精神世界のことが感じ取れるような気がする。
「いやぁすっかり溶けてますね〜あの石。…リナさんの中に」
くすり。
ゼロスが、しのび笑いを漏らしてあたしの神経を逆撫でしてゆく。
「あれは何な訳?」
「さて。あれって何のことでしょう?」
冷ややかに問いただしても、
返ってくるのは、はぐらかしのみだった。

(ま〜、予想はついたけど。しゃあしゃあと…)

「言葉の綾取りするほど、今のあたしは気力がないのよ。
あの、勝手に聞こえてくる、
ガウリイもどきの台詞のことよッ!!
どうせ面白がって人のこと見物する悪趣味の最中なんだから、
説明ぐらいしていきなさい」
「僕が、そんな親切だとでも?」
「そもそも説明する気がなきゃ、
呼んだって出てこないはずでしょ。
あんたほどの力の持ち主が、
たかが人間風情の言うこときく義理はどこにもないんだから」
いらいらと頭を掻きむしるあたしを見て、
ゼロスは焦らすようにゆっくりと、人差し指を口元へ運んだ。
「この場合僕が何を言ったって解決しないと思いますが、
じゃあちょっとだけ」

あたしは、視線で先を促す。

「……リナさんご想像の通り、
あれはガウリイさんの心の声、とでも言いましょうか」
「違うわ」
部屋のランプに、
ご丁寧にもゼロスの造った影がゆらゆら揺れている。
「おやおや。リナさんらしくもない」
「絶対っに!!違うったら違うのよ」
妙に力を込めるあたしに、
くすりとまた、揶揄するようなゼロスの忍び笑い。
「それ以外、説明がつきます?
別に、アレがリナさんの妄想ってことにしといても、
僕はかまいませんが」
「それも嫌ぢゃぁあっ!!ほら、…他にもあるでしょーが。
例えばあたしをたぶらかそうと、ゼロス、
あんたがガウリイの声マネで精神世界から喋ってきてるとか」
それはそれで、滅茶苦茶さぶいもんがあるが。
「はっはっは」
ゼロスが、爽やかに笑い飛ばす。
「ご冗談を。あんなこっ恥ずかしい台詞を口にしたら、
いくら僕でも、
本体にどえらいダメージ受けちゃいますよ♪」
…確かに。
怒り、絶望、嫉妬。
そんな負の感情を糧とするこいつら魔族である。
だからって別に正の感情があるからと滅びはしないだろうが、
自らがああゆう台詞を吐く自己矛盾は、
きっと命取りにもなりかねないだろう。
だが、いくら寒々しい想像でも、
あたしにはまだそれが真実だった方がましだった。

「どーして魔血玉飲んであんなことになんのよっ?」
「さぁ?もともと大した量じゃありませんし、
いきなりリナさんが赤眼の魔王様の力を暴走させる!!
というような期待はあまりしてませんでしたが」
「…ちょっとは期待してたんかい…(汗)」
「まあまあ、リナさん。それは秘密です♪」
扉に寄りかかった姿勢のままで、
お定まりの台詞を吐くゼロス。
「…ま、現象だけを魔族の視点から分析させていただくと、
あれですね。
貴方は、ガウリイさんの精神を垣間見て…
それも強く想ったもののみというお粗末な能力ですが、
それを、自分の中で言語化して聞いてるようですね。でしょう?」
「…」
「ほら、人間は他の人間の感情を、
そのままの形で受けとめるようにできてませんから。
リナさんがガウリイさんの精神に、
影響を受けているのが分かる以外、
僕には普段通りの精神世界なんですがね。
リナさんの反応があんまり分り易いんで、
だいたいの事情は飲み込めましたよ。
いやあ、これはこれで笑える展開ですねぇ♪」
無意識のうちに、あたしは唇を噛む。
「まぁ、人間なんかとは構造が違いますから、
僕も実際具体的にどーゆう言葉を、
リナさんが聞いていらっしゃるか分らないですが」
「その割には、さっき恥ずかしい台詞とか言ってたじゃない」
「ふ〜…」
わざわざ疲れた顔を作って、ゼロスが呟く。

「同じものを聞かなくても、じゅーぶん分かります」

「…あっそ」
「まーガウリイさんのアレは、
今に始まったことじゃないですから…。
で、リナさん。この原因の予測はつかれます?」
「あんたに喋ってどうなるもんでもないでしょ」
「まぁまぁ、そう言わず。
蛇の道は蛇ですよ?
それに、僕もけっこうサービスしたんですから」

諦めて、あたしはのろのろと口を開く。
「さっき試してみたけど。
どーやら、他の人の感情とやら?は、あたしには聞こえない」
宿屋の主人とか、そのへんの泊まり客の前で立てっては。
なにか鼓膜とは別の場所に響く声を、あたしは待った。
だが、ガウリイ以外の人間からは、
それは全く聞こえてくることがなかった。
あたしは、溜息をつきながら頭を整理して、
とりあえずの説を口にする。
「…さっき魔血玉を飲んで、あたしは、
ちょっぴしだけあんたらの本体がある世界へ近付いた。
んでもって、シャ…いいえ、
ルークの作り出したあの場所で傍にいた影響で、
ガウリイの精神が聞こえるようになった…とか?」
「ま、こじつけとしては合格でしょうかね」
「正解が他にあるって訳?」
「いえ♪ガウリイさんの貴方に向ける感情が、
並外れて強いんだとはお考えにならない訳ですね」
「…なに馬鹿なこと」
「まぁまぁ、そんなに恥ずかしがらずとも♪」

あたしが恥ずかしがっているのではないことなど、
充分承知した上で、ゼロスはそう言っていた。

「言っとくけど。
あたしは、あんたの話を信用した訳じゃないわ」
ゼロスが紫の目を見開く。
「まぁ、お好きになさったらいいですが。
しみじみ、面白い反応ですねぇ?
まあご心配せずとも、すぐにあの現象は消えますよ。
その『すぐ』が十年後だか百年後だかは、
僕には予測もつきませんが」
「…冗談じゃない」

まあ、あたしの推測では、
それは大袈裟に過ぎる表現だろう。
歯に挟まる程度の、小さな小さな魔力増幅器である。
それほど待たずとも、
こんな事態は長くは続かない…と思いたい。
それが一週間なのか一ヶ月なのか、
果ては一年なのかは分からなかったが。

(…大丈夫。)

いざとなれば修行なりなんなりをして、
あたしが精神のコントロールを強めればいい。
そうすれば、
流れ込んでくるものを遮断できるようになるかもしれない。
魔族ほどではないが、
人間にも精神世界のやり取りはある。
雰囲気を読む、というやつ。
例えば目の前の相手の機嫌が悪いなとか、
それこそ、
こいつ、ニコ目だが油断ならない存在だなとか。
その延長だと思えば、なんとかやりようある。

そう、あたしは自分に言い聞かせる。

「いやあ、面白そうだったので、
いちおー感知した魔血玉の残りの影響を見にきたんですが。
全くの期待はずれでしたね〜はっはっは。
ま、気楽に構えていたらいかがです?」

じゃあ僕はこのへんで僕は失礼しますから。
そう言ったゼロスの影が唐突に揺れて、消えた。

あたしは、
影の後ろに現れた扉を眺めながら呟く。

「……それじゃ、遅いのよ」

気楽に構えるなんて、できる訳がない。
時間が解決する、そんな問題も確かにあるだろう。

でもあたしには、待つ余裕なんてなかった。




 * * *


『リナ』

食事の間中、
あたしは冷や汗をかきどおしだった。
あの声が聞こえるたびに、
恥ずかしくて、どうにもいたたまれない。


『リナの髪、触り心地いいなぁ。』
『猫ッ毛で可愛い…明かりの下だと燃えるみたいな金色だ♪』


頭に反響する、沢山の言葉達。
密かなその囁きが、あたしを駄目にする。

(嘘よ、こんなの)

はねつけて、否定して、
聞くまいとするあたしの心に勝手に偲び込んでくる。

でも、ガウリイの態度は本当に、
憎らしいほど普段通りのくらげだった。

「なぁ、この上にのっかってるのってなんだ?」
「…あのね…昼間みたでしょ?
このへんのりんごは、こーゆー青い色なのよ」

そ〜か、と、とりあえず頷く仕草もいつも通り。
頷きながら、あたしのりんごタルトにフォークを伸ばしたので、
勿論スリッパの制裁を入れてやった。


『…こいつ今本気でどついた(涙)。
ま〜、大人しく殴られてるオレもオレだが』

「…ふ、ふん!
こうなりゃ、あんたのデザートも食べちゃうもんね!」
「えぇ〜!?」

『あ〜あ取られた。まあ、ちょっとくらいはいいか。リナだし』

「んじゃ、遠慮なく♪」
「へ?」
「い、いやなんでもなひッ!!(赤面)…う。み、水〜!!」

折角のお食事たいむだとゆうのに、
妙な幻聴が聞こえるたび、幾度となく、
あたしは、食べ物を咽につまらせた。

ガウリイはひたすら食事に集中して、
ぜんぜんあたしなど、見ていないようでいて。
急に、こんなことを言ってあたしを焦らせる。

「なぁ。さっきからリナ、なんか変じゃないか?」
「気のせいよ」

暴れ出す心臓の鼓動を持て余して、わざときっぱり言った。

「ふ〜、ごちそうさま」
「をう。美味かったな」

妙に長く感じられた時間を過ごして、
食後の香茶を飲み終えると、ものすごくほっとした。

(でも、ごはん抜きにするのはなんか空しいからヤだし。
慣れれば、こんな状況どってことなひ!………はず)

「ふ〜じゃ、部屋に戻りますか」

ちょっと胃の調子はもたれていたけど。
そのまま、眠ってしまえれば良かったのに。



(ガウリイ…なんで?)



意味のない問いかけが、頭でぐるぐる回っている。
もう考えたくもないのに。
あの時感じた気持が、
どこまでも身体に纏わりついているようだった。









…食事のあとで、風呂あがりのあたしは、
廊下でガウリイとすれ違った。

向こうは向こうで、長い金色の洗い髪をタオルで拭き拭き、
下の食堂で何かを飲みにいく所のようだった。


「おーリナ。
今日は盗賊いぢめなんぞ行かずに、大人しく寝ろよ?
雨降りそうだし」
「…へーへー。わーってるわよ」

そこにいたのは、いつも通り口煩い自称保護者。
あたしは、変な言葉が何も聞こえてこないことに安堵する。

(ただ通りすぎるだけよ!ただ!!)

思わず、そんな風に身構える自分が、
ちょっとだけ後ろめたい。

「おおっ。めずらしく、リナが素直だなぁ」
「むか。脳みそがほどよく発酵して、
ヨーグルトになっとるガウリイなんぞに毎回素直に頷いとったら、
こっちは命がいくつあったって足りんわぁっ!!」
「あのなぁ…おまいさんオレのことを何だと思ってるんだぁ?」
「な…」
「よーぐるとはないだろ?」
気を取りなおし、あたしは不敵に笑う。
「そうねェ…ガウリイは、旅の便利アイテムそのいちっ!
(ブラストソードがいんすとらくたーとワンセットでちょっとお得!)」
「をいをい(汗)」


そんな会話の途中で、
濡れて光る髪をうっとぉしそうに払った呆れ顔のガウリイが。
ふと、あたしを見つめた。

あたしの目だけじゃなく、
長湯で薄く上気している全身を。
ほんの一瞬だけ、ただ黙って。

「…」

あたしは動けなくなる。

戸惑いのあと、ガウリイを軽く睨みつけた。

「ガウリイ。なんか言いたいことでもあんの?」
「ん〜いや」

自称保護者は、いつものように柔らかく微笑んだ。
陽だまりみたいな、
こっちの気が抜けるような例の顔だった。

なのに、それを見ると同時に、
ガウリイの表情とは裏腹の思念があたしへと流れ込む。
何の容赦もなく。

『………』


どくんっ。

それが聞こえた途端、
心臓が怖いぐらい大きな音をたてて、あたしを揺さぶった。







(がうりい。なんで?)






その問いかけには、疑いと。
多分、裏切りに対するような怒りが含まれていた。

「どうしたぁ?」

ふざけているようで、実はあたしを気遣う声。
なのに何故か目の前が暗くなって、
もう裸足で逃げ出したかった。


「……」

動揺しながら、
あたしはそれを顔に出すのを堪える。

それを表してしまったら、
もうガウリイとは一緒にいられないと知っていたから。
気力を振り絞って、
気付かれないようにくるりと向きを変えた。

急に背を向けたあたしを、
空色の瞳が訳がわからない、
といったように見つめているのが分かる。
でも、あたしはそれ以上長く、
ガウリイの前にはいられなかった。

「おやすみッ!!」
「リナ?」


咄嗟の問いかけを振りきる。
ばたん。
部屋のドアを閉め、ゼロスを呼ぶまで。
あたしは、へなへなと座り込み、
自分の身体を抱きしめてしばらく息を殺していた。



(何故)
(どうして?)
(…嫌)



これまで知らなかった種類の感情に、
あたしは支配されていた。

暴れまわりたくなるような、羞恥。
それから、次第に冷めていく思考の中の憤慨。
最後に、自分でも驚くほどの嫌悪。


…そう、あたしがガウリイから隠したかったのは、
この旅の連れへの手酷い、憎しみにも拒絶だった。



<続く>