いつか帰る日まで 〜5〜 |
長い金髪が、風になびいている。 ずっと―――会いたかった。 だけど、それは許されないことだと思っていた。 今まで、ずっと迷惑をかけて。 何度も、死ぬ思いをさせて。 そんなあたしが、そばにいるだなんて。 だから―――離れた。 「・・・・・・リナ」 その口からこぼれおちる・・・・・・あたしの名前。 別れた時と、全くかわっていないその姿。 顔も、声も―――その甘い響きすら同じなような気がして。 「あ・・・・・・っ」 声が、出なかった。 何かによって封じられてでもいるかのように―――言葉が、声にならない。 なつかしいその姿に、涙がこぼれるような気さえした。 体が震える。 声が出ない。 目が、―――そらせない。 「リナママ?」 あたしの異変に気づいてか、ロナが心配そうに声をかけてくる。 「どうしたんですか?」 「ロナ、あの人・・・・・・」 名前は、口に出せなかった。 出す権利が―――逃げたあたしに、そんなものはないと思ったから。 「ガウリイさんですか? ここまでつれてきてくれたんです。いい人ですよ」 あどけない顔でロナは言う。 ロナは何も知らない。 自分の父親がどうなったのか―――ここにいるガウリイが、その人だとも。 「・・・・・・リナ」 ガウリイが、一歩踏み出す。 その瞬間・・・・・・あたしは、叫んでいた。 「来ないでっ!」 周りにいた通行人が、いっせいにあたしに目を向ける。 「り、リナママ?」 困惑するロナを抱きしめたまま、あたしはどうすることもできず、こぼれそうにな る涙を必死になってこらえる。 ここで―――ガウリイを、受け入れてしまったら。 あたしは、もう二度と、彼から離れられなくなってしまう。 ガウリイを、危険な目に合わせるとわかっていても。 それでも―――・・・・・・ 「何でここにいるの!? どうして追ってきたの!? あたしがどんな気持ちだった か―――何で、考えてくれないの!?」 必死の想いで離れてきた。 それが、ガウリイのためになると思っていたから。 どうしても忘れることはできなかった。 それでも―――ロナと二人で、何とか生きていけると思っていた。 それなのに・・・・・・何で、こんな所で再会するのだろう? 「もう、あたしにかかわらないでっ!」 言って、走り出す。 「ママ! どうしたんですか!?」 ロナの手をにぎって―――そして、呪文を唱えだす。 ―――今、逃げなければ。 あたしは一生・・・・・・ガウリイから離れられなくなってしまう。 後ろから、ガウリイが追いかけてくるのがわかった。 だから、死ぬ思いであたしは走る。 彼に―――平穏な人生を歩んでもらうために。 「レイ・・・・・・っ」 高速飛行の術を唱えようとしたその瞬間。 隣の空間がわれ――― 「あなたに逃げられると、僕もいろいろと困るのでね」 よく知っているその相手。 嫌になるほど見てきた―――あいかわらずの笑顔。 ―――ゼロスっ!? 視界でその姿をとらえ、そう認識した次の瞬間。 腹部に・・・・・・とつじょ、鈍い痛みが走った。 急速に、意識が遠くなっていく。 あたしの意識は―――あっとゆうまに、どこかへ落ちていった。 子供ができたとわかった時。 あたしは―――これからどうするのが一番いいのか、何度となく考えた。 正直に話し、ずっとガウリイの側にいるのか。 それとも、離れるべきか。 そしてあたしが選んだのは―――後者だった。 目が覚めた時、そこは見知らぬ部屋だった。 作りからいえば、どこかの宿屋の一室だろうか。 ・・・・・・あたし、いつのまに宿に来たんだろう? ゆっくりと頭を動かし、あたしは、すぐそばに人がいるのに気がついた。 「リナさん、気づきましたか?」 「・・・・・・アメリア?」 そこにいたのは、黒髪に大きな瞳の―――かついて一緒に旅をしていた仲間の、 アメリアだった。 久しぶりに口にしたその名前に、なつかしい思いが胸に込み上げてくる。 「大丈夫ですか? どこか痛いところはありません?」 「痛いところ・・・・・・?」 小さくつぶやいてからふと気づく。 お腹のあたりが、わずかにじくじくと痛みをおびていることに。 それを確認して、あたしはいっきに意識がはっきりしていくのがわかった。 あの時、あたしは逃げようとして―――― ゼロスに一発入れられたのだ。ズドっと。 ああああ、思い出しても腹が立つっ! あのパシリ魔族、にこにこ笑いながら、こともあろうに乙女を殴るとは! 断じて許せん! あとで何発か殴って・・・・・・ ――って、今の問題はそうじゃなかった。 あたしはゆっくりと上半身を起こし、アメリアと顔を合わせる。 「あたし、けっこう寝てた?」 「いいえ。あれから宿を探して・・・・・・まだ三十分ぐらいしか経ってません」 「そっか」 いちおう、ゼロスも手加減をしてくれたとゆうことだろうか。 ・・・・・・そのぐらいで許してあげるわけじゃないけど。 「アメリアは、何でここにいるの?」 ここ―――つまり、この時代。 「私は、はじめゼルガディスさんと旅をしていたんです。 その途中で、ガウリイさんに会って・・・・・・一緒にリナさんを探していたんです。 ほかに、ゼロスさんとフィリアさんもいます」 ゼルとフィリアもいるのか・・・・・・ ゼロス・・・・・・は、まあはぶくとしても、ほかの人たちはまぎれもない仲間。 そんな彼らが、あたしを探しに来てくれていると知って―――嬉しいような、悪いよ うな、そんな妙な気持ちになる。 「あいつ・・・・・・あたしのこと、どれくらい探してた?」 本当は効きたくなかったけど、気がつくと、あたしはそう口にしていた。 「たぶん、一年ぐらいだと思いますけど」 少し考えてから、アメリアは短くそう答えた。 ・・・・・・一年、か。 あまり変わっていないガウリイやアメリアの姿を見て気づいてはいたのだが、 どうやらここと元の時代では、時間軸の流れにさがあるらしい。 あたしにとっては七年の月日が経っていても、向こうでは一年に過ぎないのだ。 とりあえず聞きたいことはなくなり、あたしは口を結ぶ。 何を言えばいいのか―――わからなかった。 重い沈黙が、辺りに広がっていく。 「言いたいことはたくさんあるんです」 ややあって、静寂を破ったのはアメリアの方だった。 あたしは顔を上げる。 泣きそうな、それでいて嬉しそうな顔をしているアメリア。その瞳に浮かんでいる のは―――純粋な、喜び。 ゆっくりと、彼女は口を開く。 「リナさんに会えて――・・・・・・嬉しいです」 あたしも、言いたいことはたくさんあった。 だけど、必要なのは、たった一言。 それだけで、十分だ。 「・・・・・・あたしも」 会えて、嬉しいよ。 会えて、嬉しかった。 アメリアだけでなく―――みんなが、ここに来てくれていると知って。 彼らは、あたしにとって、かけがえのない大切な仲間だから。 だけど・・・・・・彼を、ガウリイを受け入れることだけはできない。 受け入れてしまったら、ガウリイはこれから先、ずっと魔族と戦うことになる。 あたしに付き合って、ガウリイの人生をつぶすわけにはいかないのだ。 今、突き放さなくてはならない。 ガウリイは、きっと傷つくだろう。 それでも―――これが、彼のためだから。 あたしは、そう信じて疑っていなかった。 |