いつか叶う日まで
〜3〜









 
 聖王国の名で知られるセイルーン。
 そこの王都に足を踏み入れたのは、お昼をとくに過ぎた時刻だった。
「あそこの坂をこえると王宮です!」
 笑顔で走り出すアメリアさんに、リナママは小さく苦笑する。
「初めて来たわけじゃないんだから、それぐらいわかってるわよ」
 リナママ、前にセイルーンに来たことあるんだ・・・・・・
「ま、久しぶりの故郷だからな。はしゃぐのも無理はないさ」
 いつもは無表情なゼルさんが、珍しく優しそうに微笑んでいる。
 故郷・・・・・・自分の生まれた国。帰るところ。
 ―――僕の帰るところはどこなんだろう?
 ママは、ゼフィーリアの生まれだと言っていた。だけど、僕はそこに言ったことはない。
「・・・・・・リナママ」
 何だかちょっと不安になって、僕はママのマントをぎゅっとにぎった。
「ロナ?」
 リナママは、不思議そうな顔をしたけど。
 それ以上は何も聞かず、そして手をにぎってくれた。
「大祭とゆうことでしたけれど、まだ始まってなくてよかったですね」
「そうよねー。来てみて始まってたらさみしいし。見たところ、まだ準備段階ってところかしら?」
 周りを見ると、言えにはささやかだったけど、いろいろな装飾などかつけられていた。
主に、色は白と水色が目立っている。たぶん、白魔術に関連付けているのだろう。通りを歩く人々も、嬉しそうな、楽しそうな、そんな気配を身にまとわしている。
「いつになったら、お祭り、始まるんですか?」
「んー、よくわからないけど・・・・・・あと数日後ってところかしら?」
「それまで、ずっと宿に泊まってるんですか?」
 僕の問いに、ママはびっと指をたてると。
「もちろん、王宮に泊まるに決まってるじゃない」
「おまえ、勝手にンなこと決めていいのかぁ?」
 後ろを歩いていたガウリイさんが、あきれたような声を出した。
「大丈夫よ。何たってあたし達は、セイルーンの王女さまの仲間なんだから。宿になんて泊まろうとしたら、きっとアメリアの方から止めてくるわよ」
「まあ、そりゃそうかもしれないけど・・・・・・」
「それに! あたしはセイルーンを救ったことがあるのよ? 王宮に泊まるのなんて安いことじゃないっ」
「その時に、セイルーンの一部をふっとばしたがな」
 横からぼそっと、ゼルさんがつっこみを入れた。
 リナママの肩が、小さくぴくりと動く。
「・・・・・・ママ。そんなことしたんですか?」
 ちょとじと目になる僕。
「あ、あれはそのっ! 目的達成のためならささいな犠牲はしかたないってゆーか・・・・・不可抗力ってやつよ!」
「小さな犠牲で国の一部ふっ飛ばされたらたまんないよなぁ」
 ってゆーか、それって小さな犠牲なんですか・・・・・・?
 ・・・・・・さすがはリナママです。
「うるさいわねっ。過ぎ去ったことをむしかえすんじゃないわよっ」
「はいはい。わかったわかった」
 ぽんぽん。ガウリイさんが、リナママの頭をたたいた。
 ガウリイさんの前だと、ママがいつもより子供っぽく見えるから不思議だった。
「みなさーん。早く来て下さいよぉー!」
 向こうから聞こえてくる、アメリアさんの声。
「わかってるわよ!」
 怒鳴ってから、リナママは振り向いて。
「行くわよ、ロナ」
「はいっ」
 セイルーンの王宮は、もうすぐそこだった。 



 いろんな国に行ったことはあるけど、王宮に入ったのは今日が初めてだった。
 ママは仕事で出向くことはあったけれど。そんな場合、僕はいつも宿で留守番だったから。
「ローナ。よそ見してると転ぶわよ」
 あう。怒られちゃいました。
 でもママは、ちょっと笑っていて。あんまり、怒ってるって感じじゃなかった。
「部屋は、こちらを使って下さい」
 先頭を歩いていたアメリアさんが、ドアの前で立ち止まった。
「二部屋?」
 とリナママ。
「大祭に向けて、各地の貴族の方々がたくさん来られてるんです。ですから人数分の部屋が用意できなくって・・・・・・すみません。我慢して下さい」
「べつにいいわよ。一部屋ってぇのなら、さすがに問題あるけどね。フィリア、あたしと一緒でもかまわないでしょ?」
「ええ、もちろん」
 ママの言葉に、フィリアさんはこくりとうなずいた。本当は黄金竜だけど、今フィリアさんは普通の女性の姿をしている。同じ神族であるフィリアさんとは、側にいるだけでなぜか気持ちが落ち着いた。ゼロスだと、無条件に腹が立ったけど。
「オレもべつにかまわないぜ?」
「右に同じく、だな」
「右?」
 右に何があるんだ? ときょろきょろと辺りを見回すガウリイさんはとりあえず無視。
 それから、夕食の時間とかを告げてから、アメリアさんは仕事があるとかでどこかに行ってしまった。そして、僕たちは部屋に入る。
「あ、ベッドがすごいですー!」
 部屋は、さすがに王室と思えるほどのものだった。今まで、僕が見たことはないぐらいには。広い上に、調度品の数々もどれもみごとなもので。少なくとも、普通の宿に泊まる倍以上の料金を出しても泊まれないだろうとゆうことがわかった。ベッドも広くて大きくて、何人もの人が一緒に寝れるぐらい。それを見て、僕は手前のそれにえいっと飛び乗った。
「・・・・・・うー、ふかふかしてます」
 スプリングがきいているのか、反動でベッドがゆれる。それが楽しくって、僕はちょっと
クスクスと笑う。
「ロナ。そんな風にベッドに飛び乗っちゃ駄目よ・・・・・・って、まあ、初めてこんなのを見れば無理もないけどね」
 言いながら、リナママもベッドに飛び乗った。
「んー、やぁっぱさすがは王室よねー。生地とかもいいもの使ってるわー」
「リナさん、くれぐれも売り払ったりとかはしないで下さいね」
「しないわよっ!」
 思わず怒鳴ったリナママに、フィリアさんは小さな笑みをもらしながら、もう一つのベッドにゆっくりと腰をおろした。
 まあ、いくらママでも、そんなことはしないと思うんですけど。多分。
「アメリアさんもご一緒できれば良かったですけどね」
「ま、あの子はあれでも王族だからね、いろいろとあるんでしょ」
 そのいろいろとある王族の人が、国を出て旅なんかしてていいんでしょうかね?
「大祭が始まっちゃえば、少しは落ち着くんじゃないの?」
 起き上がって、リナママはうーんと伸びをする。
「そうだといいんですけどね。私達が遊んでる最中に、アメリアさんだけが仕事だなんて嫌ですし。それにやっぱり、一緒に見て回りたいですもの」
「一緒にねぇ。・・・・・・できれば、ゼルと一緒にしてあげたいんだけど」
「え? アメリアさんって、やっぱり・・・・・・?」
 フィリアさんが、リナママの方に身を乗り出した。瞳が好奇心に満ちている。やっぱりって、僕には何のことだかよくわからないんだけど。
「本人から直接聞いたわけじゃないけどね。見てれば、何となくわかるわよ。フィリアは? やっぱりってことは、気づいてたんでしょ?」
「まあ、だいたいは・・・・・・それで、ゼルガディスさんの方はどうなんですか?」
「ゼルの方もけっこう脈アリね。アメリアにだけは態度がちがうってゆーの? だけど、ゼルちゃんも押しが足りないからねー。もう少し強引に行ってもいいと思うんだけど」
 見ててじれったいったら、と、リナママは肩をすくめてそうつぶやく。
「ですけど、アメリアさんは王族ですし・・・・・・だからゼルガディスさんも、ためらってるんじゃないんですか?」
「ンなの気にしてたら何にもできないわよ。それに、フィルさんはそんな身分の差なんか考えるような人じゃないし」
 僕にはイマイチよくわからない会話が交わされていく。
 フィルさんって、だれ? それよりも、何に着いて話してるんでしょう?
 アメリアさんとゼルさんのことだってのはわかるけど・・・・・・うみゅ、考えるのは苦手です。
「だいたいね、恋愛なんて気合と根性があれば何とかなるもんなのよっ」
「気合と根性、ですか・・・・・・?」
「そーよ。がーっと行ってぱーっとやればめでたしめでたし」
「そ、そうなんですか?」
 フィリアさんは、困惑したように首をかしげた。
「そうなのよ。現に・・・・・・あたしは、ほら、何とかなったわけだし・・・・・・」
 リナママの顔が、ちょっと赤くなった。
「リナさん―――」
「だああああっ! やめやめ! こうゆう話は、いくら第三者は言ったところでどうなるわけでもないんだしっ!」
 顔を赤くして、リナママは叫びながらばっと立ち上がった。気まずさを隠すかのように、
ショルダー・ガードを慣れた手つきではずしていく。
「・・・・・・リナさん、照れ屋ですから」
 僕にやっと聞こえるぐらいの声。新しく知ったそれに、僕は少し目を見開く。
「ロナも、剣かしなさい。ベッドにのる時ははずさなきゃ駄目よ?」
「はーい」
 去年の誕生日にママがくれた、細身で普通の物より短めの魔力剣。これを使うことはめったになかったけど、それでも三日に一度は必ず練習をしている。それを外して、僕はママにはいっと手渡す。
「その剣、魔法がかかってますね」
「一応魔力剣だからね。あんまりいい物じゃないんだけど・・・・・・それでも、ロナが使えばそこらの男なんて足元にも及ばないわね。もうとっくに、あたしを追い越しちゃってるぐらいなんだから」
 前はリナママが剣の相手をしてくれたけど、今ではそれはなくなって、たいてい僕は一人で素振りをしている。
「・・・・・・ホント、だれかさんにそっくりなんだから」
 小さく、つぶやく。
 壁に剣を立て掛けて。そしてママは、僕の隣に座って。
「ね、ロナ。ガウリイのこと、嫌い?」
 心臓が止まった。もちろん本当に泊まったわけじゃない。ただの錯覚だ。自分でもわかっている。
 リナママの表情はわからない―――僕がうつむいているから。
 人と話す時には目を合わせるのが礼儀だって教えられたけど。でも、そんな気にはなれなかった。
「・・・・・・嫌いじゃないです」
「それじゃ、好き?」
 続けて、リナママは問いかけてくる。僕は、うつむいたまま考えて。
「・・・・・・たぶん、好きだと思います」
 初めて見た時からいい人だと思った。優しそうで、親切で。
 何よりも―――本当に、ママのことを大切に想ってるんだってことがわかって。
 リナママは、ガウリイさんといると嬉しそうだった。それに、幸せそうで。
 嫌いになる要素は何もなかった。まだはっきり『好き』だとは断言できないけれど。でも、時間がたてば本当に好きになれるはずだ。何の根拠もない。だけど僕にはそれがわかった。
 それは・・・・・・子供が、無条件に親を好きになるのと同じことなのだろうか。
 僕がリナママを好きなのは、ママが優しくて、強くて、それで綺麗だから。だけど――
―もし、ママが魔道士じゃなくても、今みたいに綺麗じゃなくても。ママがママなら、絶対に好きになってたはずだ。絶対に嫌いになるはずはない。
「ホントに?」
 はい。でも、一番好きなのはリナママですけど」
 恐る恐る隣を見ると、リナママは嬉しそうに笑っていた。僕の好きな笑顔。それを見てほっとする。
「ありがと。それを聞いて安心したわ」
「・・・・・・安心、ですか?」
「あいつもね、不器用だから。今はちょっと緊張してるみたいだけど・・・・・・でも、あんたのこと好きなのだけはたしかだから。それだけは、覚えておいてくれる?」
 リナママの言ったことは、すぐには信じられなかった。
 ママが、僕にウソをつくとは思えないけど。
 でも、ガウリイさんが僕のことを好きだなんて―――絶対にありえないとは想わない。
だけど・・・・・・だけど・・・・・・
 


 わからないことがありすぎて。頭の中が、いっぱいになっていた。