いつか叶う日まで
〜1〜










 ―――世界で一番好きな人。
 だれよりも強くて、でも、だれよりも優しくて。
 栗色の髪が風に揺れる。強い光に満ちた紅の双眸。


「ロナ」

 
 名前を呼んでくれるだけで―――嬉しくて。
 帰る家なんてなかったけど。
 友達なんていなかったけど。
 それでも・・・・・・僕は、ママがいればそれだけでよかった。
 それぐらい、僕にとって、ママは大切な存在だったから。

 ママがいて、僕がいて。
 そんな時に―――やって来た、あの人。

『リナっ!』

 力強い声で―――そう、呼んで。
 それほどの想いが、伝わってくるようで。

 僕にはパパがいなかった。
 だけどべつにどうでもよかった。
 リナママがいれば、それだけでよかったから。
 だけどその時―――すぐにわかった。
 この人が、自分の父親なのだと。
 赤の竜神の騎士のしても力か、それともただの人間の直感なのか。
 それはわからなかったけれど。
 でも―――僕にはわかった。



「・・・・・・ね、ロナ。ガウリイのこと・・・・・・パパって、呼んでくれる・・・・・・?」
 二人きりになった宿屋の一室で。
 ママは、複雑そうな顔で、僕にそう言ってきた。
 何だか、泣きそうな。そんな表情。
 僕は、リナママのそんな顔は見たくなかったから―――
 だから、すぐにうなずいた。
 

 そして、僕たちは帰ってきた。
 リナママは本来いるべき・・・・・・この時代に。
 ママのことを迎えに来た、何人もの『仲間』といっしょに。



 そんな中―――
 僕はまだ、ガウリイさんのことを『パパ』とは呼べずにいた。





「ああっ! リナ! それオレの魚だぞっ!?」
「あんただってあたしのスパゲティ食べたでしょっ!」
「一口しか食べてないだろっ!? なのに丸々一匹食うことないじゃないかっ!」
「あまぁぁぁいっ! やられたら倍返しって親から習わなかった!?」
 朝・・・・・・一階にある食堂に行くと、ここ最近では日課になった、リナママとガウリイさんの怒鳴り声が聞こえてきた。
 どうでもいい・・・・・・ってよくないですけど、すっごい迷惑だと思うんですけどねぇ・・・・・・
 初めて見た時は、ものすごい驚きましたけど。
 でも、リナママがこんなに楽しそうに食事をしているところは初めてだったから―――何となく、嬉しいような、悲しいような・・・・・・そんな妙な気持ちになってしまった。
 僕といっしょの時は・・・・・・絶対に、こんな顔はしてくれなかったのに。
 優しく笑ってはくれたけど―――それは『優しい』だけであって、『嬉しそう』ではなかった。
 いつも、何かに気をとられているような感じで。
 その何かが、今ではガウリイさんのことだとはわかっているけれど。 
「あ、リナさん。ロナ君が―――」
「えっ、ロナ?」
 初めに僕に気づいたアメリアさんの言葉に、慌てたようにママが振り返る。
「おはようございます、リナママ」
「おはよ、ロナ。昨日はけっこうな距離移動したし・・・・・・もう少し寝てても良かったのよ?」
「大丈夫です」
 本当は少し眠たかったけど・・・・・・リナママといっしょにご飯は食べたかったし。
 それに、一人だけ寝ているのは嫌ですし。
 テーブルには、すでにガウリイさんとアメリアさんとゼル・・・何とかさん。それにフィリアさんがついていた。
「そう? ならべつにいけど・・・・・・
 こっちいらっしゃい。朝ご飯なに食べる?」
 そう言ってやさしく笑うリナママは、前と同じ笑顔で。
 本当に、僕の好きなママなんだけど―――
「ママ。ガウリイさんのお皿からさりげにお肉引き寄せながら言っても・・・・・・
何かあれなんですけど」
「ってリナ! おまえオレの肉かえせっ!」
「べつにいいじゃないっ! 男のくせにけちくさいわねっ!」
 怒鳴り返すリナママの横にイスに、僕はちょこんと腰掛ける。
 食べたいんなら、ママ、もう一皿頼めばいいのに。
「リナぁぁぁぁぁ・・・」
「リナさん・・・・・・朝から行儀悪いですよ?」
 アメリアさんの言葉に、ママはふんっと胸を張って。
「あたしだからいーのよ」
「どうゆう理屈だいったい」
 それにゼル・・・何とかさんがすかさずつっこみを入れる。
「まあ、リナさんらしいといえばらしいですけどね」
 フィリアさんが、小さく笑いながらそう言った。
 ・・・・・・リナママらしい? これが?
 僕にはよくわからない。僕の前でのママは、もっと―――何かがちがったから。
 ―――わからなくて、ちょっと、寂しくなる。
「ロナ、何食べたい?」
「ママのご飯、少し下さい」
 僕はまだ字が読めないから、メニューはいつも開かない。
 リナママは、お皿にスパゲティとかサラダとかをよそって、それでオレンジジュースを頼んでくれた。
「・・・・・・ロナ君、それだけしか食べないんですか?」
 顔を上げると、みんなが変な目で僕を見ていた。
 あれ? どうしたんでしょう?
「僕、いっつもこれぐらいですけど?」
「信じられん・・・・・・本当にリナとガウリイの子供か・・・・・・っ!?」
「お二人の子供なら、朝から平気で十人前ぐらい食べそうなのに・・・・・・っ!」
「・・・・・・そんなに食べませんってば」
 朝からそんなに食べられるのは、リナママとガウリイさんぐらいですよ。
「ママがあんなに食べられるのは、ひとえに魔法をよく使っていて・・・・・・その力が一般人とは桁外れだからなんですから」
 僕の言葉に、ガウリイさんを除く四人は目を丸くした。
「ロナ、どうゆうこと?」
「魔法とは、本来この世界にはあらざる物。それを引き出すには、けっこうな力がかかるんですよ。
 それをママは、腹がたっては周りに攻撃呪文ぶちかましたり、気分展開に竜破斬連射したりするでしょう?
 体にかかっている負担は、自分ではわからなくてもものすごいもので―――それを、『食事』でもってまかなっているんですよ。ですから、リナママは普通の人よりも多くの食事をしていても全然太らないんですよ。
 僕はママに比べて魔法はあんまり使いませんし、使ったとしても、神聖魔法は僕にとっては身近な物ですからね。負担にはならないんです。
 だから、食事の量も少ないんですよ。―――わかります?」 
 だれに教えられたとゆうこともなく、だれかから聞いたとゆうわけでもなく。
 僕はそのことを、生まれついた時から知っていた。記憶されていた、とでも言うべきだろうか。
 他にもいろんな知識があることはあるけど―――僕自身、あまりに大きすぎるそれに、まだよく理解ができていない。
 リナママのお姉さんも赤の竜神の騎士とかいっていたから・・・・・・その人なら、全部理解できているんだろうけど。
「へえ。だからあたし食べても食べても太らなかったんだ」
「それはいいんですけどリナさん・・・・・・ロナ君の前でもそんなことしてたんですか? 気分転換に竜破斬って・・・・・・」
 リナママはうっと言葉につまる。
「子供に悪影響及ぼすこと間違いなし、だな」
 さらにつっこむゼル・・・何とかさん。
「う、うるさいわねっ! そんなことないわよっ!」
 リナママはぷいっとそっぽを向く。
「あら? では、同じ魔術を使うアメリアさんやゼルガディスさんはどうなるんです?
 食事の量は少ないですけど―――」
「僕もよく知ってるわけじゃないですけど・・・・・・アメリアさんの場合、主に使うのは精霊魔術と白魔術でしょう? 魔法の中で一番制御がむずかしく力を多く使うのは黒魔術。ですから、黒魔術を主に使っているリナママほどは負担がないんだと思います」
「何で私が主に使うのが精霊魔術と白魔術だってわかるんです?」
「体を包む気配でだいたいはわかります」
 べつに、明確にわかるわけではないですけど。
 それぐらいなら、一目見ただけでだいたいはわかっちゃうんですよね。
「それで、そっちのゼル・・・何とかさんは、合成獣でしょう? 普通の人間とは魔力容量などがちがいますからね。だからですよ」
「ゼルガディスだ」
 ゼル・・・何とかさんは言う。
 ・・・・・・えっと・・・・・・
「ぜがるでぃす?」
「ゼルガディス」
「ぜでぃるがす?」
「ゼルガディスだゼルガディスっ!」
 ゼル・・・何とかさんは怒鳴りました。
 そう言われても、ややこしいものはややこしいんですから―――
「何かややっこしくって、よくわかりませんよ」
「ロナ。ならゼルでいいわよ。ゼルちゃんとか」
「・・・・・・リナ、ちゃんづけはやめてくれ」
 ゼルさんは疲れたようにそう言った。
 にしても、いったいだれがこんな名前をつけたんでしょう? 覚えられないじゃないですか。
 僕は運ばれてきたオレンジジュースに少し口をつけて。
「そういえばリナさん達、これからどうするんですか?」
「あたし達?」
 リナママが、ちょっと悩んだのがわかった。
 べつに、表情が変わったわけではない。気配が―――微妙にゆらいだのだ。
「うんっと・・・・・・まだ、あんまり考えてないのよ、ね・・・・・・」
「なら、私にいい案がありますっ!」
 アメリアさんが、顔を輝かせながらばっと立ち上がりました。
「私と・・・・・・っ」
「言っとくけど。正義を広めるために・・・とか何とか言ったら竜破斬だからね」
「そ、そんなこと言いませんってば!」
 言いながらも、アメリアさんはわずかに怖がっているようだった。
 まあ、リナママなら、仲間にも平気で竜破斬ぐらい使いそうですけどね。
「そうじゃなくて・・・・・・一緒にセイルーンに行きませんか?」
『セイルーン?』
 三人の声がちょうど重なった。
 ちなみに、ガウリイさんは食事に専念している。
「はい。セイルーンでは、二年後とに、春に大祭が催されるんです。父さんからの命令で、それには私も王族の一員として出席しなくちゃならないんで・・・・・・良かったら、リナさん達も一緒に行きません?」
「セイルーンの大祭ね。なかなかおもしろそうじゃない?」
 リナママは、興味をもったようだった。
 セイルーン―――聖王国の二つ名で知られる国。なぜかリナママは、『向こうの時代』の時も絶対にそこには行かなかったから・・・・・・僕も、そこのことはよく知らない。
 だれか会いたくない人でもいたいんでしょうかね?
「あれ? アメリアさんが王族の一員って・・・・・・?」
「あ、ロナは知らなかったっけ。アメリア、セイルーンの王女なのよ」
「アメリアさんが?」
 僕は少し驚いた。リナママの知り合いに王族がいたってこともそうだったけど
―――
「・・・・・・ママ、そんな人を竜破斬でふっとばすつもりだったんですか?」
「や、やあねぇロナ。冗談に決まってるじゃなーい」
 すっごい怪しいです。リナママ。
 アメリアさんは、微妙にママと距離を開けてから、
「で、どうします? 行きませんか?」
「ま、ちょうど一息つきたいと思ってたところだからな。俺はべつにかまわんが」
「私も賛成ですわ。せっかくまた皆さんに会えたんですから、もう少しご一緒したいですし」
 ゼルさんとフィリアさんが、交互にうなずいていく。
「リナさんはどうですか?」
「あたしは、そうねぇ。・・・・・・ロナ、どう?」
 ママは、そう声をかけてきた。
 ガウリイさんではなく、まっさきに僕に。
 そんなくだらないことで対抗心もやしてもしかたないとはわかっているのだけれど
―――でも、それが嬉しくて。
「はい。僕も行きたいです。セイルーンのお祭りでしょう?」
 それに、そのお祭りとゆうのも見てみたかったし。だから、こくりとうなずいた。
「おしっ! んじゃ決定! 目的地はセイルーンねっ!」
「ガウリイさんに聞かなくても・・・・・・って、ガウリイさんに聞いても無駄でしたっけ」
 アメリアさんははーっとため息をついた。
「あったりまえでしょ。この脳みそクラゲ男が人の話を聞いてるわけないじゃない」
 リナママははっきりとそう言いきった。
 ・・・・・・ここまで言われてるガウリイさんって・・・・・・何者・・・・・・?
「ってなわけで。ガウリイ。セイルーンに行くわよ」
 ガウリイさんは、ママの言葉に食べる手を止めて、そして真面目な顔つきで。
「セイルーンに? どうしてだ?」
「―――ほら、やっぱり聞いてなかった」
 言いながらも、リナママは少し疲れているようだった。
 だけど、その顔が嬉しそうに見えたのは・・・・・・きっと、僕の見間違えではなかったはずだ。
「とにかく。さっさとご飯食べて、セイルーンに行くわよっ!」


 
 ガウリイさんに対してのわだかまりを残したまま。
 僕たちは、セイルーンを目指して宿屋を後にした―――