いつか叶う日まで
〜7〜









 戦いは、いつも身近なものだった。
 気がついたら側にあった―――、そんな感じで。
 だからためらいなどは覚えない。
 頭で考えるよりも先に、手が、剣の柄をにぎる。



「はァっ!」
 ブラスト・ソードを抜き放ち、ガウリイさんが切りかかる。放たれた雷光をたくみに避け・・・・・・避けきれないものは切り裂き、そしてすぐさま懐に飛び込む。
 魔族のレベルは、中の上といった感じだろうか。
 ゼロスには遠く及ばないが、けっして弱くは無い―――そのぐらいだ。人型をしているし。
 それを相手に、いくら伝説の剣を持っているとはいえ、対等に渡り合えるガウリイさんは・・・・・・やはり、並みの腕の持ち主ではなかった。
「ガウリイっ!」
 リナママの声に、ガウリイさんはばっと横によける。
 なに? と思った、次の瞬間。
「ゼラス・プリッド!」
 出現した光の帯が、まっすぐに魔族に向かってのびていた。
 わずかにためらう素振りを見せてから、魔族の前に五星形の印の刻まれた結界が現れた。帯は、真正面からそれにぶち当たり。
 甘いな、と思う。ママの術は、それぐらいで防げるほどヤワじゃない。
 キンっと耳の奥に響く音を残して、結界は瞬時にして消え去った。そして、帯が魔族の腹部にぶち当たる。
「・・・っ!」
 人間には真似のできない超えを残して、魔族は後ずさる。
 それを追って、ガウリイさんが駆け出した。
 ―――何か、ほっといても大丈夫そうですけど。
 二人の息の合った戦い振りに、ちょっと肩をおとして。でも、わざわざ放っておく理由もないし。
 剣をぬいて、走り出す。気配を殺しながら。
 僕に気づいて、ガウリイさんが表情を変える。
 手にして剣に『力』をこめて―――そして、思い切り放った。
 目に見えない衝撃波が、後ろから魔族を両断した。
 たった一瞬。それだけで全ては終わった。
 自分を殺した相手の存在を知ることもなく。それが、その魔族の最期だった。
 あけなくて。あまりにもあっけなさすぎて。慣れているはずなのに、どうしてか悲しくなってくる。
 そんな感傷にひたってしまうのは・・・・・・それは、僕が弱いからなのか。
「・・・・・・ロナ」
 ガウリイさんが僕の名前を呼んだ。微妙な笑みを浮かべながら。
「えっと、助かったよ。ありがとな。やっぱおまえ強いわ」
「―――」
 僕は何もいえなかった。口が開けなかった。
 ここで、気のきいたことの一つでも言えればよかったのだろうけれど。
 フィリアさんに話を聞いてもらって、リナママに言いたいことを言って。それで終わると思ったのに。
 実際にガウリイさんを見ると・・・・・・まだ、全然、駄目だ。
「ロナ? あんた、いつから・・・・・・大丈夫? 怪我、してない?」
「―――・・・・・・リナママ」
 どこかが変だと思った。今すぐにママに抱きついて、泣き出しそうになってしまう。
 ママがいて。いないと思っていたパパが現れて。何も悲しいことなんてないのに。そのはずなのに。
 頭の中がぐちゃぐちゃしてる。思考回路がパンクしそうだ。
 自分のことなのに・・・・・・何も、わからなくて。


「リナっ!!!」


 ガウリイさんが叫ぶ。
 とっさに、何が起こったのかわからなかった。
 ただ、溢れそうになる涙を堪えるのに必死で。
 気づいたのは数秒後。
 ガウリイさんが走る。リナママを突き飛ばす。
 ママの驚いた顔。それが、なぜか目についてはなれなかった。
「うあ・・・っ!」
 ドサっとゆう、重い物が落ちる、イヤな音。


 急な展開に、ついていくことができなかった。
 リナママの背後に、さっきとはべつの魔族が現れて。
 ガウリイさんが―――ママをかばって、そして、倒れた。


「ガウリイっ!?」
 その声に、ふと我に返った。
 ガウリイさんへ駆け寄るリナママに、魔族が手に力をためていく。
 ・・・・・・もしかして、こいつら、初めからこのつもりで・・・・・・?
 慌てて剣を抜く。呪文を唱えながら走り出す。
 この程度の輩、『力』を解放すれば、精神世界面からの攻撃で瞬時に始末できる。
だけど、封じた今では、精神世界面への干渉ができないのだ。
 魔族が振り向く。剣をふるう。だけどそれはフェイント。
 僕に攻撃するか、それともママか。ためらったそのスキに、唱えていた呪文を放った。少し空間を操り――そいつの背後から。
 それは、言うまでもなく命中し。そして。
 振り返った・・・・・・その先で・・・・・・




 溢れ出す鮮血。
 目に焼きつくほど鮮やかで。
 紅は好きだ。だってそれはリナママの色だから。
 だけど―――これは・・・・これは・・・・・・




「ガウリイっ!? ガウリイっ!?」
 体が動かない。まるで、全身の神経がどこかで切れてしまったかのように。
 ガウリイさんは、目を閉じたまま地面に倒れている。
 何か悪い夢を見ているようだった。だけど、目にうつるものはあまりにも鮮やかすぎて。
 長い金髪が、だんだんと赤くなっていく。
 血溜まりが・・・・・・広がって。広がって・・・・・・そして、どうなってしまうのか。
「ガウリイっ! ・・・・・・ど、しよ・・・・・・リカバリイじゃ・・・・・・
あっ、そ、だ、ロナっ!」
 泣きそうな顔で、リナママが振り返った。
 こんな時なのに、ママのそんな顔を見たのは久しぶりだな、なんて思って。
「ロナ、回復呪文、使えるでしょっ!? あたしのリカバリイじゃ無理だから・・・・・・っ」
 すぐさまうなずこうと思った。そして、呪文を紡ぐはずだった。
 だって、そんなの当たり前のことで。考える必要もないぐらいには、当然のことで。
 今すぐに魔法をかけなければ―――ガウリイさんは、まちがいなく死んでしまう。
 そんなのは嫌だった。まだほんの何日しか一緒にはいないけど。だけど嫌だった。
それは何も、ガウリイさんに限ったことじゃない。フィリアさんもアメリアさんもゼルさんも。ゼロスはどうでもいいとしても、他の三人は―――リナママの大事な人達で。僕も、けっして嫌いな人達じゃなくて。
 だから・・・・・・魔法を。神聖呪文を使うつもりだったのに。
 僕の中の悪魔が。いや、いつもは隠しているはずの―――まぎれもない僕の一部分が。・・・・・・そっと、ささやいた。






 もし、ここでガウリイさんが死んでしまえば。
 もし、ここでガウリイさんが逝ってしまえば。
 リナママは―――また、僕だけの・・・・・・





















 僕は―――・・・・・・いったい、何を、考えているのだろう?



















「あっ、ロナ!? ロナ、どうしたの!? どこいくのっ!?」
 
 後ろから聞こえる、大好きなリナママの声。
 どうしたのなんて。どこに行くのだなんて。そんなの、自分でもわからない。
 よっぽど・・・・・・僕の方が、教えてほしいぐらいだ。
「ロナっ!!!」
 切ないぐらいのリナママの悲鳴を後にして。
 ただ走りつづける。どこまでも。何もかもわからないまま。
 たった一つだけわかるのは・・・・・・ここにいてはいけないとゆうこと。
 そうしないと・・・・・・自分自身、どうなるのかわからない。壊れてしまうのかもしれない。だけどそれもいいかも、なんて・・・ふと思って。



 ―――雨が降っていた。



 そのことに僕が気づいたのは、転んだ時に、地面がぐしょぐしょに濡れていたからだった。
 だけど、僕の髪も体も、どこも濡れてなんかはいない。
 無意識に結界を張っていたことに気づいて・・・・・・苦笑して、結界を解いた。
 雨特有のうるさい音と、それに寒気。全身が、一瞬にして雨に濡れる。
 ここはどこだろうと思い、すでに王都を抜け、街道のような所に出てしまったことを知る。
 我ながら・・・・・・ずいぶんと走ったものだ。もしかしたら、力をつかって、空間をゆがめてしまったのかもしれない。
 起き上がって、ぺたりと地面に座り込む。服が濡れるのなんて、もう今さらといった感じだった。
 頬がぬれている。けっして雨のせいだけではなくて。
「・・・・・・リナママぁ」
 怒ってるかもしれない。いや、すでに僕のことなんて嫌いになったかもしれない。
 大好きだった。だれよりも強くて、だれよりも綺麗で。それでいて―――優しくって。
 僕にとって一番恐ろしいのは、ママに嫌われることだった。何もない僕には、ただママしかいなかったから。
 だけどそれも当然のことだ。だって、僕は、ガウリイさんを・・・・・・
 涙があふれてきて。袖でふいてもふいても、到底ぬぐいきれなくって。
 ガウリイさんのことは嫌いじゃないはずなのに。むしろ、好きな方だと、そう思っていたはずなのに。
 だけど―――体は、思い通りにはならなかった。
 倒れているガウリイさんを見て、呪文を唱えることができなかった。助けなきゃと、そう思ったはずなのに。


 何が、赤の竜神の騎士なのだろう。
 自分の父親も、見殺しにして。
 それでいて、何が、神の騎士なんだろう?


 何もかもわからない。
 自分がどうしたいのかもわからない。
 わからないまま―――僕はただ、地面に座り込んだまま、泣きじゃくっていた。