Sinner 『罪人は十字を背負いてただ忍従の道を行く』 |
3 最初の朝餐 「あっ、あたしねっ、これがいいな! このホットケーキのセットとサンドイッチっ」 嬉々とした表情で、リナがメニューを覗き込んでいる。 とりあえず食事にしよう、というゼルガディスの提案に、リナは一も二もなく賛成した。起きてからずっと質問責めで、いい加減腹も減っていたのだろう。 宿屋の食事など初めてだ、と喜びながら、いつもなら頼まないような軽いものを注文している。その嬉しそうな表情に、先程までの不安な色はなかった。 ゼルガディスとアメリアはリナと同じクラブサンドを注文し、残るはオレ一人。 「そーだな……朝食セットのAからCまで、各3人前づつ。それから、こっちの白身魚のフライとヌードルセット、コンソメのやつな」 オレが頼み終えると、リナがびっくりしたような顔でこちらを見ていた。 「何だ? どーした」 「だって、すっごい食べるんだもん、おにーさん……」 呆れたように言う。オレはひょいと肩をすくめた。 「何言ってんだ。半分はお前さんの分だぞ」 「「ええええっ!?」」 と、今度はリナに加えて、アメリアまでが叫び声を挙げた。 「ど、どうしちゃったんですか、ガウリイさん!? いつもだったら朝御飯の5人前や10人前、一人でぺろっと食べちゃうのに!?」 そりゃそーだけど。リナがこんな状態なら、さすがのオレでも食欲くらいなくなるって。 ゼルだけはそんなオレの心境を分かってくれているのか、黙ってセルフサービスのコーヒーをすすっている。 おろおろするアメリアの隣で、リナも別の意味で困っているようだった。 「あ、あたしそんなに食べらんないよ? 残っちゃったらどーすんの!? もったいないじゃんっ!」 7歳のくせに、妙に所帯じみたことを言う。 「残らないだろ、多分」 「そっ、そんなこと言って、ぜんぶ食べらんなくてもあたしのせいにしないでよねっ! ゴハン残した、なんてねーちゃんにバレたら、どんな目にあわされるか……」 ……どーやらこいつ、相当『ねーちゃん』が怖いらしい。 生活規範の全てが、その『ねーちゃん』を基準に動いているようだ。 前々から、リナが『故郷の姉ちゃん』を恐れていることは知っていたが、こんな子供の頃からこの調子だと、これは相当に根が深いようだ。 今は遠くにいるであろう『ねーちゃん』のオシオキに震えるリナの頭を、オレはぽんぽんと撫でてやった。 「大丈夫だって。お前さん、ホットケーキとサンドイッチだけじゃ、多分足りないと思うからさ。 万が一残っても、オレがちゃんと食うから」 「そ、そお……?」 上目遣いにこちらを見るリナが、訝しげに眉をひそめる。 やけに弱気なその姿に、オレは苦笑するしかなかった。 結局、運ばれてきた朝食のほとんどは、リナの胃袋の中に消えた。 次から次へと湧いてくる食欲に、当のリナが一番びっくりしているようだった。食後にホットミルクなどすすりながら、不思議そうな顔をしている。 「何であたし、こんなに食べれちゃうわけ……?」 まあ、7歳の子供からすれば――というか、世間一般の大人でも、驚くに足る量かもしれないが。 「大丈夫ですよ、食欲があるのはいいことです。それに、リナさんはいつも、これくらい食べてたんですから」 「そうだな。いつもなら自分の分に加えて、ガウリイの分まで奪って食ってたくらいだ」 アメリアに重ねるように、ゼルガディスも口を開く。 言われたリナは、再びオレの方を見た。何か言いたげな視線を送ってくる。 「どうした?」 「だって……なんか変なんだもん」 「何が?」 「なんでおにーさん、あたしが食べる量までわかっちゃうの? ドンピシャリだったよ?」 その言葉に、オレの方がきょとんとしてしまう。……何でって言われてもなあ。 答えたのはアメリアだった。 「それはリナさんが、わたし達の中ではガウリイさんと一番つき合いが長いからですよ。 もう2年も一緒に旅してるって、前にリナさんが言ってましたもん」 「そーなの?」 こっくん、とミルクを飲み下して、リナが顔を上げる。 「そーだぞ」 多分な。いつから一緒かなんて、もう覚えてないけど。 頷いてやると、リナはカップを両手で包んだまま、眉を寄せて俯いてしまった。何か考え込んでいるようだ。 むう、と唸ったあと、恐る恐る目線を挙げる。 「おにーさんて……あたしのオトコ?」 がたがっちゃん! 派手な音をたててコケたのは、オレだけではなかった。ゼルガディスはテーブルに突っ伏し、アメリアなど椅子ごと床に転がっている。 「あ……あのなあ。7歳の子供が言うセリフか、それ……」 「そ、そうですよ、リナさん。せめて彼氏とか、恋人とか言ってください」 「リナお前……意味が分かって言ってるのか、それ」 やっと復活して口々に言うオレ達に、しかしリナは平然と、 「さー? あたしはよく分かんないけどさ、うちのまわりじゃ、みんなそう言ってるよ?」 ……子供にそーゆー言い方するご近所って一体……? 何か、リナのねーちゃんといい、ご近所といい、リナの故郷の謎がますます深まっていくような……。 「と、とにかく」 半分ずり落ちた体を椅子の上に戻し、オレは諭すように言う。 「オレはお前さんの保護者なの。そーゆーんじゃないから、安心しろ」 ほんとは早く脱却したかったんだけど……答え聞く前にコレだし。いや、悪いのは全部オレなんだが。 「ほごしゃ?」 リナがまたもきょとんとする。 「そう、保護者。子供を庇い守る人」 「とーちゃんの代わりってこと?」 「ん〜、まあ、そんなところだな。とーちゃんになれるほどオジサンじゃないが」 「……あたしって、子供? オトナじゃん、じゅーぶん」 う…………。 確かに17っていったら、もう結婚してもおかしくない年だが。 子供ってスルドい。いや、リナが特に鋭いのか? 言葉に詰まっていると、アメリアが妙に気合いの入った目でオレを見ていることに気付く。よくよく気配を探ってみれば、ゼルガディスも関心ないフリをしながら、聞き耳を立てているらしいことも分かった。 オレはごほん、とひとつ咳払いして、 「いいじゃないか。どっちにしたって。今は7歳の子供なんだから。…それより」 誤魔化して、話をそらす。 「オレはガウリイっていうんだ。だから『おにーさん』じゃなくて、ガウリイって呼んでくれ」 話をそらされたことが不満なのか(子供のくせに全くもってスルドい)、リナはジト目で睨んでくる。 「『ほごしゃ』なんでしょー? だったらおにーさんでいいじゃん」 ええい、やかましい。オレがヤなんだよ、調子狂うから。 「ダメ。ちゃんと名前で呼ばなきゃ、返事してやらないからな」 めっ、と眉をしかめてリナを睨むと、オレはその話を打ち切った。 |