戸惑ひの欠片。









<そんな二人旅ぷらすα> 〜前編〜



 色々あったサイラーグシティを後に、あたしリナ=インバースは、旅の相棒と街道
を進んでいた。
 ここは、日も暮れてからようやく辿り着いた小さな田舎町。

「う〜、さすがに夕方になるとちょっぴし寒くなってきたわ」
「そぉか?まだ夏が終わったばっかだぜ?」
「あのね〜ガウリイ。脳味噌まで神経が繋がってないあんたには、季節なんてそんな
もんかもしんないけど。ゼフィーリアでんな寝言言ってたら張ったおされるわよ?秋
の一分一秒がワインの味を決めるんだからね!!きっと、あっちじゃ葡萄の収穫準備
で大忙しよ…この頃は天気が変わりやすいし、あっという間に寒くなるんだから」
「へえ。そりゃぁ大変だなぁ、はっはっは」
「…アンタねぇ…ま、そう言ってられんのも今のうちよ」
 いつも通り気の抜ける相棒ののほーほんとした笑顔に、あたしは呆れかえる。
 まるで他人事のような口を利いていていいのか?ガウリイ。
 葡萄食べに実家へついて来る気なら、あんたも収穫に駆り出される運命にあるの
に。
(客だからといって労働が免除されるような、んな甘いもんじゃないのだ。ゼフィー
リアのワイン作りのしーずんとは………つくまで言わないけど)。

 あたし達が町の宿屋を探して、それからのんびりそこへ入ったときのことだった。
「今日はすいぶん遅かったですねぇ、リナさんガウリイさん♪」
 天高く馬肥ゆる秋。
 世の中は実りの鮮やかな季節だとゆーのに、視界に入ってきたのは、今日の晩御飯
に思いを馳せてうきうきする心も地獄に沈む黒尽くめの男だった。
「………なんかヤなもんが見えるてるような気が(汗)」
 そいつは待ち合わせの相手にするかのよーににこやかに手を振っている。
 勿論あたしは、こんな奴とは断じて待ち合わせなどしていなひ。
「さぁさ、お席はこっちですよ♪」
「…ガウリイ」
「ん?なんだぁ、リナ」
 分かってるのか分かってないのか。ぎこちなく振り向いたあたしに、爽やかに笑う
金髪くらげ男。
(無駄に美形なので、よけい腹立つのは気のせいか?)
「きっと幻だと思うけどっ!よくない前兆を見たわっ!!……という訳で、今日泊ま
るのは別の宿にするわよッ」
「えぇ〜っ?今からまた探すのか?!」
「いやぁ、リナさん。そんな熱烈歓迎されちゃ困っちゃいますねぇ。はっはっは」
「たわけぇえええ!!誰が歓迎しとるか、心底嫌がっとるんじゃあぁあああっ!!」
 宿の一階にあるちょっと小ぎれいな食堂で、黒い神官服に身を包んだニコ目の中級
魔族がいるこの状況。はっきりいって妖しさ爆発である。しかも当のゼロスは、芸も
細かく飲んでも本人の栄養にはならない香茶なんぞを啜って、あたし達を待ちうけて
いたのだった。
 何故…。
「そうそう、ちなみにリナさん。この町の宿屋はここだけなんですよ♪」
「のぇえぇえええっ!?…ちょっと、そこの宿のご主人っ!!こんなものがほこほこ
湧いてこないように、宿屋ってぇのは衛生管理にはじゅーぶん気を使うのがスジって
もんでしょ!?断固としてあたしはこーぎするわっ!」
「湧くって…リナさん。ひとのことを害虫みたいに…」
「変わんないでしょーが(きっぱり)」
 このところとんとお目にかからなかった謎の神官は、あたしの言葉によろよろと床
に座りこみ、泊まりの値段交渉が始まった横で、ずうっと床にのの字を書いていた。



「んじゃあたし、あとトマトのナス煮込みニ人前!!」
「ずるいぞ、リナ。自分だけ追加するなんて〜!!よぉし、オレは…」
 結局、値引き交渉をして今日泊まる部屋を確保してから、あたしとガウリイはさっ
きの食堂で食事をすることにした。昼にろくなもんが食べられなかったせいで、店の
ほぼ全メニューを制覇する勢いである。
「いやあ、お二人とも相変わらずですね〜」
「…で?今回は何しに来たわけ?ゼロス」
 なかなか可愛らしいかんじのウエイトレスさんが、何故かたらりと汗を流しながら
厨房へと向かっていく中、肩を竦めてあたしは聞いた。その探るよーな目つきも意に
介さず、ゼロスがまた一口、入れなおしてもらった熱い香茶を啜る。
「用件がなくもないんですが、まぁ大したことじゃないので気にしないで下さい」
「ふつー気になるぞ。宿についたらいきなしパシリ魔族がいたら…」
 思わずつっこむ。しかもあんな事件の直後でなんである。なごやかに会話している
よーだが、何があるのかと勘繰りたくなるのは人情というものだろう。
「はっはっは。まああえて言えば、何の用かはひみつです♪上司命令なんで、しばら
く勝手に付きまとうかもしれませんが、お気になさらず。……ところで、お二人はど
こへ向かわれるんです?」
「へ?…あぁ、ちょっとあたしの実家に向かう予定よ」
「のひょええええええええええええええええええええぇええええええっ!?」
 紫の目を見開いてぽろりと左手に抱えた杖を取り落とし、露骨に驚くゼロス。
「とうとうお二人にも、そんな嬉し恥ずかしな進展がっ…!?」
「…違うわ」
 皆まで言わせず、不機嫌にあたしが遮る。きょとんとして、頬を掻いている隣の自
称保護者兼相棒を見れば一目瞭然であろう。
たしかにあたしの故郷、ゼフィーリアに向かう二人旅ではあるものの…決してガウリ
イとは、実家の両親に恋人同士なの(はぁと)なんて紹介するよーな仲ではない。
 里帰りの言いだしっぺのガウリイには、その後も相変わらずの子供扱いしかされて
ないし…別にそれが残念って訳じゃないが。
「なぁ、リナ」
「……なによ」
 思わず不機嫌になる声。
 だが、複雑なこっちの気も知らず、にぱっとガウリイが笑う。
「オレ達の、嬉し恥ずかしな進展ってなんだぁ?」
「んなこと、知るかボケぇええええええぇっぇぇ!!!(怒)」
 懐のスリッパで今日は念入りにしばき倒してやる。
 ようやく起き上がったガウリイが、拗ねて子犬みたいなじと目で見てきたが、んな
ことは、ようやく運ばれてきたきのこパスタに心を奪われたあたしには、どーでもよ
いことであった。
「…ところで、リナさん」
「もぐもぐ(ごっくん)んー♪でりしゃす♪……む?!隙あり、ガウリイぃっ!!」
「あぁっ!!それはオレのシェフお勧めサラダさん!?」
「ふっ、弱肉強食というのが無常な世の定め…ていていていていっ!!」
「ああっ(涙)そうくるなら、こっちはこうだ!どりゃぁあああっ!!」
 それぞれの食器の交錯する激しい戦いの脇、頬に汗を流すゼロス。
「……人の話ちゃんと聞いてます?」
「ふぁにふぉ?てろふ」
「僕も他に仕事がありますし。まだ貴方に何も起こってないようなので、先にいちお
うお聞きしておきたいんですが」
「うりゃっ!!」
「でぇいっ!!」
「(涙)…いいです。てきとーに聞いておいてください。それでリナさん、あれ以後
調子はいかがですか?」
(あれ以後?)
熱々の、お魚さんのソテーに占められた頭の片隅で疑問を感じた、その途端の出来
事だった。

……………………がりっ!!

 あたしの脳髄に、突然嫌な音が響く。
「っ!!」
「おやおや。これはタイミングのいいことで」
 激痛に思わずうづくまるあたしに、焦ったようにガウリイが席を立つ。
「ふぉーすたんたっひなっ(どーしたんだっ、リナ)?!」
「………」
「……りな?」
「…………い、いたひ…(涙)」

 感じたのは、そりゃも〜脳天を貫かれるような痛み。
とはいっても、そうシリアスなもんじゃない。
 悶絶するあたしが感じていたのは、平たく言えば、「歯痛」だった。

「う〜(涙目)」

「やぱり獣王さまがおっしゃる通り、残っていましたねぇ。アレが」
 感心したような、ゼロス。
(知ってたんなら、先に言わんかいっ!!!) 
 涙目でムカつく神官姿を睨みながら、実はあたしにもひとつ心当たりがあった。
 あの…それこそ真剣に思い出したくない辛い二度目の魔王との戦いの中で、あたし
は四つの魔血玉を噛み砕き、その宝玉の対価としての力を振るった。あれは、あの時
あたしに選べた数少ない選択のひとつ。後悔はしていない。
 が。
 虫歯ひとつないのが自慢だったのに、正直あの後、あたしはちょっとばかし歯の調
子が悪いのである。考えてみれば、戦いの舞台となった異空間であっさりと砕けたそ
れは、本来石の硬度を持っていたのだ。
 非常時なんで必死で噛んだし、場所が場所だけに自分がそうできたことに、大した
疑問も感じてなかったが。

「…リナさぁ〜ん?」

 口に唾液が溜まって。
「ん、ぐ」
 ごくり。咽がようやく、痛みを伴いながら上下した。
 あれ以後、ずっとあたしに付きまとっていた、なにか奥歯に固い物が挟まったよう
な感覚から、急に解放される。
「いやはや。よりにもよって、飲んじゃいましたねぇ」
「……ぺぺぺっ。な、なんかじゃりじゃりするっ(涙)」
 食事の真っ最中だったあたしが、その「固いもの」を思わず噛み締めて、反射的に
飲みこんでしまって何の不思議があろう?
 しかし、ゼロスがそれを妙に楽しげに揶揄する。
「さすが、リナさん。“魔血玉”の欠片を、んな風に扱えるのはあなただけですよ
♪」
「ぺぺぺぺぺっ。な、なによ。あれはあの時に…」
「それが残ってたって訳ですね♪」
「ぺぺっ…う〜」
「まぁ他の石はいざしらず。赤の宝玉…我らが主の魔血玉は、特別なんです。幾つか
の欠片になったあの方が、それぞれ別の場所に眠っているんですからね。たった一欠
片の意思だけで、その代価を示しつくす訳はなかったってことです」
 薀蓄をたれながら、ちろりとあたしを見るゼロス。
「…いやぁ、人間は気楽で良いですねぇ。せっかく人が差し上げたものを残らず消し
飛ばしたつもりで、すっかり忘れちゃってるんですから♪」
「くっ、人から買ったもんをどー使おうとあたしの勝手でしょっ!?しかもこれとあ
んたがどー関係あるってぇのよ!!!」
「いや、面白そうかなと思っただけですが。どーなっちゃうのかは僕も知らないんで
す♪」
 ぐ。
 一瞬詰まったあと、なんかイヤな気分になる。
(魔族でも、何が起こるか知らない)
 多分、今しがたあたしが飲んだという欠片に興味を持って、わざわざこんな田舎町
に出向いてきたのであろう魔族の言葉である。
 つうっと背中に冷や汗が流れた。
 精神世界に限りなく近いあの場所で、しかも他に勝機を見出せるようなものは何も
なかった。だからあたしは、“魔血玉”で異界とこの世界の魔王の力を呼んだのであ
る。
 しかし!
 こんな平和な食事時に、「完全なる賢者の石」「どえらい魔力増幅器」をお魚さん
と一緒に飲み込むなんて不健康なマネは、全く別次元のこと!できたらしたくない人
生経験のひとつである。

 不安が込み上げる。
「がうり…」
 思わず、あたしは潤んだ目を隣に向けた。そして、返される力強い視線。
 ついでに……もぐもぐもぐ。すぐそこで響きつづける咀嚼のおと。
「(怒)あんた、相棒のぴんちに平然と食事を続けるなぁあああぁぁぁぁぁぁっつ!
!!」
 すぱこーん。
 と、中身に比例した軽快な音を立てて、あたしの右手のスリッパが、鳥の足を頬張
るガウリイの脳天に炸裂した。
 …天罰である。
「な…ひたひひゃなひか、りな」
「もごもごと、やかましいわっ!!!」
 床に情けなく這いつくばるガウリイを、店の人々がなにごとかと眺めている。
「あーウエイトレスさんっ。こいつに食べられちゃった鳥さん、追加ね!」
「ふぁっ、りなっ?!」
 脳天気なガウリイの言葉に、あたしは乱暴に奴の前にあった飲み物を奪ってぐいぐ
いと飲み干した。やってられるか。

 その時、いじけたような呟きがふと聞こえた。

『だってお前さんがゼロスとばっかり仲良くしてて、つまらん。』

(………は?)
 目を点にして、ガウリイを凝視するあたし。だが、その口は食べかけの鳥の足がは
み出して一杯のよーである。丹精な作りが台無しの顔で、小首を傾げて見返すガウリ
イを放って、あたしはきょろきょろとあたりを見渡した。
(……なんか、今へんなもんが聞こえたよーな)

『だいたい、この席じゃ可愛いリナの顔がよく見えんし』

「〜〜〜〜〜なっ!?」
ぴゅううううううぅぅぅぅぅううううっ!!!
 飲みかけの果実水を吹き出して、あたしは、そのたわけた台詞に驚愕した。聞こえ
てくるのは、間違えようもなくガウリイの声である。思わず懐のスリッパを再び、取
り出しかけたが、やはり隣を見れば。
「ん、ろーひたりな?きちゃないろ?」
 子供みたいに食べ物を頬張るくらげは、とてもまともに喋れる状態ではない。
「ね、ねえ。念のため聞くけど、あんた今、なにか、みょ、妙なことを……」

『あ。リナの唇から果実水の雫が。…ちょっとやらしい眺めかもな♪』

 かぁああああぁぁぁぁぁぁっ!!
 …更に聞こえてきる台詞に、血がのぼって顔が湯でダコのように真っ赤になってし
まう。硬直して口元を拭うことさえできずにいると、その頭に直接響く声は。
畳み掛けるように、切なく言った。

『ああ。やっぱりキスしたいなぁ』

「!!!!!!」
 そんなあまりの事態に、冷静さを失ってぷるぷると震えるあたしの正面では、ゼロ
スがちょっぴし煤けた顔で、こう呟いたのだった。


「なるほど。こーきましたか…」



<続く>