いつか帰る日まで 〜3〜 |
時間なんて、あっとゆうまに過ぎてしまう。 記憶も、想いも、すぐに流されていく。 あたしは、それだけを願っていた。 「いきなり火炎球!」 あたしの放った火炎球に、数えるのも馬鹿らしいほどの盗賊が空に舞う。 「続けて爆烈陣!」 「炎の矢!」 「最後には――風魔砲裂弾!」 そして盗賊達は、遥かかなたにふっ飛んでいった。 「ふっ。また一つ、悪が滅んだわね・・・・・・」 正義の味方よろしくセリフをはくのは、ほかでもない天才美少女魔道士リナ=イン バース! どうやらこのあたし、どうやってかは知らないが、四十年ほど時を遡ってしまった らしいのだ。 もどる手段も見つからず、このままの方が何かと都合がいいので、あたしはしばら くここにいつくことにした。 ・・・・・・ま、どっちみち帰る方法がわからないから、ここにいるしかないんだ けど。 そうと決まれば、いくら時を遡ろうと、あたしのやることはただ一つ。 すなわち! 盗賊いじめ! ああ、何て甘美なこのひ・び・き・・・・・・ 思い返せばここのところ、盗賊いじめなんてひさしくやっていなかった。 けれど、状況は変わるのである。 ロナを連れている今、あたしはもちろん仕事なんぞ受ける気はない。向こうだっ て、赤ん坊連れてる魔道士に依頼なんぞはしないだろう。 まだロナがお腹にいた頃は、貴重な魔法の道具を泣く泣く売って路銀にしたが、 そんなことをずっと続けていたら、それこそあっとゆうまに無くなってしまう。 ・・・・・・何たって、毎日の食費が馬鹿にならないしね・・・・・・ けれど、旅を続けるための路銀は必要である。 そして今、あたしは夜になると一人出かけ、盗賊いじめにいそしんでいるのであ る。 以前はただの趣味だったが、今では生活をするための路銀の収入源。 悪を倒してお金もがっぽり。これぞまさしく一石二鳥! 過去に来たとはいえ、あたしの力は健在。 だけど、こんなことを続けてると、ここでもあたしの名前が広がりそうな気が するんだけど・・・・・・ 「さてと。めぼしいものは頂いたし。帰るとするか」 袋にお宝をつめこんで、あたしはさっそく呪文を唱える。 宿のおばさんに、ロナをあずけているのである。 ぐずってはいないと思うが、それでもやっぱり心配だった。 「翔封界!」 夜の森から、あたしは宿に向かって飛び立った。 旅はおおむね順調だった。 魔族は襲ってこないし、現れた盗賊はことごとくぶっ飛ばしているし、これぞ まさしく平穏無事。 まあ、あれから何月か経ち、ロナが重くなってきたのがちょっとつらいけど・・・ ・・・ それも、成長期だからしかたのないことである。 あたしの生活は平和だった。 ――ある一つをのぞいては。 「あっ、いたいってば、ロナ!」 なぜか、ロナはあたしの髪で遊ぶのが好きである。 ちょうどいい位置にあるのも、その理由なのだろうが・・・・・・ あたしは、ロナがつかんでいる自分の髪をちらりと見る。 前とまったく変わっていない、あたしの髪。 切っていないのに―――髪は、以前とまったく同じ長さなのだ。 これは、髪だけではない。 爪も、いっこうに伸びてこない。 身長は、自分ではわからないが・・・・・・きっと、伸びていない。 あたしの体は、時間が止まっているのだ。 もちろん、動けばお腹も減る。夜になれば、ちゃんと眠くもなる。 けれど――それ以外。 まったく、成長していないのだ。 あたしがそのことに気づいたのは、ここにきてから一月ほど経ってからだった。 月に一回、あたしは伸びた前髪を切るようにしている。いざとゆう時、視界がふさ がれるのをふせぐためである。 けれど、髪は伸びていなかった。 その時は、あまり気にしていなかったが、半年経った今でも、いっこうに伸びて いないのだ。 このことについては、よくはわからないのだが、おそらくは、あたしが本来ここに いない存在だからではないかと思っている。 あたしは、本当なら、ここから四十年ほど先の時代に生きているべきもの。 それが、何でかは知らないが、この時代にきてしまったことで、体に、何らかの影 響がでたのではないだろうか。 しかし―――そう考えると、一つ疑問が浮かんでくる。 すなわち、どうしてロナは成長しているのか。 あたしの成長は止まっているのに、ロナはすくすくと育っているのである。 日に日に重くなっていく体がいい証拠である。 「ほんと、重くなってきたわよね・・・・・・」 あたしは、ロナを抱きなおす。 もう首がたっているので、あたしはロナを縦にだっこしている。 「あんた、いったい何なんでしょうね」 ロナは、あきらかに普通の赤ん坊とはちがっていた。 上手く説明できないのだが―――強い力を感じるのだ。 まあ、ただものじゃない人ってのなら、実家でさんざん見てきたけど・・・・・・ 「ま、いっか。あんたはあんただもんね」 まるで答えるかのように、ロナが声を上げる。 しばらくは、このまんまでもいいかもしれない。 ロナがたとえ何であれ、あたしの子供であることに変わりはない。 こんな、平和な日々。 あたしとロナと、二人で。 早く、これが日常になればいい。 あたしは、そう思った。 「ロナ! ちょっと待ちなさい!」 あたしは、向こうに走っていってしまったロナに向かって声を上げる。 日の光りに反射して、長い金髪がきらきらと光っている。 ・・・・・・まったく、子供のくせに、足が速いんだから・・・・・・ 仕事の最中だとゆう自覚はあるのだろうか? 「リナママ! リナママ!」 花畑――とゆうか、森を歩いていたらぐうぜん開けた場所があって、そこには めちゃくちゃ花が咲いていた。 それを見つけたとたんロナは走り出し、花の中で遊び始めたのだ。 「ここ、いっぱいお花が咲いてますよ!」 ロナは嬉しそうにそう言う。 「ほんと、いっぱいお花が咲いてるけど・・・・・・ ロナ、わかってる? あたし達、今は仕事の最中よ?」 言うと、ロナがしまったとでも言わんばかりの表情をする。 「ごめんなさーい。リナママぁ」 上目使いに見上げてくるのが可愛くて、あたしはロナの頭をやさしくなでてやる。 あたしがここに来てから、もう七年が経っている。 生まれたばっかりの赤ん坊だったロナは、もうすっかり大きくなっている。 背だって、あたしの半分をとっくに追い越している。 ・・・・・・相変わらず、あたしはまったく成長してないんだけど。 あたしから言ったわけではないのだが、ロナはあたしのことをリナママと呼ぶ。 これって、はたから見れば変な光景なんじゃないだろーか? 十六、七歳にしか見えない美少女を、七歳になる子供が「ママ」と呼んでいる わけである。 あたしって、何歳でロナを産んだって思われてるんだろう・・・・・・? 義理の子供にも見えないだろーしなぁ。 ロナはれっきとした男の子なんだけど、顔立ちは完璧にあたしに似ている。 生まれてからほとんど切っていない髪は(前髪はちゃんと切っているが)、ロナの 腰あたりまで伸びている。髪質もあたしとは違い、綺麗なストレートである。 けれど、瞳の色はあたしゆずりのめずらしい赤。 着ているものは動きやすい男物で、腰には細身の軽い魔力剣をつけている。 服装で男の子だとわかるものの、だれもが一瞬美少女とまちがうほどには かわいかったりする(けっして親ばかではない)。 魔法はわけあって使えないが、この年にして、剣の腕はもうあたしを超えている。 昔からただ者ではないと思っていたが、あたしの予想通り、ロナはただ者には 育たなかった。 「わかればいいのよ。だけど、ちょっと急がないとヤバイわね」 「依頼って、どんな内容でしたっけ」 あどけない顔で、ロナはあたしにそう尋ねてくる。 ・・・・・・前の町で、何度も言ったんだけどな・・・・・・ 記憶力がないのは、やっぱり遺伝なのだろうか。 さすがに子供をスリッパでどつくわけにもいかず、あたしは説明してあげること にする。 「前の町で、クラーブさんってゆう魔法医から、治療に使う薬草をつんで、この森を ぬけた所にあるドーリア村に届けてくれって頼まれたでしょ? 言われた薬草は二種類。グラウの草とイーリアの草。 それをそれぞれ五十枚ずつつんで、ドーリア村に持っていくの。わかった?」 「はい。わかりました!」 ロナは元気よく返事をする。 ・・・・・・まあ、アイツよりは、多少脳みそは働いてる、かな。 だけど、どうするかな―― 頼まれた二つの薬草なのだが、それぞれ特効性が違うとかで、この森の東西に 生えている場所がきっぱりわかれているのである。 期限は五日。 この森まで来るのに二日を要してしまったため、残りあと三日。ドーリア村に 行くのに一晩野宿は確実だから、ここでは一日しか時間はとれない。 ・・・・・・とはいえ、今はもうお昼。東に行って薬草つんで、それから西に行って また薬草つんでたら、とてもじゃないが時間は足りない。 しかたないかぁ。 「ね、ロナ。ちょっと、ママのこと手伝ってくれない?」 「リナママのお手伝いですかっ?」 ロナの目が輝いたように見えたのは――あたしの気のせいではないだろう。 「あのね、ちょっと時間が足りないから、ロナにはここから東に行って、グラウの草 をつんできてほしいの。 あたしは西に行くから、三日後にドーリア村にある時計台の下で待っててほしい んだけど・・・・・・」 こんな子供を一人で野宿させるなんて、普通じゃ考えられないことだが、ロナなら 多分平気だろう。 心配じゃないわけではないが、ロナならそこらの奴らよりよっぽど強いし・・・・ ・・ 「ね、ロナ。できる?」 「僕できます! 東に行って、グラウの草を五十枚つんでくればいいんでしょう? ちゃんとできます!」 ロナはぴょこぴょこ飛び跳ねながら言う。 「ありがと、ロナ。ドーリア村に行ったら、何か美味しいもの食べさせてあげるわ」 あたしはロナの頭をなでながら言い―― 「そうだ。一つ、忘れてたわ」 あたしは少しかがんで、ロナに視線を合わせる。 ロナが首からさげている魔石を指でつまみながら、 「力は、絶対に使わないで。あの力は、あたし達には理解できないものだから。 絶体絶命になるまで使っちゃ駄目よ。ここで使ったら、どうなるかわかったものじゃ ないから」 あたしは、ロナの目を見つめがら、ゆっくりとそう言う。 「いい、ロナ?」 「はい。わかりました、リナママ」 ロナもマジメな顔でうなずく。 「―――それと、ね。 この魔石の色、ちゃんとおぼえといて。あんたにとっても、とても大事な色だから」 その魔石は、綺麗な青だった。 広く大きい空のような、そんな色。 あたしにとって、だれよりも大切で―――大好きなアイツの色。 ロナにも、身近に感じていてほしかった。 だからあたしは、わざわざその色の魔石を選んで、そしてロナの力を封じた。 もう、七年も経っているけど。 それでも、あたしの中で、あいつはまだ生きている。 やさしい声で、あたしの名前を呼んでくれている。 「それじゃ、ロナはここから東に行って。 ドーリア村の時計台の下よ。忘れないでね」 「はーい! それじゃ、行ってきまーす!」 元気に返事をして、ロナはすぐに走って行ってしまった。 あたしは、その後ろ姿が見えなくなるまで、ずっとその場に立っていた。 綺麗な金髪がゆれている。 それを見ながら、あたしはみょうになつかしさをおぼえていた。 |