いつか帰る日まで 〜4〜 |
あたしにとって、一番大切な色。 はてしない空を思わせる――― この時、あたしは気づいていなかった。 あいつが―――ここに、来ていることに。 「さてと、そろそろ行こうかしらね」 綺麗に晴れ渡った青空。 まさに、旅日和、といった感じである。 たっぷりと薬草の入った皮袋を肩にかついで立ち上がる。 「さ、ロナも・・・・・・」 後ろを振り向き、思わず口からもれるその言葉。 もちろん、そこにはだれもいない。 「・・・・・・そっか。ロナとは別行動してたんだっけ」 沈黙が、みょうに物悲しい。 そういえば、気づかなかったけど。 あたしとロナ。二人でいるのが、いつのまにか普通になっていた。 それが、嬉しいような、悲しいような。 そんな、微妙な想いがこみ上げてくる。 「ロナ、大丈夫かしらね」 ぽつりともらしながら、あたしは歩き始める。 依頼された薬草をきっちり五十枚つんで、それから一晩野宿して。 ドーリア村まで、あと何時間かの距離である。 このまま行けば、ドーリア村まではお昼ぐらいには着くだろう。 やっぱり子供のぶん、あたしより足は遅いだろうが、だいたいそのぐらいにはロナ も着くはず・・・・・・だけど。 ああああああ、めちゃくちゃ心配だあああああああああっ! 思わず絶叫したくなってしまうあたし。 ・・・・・・そりゃ、ロナ、そこらの盗賊ふぜいなら、一瞬にしてあしらえるほど には強いし、デーモンが出ようが何が出ようが、笑ってどつきたおせるだろうけど・ ・・・・・ それでもっ! やっぱり心配なものは心配なのよっ! 「う〜、何か怪我とかしてないわよね? あの子、魔法は使えないし・・・・・・」 自然と、足が速くなる。 べつに、あたしがいくら急いでも、その分ロナが早く来るわけないんだけど・・・ ・・・ スタスタと歩きながら、ふと気がついた。 昔のあたしは、こうまで人のこと心配なんてしていなかった、とゆうことに。 旅をしながら、数々の魔族に狙われて―――とてもじゃないけど、人のことを心配 する余裕なんてなかった。 自分のことだけで、精一杯で。 それが今では、もう気が気じゃないぐらい、子供の身をあんじて。 これって、やっぱりあたしも母親になった、ってことなのかな・・・・・・? つい外見が変わらないから、うっかり忘れてたけど。 あたしも、人の親なんだよねぇ・・・・・・ ―――しみじみと、そんなことを考えながら。 あたしは一路、ドーリア村を目指して歩き続ける。 予定通り、お昼には、ドーリア村に着く事ができた。 村の中心にある、赤い時計台。 その下に立って、あたしはロナを待っていた。 けっこうな人込みだけど、ロナなら、あたしを見つけることができるだろうと信じ ていた。 ・・・・・・まあ、それはいいんだけど。 「お嬢ちゃん、こんな所で何してるの?」 「ヒマならさぁ、俺といっしょにそこの喫茶店にでも行かない?」 「あそこにさ、いい店があって・・・・・・」 「オレ、この町けっこうくわしいんだぜ。案内しようか?」 ・・・・・・ああっ、さっきからうるさい! 「あの、だから、あたし、人待ってるんで・・・・・・」 「お嬢ちゃんみたいな可愛い子待たせるような奴、ほっときなよ」 「自分の子供ほおっておけるわけないでしょ」 ―――とは、さすがに言えないよな。何たってあたし、見た目だけなら十六、七ぐ らいなのである。 ロナが来るのを待つために、時計台の下にいるのはいいんだけど――― さっきから、ひっきりなしに男が話し掛けてくるのだ。 そりゃあ、あたしはだれもが認める美少女で、思わず声をかけたくなっちゃうのも わからなくはないけど。 だからといって、こんな顔も中身も三流の男に付き合ってあげるほど、あたしは安 い女ではない。 「ほら、あっちにある店なんて、けっこう・・・・・・」 「電撃」 何やらしゃべりかけた男を、呪文一発ほおむりさる。 周りの通行人がざざっとひいていったのがわかったが、そんな些細なことは気にし ない。 「・・・・・・これで、二十五人よね」 最初の頃は、それでも丁重に断っていたのだが、さすがに十人をこす辺りから面倒 になり、ついには呪文が飛び出てくるようになった。 まあ、これだけやってれば、もう話し掛けてくるような輩は出てこないだろう。 現に、あたしを見る村人の目には、恐怖の色が宿っている。 ・・・・・・何か、腹立つけど。 「いつもはロナがいるから、こんなことはなかったのよねぇ」 なぜだかしみじみとそう思う。 周りの人たちは、あたし達のことを親子だとは思っていなかっただろうが、それで も、子供をつれているあたしに話し掛けようとゆう男はいなかった。 その前は―――・・・・・・ 金髪に、青い瞳の。 剣の腕は超一流で。 そのくせ、頭はクラゲ並で――― 「・・・・・・なに、思い出してるのよ・・・・・・」 とつじょ頭の中に思い浮かんだその姿。 ふりはらうように、あたしはぷるぷると頭をふる。 いつもは、忘れられていた。 ロナと二人で、笑って、しゃべって、そして、旅を続けて。 だけど、一人になったとたん、思い出してしまう。 もう、彼はいない。 だって、あたしから離れたのだから。 それなのに―――どうして、思い出してしまうのだろう。 「あたしも、未練がましいわよね・・・・・・」 自分でも、バカだと思っている。 だけど、あの声が。姿が。頭から・・・・・・はなれない。 どうしても、もとめてしまう。 頭ではわかっていても―――心が、彼を。彼だけを。 「いいかげん、忘れればいいのにね・・・・・・」 そっと、つぶやく。 忘れることなんてできない。 本当は―――・・・・・・会いたい。 だけど、会えない。 だって、あたしといっしょにいる限り、平穏な人生なんて絶対に歩めないから。 ロナは、大丈夫。 だって、あの子は強いから。 ふいに、泣きたくなってきた。 大声で、泣き叫びたくなって。 「・・・・・・がうりっ・・・・・・」 ひっしに、それをこらえる。 こんな所で、泣くわけにはいかない。 あたしは―――そんなに、弱くはないはずだから。 時計の針が、一時をさす。 鐘の音が、辺りに静かに響き渡る。 顔を上げる。 いつもそばにいた気配。 「リナママ!」 人込みから飛び出てくる、小さな体。 長い金髪が、日の光にきらきらと反射している。その様が、あたしのそれとは全然 ちがって。 驚くほど、綺麗だ。 「ロナ!」 両手を広げて、あたしはロナの体を受け止める。 ・・・・・・よかった。どこも怪我なんてしていない。 それが嬉しくて、あたしはロナをやさしく抱きしめる。 「どこも怪我なんてしてないわよね?」 「はい! それに、ちゃんと薬草もつんできました!」 女の子みたいな可愛い笑顔で、ロナが答える。 「そう。ありがと。じゃ、まずはどこかでお昼―――」 言いかけて、ふとあたしは気がついた。 じっと、あたしを見つめてくる一つの視線に。 時間が――――止まった。 ずっと、心が求めてきた―――金髪の。 はてしない空の、その、瞳。 それが・・・・・・あたしを、見つめていた。 「――リナ」 その口からこぼれ落ちる、あたしの名前。 ずっと―――呼んでほしかった、その、名前を。 金髪の剣士が、口にしていた。 動くことも、逃げることもできずに。 あたしはただ呆然と、青い双眸を見返していた―――― |