いつか叶う日まで
〜2〜









 友達とか、仲間とか。
 僕には、よくわからなかった。
 ずっと、二人きりで旅を続けて。
 優しくしてくれる人もたくさんいたけど、その分冷たくする人もたくさんいた。


―――子連れの女魔道士なんかに、ろくな奴がいるわけない―――


 それは、だれかがつぶやいたセリフ。
 その言葉を聞いた時・・・・・・僕は迷わず、剣を抜こうとした。
 抜いて、すかさずその男に切りかかっていただろう。―――ママが止めなければ。
『同じ人間だって、いろんな考え方する人がいるのよ』
 ちょっとさみしそうに笑って、ママはそう言って僕の頭をゆっくりとなでた。
 だって、リナママは本当に強くて。だれにも負けないぐらい強くて、それでいて優しいのに。
 そう思うと、悔しくてしかたがなかったけど。
『あの人は、あたしのことなんて理解してないの。だからあんなことが言えるのよ。
 あたしは、ロナにわかってもらえれば十分よ』
 だけど―――・・・・・・
『それにね。たとえどんな状況だとしても、命をうばうなんてことは、そう簡単にやっていいことじゃないのよ。
 ロナ。あんたはそんなことするような子じゃないでしょ?』
 そう言われて。僕はただ、うなずくしかできなかった。


 いろんな人がいて。いろんな人に出会って。
 それでも僕が信じられるのは、リナママ一人だった。
 ママにとって―――仲間は、どんな存在なんだろう?



 
 とうとつなことだけど。
 僕たちは―――道に迷っていた。
「ああ、もうっ! 何でこんな森の中で道に迷わなきゃなんないのよおおおおおっ!」
「おまえが途中で会った盗賊のお宝没収する、とか言って奥に入ってくからだろ?」
 絶叫したリナママに、ガウリイさんが横からぼそり、と口をはさむ。
 ママは一瞬う、とつまったようだったけど、すぐにふんっと胸を張って。
「盗賊のお宝をむざむざあきらめるなんて、この天才美少女魔道士リナ=インバースにできないのよっ!」
「のわりに、宝といった宝はなかったんだよな」
 ガウリイさんは、はーっとため息をつく。
「あたしだって、まさかあの盗賊団がつい最近できたばっかりで、まだお宝を全然持ってないだなんて知らなかったのよ! 
 知ってたら行ったりはしなかったんだからっ!」
「そりゃまあ、盗賊いじめはもうおまえの習性だから、あえてどうこう言うつもりはないけど・・・・・・」
 って習性って・・・・・・それじゃまるでママが動物みたいじゃないですか。
「それはそうとして・・・・・・どうするんですか? もう日も暮れてきちゃいましたよ?」
 アメリアさんの言うとおり。辺りは、だんだんと暗闇がおおい始めていた。
「ここら辺で野宿の用意をするのが無難だな」
「えええええ、野宿ぅぅぅぅ?」
 ゼルさんの言葉に、リナママは不満そうな声を出す。
「だってこの辺虫多いし、野宿って翌朝体痛くなるし・・・・・・」
「自業自得だ」
 僕もそう思います。
「文句言ってもしかたありませんよ、リナさん」
「そうそう。早く支度しちゃおうぜ」
 優しく笑いながら。ぽんぽん、と、ガウリイさんがママの頭をたたいた。
 どこかで、見たことがあるなと思って。
 それが、いつもリナママが僕にしてくれる仕草だと気がついた。
 気がついて・・・・・・ちょっと、腹が立つ。
「はいはい、わーったわよ。んじゃ、あたし木でも集めてくるわね。ロナ、みんなと留守番してて」
「え? 僕も・・・・・・」
 一緒に行く、と言いかけた僕に、ママは小さく笑った。
「一人で大丈夫よ。けっこう歩いたし、ロナ、疲れてるんでしょ?」
 少し驚いた。みんなのペースに合わせてたから―――実は、けっこう疲れていた。
 それを、隠してたつもりだったんだけど。ママには・・・・・・ばれてたみたいだ。
 それは、どうにも顔に出ちゃったみたいで。リナママはかがんで、僕と目線を合わせて。
「あのね、ロナ。いくらあんたが隠しても、あたしにはすぐにわかるのよ。
 だから、疲れたんならそう言いなさい。べつに急ぎの旅ってわけじゃないんだから、休憩ぐらいいつでもとってあげるんだから」
「だ、だって、みんな平気だから―――」
 ママは、あきれたように、でも嬉しそうな・・・・・・そんな微妙な表情をした。
「他人を気遣ってやれるってゆうのはいいことよ。あんたが優しい子で、あたしはほんとに嬉しいわ。
 だけどね。ロナはまだ子供で、あたし達とは体力だって全然ちがうんだから。
 いつでも我がままなのも困るけど、子供は下手に遠慮なんてしなくていいのよ。だから素直に言いなさい、ロナ。
 何でもかんでも自分の中に閉じ込めて、それで言いたいことを言えないでいるのはあんたの悪いクセよ」
 いつもの優しい笑顔じゃなくて、母親の顔でそう言って。
 それから、リナママは僕の髪をくしゃっとなでてくれた。
 いつもは子供みたいなままだけど、たまに、こんな風な様子を見せる。
 どっちのママも―――僕は、好きだけど。
 ・・・・・・今のって、怒られたことになるのかな?
「じゃ、アメリア。ちょっとロナの面倒見ててくれる? あたしは行ってくるから―――」
「あ、リナ。オレも行く」
 歩き出したリナママに、ガウリイさんがその後を追っていく。
「べつに来なくていいのに・・・・・・」
「いやほら、おまえだけだと何するかわからないから」
「何にもしないわよっ!」
 そんな言い合いをしながら、二人の姿は木々の中にかくれて見えなくなった。
「やっぱり、ガウリイの旦那はリナについて行ったか」
 ゼルさんが、小さく笑いながらそう言う。
 ちょっと、ガウリイさんがうらやましく思えた。
 あんな風に―――リナママの隣にいるのが、あたりまえといった感じで。
 どちらが守るのでも、守られるのでもなく。
 並んで歩いている・・・・・・そんな、感じ。
「ロナ君。立ってると疲れるから、こっちに座ったらどうですか?」
 アメリアさんが示したのは、ちょうどいい大きさの切り株。
 歩いていって、僕はそこに腰をおろす。
「・・・・・・にしても、しばらく見ない間に、リナさんも母親らしくなりましたね」
 フィリアさんが口を開く。少し驚いたように。
「たしかに、さっきのは驚いたな。ぱっと見では変わったようには見えなかったが―――」
「でも、中身は変わったってことですよね」
 アメリアさん達は、重々しく三人でうなずいた。
「昔のリナママって、何かちがったんですか?」
「ちがったといえばちがったな。あんな風に、人に優しく言いきかせるような奴じゃなかった」
「言いきかせるよりも、押しくるめるって感じでしたよね」
「あとは、攻撃呪文で黙らせるとか」
 三人は口々に言った。
 昔のリナママって・・・・・・いったい・・・・・・?
「僕の知ってるママって、いつもあんな風ですけど―――」
「子供ができて、性格も少し変わったってことですわね」
 ―――リナママ、変わったんだ。
 昔のママがどんな感じだったのか、ちょっと、興味がわいたりもしたけど。
「あ、そうだロナ君。ごめんなさい、疲れてるって気がつかなくて」
 申し訳なさそうに、アメリアさんが僕に向かって言う。
 王族なのに、そんなことは鼻にもかけたりはしないんだな、と思い、好感がもてる。
「あ、いいえ。黙ってた僕も悪いんですから」
 たしかに―――考えてみると、いつもどこかで遠慮している部分があったのかもしれない。
 ママに嫌われたくなかったし・・・・・・何より、困らせたくなかったから。
 赤の竜神の騎士としての力が原因なのか、僕は同い年の子供よりも精神年齢といったものがわずかに上なようだった。
 だから、他の子なら駄々をこねたりするような場面でも―――『いい子』を演じることができた。
 べつに、元から聞き分けがよかったわけじゃない。ただ、演じていただけ。
「子供でも、リナさんとは全然性格がちがうんですね」
「・・・・・・リナママとは?」
 まあ、自分でも、あんまり性格が似ているとは思わないけど。
「顔はそっくりだけど、性格は正反対だな。少なくとも、リナは人に遠慮するような奴じゃない」
 ゼルさんは、はっきりとそう断言した。
 顔はそっくりって・・・・・・そのとおりですけど、僕、男なんですけど・・・・・・
「ガウリイさんも、べつに遠慮するような人じゃありませんよね。ってことは、だれに似たんでしょう?」
 ガウリイさんの名前が出て、僕は少し顔をしかめた。
 ガウリイさんが嫌いなわけじゃない。むしろ、好きな方かもしれない。
 初対面で女の子とまちがえられたことは嫌だったけど―――でも、それ以外で。
 けっして悪い人には見えなかった。僕に話し掛けてきたのだって、親切心からだったんだし。
 それに―――本当に、ママのことが好きなんだって、見ていればわかる。
 ママの場合も同じで。今まで絶対にこの時代に帰ってこようとしなかったのを、ガウリイさんに会って―――そして、こうなったわけで。
「ま、子供の全てが親に似るってわけじゃないからな」
「ですけど、リナさんの子供ってゆうと、もっと強烈なのを想像するじゃないですか」
「想像って、どんなのをしてたんですか?」
「例えば―――リナさんをそのままちっちゃくして、それにガウリイさんの剣の腕と野生のカンを足したような!」
「それって・・・・・・」
 フィリアさんが僕を見て。それにつられて、二人の視線を向けられる。
 え? え? 何なんでしょう?
「リナをそのまんまちっちゃくしたって・・・・・・まんまロナじゃないか。髪の色と質をのぞけば、リナが小さくなったみたいだぞ」
 リナママが小さく?
「そういえばロナさん、帯剣してますけど―――腕はどのぐらいなんですか?」
「剣の腕ですか? えっと・・・・・・」
 僕はちょっと考えてから。
「デーモンのダース単位なら一撃で―――ってぐらいですけど」
 とはいっても、あんまり僕が剣をぬくことはない。
 普段なら、リナママの魔法でたいていの魔族は倒せるし。
 それに、僕はまだ自分の力の制御が上手くできない。だから、赤の竜神の騎士の力も、いつもは封じ込めている。
「ダース単位を一撃って・・・・・・っ」
「が、ガウリイ以上だな、それは・・・・・・」
「さすがはリナさんとガウリイさんのお子さんですね・・・・・・」
 三人は、何でかはよくわからないけど、やたらと驚いていた。
 べつに、これぐらいは普通だと思うんですけどね。
 リナママのお姉さんだなんて、綿棒で純魔族をどつきまわしてたそうですから
―――
「性格が普通だったんで気づかなかっただけで―――ロナ君も、けっこうすごかったんですね」
 アメリアさんのつぶやいた言葉に、僕はただ首をかしげていた。



 ―――星が綺麗。何となく、そんなことを考える。
 そういえば、野宿するのって久しぶりだったような気が・・・・・・するようなしないような。
「う〜ん、お腹いっぱぁい」
「あいかわらず、すさまじいまでに食べるな・・・・・・」
 笑顔でお腹をおさえるリナママに対して、ゼルさんが疲れたような顔をする。
「一回の食事で、四日分の食料が無くなったぞ」
「ま、いいじゃない、べつに。明日になればセイルーンに着くんだし」
 ママは、たいして気にしてないようだった。
 それはどうやらガウリイさんも同じなようで、リナママの横でこくこくとうなずいている。
「そうそう。明日になれば着くんだろ? なら、荷物が減った方がいいじゃないか」
「まあ、荷物は減った方がいいですけど・・・・・・」
 そうゆう問題じゃないんですよ、とアメリアさんがつぶやく。
 べつに、僕は何でもいいと思うんですけど。
 心の中でつぶやきながら、僕はあくびを一つ。
「明日、セイルーンに着くんですか?」
「うん、そうね。だいたいお昼過ぎぐらいには着くと思うわ。ロナは、セイルーンは初めてだっけ。行くの楽しみ?」
 僕はこくこくとうなずく。
 新しい所に行くのは、いつでも楽しみだった。
 どんなことがあるのかとか、どんな食べ物があるのかとか。
「セイルーンて、どんな所なんですか?」
「正義を愛する人たちが住んでいるところですっ!」
 こぶしをにぎって、アメリアさんがそう断言する。
「・・・・・・そうなんですか? リナママ?」
「あー、アメリアの言うことは気にしなくていいから」
「あ、ひどいですよリナさんっ」
 アメリアさんは正義がどうのこうのと言っていたけど、リナママはそれを聞き流していた。
 う〜ん、何かよくわからないんですけど・・・・・・
「―――ロナ、そろそろ眠くない?」
 ちょうどあくびをしているところに話し掛けられたので―――誤魔化すことはできそうになかった。
「・・・・・・眠いです」
 僕は素直にそう言った。
 時計がないからよくわからないけど・・・・・・宿屋にいたら、もうベッドに入っている時刻だろう。
「いらっしゃい。ロナ」
 いつもみたいに、優しく笑いながら。リナママが軽く両手を広げる。
 この頃じゃ、あんまり抱っこなんてされないから、ちょっと恥ずかしかったけど。
 立ち上がって、せっかくだから、思い切りママに抱きついた。
「ん〜、あんたもおっきくなっちゃったわよねー」
 軽く、抱きしめてくれながら。
「―――ならない方が良かったですか?」
「まさか。成長するのはいいことよ。だから好き嫌いしないで何でも食べなさいね。
ロナ、ピーマン嫌いでしょ?」
 あう・・・・・・リナママ、やっぱり知ってたんですね・・・・・・
「ほんと、変なところだけ似てるんだから」
 あきれたように言って、ママはちょっと笑った。
 どうゆう意味かと聞きたかったけど。
 ゆっくりと睡魔が襲ってきて。
 リナママの体はあったかくて―――それで。
 いつのまにか、僕は目を閉じていた。


 
「ロナ君、ピーマン嫌いなんですか?」
「そ。どっかのだれかさんと同じでね。ちゃんと食べてはいるけど。ガウリイも見習なさいよ?」
「リナ、オレ、ほんとあれだけは苦手で・・・・・・」
「子供が食べてるのに、あんたが食べないつもりなの?」
「いやだって・・・・・・」
 
 聞こえてくる会話。だけど、頭には届いていない。
 ただ、入ってくるだけ―――意味なんて、わからないまま。

「ね、ガウリイ。宿出てから、まだロナと一回も口きいてないわよね?」
「・・・・・・あ、うん。そうかも」
「一言ぐらい、何かかけてやってよね、ガウリイ。あんたは、この子の父親なんだから」
「それはわかってるんだけどなぁ」

 
 わかってるけど、何だったんだろう?