いつか叶う日まで
〜5〜










 何だかよくわからないまま。時間は過ぎていき。
 そして、とうとう大祭の日はやってきた。



 ・・・・・・それは、まあ、いいんですけど。
「あいつら、支度にいったい何分かかってるんだ・・・・・・?」
 疲れたように、ゼルさんはだれにともなくつぶやいた。
 僕は机にうつぶせになったまま。
「・・・・・・だいたい、一時間ぐらいです」
 答える僕の声も、また疲れている。
 待ちくたびれたのか、ガウリイさんは横でいびきをかきながら寝ていたりする。
「女ってのは、どうしてこうも用意が遅いんだ・・・・・・」
「アメリアさん、リナママ着飾らせるって言ってましたから」
『リナさん、普段魔道士の服しか着ないんですから! こうゆう機会にぱーっとおしゃれ
しなきゃ駄目ですよ!』
 そう言いながら、アメリアさんはリナママを引っ張って行き。それに、フィリアさんも
ついて行って。それから小一時間ぐらいたったのだが、三人はまだ帰ってこない。
 ・・・・・・リナママ、遅いですよぉ。
「そろそろ日も暮れてきた、か」
 お祭りは、お昼から始まっていた。だけど、アメリアさんの仕事があるのと、本格的
なのは夜からだとゆうことなので、夕方から行くことになった。
 とはいっても、もう夕方は終わりそうなんですけど―――
「・・・・・・あっ、リナママ」
 やっとのその気配に、僕はイスから立ち上がった。
 そして次の瞬間、ついにドアが開いた。
「ごめーん。三人とも、待った?」
 そう言いながら、リナママが部屋に入ってきて―――
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 僕は沈黙した。ゼルさんも同じだ。思わず目を見開く。
 積もりたてのように真っ白なレースをふんだんに使った、けれどシンプルな、裾の長い洋服。栗色の髪は、後ろでバレッタでとめられているようだった。香水をつけているのか、ほのかに甘い香りがして。そんなに目立つほどではないのだけれど、お化粧もしていた。
「ちょ、ちょと、どうしたのよ? 二人とも黙っちゃって」
「・・・・・・リナママ、すっごい綺麗です!」
 もとから綺麗だったけど。服装を変えただけで、こんなにも印象が変わるのかと驚いた。
 いつものママが天下無敵な魔道士だとしたら―――可憐な美少女って感じで。ママ
が可憐てゆう性格じゃないのはわかってるけど。
「えっと、そお? 何か歩きにくくってちょっとあれなんだけど・・・・・・」
「だから、すっごい似合ってますってば、リナさん!」
 後ろから現れたアメリアさんは、『満足』といった表情をしていた。
 多分、これに至るまで、いろいろなパターンをためしたんでしょう。
「ね、ゼルガディスさん。似合ってますよね!」
「え、あ、まあ・・・・・・」
「リナさん、日頃からもう少しオシャレをすればよろしいのに」
 とフィリアさん。
 リナママは軽く肩をすくめた。
「じょーだん・たまにならいいけど、旅しながらンな面倒なことできないわよ。
 それに、あたしはオシャレなんかしなくても十分美少女だからいーの」
 たしかにママは綺麗だけど、自分でそう言う人もめずらしい。
「・・・・・・って、まーたこいつは一人で寝てるし」
 しょうがない奴よね、とかつぶやきながら、リナママはガウリイさんの側へ寄って。
「バースト・ロンド!」

 ばぢばぢばぢぃっ!

「うげひいいいいいっ!」
「よ。ガウリイ。起きた?」
「いきなり何するんだリナっ!?」
 当然のことだけれどガウリイさんは怒った。
 殺傷能力のない術だけど、やっぱりあてられたら気分は悪いだろう。ガウリイさん、
ところどころ微妙に焦げてるし。
「何するって、あんたが寝てたから起こしてあげたんじゃない。うう〜ん、あたしってば
優しいわねー♪」
「起こすんならもっと普通に―――」
 言いかけて。そこで、ガウリイさんは気づいたようだった。リナママの服装に。
「えっと、リナ、それ・・・・・・」
「ガウリイさんっ。リナさん、綺麗ですよね?」
 横からアメリアさんが口をはさむ。
 ガウリイさんは、しばらくぼーっとリナママを見てから。
「ああ、うん。綺麗だな」
「え・・・・・・」
 ママの頬が、うっすらと赤くなる。ガウリイさんは言葉を続ける。
「とてもドラまたには見えないぞ。普通の女の子みたいで」
「―――」
 リナママは口をつぐむ。
 僕たちは、さりげにママから距離をあけて。
「火炎球!」
「うえええええっ!?」
 ・・・・・・ガウリイさんもバカですよねー・・・・・・



 通りには、たくさんの着飾った人でごった返していた。道の両端には、いろいろな
屋台がずらりと並んでいる。あちこちに『明かり』がかかっているせいで、辺りはと
ても明るくて。人々の熱気のせいで、いつもよろだいぶ暑く感じられる。
「もう少ししたら、花火も始まるんですよ!」
「ほりゃまーふほいわねー」
「・・・・・・リナママ」
 口の中の物を飲み込んだらどうなんでしょう。
「リナ。おまえさっきから、ずっと食いっぱなしじゃないのかぁ?」
 もぐもぐ。ごくん。とリナママ。
「何よ。あんただってばかすか食べてたじゃない」
「ばかすかって・・・・・・おまえほどには食ってねーよ」
 ママは、お祭りに出てからずーっと何か食べていた。
 よくそんなに入りますよね、と思わず感心してしまうほどには。
「ロナも、何か食べたいのある?」
「ええっとぉ・・・・・・クレープ食べたいです」
 まあ、僕も食べないわけじゃないんですけど。
「にしても、すごい人数だな、これは」
「二年に一度の大祭ですから。もう少し経つと、もっと増えますよ」
「まだ増えるんですか?」
 三人の会話を聞きながら、僕はママが買ってきてくれたクレープにかぶりつく。
 小柄なため、リナママはこの人込みの中でもあまり苦労はしていなかったみたいだ。
それは僕も同じ。一番大変なのはガウリイさんだろうか。
 クレープは、中にいろいろな果物と生クリームが入っていて美味しかった。
「ロナ、歩きながら食べれる?」
 大変だったらどこかで休む、とリナママの瞳が言っていた。僕はぷるぷると首をふる。
「そお? じゃ、だっこでもしてあげようか?」
「り、リナママ! 僕、赤ちゃんじゃありません!」
 ママが冗談で言っているとは、笑ってる瞳を見ればわかったんだけど。
 歩き出しながら、リナママは自分用に買ってきたのだろうクレープを一口。
「ま、たしかにロナはもう赤ちゃんじゃないわね。何かあっとゆうまだわー。
ついこの間までは、ロナ、だっこしてあげると喜んだのに。覚えてる? あんた、
抱き上げると必ずあたしの髪引っ張って遊んだんだから」
 思い出して、ママはクスクスと笑う。
 おぼえてる? って言われても、もちろん僕は覚えてない。
「それ、いつの話ですか?」
「え? そうねぇ、三歳ぐらいまでかしら」
 ・・・・・・それじゃ忘れますよ。
「ところでアメリア。花火っていつやるの?」
 僕が三口ほど食べている間に、リナママはもう全て食べ終わっていた。
「だいたい、今から一時間後ってところです。王都の東西南北からあがって、最後に
王宮から一番すごいのが打ち上げられるんです」
「王宮で花火なんてあげていいのか?」
「ここでは、代々そうしてますけど」
 ちなみに上げるのは父さんです、とアメリアさんは言う。
 アメリアさんのお父さんていえば、ここセイルーンの王子様ですけど・・・・・・
花火をあげる王子様って・・・・・・?
「それじゃ、あと一時間は見てまわれるってわけね」
「どうするんです? それまでずっと・・・・・・?」
 フィリアさんの問いに、リナママはぽん、と手をうって。
「この人数でずっと移動してたら大変だしね、ちょっとグループわけしましょ。
 ってなわけで、はいっ。アメリアとゼルちゃん、一緒に行ってらっしゃい」
「え・・・・・・?」
「リナ? 何で俺がアメリアと―――」
 何か言いたげな二人の背中を、リナママはぐいぐいと押す。
「全部で六人いるんだから、二人ずつになるのがちょうどいいでしょ? だからね、
ほら、行ってきなさいよ。ゼル、ちゃんとエスコートしなさいね」
 言って、ウィンク一つ。
「り、リナさん! 私・・・・・・っ」
「―――ま、リナの言うことも一理あるな」
 リナママにさからってもしかたないと思ったのか、いさぎよく、ゼルガディスさんは
あきらめたような声音でつぶやいた。
 ゼルさんの言葉に、ちょっと目を開いて。
「アメリア、行くぞ」
「は、はいっ!」
 子犬のような返事をして、アメリアさんはゼルさんの後について歩いて行った。
人込みにまぎれて、すぐに二人の姿はみえなくなる。
「アメリア、可愛いわねー。何か恋する乙女って感じで」
「そうそう。リナにも少し可愛げがあればいいんだが・・・・・・」
 次の瞬間、ガウリイさんは殴られた。
「で、オレ達はどうするんだ?」
 そう言うガウリイさんの瞳を見て、何となく気づいてしまった。
 べつに、僕はカンがいいわけではないのだけれど。
 ガウリイさん、リナママのこと―――・・・
「そーね。じゃ、四人でその辺をぶらぶらと・・・・・・」
「リナママ、ガウリイさんと行って下さい」
 ママのセリフをさえぎって、僕はそう言った。
 驚いたように、三人が僕の顔を見る。
「えっと、ロナ? 何で・・・・・・」
「だって・・・・・・」
 だって、ガウリイさん、リナママと一緒に行きたそうだったから。
 それにママ、ここのところずっと僕と一緒にいてくれるから。
 だから―――せめて今だけでも、二人だけにしてあげたいなって思って。
「僕、フィリアさんと一緒に行きますから。同じ神族で気も合いますし・・・・・・
だから大丈夫です。二人で行って下さい」
「え? だけど―――」
 言葉をにごすリナママ。僕はちらり、とフィリアさんを見る。僕の視線に気づいて、
フィリアさんは小さく微笑んだ。
「大丈夫ですわ、リナさん。ロナ三はいい子ですし、迷惑なんてかけませんもの。
たまには、お二人でゆっくりしてらしたらどうですか?」
 二人は、顔を見合わせて。
「せっかくだから、行ってくるか?」
 口を開いたのはガウリイさん。どことなく嬉しそうに。
「えっと、じゃ、お願いしてもいい・・・・・・?」
 フィリアさんに、僕の世話を、とゆう意味だろうか。
「ロナも、フィリアに迷惑かけちゃ駄目よ?」
「はい」
 リナママを安心させるために、僕はこくりとうなずく。


 本当は行ってほしくないののい。なのに、こんなことを言ってしまって。
 自分の『いい子』ぶりに、思わずあきれてしまうほどだった。