いつか会える日まで
〜中編〜









 どこにいるかなんてわからない。
 おまえが何を考えたのかもわからない。
 それでも・・・・・・オレは、おまえを探す。
 たとえ、何があったとしても。 
 絶対に・・・・・・探してみせる。


 オレとアメリアとゼルガディスの三人は、いなくなったリナを探して、とある町に
来ていた。
 再開してから、もう二ヶ月ぐらいが経っただろうか。
「リナさん、いませんでしたね・・・・・・」
 あきらかに残念といった表情で、アメリアがぽつりとつぶやく。
「しかたないさ。一人の人間を見つけるんだ、そう簡単にはいかないよ」
 本当なら、オレの方がへこむ立場なのだろうが、あまりにアメリアが落ち込んでい
るので、思わずなぐさめてしまう。
「それはそうですけど・・・・・・」
「世界は広い。この中から、たった一人の人間を探し出すんだ、たった二ヶ月ぐらい
でできるわけがないだろう」
 ゼルガディスも、何やら重々しそうに言う。
「ですけど、リナさんのことだから、すぐに見つかると思ったんです」
「そりゃ、まあ」
 リナは、人とは一風変わった趣味をもっている。
 それが、盗賊いじめである。
 本人曰く、『悪人に人権はない』らしく、夜になると盗賊団を魔法でもって壊滅さ
せ、そして金品を奪ってしまうのだ。
「リナさん、盗賊いじめしてないんですね」
「したら、ガウリイに自分の居場所がばれると考えたんだろうな」
 盗賊いじめなんて、世間一般の人はまずやらない。
 町や村の近くの森なんぞで攻撃呪文を派手に使い、その上盗賊のアジトが壊滅して
いれば、どうしてもそれは村人たちのウワサになる。
 そうすれば、それを手がかりに、オレがリナの居場所をつきとめると考えたんだろ
う。
「ま、世の中なんてせまいもんだし、そのうち見つかるさ」
 オレは軽く言い、そして歩き出す。

 ――そのうち見つかるさ――

 自然と、出た言葉だったけれど。
 それは、自分自身に言いきかせる言葉でもあった―――


 それから、何月かの月日が流れたある日。
 ごくごく普通の、のどかなその時。
 それは―――感じられた。

 ――圧倒的な、力。

 大いなる力の奔流とでも呼ぶべきそれが、たしかに、その瞬間に流れた。
 ここではない――遠い、どこかで。
 けれど、いくら遠く、距離があろうとも、それは感じられた。
 今までに一度も味わったことのない、奇妙な、それでいて絶大な力。
 魔族とは――ちがっていた。
 魔族の放つ瘴気とは、まったく異なる力だった。
「今の――!」
 前を歩いていたアメリアが立ち止まり、後ろを振り返る。
「・・・・・・アメリアも、感じたか?」
 辺りの気配をさぐりながら、オレはアメリアに問う。
 とくに変わった気配はないが・・・・・・それでも、どこかが変だった。
「ガウリイさんも、感じたんですか?」
 驚いたような顔をしたアメリアは、次に、気づいたように、隣を歩いていたゼルの
顔を見る。
 ゼルも、こくりとうなずく。
 ――どうやら、三人が三人とも、それぞれ感じとったらしい。
「何だったんだ、今のは。
 何か、巨大な力の流れのようだったが・・・・・・」
 難しそうな顔でゼルが言い、辺りに目を光らす。
「町の人たちは、何も感じなかったみたいだな」
「ああ、そうらしい」
 まあ、オレは気配には敏感な方だし、アメリアはれっきとした巫女。ゼルも、魔道
の腕がたつ。
 普通じゃないオレ達だからこそ、感じとれたのか・・・・・・
「だけど、いったい今のは何なんだ?
 今は、もう普通みたいだけど・・・・・・」
「邪なモノではないと思います」
 神妙な顔でつぶやいたアメリアの言葉に、ゼルが反応を返す。
「わかるのか、アメリア」
「くわしいことはわかりません。
 ですが――何となく、そんな感じがするんです」
 言った後、「頼りない言葉ですみません」とアメリアが苦笑する。
「巫女であるアメリアがそう感じるのなら、多分そうなんだろう」
 そうつぶやきながらも、ゼルの目は、あいかわらず辺りにめぐらされている。
 まあ、オレも気配をさぐってるし、二人とも似たようなものだろう。
「私たちに害があるとは思えません。だけど、なぜかこう、ひっかかるような
―――」
「ひっかかる?」
 オレの言葉に、アメリアがうなずく。
「よく、わからないんです。力そのものが大きすぎて、私たち人間には把握できません。
 だけど、妙に気になるんです。何か、知ってるような、知らないような、そんな、
微妙な具合で。
 どう表現すればいいのか―――それもわからないぐらい、すごい曖昧で・・・・・・」
 アメリアの要点をえない言葉に、オレとゼルは顔を見合わせる。
「何か、胸がすっきりしないような感じで・・・・・・
 口では、上手く現せないんですけど、だけど、まったく知らないモノではなくて・
・・・・・」
「アメリア。もういい」
 ひっしに言葉にしようと頭をひねるアメリアを、オレはやさしく止める。
「しばらく、この町に滞在しよう。わからないままじゃ、何かと不安だろうし。
 それに、アメリアの言葉も、みょうに気になるからな」
「たしかにな。それに、巫女の言葉は軽んじない方がいい」
 オレとゼルの意見は一致し、そしてしばらくは、この町に留まることになった。


「・・・・・・あれから、何も起こりませんね」
 ホットミルクをちびちびと飲みながら、アメリアがぽつりとそう言った。
 この町に滞在して、五日ぐらいが経っただろうか。
「まあ、何も起こらない方がいいじゃないか。平和が一番だぞ?」
「たしかにそうだが、それでは事態は何も変わらないぞ」
「いや、そりゃまあ、そうだけど・・・・・・」 
 言って、オレはいい具合に焼き上げられた肉を口に運ぶ。
 ・・・・・・リナがいなくなってから、オレ達の食事風景は、一変して静かになった。

『あぁっ! ガウリイ、それ、あたしが注文した魚でしょっ!?』
『おまえだって、オレの肉を勝手に食べてるじゃないかよっ!』
『あたしのいーのよっ! このお肉さんがあたしに食べてって言ってるんだから!』
『何で肉がンなこと言うんだよっ!』
『問答無用! ぼーっとしてると、全部あたしが食べちゃうわよ!』
『うげげげっ! もうほとんど無いじゃないかよっ!』

 そんな、あたりまえだと思っていたやりとり。
 なくなって初めて、それを、オレがどれほど楽しんでいたのかを思い知らされる。
 ・・・・・・ちゃんと、メシ、食ってるのかな?
 ここの宿の料理は、それなりには上手い。
 なのに――美味しく感じないのは、どうしてだろうか。
「ガウリイさん、アメリアさん、ゼルガディスさん!」
 物思いにふけるオレの耳に、女の声が聞こえてきた。
 振り返ったオレの目に映ったのは、長い金髪の一人の美女。
 ・・・・・・どっかで見たことがあるようなないような・・・・・・
「あっ、フィリアさん!? どうしてここに!?」
 アメリアが、驚いたように声をかける。
 知り合い、なんだろうか?
「ちょっと気になることがありまして・・・・・・
 やっぱり、あなた方もいたんですね」
 笑いながら、その人は空いているイスに腰掛ける。
「フィリアさん、いつからこっちの世界に?
 そういえば、ヴァルガーヴさんはどうしてます?」
「ヴァルなら、とても元気です。
 最近じゃ、とてもやんちゃで。ジラス達も困ってるぐらいです」
「そうなんですか」
 嬉しそうに、アメリアが笑う。
 リナがいなくなったと知ってから―――アメリアがこんなに嬉しそうに笑ったのは、初めてではなかっただろうか。
「それよりフィリア、いつからここにいるんだ?
 いや、それより―――気になることがあると言っていたが、おまえも感じたのか?」
 ゼルの言葉に、その人は、少し顔を強張らせた。
「はい。今から五日間前。
 ここから遠く離れたあちらまで―――あの力は、届きました」
「それで、フィリアさんが来たんですか? でも、フィリアさんは、もう火竜王の巫
女じゃ―――」
「ええ。ですから、これは私個人です。
 どうしても気になって―――ここまで来てしまったんです」
 気になって、ここまで来た・・・・・・?
 ヒマなんだな、この姉ちゃん。
「やはり、あなた方も、感じてたんですね」
「あなた方も?」
「はい。私がアレを感じたと同時に、あなた方にも、何らかの関係があると―――そう、感じたんです」
「信託か!?」
 ゼルの言葉に、姉ちゃんは首を横にふる。
 ・・・・・・何か、話がよくわからないんだが・・・・・・
「いいえ、信託ではありません。そこまで明確なものではなく・・・・・・
 ただ、そう感じただけなんです」
「感じただけ?」
「はい。あの力はあまりに巨大すぎて―――私たち竜族にも、全ては感知できないんです。
 ですから、感じただけ、としか―――」
「黄金竜であるフィリアにすら、全ては判らない、か―――」
 重々しく、ゼルがつぶやく。
 オレは、いまいち話がよくわからなくて、ただひたすらに食事に専念している。
「それで、フィリアさん。ここに来て、何かわかりましたか?」
 アメリアの問いに、姉ちゃんは再び首を横にふる。
「いえ、何も。ただ、力のなごりが強く残っている、としか―――
 それで、とりあえずはこの辺りを調べようとし、もしかしたらと思い、てきとうな
食堂に入ったら―――ちょうど、あなた方に会ったんです」
「そうだったんですか」
 つぶやき、アメリアはミルクを口に運ぶ。
 とりあえず、会話がとぎれたようだったので、オレは口を開く。
「なあ、一つ聞いていいか?」
 三人が、同時にオレを見る。
「さっきから気になってたんだが・・・・・・この姉ちゃん、だれだ?」

 ごすっ

 そして三人は―――同時に、テーブルに顔をぶつけた。
 ・・・・・・おいおい、大丈夫か?
「が、ガウリイさん! 忘れちゃったんですか!?」
「いやぁ、何となく見たことがあるような気はするんだが・・・・・・」
「フィリアさんですよフィリアさん! ダークスターの事件の時、いっしょに旅をし
てたじゃないですか!
 黄金竜で、背中にものっけてもらったし!」
 ごーるでんどらごん・・・・・・?
 考えることしばし。
「ああっ! もしかして、あのしっぽのある姉ちゃんかっ!?」
「し、しっぽって・・・・・・・・・・・・まあ、そうですけど」
 そうかそうか、あの姉ちゃんかぁ!
 うなずくオレに、フィリアがその質問をしてきたのは、次の瞬間のこと。
「ところで、リナさんの姿が見えませんけど、どうなさったんです?」
 だれからとともなく―――オレ達三人は顔を見合わせ。
 そして、うつむいた。
「あ、あの、どうなさったんです?」
「リナは―――」
 言いかけたオレの言葉が、とちゅうで闇に飲み込まれる。
 フィリアが、ものといたげな視線を送ってくる。
「ガウリイ。話した方がいいんじゃないか?」
 ゼルガディスの、その言葉に。
 オレは、しばらく考えてから―――小さく、うなずいた。
 そして、ぽつり、ぽつり、と話し出す。

 話し終わった後の、フィリアの、驚いたような、悲しいような顔。
 それが、みょうにオレの脳裏にこびりついて、はなれなかった。