Sinner 『罪人は十字を背負いてただ忍従の道を行く』 |
8 真夜中の懺悔 「本当か? ……今の話は」 教会の扉を開くと、そこにゼルガディスが立っていた。 突然のことにオレは驚く。 別にゼルガディスが気配を断っていたわけではなく、オレが気付かなかったのだ。いつもならどんなに遠くからの視線にも反応できるオレが、こんな近距離の――それも既知の気配に気付かなかったとは。 どうやらオレは、ゼロスの言葉に相当、動揺していたらしい。 「……ああ。リナの心云々はどうだか知らんが、殊オレのことに関しては、な」 少し笑ってみせる。自分でも皮肉げな笑みだったろうと思う。 ゼルガディスもふっと笑った。揺れる銀の髪が、月明かりを反射してつややかに光った。 「……そうか、あの旦那もとうとう……か」 「何だよ、悪いか?」 「いや? ただ、アメリアの言った通りになったと思ってな」 ……何? 「昨日の夜さ。俺達が夕食時に出かけただろう? あれな、実はアメリアの提案だったんだ」 「は?」 間抜けな声で聞き返したら、ゼルガディスはとうとう、声を殺しきれずに笑い始めた。 「『リナさんは恋愛沙汰にとことん鈍いし、ガウリイさんは相変わらずクラゲだし。このままだと二人の仲は絶っ対に進展しません! ここはひとつ、二人っきりにしてムードを盛り上げてしまいましょうっ!』ってな、ゼロスまで追い出して。 俺は無駄だと言ったんだが……まさか本当にそうなるとはな」 ……アメリアの奴。 ってーことは何か?オレはアメリアの策略にまんまとハマったってことか? 「まあ、いいことじゃないか。むしろ遅すぎたくらいだと思うぜ? いつまで旦那の根性が続くか、こっちの方が心配になるくらいだったからな」 くっくとしつこく笑うゼルガディス。その横を、オレは無言で通り過ぎる。 腕の中のリナは、未だ目覚める気配はなかった。頬にかかる髪を指先でどけてやりながら、ふと思いついて聞いてみる。 「そういえば、どうしてここが分かった?」 「ゼロスに呼ばれた。面白いものが見られるから来い、ってな」 あのスットコ神官、いちいち余計なことを……。 何か今回、やり方がやけに細目じゃないか、あいつ? そんなにオレの負の感情が欲しいんだろうか? 「……俺は、リナの方が悪いと思うぜ?」 半歩後ろを歩くゼルガディスが、ぽつりと言う。 「旦那は今までよく耐えたさ。 あんた、リナと旅してもう何年になる? 普通なら、とっくにそういう関係になっていてもおかしくない。 まあ、リナもあんたも普通の規格じゃ測れない奴だから、常識で考える方がおかしいのかもしれんが――あんた達がお互いにどう思ってるかなんて、俺でなくてもすぐ分かるってのに」 「…………」 ……オレにど〜ゆ〜返事を期待してるんだ、ゼル。 「そのくせ当の本人達が、意地っ張りときたもんだ。 あんたはリナの保護者だと言い張るし、リナの方も照れてるのか、自分の気持ちに素直になろうとしない。 はたで見てる方がイライラするぜ?」 「……簡単に言ってくれるがなあ」 オレは苦笑する。 「オレだって、全然アプローチしなかったわけじゃないんだぜ? けど――」 「押しが弱いんだろう。そんなことだから気付いてもらえないんだ」 一刀両断かい。 ぐ……、その通りなんだけど……なんか悔しいな。 「相手はあのリナだぞ? ちょっとやそっとの言い方で気付くわけがない。 普段は聡いくせに、そーゆー場面はとことん鈍そうだからな、あいつは。このまま放っておいたら、押し倒されるまで気付かんぞ」 おいおい、なんつ〜ことを言ってるんだ、ゼル。 呆れて振り返ったら、言ったゼルガディスの方が頬を染めていた。 「……でもなあ」 腕の中のリナを見下ろす。 間近に感じられる温もりも、かすかな吐息も、触れる肌の柔らかさも。 こうして傍にいられるだけで、オレはこんなにも幸せになれるというのに。 何を焦っていたんだろう、オレは。 「こんなことになるんだったら……あのままでも十分だったと思うぞ、オレは」 「何だ、後悔してるってのか?」 「……そりゃ、結果がこれじゃあなあ……」 いつもよりは格段に遅い足取りで、宿までの道を辿る。 寝静まった街を起こさないように。 安らかに眠るリナを、呼び覚まさないように。 懺悔めいたオレの台詞を、他の誰にも聞かれたくないから。 「それは違うな。 旦那は間違っちゃいない。悪いのは、旦那から逃げようとしたリナの方だ」 「……ゼル?」 意外な答えに、オレは思わず振り返る。 ゼルガディスは立ち止まってオレを見据えていた。腕を組んで、威厳に満ちた様子で。 言い切る。 「ガウリイは間違っちゃいない。 誰だっていつか変わる。その覚悟を決めなきゃならない時が来る。 リナはもう、その覚悟ができてなきゃいけなかったのさ――自分の変化にも、旦那の変化にも。 それから目をそらそうなんて、リナらしくないやり方だ」 ……怒って、いるんだろうか? ゼルガディスの眼差しは鋭い。 「どうやら、本気でリナの目を覚まさせてやらにゃならんようだな。 あんたはもっと、自分の思う通りに行動していい。そうでなけりゃ、リナはいつまでたってもこのままだぞ? ……あとのフォローくらいなら、俺達がしてやるさ。俺だって、こんなリナらしくないリナは、見ていたくないからな」 にやりと笑うゼルガディス。その笑みに、何かオレと通じるものを感じて、オレは気付いた。 ……ああ、そうか。 結局、オレ達はリナに惚れてるんだろうな。 恋愛なんて感情とは、また別の次元で。 リナにはいつでも、リナらしくあってほしいから。そのためだったら何でもできるから。 それだけの価値が、リナにはあるから。 リナ――幸せな奴だな、お前は。 腕の中、あどけない寝顔を晒す少女を見下ろし、思う。 知っているんだろうか、リナは。オレや周りの奴らが、どれだけお前に惹かれてるかってこと。 知らなくてもいい。けれど、できることなら―― 「……了解」 小さく言って、再び歩き出す。 傾きかけた月が、いつまでもオレ達を照らしていた。 |