戸惑ひの欠片。









<そんな二人旅ぷらすα>  〜後編〜





降り続く小雨の中、
あたしは身体に纏わりつくマントを振り払った。

「く…ふふふふふ…さあ、どう料理して欲しい?」

思わず、口から漏れる哄笑。
それが我ながら常軌を逸した笑い声に聞こえるのは、
きっと気のせいである。
あたしは、破壊されつくした廃墟の前に佇んでいた。

「ま、待ってくれ。話せば分る…(汗)」
甘いッ!!
「あたしは、人権がない悪党とお話するほど暇ぢゃないのよ!」
「いや、そっちの方がよっぽど…悪…ごにょごにょ」
「言いたいことがあるならはっきり言いなさい!!」
「…その悪党をいぢめる暇はあるくせに(ぼそ)」
ぴく。
「これが噂のリナ=インバースとは…そりゃドラゴンも跨いで通るわな」
ぴくくうっ。
「天災にでも襲われたと諦めるか…」

「ほほ〜う?あんたら、
たかがへなちょこ盗賊団のくせに、良い度胸してるじゃない」

地を這うような、あたしの声に。
ぎく。突然、目の前のむさい連中の顔色が悪くなる。

「さ、さっきの、き、ききき聞こえたのか?!」
「んっふっふ…あたしの耳はエルフ並に良いのよっ。覚悟はできてるんでしょうねぇ
!?」
「できる訳ないだろうっ!オレらがあんたに何をしたってぇんだ!?」
「細かいことは、気にしないぃっ。
むしゃくしゃしてるから、地域の治安維持活動も兼ねて、
ちょっと暴れてるだけ♪」
「気にするわぁっ(号泣)」
「問答無用、いくわよ!?」


「炸弾陣ォォっ〜〜!!!」

どかぁーん。

「振動弾ゥゥ〜〜!!!」

ぼかぁーん。

「ついでに破弾撃ォォ〜っ!!!」

どごげぇーん。





…時は遡って。あれは今朝のことである。

しとしと。
降り続く糸のように細い雨を、あたしは窓から眺めていた。
厚く曇った空は妙に静かだった。

同時に、雲が暴れ狂う雷を孕んでいるようにも見えたけど。

旅に、天気を読むことは欠かせない。
あたしは小さい頃、父ちゃんと一緒に釣りに出掛けては、
その術を学んだものだ。
…風の向きを見て雲が流れてくる先の上空を観察する。
向こう側の空の雲は薄くて、
ゼフィーリアに向かうなら、これから天候が崩れそうな様子はなかった。
今から出発しても、特に問題はない。

だが、あたしはそんな気分にはなれなかった。

「眠そうだなぁ、リナ」
「…あ、うん。まぁね」

曖昧な返事は、不自然だったかもしれない。
だが、あたしは腐っても魔導士。精神をコントロールするすべには長けている。
野生のカンを持つガウリイにどれだけ通じるかは疑問だったが、
顔色を変えずにちょっと肩を竦めてみせることはできた。

「まーとにかく、今日はこの町にとどまりましょ。雨だし」

実際、寝不足だった。
昨日は明け方にようやくうとうととしただけだったから。

「そっか。で、昼はどうする?」
「ちょっとこの町の魔導士協会に行きたいから、夕方まで帰らない。
あんたも遅くてもいいわよ」
「またここに泊まるんだな?」
「ん。いいでしょ?」
「別に構わんが…急がなくていいのか?」
「へ?なんでよ」
「なんだ、忘れたのか?」
「何をよ」
「そろそろ収穫時期だろ。
楽しみにしてたゼフィーリアの葡萄、
食いそこねたくないぞ!?
そりぁお前さんはにお馴染みの味なんだろーが、
オレは今まで食ったことないんだからなっ」

ガウリイの骨っぽい大きな肩に掛かる綺麗な金髪を、
あたしは、まるで余所ごとのように見ていた。

「あぁ…そうね。でも、そんな一日や二日じゃ変んないわよ」

妙な顔をして小首を傾げられる。

「なぁ、なんかお前さん、変だぞ」
「ぎ、ぎく。それは…ちょっと疲れてるのよっ。
昨日はいきなし、ゴキブリ魔族とかも出てくるし」
「リナ。まさか、また『あの日』かぁ?」
「あんたねぇっ!(赤面)
そーゆーことを、平気で口にすんなぁっ!!」

馴染んだテンポの会話を、少し交わした。

ガウリイは、晩飯までには帰ってきてくれよとか、
そんな意味のことを喋っていたと思う。
あたしは残った食後の香茶を飲み干して、
もうとっくの昔にコップを空にしていたガウリイを放っぽりだし、
それから急いで宿を出た。



『リナ…?』



背中を追うように心に響いた台詞は、黙殺した。
とにかく、ガウリイの傍は居心地が悪くて。
まだ聞こえてくるあの思念が、
昨夜を思い出させるのがうとましかった。

正直、ガウリイをこんな風に思うこと自体が辛かった。
あの声が、あたしを追い詰める。
我ながら、今朝はひどく心が揺れていた。





…しかぁし!!

このあたしが宿を出た後、
一人寂しくめそめそしていると思ったらおおまちがいである。


「爆煙舞ォォ〜ッ!!」
「おまけに爆裂陣ォォ〜っ!!」


今、魔道士協会に行くという宣言を破って、
あたしが何をしているかとゆーと。
ただのうさばらしついでの旅の資金稼ぎ、とゆーわけではない。
…断じて(笑)。

流れてくる額の汗を拭い、眉を潜めるあたし。
辺り中に、派手な白煙と悲鳴が上がっている。

「ふぅ、こんなもんかしら。…いやいや。ここはついでに竜斬…」
「や、やめてくれぇぇええっ!!!お、おかあちゃぁん(泣)」
「ぎゃぁあああああ!!」
「どやかましいっ。そんじゃちょっと加減して、」


「雷撃ォッ!!」
どどーん。


さて。あたしが先ほどからやっていることといえば、
「増幅の呪文」を唱えた後に、
通常の攻撃魔法を繰り返し唱えるという行為である。

もともとはゼロスに教わった術で、
魔血玉が揃っていた頃、
これは通常呪文の威力を高めるためにしていた。
正直いって、現在もこれで魔力容量の増幅が行われるかどうかはあやしいもんだった
のだが、
さすがは今や迷惑なゴミでも、元『赤眼の魔王』の魔血玉。
しっかりくっきり、
あたしの魔力は増幅されているのである。

へなちょこ盗賊団ひとつ倒すのに、
増幅の必要、ましてや竜破斬などを使う必要など、
ひとっかけらもなかったが…よーするにだ。

魔血玉の力を使いまくれば、あたしに影響を及ぼした副作用的…
力も消えるのではないかと。
そー冷静に計算した上でやっていることなのだ、これは。

「さぁっ。きりきりお宝さんの在り処を白状しなさいッ」
「それは、も〜いいました(滝涙)」
「ま、まさかこんだけとは言わないでしょ!?」

あたしの足元には、
小さい硬貨やお宝さん入りの袋が転がっている。
ついでに言うと、足元には、
こいつらの掘建て小屋みたいなアジトの残骸が転がってるのだが。

「それで全部だよっ。ひ、ひどすぎる…。
田舎で、せこく旅人のかつあげと置き引きで稼いでいるオレらに…」
「やかまし。自分より弱いもんを、せせこましく苛めて稼ぐよーな、
野盗ともいえんなあんたらに、人権はなひっ!!
だいたい、
もーちょっと規模の大きい悪党はいないの、このへんにはっ。
こんなんぢゃストレス発散にもなんないでしょ!?」
「ただのいいがかりじゃねーのか、ソレ…」

「ほほぉ〜?」
「ひ、ひぃっ…」
「やっぱし、ここは神滅斬かしらねぇ?ふふふ…」

『いや。こんなしょぼい相手にそれはあんまりでは?…(涙)』

思わず、といった感じで、
どこからかツッコミが入ったが無視無視。
あたしの顔に浮かんだ、狂気じみた笑みを見て。
壊滅したせいぜい十人ぐらいしか構成員のいない盗賊団は、
口々にぎゃーとかわーとか個性のない叫びを上げながら、
走り去っていった。

「ちょっと、あんたら待ちなさいっ!まだ唱えてない呪文が…」

といっても、奴らが待つはずもなく。
そのあまりの弱さに、脱力して追いかける気力も無くし、
あたしは少ない収益を拾って、雨を避け木陰へと入った。



  *  *  *



「ふー」


髪に掛かった雨の雫を拭いながら、あたしは白い息をはく。
「…どーせいるんでしょ?ゼロス」
しん、と静まり返った辺り。
「さっき、思わずツッコミが入ったわよ…
しっかり聞こえてたんだからね」

『あれは、つい。しかしそんなに、何にお腹立ちなんです?』
声だけで知れる、相手の存在。

「いつまでいんのよ。
あたしが魔族化するとかゆー期待はあっさり破れたんでしょ」
『まーそうですが。
リナさんも、ごちゃごちゃとはしてますが、
割と昨日から美味しい負の感情を出してくださってますし。
もうお一人も、リナさんの態度のせいか、
今日は内心すっごくいらいらしてらして楽しいですから』
「……」
気楽な、傍観者の意見。
こいつらしい。

『で、何がそんなに嫌なもんなんですかねぇ。
かえって、相手の考えていることぐらい分かった方が便利じゃないですか?』

「…人間は、そうじゃないのよ」

(信頼してるハズの、仲間のことでさえ)
(近しい仲間だからこそ)

あたしの胸に、苦いものが込み上げる。
後悔?…そうかもしれない。
自分が悪かったかもなんて、馬鹿なことを思っちゃいないけれど。
でもなんで、よりにもよってあのくらげ保護者の声で、
あんな台詞を聞いてしまったのか。

すぐそこに立っていたガウリイの、
怖いぐらい切羽詰った生々しい本音が頭に響いていた昨夜。

払っても払っても、あの静かに忍び込んできた言葉が、
頭から消えない。







『……リナと、したいな』







あの熱い台詞の意味ぐらい、いくらあたしだってわかる。
聞いた瞬間、本気で心臓が止まるかと思った。
焼けつくように身体中の体温が上がり、咽が干上がった。


あたしを抱きたいと、あのガウリイが…欲情していた。


スリッパを履いた、お互いほかほかの湯上り姿。
廊下ですれ違う惚けた顔の下に隠した、ふとした欲望だった。
あの場所であたしを見た蒼い瞳に微かに混ざっていた、願い。

想いが溢れるような。
そして切なさと罪悪感の入り混じったガウリイの声の意味は、
嫌でも思い知れた。
間にある距離など無視して伝わってきたのは、
あたしの知らない灼熱と混沌のイメージ。

頭が聞いた台詞に支配されて、身動きもできなかった。
次の瞬間に襲われた、締め付けられるようなせつなさと圧迫感。

(なんで?どうして?)

これまで味わったことのないぐらいの、混乱。それから動悸。
込み上げてくるものを飲み込みながら、
あたしはこの後に及んでさえ、
これがガウリイの言葉なのだと信じられずにいた。

「リナ?」

頭の上で響く、怪訝な声にはっとして。
あたしは逃げるように、自分の部屋へと帰った。

……他に、何ができたって言うんだろう。




『やれやれ。ガウリイさんが、
リナさんをどーこーしたいと思ってるのは、
前からのことじゃないですか。
もう僕が始めてお会いしたときには…』

ゼロスの隠れた、虚空を睨む。
「止めなさいっ!!」
楽しげな魔族に吐き気がするほどむかついて、
冷静さを失いそうな自分を、あたしは叱咤する。

「ゼロス。あんたには関係ないでしょ」

『お二人のお子さんでも出来てくれれば、
こちらサイドとしては興味深い展開なんですがね。
どーせ、いくらリナさんでもせいぜいが百年ぐらいで死んじゃうんですし』
嘲る思念。
『別に僕は人間の男じゃありませんから、よくは知りませんが。
あんまり焦らすと可哀想じゃないんですか?お相手も』

「ちがっ…ガウリイはっ!!」

普段は、理論の上でしか知らない精神世界<アストラルサイド>。
何故か今、そこでいかに自分が、
ちっぽけな存在かというのが感じ取れる。
人間なんて、高位魔族にしてみれば、
踏み潰そうという意思もなくそれができる存在。
ゼロスは、それをあえて弄んでいる。

分っているのに、暴走する気持を止められなかった。

『このまましらばっくれるつもりなら、
リナさんも気をつけた方がいいかもしれませんね。
その手の店にでも行っていれば大丈夫でしょうが、
ガウリイさんもお若いですし。
そのうち二人で野宿でもしてるとき、つい魔がさして…』

聞くに耐えない言葉。とうとう、低く、あたしは唱え始める。

「闇よりもなお昏きもの…」
『おお、怖い…』
ゼロスが、くすくすと笑う。


「夜よりもなお深きもの
混沌の海にたゆたいし
金色なりし……  」

『これだから、人間というのは…』

呪文の詠唱が終わるまで、待つことなく。
ゼロスの気配が遠ざかるのが、分かった。
(なんでこんなことまで分かんだか…)
勿論、これも魔血玉の影響には違いない。

「や…みの……」

ぽつり。
雨宿りの木の下に、水滴が落ちる。
詠唱を止めて、あたしは首を降った。

「何やってるんだか」

溜息を吐いて、始めて自分の身体の冷たさに気付いた。
何時の間にか、視界が滲んでいる。

濃い影を落とす、今その下にいる針葉樹の葉。
その向こうで細い光を撒き散らす、雨。
全部が熱くぼやけていて、奇妙だった。



   *  *  *



指先まで冷えているのに、
何かに浮かされたように思考がまとまらない。

(宿には…帰れないわね。今のままじゃ)

焦っているような、もう動きたくないような…
あたしは、自分で自分の今の気持が把握できなかった。

笑えることに、あたしにはガウリイの前に立つ以外、
魔血玉の副作用がまだ残っているかどうかを確かめる術がない。
(でも。まだ駄目)
それだけは、はっきりしていた。

「…『明かり』」

淡々と増幅の呪文を唱え、続けて辺りを照らせば、
その光は馬鹿みたいに眩しい。
なのにここは寒くて、嫌になるぐらいだった。

早く、お風呂に入って何も考えずに眠りたい。
でも何食わぬ顔で、相棒に接するのはひどく苦痛だった。

(あんなの、大騒ぎするようなことぢゃない)

心の冷静な部分で、そう思っているくせに。
あたしが朝、ガウリイを見て一番に感じたのは、
理性の全部を裏切るような、激しい感情だったんだから。

あたしには、
ガウリイのあの言葉がただの衝動だとか、
心が入ったものなんだとか、そんなことはどうでもよかった。

何故って、ガウリイはあの…気持を、隠しているのだから。
それを無理に暴き立てたのはあたし。
盗み聞きをしたのはあたし。

(ガウリイが、例え頭で何を考えていようと)

それを責めることはあたしにはできない。
そこまで、あたしは傲慢じゃない。
欲望や、嫉妬、負の感情など人間誰にでもあるのだ。
愛情や正の感情と同じように。
当然、あたしにだって時には人には言えない、
弱気なこと、後ろめたいことを考える瞬間もある。

でも自分でコントロールできる限り、
それらは他人が干渉すべきことではない。

とすれば、だ。
嫌悪する権利も、なじる権利も、拒絶する権利も…。
もしくは受け入れるという選択さえ、あたしにはなかった。



(せめて、ガウリイが自分の意思で告げてくれたんだったら)





そうやって、どのぐらいの時間が経ったろう。

ふと、あたしは近付く気配に気付いて身を固くした。
草いきれを踏む音がした。
聞きなれた声が、あたしを呼んでいる。

「リナ?」

辺りは薄暗かったが、それは雲のせいで、
いくらなんでも夕飯時というには早すぎるだろう。
野生の勘で、もう嘘に気付いたのか。
ガウリイが、こんな山奥まであたしを迎えにきたようだった。

(…過保護なやつ)

向こう側に見える、金色の頭。
背が高いから、こっちからはすぐに見える。
それを見たとき、ふとある感情が浮かんだ。

(可哀想で、馬鹿なガウリイ)
子供あつかいしてたあたしに、どうして?

込み上げる怒りと、泣き出したいような衝動。
妙にやりきれなくて、
あたしは呼び声に返事もせず、ただじっとしていた。

なんで、自分がこんなに取り乱しているのかわからない。
以前は、奴はそれこそお嬢ちゃん扱いしてくれたものだ。
その度、ムカついてたのはあたし。
自称保護者でいつも頭を撫でてくるガウリイが、
やっとリナ=インバースを、
ちゃんと女扱いするようになったというだけのことである。

それだけなのに。


「ををい、そこか?」

がさがさ。
いい加減焼け焦げた茂みを掻き分けて、
下から登ってきたガウリイが、ひょっこり顔を覗かせる。

それは、いつもあたしの後ろにくっついてる、
美形のくせに道もろくに覚えられない馬鹿くらげ。
何か疑問があるたび、「リナぁ」と。
ひとつ覚えであたしの名前を呼ぶ奴。

「おい、一体これはどーしたんだ?リナ」
「べつに、なんでもないわ」
あたしは我に返って、乱暴に目元を拭った。
「なんでもないって、おまいなぁ…また盗賊いぢめか?」
「うーみゅ…まぁそんなとこ」

山側の、盗賊どものアジトはほぼ焦土と化して、
そこから少し離れた大木の下にはか弱い美少女がひとり…
旅の連れでなくたって驚くよーな、異様な光景かもしんない。
とてとてと歩いて傍に来たガウリイからさりげなく顔を背けて、
あたしは別のことを誤魔化すふりをする。
「ひょっぴし、最近懐が寂しかったからな〜なんて♪」

「…をいをい。魔導士協会行くんじゃなかったのか?」
「へっ!?ガウリイが朝言った今日の予定を覚えてるっ!?さては明日は雪ねっ!」
「あのなぁ…べつに、お前さんの悪趣味は今更だが。
そーゆー態度は良くないぞ?」
「しみじみ、あんたって説教臭い自称保護者よねぇ」

ずるい言い方だと、口に出した後で気付いた。
(…でも、いつもの台詞じゃない)
ガウリイが、ぽりぽり頬を掻く。

「……しょ〜がないだろ」
「何がしょーがないのよ。…だいたい、あんたなんでこんなトコにいんの?」
「へ?あぁ…やたら山の方が騒がしいってんで、
村が大騒ぎになっててな。
自治会が総出で見まわりに!!とか言ってるから、
強暴な旅の連れの仕業ですと正直に白状して、
オレがここに来ることになっ…」
「アホかぁああああっ!!
まるであたしが旅先を荒らしまわる、
巨大怪獣みたいな言い方してるんじゃなぁあああいっつ!!」

思いっきり、スリッパを振りかぶったあたしは。
そこで探ような視線にぶつかって、金縛りにあった。

ふ、とガウリイが苦笑する。

「急いで来たんだが…、なんか光ったから見つけやすかった」
「……そ。」

さっきの『明かり』のことだろう。

「リナ」
「なによ」
「なんか、あったのか?」
「別に?なんでよ」
「別にって顔じゃないだろ」

同時に響く、ガウリイの思念。

『何を怒ってる?』
『そうなら。頼むから、オレに教えてくれ』
『こんなのは嫌だ』

しとしと。
細い雨が、ガウリイの金色で艶やかな髪の毛を、
ぐっしょり濡らしていた。
服もそれなりに濡れて、
その大きな身体があたしの前で影を落としている。
一人前の男のくせに、そんな風にしていると。
震えているでっかい子犬みたい。

(馬鹿なガウリイ)


ガウリイは、何も変わっていない。何の責任もない。
それから…あたしだって悪くない。

「あんたって、ほんと心配性ねぇ?」
「そっか?」
惚けて首を傾げたガウリイが、あたしに腕を伸ばして。
「…!」
あたしは、その骨っぽい形にぎくりとして、
咄嗟にそこから飛びのいてしまった。

「…?」
「…ごめん。今のなし」
行き場を無くしたガウリイの手が、困ったように下に下りた。

『分らん。リナ…?』

そんなの当たり前でしょ?
なのに、なんであたしはあんたの考えてることが分るんだろう。
いらいらする。頭痛まで、伴うほど。

(だぁっっ!!)

…状況に振り回されている自分が嫌だった。
なんで、いちいち動揺なんかしなきゃいけない?
元から魔血玉のこんな副作用など、人間には必要ない。

(あたしは)

怖いから、ガウリイの気持が知りたくないんじゃない。
あの頭に響いてきた台詞が、
衝撃だったのも不愉快だったのも本当だけど。
あんなあからさまな心を、
惚れてもいない男からぶつけられたんだったら、
速攻で呪文をぶちかまして逃げている。

一瞬でも、迷ったりしない。
あんな風に、熱い震えが身体中に走ったりしない。

でも、このままじゃ…。

「リナ?」
「ねえガウリイ」

疲れていて、ついでに寝不足で、
ぐちゃぐちゃの頭の精一杯で、これしかないと思ったことを。
あたしは、静かに切り出す。

これだけは真っ直ぐ、ガウリイを見上げて言った。

「あたしたち、しばらく別れて行動しましょ」
「…何だって?」
「だから!ガウリイとはしばらく別々に……っ!」

突然、殴られるような衝撃があたしを襲った。

『駄目だ』


頭を撃つような、その激しい感情の嵐。
眩暈がする。
言葉を失う。

『許さない』
『絶対に駄目だ』
『リナはなんでこんなこと言うんだ?』

『どうして』

(それは、こっちの台詞じゃないのよ…?)
流れ込む思念は、止まらなかった。

『今更、離れるくらいなら』
『………リナが、どうしてもって言うなら』


『こいつを、殺してやりたい』


音を立てて、血の気が引いた。
ガウリイが、はっきりと殺気まで抱いたのを。
斬妖剣を痛いほど意識したのを。
あたしは悟った。

…なのに、ガウリイの口から漏れたのは別の言葉だった。

「どのくらいだ?しばらくって」

感情を押さえた、ゆっくりした問いかけだった。
その言葉を理解するのに、しばらく時間がかかった。
…あんまり、本音と違うから。
驚愕のあまりぐらぐらと揺れている世界で、
あたしは切なさに歯を食いしばって、必死に言葉を紡ぐ。


「違う…そーゆー意味じゃない」
「何が?」
心なしか、冷たい声。
けど、胸が痛いのは、それが怖いからじゃない。

「だから。ごめん、違うのよ…」
「謝るな。リナは、どのぐらいオレと離れていたいんだ?
しばらくってどのぐらいだ。
言ってくれなきゃ、オレはくらげだから分からん」
「あんた。なんだって、んな…」


(やせ我慢ができる訳?)
驚きと苦い思いで、涙がいっぱいに溜まっていく。

「馬鹿。別に、ちょっと…そーよ、用事があって。
一日二日のことよっ!!
なのに…なにを、そんなシリアスな顔して!似合わないわよ」


ガウリイが、一歩、あたしに近付いた。
またゆっくりと、指なし手袋をはめた大きな手が伸びてきて…
あたしは、逃げようとする自分の身体を諌めた。

「別に、何もいっとらんだろ。どのくらいか、聞いただけじゃないか」
拗ねたように言い訳しながら、切なげに身をかがめて。
ガウリイが、あたしの頬をそっと触る。
(あったかい)
きっと無駄に体温高いからだ。

思いながら、指先が触れた場所を目を閉じて感じる。
これが、ガウリイなら。
別にさっきだって逃げることなんかなかったのに。

「べつに、相棒解消しようとか。そんなことじゃなかったのよ?」
「あぁ」

怒ったような低い声で、ガウリイがゆっくりと近付いて。
あたしを、ぐいと抱き上げた。
「!!なっ!!ちょっと、ガウっ!!」
後ろの木の幹に押し付けるように、でも注意ぶかく、
ガウリイが腕を回して持ち上げたあたしの肩にそっと顔を押し付ける。
かかる吐息に、一瞬ぞくりと身を震わせながら。
まるで壊れものでも扱うようなガウリイの触れ方に驚く。
そしてあたしは恐る恐る、その首に手を触れた。


「…ガウリ?」
「なんか、昨日から変だったろ。リナ」
「そう?」
冷え切った体に、熱いガウリイの体が触れて。
こいつが喋るたび、くすぐったい。

体温と一緒に、言葉と一緒に伝わってくるもの。
それは、あんな頭に響いてくる思念より、
何故かずっと確かな手応えがあった。

「ちょっと、黙ってないで…なんか言いなさいよ」
「何を?」

もぞもぞと動くと、ガウリイがあたしを抱えなおした。

「ね。あんた、あたしのこと好きなの」
「そうかもしれん」
「何よ。煮え切らない男ね。
あたしはそんなに、安い女じゃないのよっ。」
「分かってるさ」
「あたしが欲しいんなら、ちゃんと言いなさい」
「リナが欲しい」


かぁああああああっ!!!
あんまり、まぢめにぺろっと言うもんだから。
あたしは自分で言わせたくせに、真っ赤になってしまった。

「なっ…んな、平気な顔して…」
「リナは?オレが欲しくないのか?」
「くっ…ほ、欲しいとか欲しくないとかって、
いったいどーゆう意味であんた…」


「先にお前さんが言わせたんだろ。
オレは、欲しいっていったら全部欲しいぞ。
一生リナの傍にいたいし、抱きたいし、
夜だって昼だって離れたくない」


「ぬ…な、あんたなんて保護者のくせにっ」
「あれは、逃げられちゃいやだからな。
でももう逃げらんないだろ…オレも」


そうっと、あたしを地面に下ろして。
でも腕は外さないまま、ガウリイがあの蒼い瞳で、
あたしを覗きこむ。

視線が、交わる。

「リナはオレが欲しくないか?」
「ぐ。お、押し売りかあんた…」

なんだか、みょーに強引なガウリイにぐっと詰まる。
こいつって…。

「…お買い得なんでしょうねっ!?」
「をう。置いてけドロボウって奴だ♪」
「それを言うなら、持ってけ泥棒でしょ!?
…んなボケかましてたら。置いてくわよ、まぢで」
「りな〜」

情けない顔しながら、それでも、
さっきとはうってかわって妙に嬉しそうなガウリイ。
こいつって絶対!!
分ってやってると思ふ。

(でも、勝負せずに逃げるのも嫌だから。)

「わかったわ。あんたをあたしが買ってあげる。ただし!!」
あたしは、びしいっ!!と、
ガウリイの鼻先に人差し指を突きつけた。
「その、……へ、へんなことしちゃ駄目だからねっ」

そ、そりゃそうでしょっ。
こ〜ゆ〜風に想いを伝え合った(?)とはいえっ。
…ガウリイがこっそり考えてたよーなことを実行する前に、
牽制しておかねばっ!!
こっちははっきりいって、
そっちに関しては全然覚悟なんかできとらんのである。

「…へんなことって?」

ガウリイは、きょとんとした後。
急ににやにや笑って、わざとらしく首を傾げた。

「…それはその…ごにょごにょ」
「リナが何のこと言ってるのか、オレには、分らんなぁ〜♪」
「ガウリイ…あ、あんた本当は分ってるでしょっ!?」



    *  *  *



…この後、やたらとしつっこいガウリイを、
とりあえずあたしは呪文でふっ飛ばしたのだが。

街に帰ると、宿屋のおっちゃんや通りすがりの皆様が、
このくらげ男の妙な説明のせいで、
あたしの横を通るとき、妙にびくびくしていたことは記しておく(怒)


そういや、ガウリイとの会話の最後のほーでは、
あんまり出てこなかった魔血玉の副作用のことであるが。
実は、その後も何回かは、
ガウリイの内心を聞くハメには陥ったものの、
あたしの地道な増幅呪文の詠唱によって、
すぐに全く出てこなくなった。

…これに関して、言いたいことはひとつである。

(あんなもん、そうそう聞いとられるかッ(赤面)!!!)




<了>