いつか叶う日まで
〜4〜









「・・・・・・ヒマです」
 つぶやいても、どうにかなるわけではないのだけれど。
 今日もいい天気です。空は青くて、朝からずっとぽかぽかしている。一年の中で春
が一番好きだな、と思う。暑くもなく寒くもなく、旅がしやすくて。それに、自分が
生まれた季節だからかもしれない。
「王宮って。どこら辺までなら行ってもいいんだろう・・・・・・」
 お城は広すぎて、どこは行ってもよくてどこは駄目なのかよくわからなかった。
意識を澄まして『気』を読めば、その辺りのオーラのちがいでわかるんだろうけど・・
・・・・それをやるのは面倒だし、何だかそんな気分じゃない。
 リナママ達、時間かかりそうだしなぁ・・・・・・はう。
 いつもリナママと一緒で、ママが仕事の時は宿で留守番しているだけだったから
―――こんな風な自由な時間は、何をすればいいのかよくわからなかった。
 廊下は、忙しそうな召使いさんの往来がすごかった。邪魔にならないように、僕は
はじっこに寄る。
 僕はヒマなのに・・・・・・皆さんは大変そうです。がんばって下さい。
 通り過ぎる人を横目で見ながら、僕は歩き出して。
 その足が―――ふと、止まってしまった。
「あ・・・・・・っ」
 長い金髪を、窓から入ってくる風になびかせて。腰にさしているのは、伝説の名剣
ブラスト・ソード。僕とは全然ちがう、その顔立ち。
 ―――ガウリイさんが、向こうから歩いて来ていた。
 僕に気づいて足を止める。目が合う。居心地の悪い雰囲気。
 ・・・・・・どうしよう。このまま黙って通り過ぎるのもどうかと思うし。
かといって、もと来た道を戻るのなんて問題外で・・・・・・だけど、その・・・・・・
「・・・・・・えっと、ロナ、一人なのか?」
 先に口を開いたのはガウリイさんだった。ちょっと無理をしているような笑みを浮かべて。
 戻ってきてから話し掛けられたのはこれが初めてで。心臓が、いつもより早く動き出した。べつに、人見知りをする質ではないのだけれど。
「あ、はい。あの、リナママ、お祭りで着る洋服を選んでて―――あ、アメリアさんとフィリアさんも一緒です。それで、僕はお城の中を散歩してきていいよって言われて・・・・・・」
 いつもより声がうわずって、ちょっと変になっていた。だけど、ガウリイさんは気
にしない様子で、小さく「そうか」と言って優しく笑った。
「えっと、ガウリイさんはどうしたんですか?」
「オレか? ゼルの奴が、図書室に行くとか言ってな。ヒマだからリナのとこにでも
行こうと思ったんだが・・・・・・そっか、じゃ今は駄目だな」
 入ったら殺されちまうよなぁ、と、ガウリイさんはぽりぽりと頭をかきながらそうもらす。
「ロナは? どこ行くんだ?」
「ぼ、僕ですか?」
 とくに、目的があるわけじゃないんだけど。
「ただ歩いてただけなんで―――」
「そっか。んじゃ、あっち行こうぜ」
「ええっ!?」
 だって、行くって・・・・・・一緒ってことで・・・・・・
「ん? どした? 嫌か?」
「・・・・・・い、嫌じゃないですけど」
「ならいいじゃないか。暇人同士なんだしな」
 言って、ガウリイさんは歩き出した。僕に合わせてかゆっくりと。
 だけど、暇人同士って・・・・・・そのとおりですけど・・・・・・
 ガウリイさんの後について歩くことしばし。『あっち』とゆうのがどこか、すぐにわかった。
「中庭ですか?」
「そうらしいな。今は人はいないみたいだけど」
 真ん中ぐらいまで行って、ガウリイさんが振り返った。
「リナに聞いたんだけどさ。おまえ、剣の腕、けっこうすごいらしいな?」
「剣?」
 脈絡のない会話に、僕は首をかしげて。それから、こくりとうなずいた。
「リナに教わったのか?」
「はい。ここ最近じゃ、一人でやってるだけですけど」
「ちょっと抜いてみな」
 言われた言葉が、すぐには理解できなかった。
「え、えっと・・・・・・?」
「だからさ。相手してやるって言ってんだよ」
「―――」
 ・・・・・・正気なんですかこの人はっ?
 ガウリイさんは、僕が赤の竜神の騎士であることを知っている。もちろん、その力も。
 いや、その力を使わなくても―――はっきり言って、僕の力は人間離れしている。
それこそ、あのリナママをしてもそうと言わせるほどには。
「・・・・・・本気、ですか?」
「大丈夫だって。ちゃんと手加減はしてやるからさ」
 そのセリフにかちんときた。
 ガウリイさんは知らない。向こうの世界で、僕たちがどんな生活をしていたのか。
 仕事がらか、魔物に襲われるなんてしょっちゅうだった。ママの趣味が災いして、
盗賊に夜襲をかけられることもあった。
 そんな時、僕はリナママの足手まといになったことなんて一度もなかった。それどころか、ママが気づくより先に起き出して、一瞬にして相手を葬り去ることすらあった。経験不足で、リナママのお姉さんには到底敵わないだろう。それはわかる。だけど、そこらの人間に負けるとは思えない。それは驕りなどではなく、事実だ。
 そんな僕に―――手加減て―――
「手加減なんて無用です」
「え? だけど・・・・・・」
「やるからには、本気で来て下さい」
 剣を抜く、ここ何日か、いろいろなことがありすぎて、抜くのは久しぶりだった。
 けれど忘れられない、手になじみの深いこの感触。一気に意識が研ぎ澄まされる。
「―――本気で、か」
 すらりと引き抜かれるブラスト・ソード。伝説の名剣で、その切れ味は魔族をすら
両断するという。どうしてガウリイさんが、そんな剣を持っているのかは知らない。
そんなことはこの際関係ない。
「なら、行くぜっ」
 相手の出方をじっと待つよりは、自分から行くタイプなのだろう。
 初めの一撃を、僕は軽くかわそうとして。
「なっ!」
 できなかった。
 ―――速かったのだ。ガウリイさんの動きが。
 普通の人間だったら対応できないほどのその動きを、けれど僕はすんでのところで
見切り、そして受け止める。
 速い上に、思い。そのことに、素直に驚きを覚える。
 単調な攻撃が繰り返される。
 向こうも、僕が剣をもらさずに受け止めているとゆうことに驚いているようだった
が―――それは僕も同じだ。いや、それ以上かもしれない。
 ―――この人、強いっ!
 今まで、僕の剣を真正面から受け止められる人はいなかった。
 いくら僕が『力』を封印しているとはいえ―――これは―――
 いったん引いて、再び切りかかる―――そう見せかけて、懐に飛び込もうとした。
が、ふさがれる。
 ・・・・・・もしかして、読まれていた?
 気を取り直して、意識を集中させる。油断のできる相手ではない。
 闇雲にかかっていっても、絶対に勝てない。スキを、見つけなくては。
「はッ!」
 流れそうになる剣を、必死に押さえ込む。
 一撃一撃が重く、その上速い。
 しかも―――相手の剣技に合わせられるぐらいの器量もある。
 ・・・・・・スキがないっ!
 思わず、舌打ちをもらしそうになる。
 いや、ちがう。スキがないわけじゃない。生き物である以上、だれにでも必ずスキ
は生まれるものだ。ただ、僕が見つけられないだけで。
 互いに引くことを知らないまま、剣のぶつかり合う音だけが、辺りに響いていく。
 防戦にまわっているのは―――僕の方だった。
 剣技はべつとして、体力となると僕はかなり部が悪い。自分でも、だんだんと腕が
下がってくるのがわかる。
 ・・・・・・このままじゃ、負けるのは・・・・・・
 剣を合わせながら、ふと、ガウリイさんの視線がずれた。
 集中力がかけてきてたせいか、僕は一瞬、そちらに目をやってしまって。
 ―――ギィンっ!
 ひときわ大きな剣の音。
「・・・・・・」
 手から離れてしまった感触に、沈黙してしまう。
 フェイントだったのだ。今のは。
 気づいて―――小さく唇をかむ。
「・・・・・・ロナ、おまえ、強すぎ・・・・・・」
 つかれたように、ガウリイさんがつぶやく。
 ブラスト・ソードを鞘に入れ。そして、落ちている僕の剣を拾いながら。
「オレがこんなに真剣になった相手、数えるぐらいだぞ?」
「・・・・・・」
「ま、これほどの腕なら、手加減は無用って言ったのもうなずけるな」
 まだ小さいのにすごいよな、とか。油断してたら負けてたぜ、とか、ガウリイさん
はつぶやいていたけど。
 そんなのは、僕の耳には入ってはいなかった。
 悔しさは、不思議とわきあがってはこなかった。
 ただ、驚きと。そして、それ以上に。
 初めて負けた―――そのことが、重く心にのしかかっていた。


 
 だれにも負けるわけにはいかなかった。
 僕は強くなければいけなかった。
 リナママの足手まといになるわけにはいかなくて。
 それに、僕は赤の竜神の騎士だから。


 赤の竜神の騎士―――そう生まれたことを、僕はたまに恨むことがあった。



「今日はごめんね。ずっとほったらかしにしちゃって」
 僕はふかふかのベッドに入って。リナママは、頭をゆっくりとなでてくれながらそう言った。
「・・・・・・大丈夫です」
 一人でいるのには慣れていた。
 リナママを待って留守番することなんてたくさんあったから。
「・・・・・・どうしたの?」
 ママは鈍感だ。だけど、たまに驚くほど鋭い一面を見せたりもする。
 たとえば、今のように。
 僕が何か隠し事をしていても、なぜかわかってしまうのだ。
 そんな時、下手にごまかしても無駄だとゆうことを僕は知っていた。
「・・・・・・今日、ガウリイさんと手合わせしたんです」
「ガウリイと?」
「負けました」
 たった一言。意味が伝わるのなら、それで十分だ。
「・・・・・・それが、くやしいの?」
 リナママは小さく笑って。僕はぷるぷると首をふる。
「悔しいんじゃありません。ただ―――」
「ただ?」
「・・・・・・初めて負けたから」
 今までも、何度か手合わせしたことはあったけど。一回も、負けたことなんてなかった。それが、ガウリイに負けたことが嫌なのが。それとも、ただ純粋に負けたことが気に食わないのか。
 わからなくて。何か、変な気持ち。
「あんたも、やっぱりあたしの子よね」
「・・・・・・リナママ?」
「穏やかそうに見えて、負けず嫌いなんだから」
 僕のほっぺを、つん、とつつく。
 負けず嫌い・・・・・・何か、そうゆうのとはちょっとちがう気がするんだけど。
 だけど、それなら何なんだって言われると、よくわからない。
 ふと思って、僕は聞いてみた。
「リナママは、ガウリイさんが強いから好きになったんですか?」
「あたし?」
 てっきりこの前みたいに照れるのかと思ったけど、そうではなかった。ただ、
ちょっと顔を赤くしただけ。
 そのかわりに、目をどこかにさまよわせて、「う〜ん」と考え込む。
「強いからとか・・・・・・まあ、それもあるんだけど、ね。それだけじゃない、かな」
「じゃあ、ほかに何があるんですか?」
「ほかには、その・・・・・・」
 ママは言葉をにごらした。
 夜風にあたってくるとか言って、さきほどフィリアさんは部屋を出て行った。広い
部屋には、今僕とリナママしかいない。
「それじゃあ、ロナはあたしのどこが好きなの?」
「リナママの?」
 僕は迷わず口を開く。
「うーんと、だってリナママ、デーモンだって盗賊だって一撃でやっつけちゃうぐら
い強くて、それで優しいですから。一緒にいると楽しいですし、リナママ、明るくて
元気で―――それに、綺麗だから」
 リナママは本当に美人だ。それはいつ見てもそう思う。
 ふわふわの髪と、宝石みたいな瞳で。旅を続けているのに、肌は荒れた様子なんて
全くない。それで―――温かくて。
「ありがと、ロナ。今のセリフ、みんなに聞かせてあげたいわ」
「みんなに? 何でですか?」
「あいつら、絶対あたしのことそんな風に思ってないもの。
 色気より食い気とか、盗賊殺しのドラまた女とか・・・・・・ったく、失礼しちゃうわね」
 ・・・・・・あながちはずれてないような気もするんですけど・・・・・・
 だけど、言ったらママが気分を損ねるだろうから、黙っておく。
「それで、ガウリイさんのどこが好きなんですか?」
「あ、まだ覚えてた?」
「・・・・・・こんな短時間で忘れたりしませんよ」
 ガウリイさんじゃあるまいし。
 リナママは、少し悩んで。そして、春の花のように微笑んで。
「―――あのね。どこがって、理由じゃないの。そんなもの必要じゃないのよ」
「いらないんですか?」
 ママはこくりとうなずいた。嬉しそうな笑顔で。
 僕にはよくわからなかった。それを見抜いたかのように、リナママはゆっくりと口を開く。
「ロナは、まだわからないでしょうね。あと数年もすれば、あたしの言ってることも
わかるわよ、きっと」
 あと数年―――ずっと先のことですけど。
「可愛いのなんて今だけね。十歳こしたら、きっとあたしなんかとは口もきいてくれ
なくなっちゃうんだから」
 リナママは、拗ねたような顔をした。僕よりずっと年上なのに、何だか子供っぽく見えて。
「僕、一番好きなのはリナママですよ? ずっとそうですよ?」
「わかってるわよ。だから、そろそろ寝なさいね。起きれなくなっちゃうわよ?」
 言いながら、ママは軽く僕の頬にキスをしてくれた。
「・・・・・・おやすみなさい」
「はい。おやすみ」
 目をつぶる。布団が温かくて心地良い。
 何だか安心できる。側にリナママがいるからなのだろうか。
 ・・・・・・自分の家だと、いつも安心できるのかな?
 だけど、僕の家は―――・・・・・・



 夢を見た。その中で、黒髪の女性がささやいた。
『子供は我慢なんてしなくていいの。たくさん我がまま言って、それで親を困らせて
やればいいのよ。それが子供の特権、役目なんだから』
 そっと、だれかに似ている笑顔で―――
『とくにあなたの母親は、子供の部分を多く残してるようだからね。
 あなたの方から言わないと、わかってもらえないわよ?』


 そう言ったその人は―――僕と同じモノだった。