いつか帰る日まで
〜6〜









「リナママっ!」
 みんなが集まっているとゆう部屋のドアを、アメリアがゆっくりと開け。あたしは、
その後について部屋に入っていく。
 そして、あたしが口を開くよりも先にとびついてきたのはロナだった。
「ママ、大丈夫ですか?」
 心配そうな顔で見上げてくるロナの頭を、あたしはやさしくぽんぽんとたたいてやる。
「大丈夫よ。心配してくれてありがと」
 ロナを安心させるために、あたしはにこりと微笑む。
 ほんと言うと、まだちょっとお腹が痛いけど・・・・・・
「何なんですか、あの魔族! いきなり人のこと殴りつけて・・・・・」
 ロナは、礼儀よくイスに腰掛けているゼロスを睨みつける。
 さすがはロナといったところか、魔族を目の当たりにしても全くおびえた様子もない。
「こっちにも、いろいろと事情があるんですよ。
 まあ、いきなり殴ったのは悪かったと思ってますけど」
 ですけど、逃げようとしているリナさんを止めるのは、あれが一番手っ取り早かったんですよ―――と、少しも悪びれた様子もなく、ゼロスはいつものにこにこ笑顔でそうもらす。
「何が事情ですか。どうせ獣王の使いっぱしりでしょう?」
 ぼそり、とロナ。
 そのセリフ―――さらりともれた獣王とゆう言葉に、一同が思わず目をむく。
「な、何で、獣王様のことを―――」
「獣王ゼラス=メタリオムが創り出した、獣神官ゼロスでしょう?
 神官と将軍、二人分の力をあわせ持つ高位魔族―――ですけどけっきょくは、ただの獣王の使いっぱしり。下っ端魔族。しがない中間管理職」
「な・・・・・・っ!」
 あまりと言えばあまりのロナの言葉に、さしものゼロスも表情をかえる。
 ・・・・・・うーみゅ、それにしても、神族はともかく、まさかロナが魔族関係のことまで知っていたとは・・・・
「あなた、何でそんなことを・・・・・・いったい何者です?」
「このぐらいのこと、だれに教わるまでもなく知っていますよ。
 何でしたら、千年前に滅んだ冥神官と冥将軍の名前でも言ってみましょうか?」
 言って、挑戦的な目でゼロスを見やるロナ。
 その身を包む雰囲気は、同じ年頃の子供とは全く異なっている。
 ただならぬものを感じてか、ゼロスは立ち上がり錫杖に手をかける。
 何つーか・・・・・・昔からの因縁か、ロナ、ゼロスのこと嫌ってるみたいだけど・・・・
「ロナ。そこまでにしときなさい」
「だってママ、あの魔族、ママのこと殴ったんですよ?」
 前言撤回。あたしを殴ったとゆうことで、ロナはゼロスに敵意をもっているらしい。
「ロナは関係ないわ」
 あたしの声のすぐ後に。
「そうだな。ロナは関係ない」
 とゆう、べつの声が聞こえてきた。
 あたしの心臓は、小さく波打つ。
 ―――ガウリイ。
 ベッドに腰掛けていた彼が、ゆっくりと立ち上がる。
 静かに光る青い瞳。今までに見たことがないぐらい、マジメな顔。
 怒っているのかなと、あたしがふと思う。
 小さく、こぶしをにぎる。
「聞きたいことは一つだけだ。
 なぜ―――オレのもとから逃げた?」
 ガウリイの言葉は、切ない響きを含んでいて。
 あたしは思わず・・・・・・本当のことを言ってしまいそうになる。
 べつに、ガウリイのことが嫌いになったわけじゃない。
 本当なら、ずっと一緒にいたかった。
 でも、ガウリイのことをこれ以上危険な目にあわせるわけにはいかなかった。
だから離れた―――と。
 だけど、それを言ってしまうわけにはいかない。
「あたしは、べつに逃げたわけじゃないわ」
 はっきりと、ガウリイの瞳を見ながら、あたしはそうウソをつく。
「何も言わずに人からはなれるのは―――それは逃げることになるんじゃないのか?」
「逃げる?
 あたしはあんたから離れたかった。別れたかった。ただそれだけよ」
 あたしの言葉に、みんながわずかに息をのむのがわかった。
「・・・・・・リナママ?」
 不安そうにあたしを呼ぶロナの手を、やさしくにぎる。
「・・・・・・どうゆう意味だ?」
 あたしは小さく笑う。
「どうもこうも、そのまんまの意味よ。
 いいかげん、あんたに付き合うのも疲れたの。だから離れたのよ。
 そんなこともわからないの?」
 本当は、こんなこと思ってなんかいない。
 だけど、彼から離れるためには・・・・・・
「リナさん、何を言っているんですか!? リナさんとガウリイさんは、ずっと一緒に旅をしていて・・・・・っ!」
 泣きそうな顔で言うアメリア。
「かんちがいしてもらっちゃあ困るわね。
 あたしがガウリイと一緒に旅をしていたのは、ただ光の剣がほしかったからよ。
まあ、それも魔族とのいざこざで無くなっちゃったけど・・・・・・いくら何でも、そこで別れるのは悪いと思ってね。とりあえずかわりの剣を探しているうちに、ずるずるとここまで来ちゃっただけよ」
 チガウ、チガウ、チガウ!
 心の中で悲鳴が上がる。だけど言葉を止めることができない。
「まあ、頭はともかく、こいつの剣の腕は超一流だったしね。あたしもよく魔族から
狙われる身だったから、用心棒にはもってこいだったし。
 でもね、もうあんたと付き合うのにもあきたのよ。そろそろあたしだって恋人ぐらいつくりたいし。それなのにあんたみたいな『保護者』がいると邪魔なのよ」
「リナさんっ!」
 アメリアが声を上げる。
「そんな言い方、あんまりですよ! ガウリイさんが、どれほど必死になってリナさんを探していたか、わかってるんですか!? それなのに、邪魔だなんて・・・・・・そんな言い方ありませんよ!」
「だれも探してほしいだなんて言ってないわ。あいつが勝手にやたことじゃない。
あたしにとっては・・・・・・ありがた迷惑よ」
 ガウリイは何も言わない。
 ただじっと、あたしを見つめているだけ。
「リナ。おまえ、本気でそんなことを思っているのか・・・・・・っ!?」
 かわりに口を開いたのはゼルガディス。
 いつも冷静な彼だったが―――声音には、まぎれもない怒りが含まれている。
「本気に決まってるでしょう?
 あたしがウソをつかなきゃいけない理由なんてないじゃない」
「・・・・・・おまえは、ガウリイが好きなんじゃないのかっ!?」
 ゼルの言葉に、仮面をかぶったあたしは小さくふっと笑うと、
「勝手にそんなこと、決めないでもらえる?
 たしかに、ガウリイのことは好きよ。だけどそれは、あんたやアメリアに対する
『好き』と同じ気持ちよ。嫌いじゃない、といえばそれまでね。
 ま、ガウリイがあたしに惚れてるってことはわかってたし、顔はそこらの男とじゃ比べものにならないぐらいにはいいし。今までのご褒美ってかんじで、一回だけやらしてあげたけど」
 小さな笑みを浮かべて、こんなセリフをさらりと言ってしまう自分が。
 どうしようもないくらいバカに思えて―――どうしようもないほど嫌だった。
「リナさん・・・・・・」
 わずかに声を震わせながら、今まで黙っていたフィリアが静かにあたしの名前を呼ぶ。
 瞳に浮かんでいるのは、悲しみだろうか、それとも怒りだろうか。それとも―――
両方か。
「・・・・・・私は、わずかとはいえリナさん達と一緒に旅をしていて・・・・・・
あなたの性格も、理解していたつもりでした。ですが、私の知っているリナさんは、
こんなことを言う人ではありませんでした! たしかに、勢いあまって、人に迷惑を
かけてしまう時もありましたけど・・・・・・それでも、仲間を大切にする人ではあ
りませんでしたか!? 何で、何でガウリイさんにそんなひどいことを言うんですか!?
 あなたにとって、ガウリイさんはだれよりも信頼できる仲間じゃないんですかっ!?」
「―――だから、あきちゃったって言ったでしょ?」
 アメリアが、ゼルが、フィリアが。傷ついた目をしたのがわかった。
「あたしは、今ここで平和に暮らしてるのよ。そんなところに、仲間だか何だか知らないけど、あんた達に来られると迷惑なのよ。
 ・・・・・・ねぇ、もう帰ってくれない?」
 あたしの言葉に、四人は何も答えない。それとも、答えられないのだろうか。
 何も言わずに、ただあたしを見つめてくるガウリイの視線にたえられず、あたしはぷいと顔をそむける。
 泣きそうになるのを―――必死に、こらえながら。
「・・・・・・帰れって言われて素直に帰るぐらいなら、はじめから来たりはしないわよね。
 ま、それならべつにいいのよ。あたしがここから出て行くだけだから・・・・・・」
「それは困りますね」
 のんきに響いたのは、にこにこ笑ったゼロスの声。
「何が困るの? 大切な仲間だから・・・・・・とでも言うつもり?」
「いえいえ、そうじゃありません。ただ・・・・・・獣王様から、あなたを連れて帰るよう、命令が下されているんですよ」
 獣王とゆう言葉に、あたしは眉をわずかに上げる。
 ・・・・・・何で、ここに獣王が出てくるのだろう?
「・・・・・・あたしを、連れて帰るの?」
「ええ。命令ですから・・・・・・ねっ!」
 言うと同時に、ゼロスは手にした錫杖をふるう。
 一瞬、妙な違和感が辺りを包む。
 けれど、べつに辺りに変わった様子はない―――いや、これは・・・・・・
「・・・・・・結界?」
「はい。さすがはリナさんです」
 満足そうに、ゼロスはにこりと笑う。
「いきなり攻撃呪文をあびせられるのは嫌だったので、とりあえず閉じ込めさせてもらいました。
 さあ、観念してもらいましょうか?」
 ゼロスの言葉に、けれどあたしは小さく笑う。
 以前だったら、獣神官であるゼロスには、手も足も出なかっただろう。
 だけど・・・・・・今は、ちがうのだ。
「こんなチンケな結界で、あたしが参るとでも思ってるの?」
 たしかに、ゼロスがこう出るのも無理ないことだろう。
 何たって、あたし以外のだれも知らないのだから。
「ロナっ!」
 あたしの呼び声に応えて、ロナは鞘におさまっていた剣をすらりと引き抜く。
「り、リナさん・・・・・・?」
 とまどうアメリアの声。
 ゼロスは、嘲るようにくすりと笑う。
「そんな剣で、僕を倒せるとでも思っているんですか?」
「まさか。あんたを倒すわけないじゃない」
 べつに―――できないわけではないけれど。
「・・・・・・逃げるのよ」
 ロナの持つ剣が一閃する。
 ただそれだけだとゆうのに―――辺りに、まばゆいほどの輝きが満ちる。
 それと同時に、大きな力がこの場にうまれる。
 ズシャアァ―――と、何かの破れる音が、辺りに響きわたった。
 何のことはない、ゼロスの張った結界が破れたのである。
 すぐさまあたしは部屋から飛び出る。そして、後ろからついてくるロナに、振り向きざま声をかける。
「ロナ! この部屋に結界を張って!」
「で、ですけど、そしたら、中の人たち出られなく・・・・・・」
 ためらいを見せるロナに、あたしはたたみかけるように言う。
「気づかなかったの? あの中には黄金竜がいる。同じ神族のフィリアになら、あんたの張った結界も解けるはずよ!」
 もっとも、いくら黄金竜とはいえど、ロナの張った結界を解くのはたやすいことではないだろう。
 つまりは、時間かせぎである。
 今度はロナもためらわず、剣を素早く鞘におさめると、扉に向かって複雑な紋様を手で描いていく。
 口からは、あたしには意味不明の言葉が流れ出る。
 おそらくは、フィリアなどが使う神聖魔法の一種なのだろうが・・・・・・
 辺りが、一瞬、かっとまぶしく光る。
「ママ、張りました」
 あたしには何も変わったようには見えないが・・・・・・それでも、何かの力を感じることはできた。
 それに何より、ロナがこう言うのならまちがいはないのだろう。
「じゃ、逃げるわよ!」
「はい!」
 ロナは、何も聞かずについてくる。
 いつも、ロナはこうだった。
 父親についてだって、疑問に思わないわけはないだろうに、面と向かって尋ねてきたことは一度もなかった。
 多分、あたしに気をつかって。
 その気遣いが、嬉しいような、反面、寂しいような。
 
 たまらないやるせなさを感じながら、あたしは宿から飛び出した。


 みんなに嫌われたっていい。
 どんな風に思われても大丈夫。
 そのぐらいでは償えないくらい、あたしはみんなに助けてもらった。
 だからあたしは―――逃げつづける。