人 魚 姫 ――蒼天の龍 碧海の華―― |
第9話 後編 ゼロスの錫杖に光が灯る。 「ガウリイッ」 エリスが悲鳴を上げる中、ガウリイめがけ光が走った。 光が弾ける。 「ほぅ……」 「リナ!」 ガウリイを守るように立ち塞がったリナが張った結界がゼロスの攻撃を防いでいた。 崩れ落ちそうになるリナをガウリイが支える。 「リナ」 「防ぎましたか。さすがはリナさん。しかしその様子では次は防げませんね」 嘲笑するゼロスの手に黒い炎が宿る。 「貴様…まさかリナも」 「手に入らないのなら殺しても良いと思ってますよ。リナさんを手に入れられれば一番ですが、それが無理なら殺す。ただそれだけです」 紫の瞳が冷たくリナを見下ろした。 「どのみち貴女が死ねば水の力はこの世界から永久に失われる。そうなれば、我々魔族の勝ちですからね。 ……もちろん、僕の手を取るというのなら助けて差し上げますが?」 「誰がそんな事!」 吐き捨てるように言うとリナは支えるガウリイに身体を預けた。 「リナ、俺があいつを防ぐ。その間に逃げるんだ」 「ね、ガウリイ。このままこうしてあたしの事支えててくれる?」 思わずきょとんとするガウリイにくすりとリナは笑いかけた。 「大丈夫。ガウリイがいてくれるから」 スターゲイザーを握る手に力がこもる。 「絶対、大丈夫」 ゼロスの手から、黒い炎が渦を描いて二人に襲いかかった。 「バカなっ………どこにそんな力が残っていたと………」 ゼロスの炎は全てのものに宿る力を奪い尽くす。にもかかわらず、リナはその炎の中で結界を張り毅然と顔を上げた。 スターゲイザーの穂先に光が集い、輝きを増していく。 「はぁっっ!!」 気合いもろともリナはゼロスの炎を切り払った。 「ガウリイ、その剣の柄の所に小さな穴があるわ。それにこれをさして」 後ろ手にリナは小さな針をガウリイに握らせた。 「そうしたら、その剣の刃が外れるから」 訳が分からないままガウリイはリナの言うとおりにする。 「リナ、一体何を……」 「いいから想像して。その柄から光がのびて刃になるの」 「?」 困惑するガウリイに、リナは振り返って微笑んだ。 「大丈夫。ガウリイなら絶対出せるから」 ぴたりと穂先を合わせてリナはゼロスを睨みつける。 「何を訳の分からないことをごちゃごちゃと……」 「すぐに分かるわ」 顔をしかめるゼロスにリナは笑った。 「すぐに」 ガウリイは剣の柄を見つめた。 ルナに渡された剣。エリスはこの剣を“光の剣”と呼んだ。 光の剣……光の刃。 もしかしたら、この剣は………!! ゼロスの錫杖とリナの槍が交差する。 後ろに飛んで間合いを取るリナにゼロスが襲いかかる。 「これで終わりです!」 リナめがけ、黒い炎が襲いかかる。 スターゲイザーに宿る星々の煌めきが闇の炎を払いのける。 「光よ!!」 「……こんな、事が……」 地面にゼロスの片腕が落ち、灰となって消えた。 「これが……“光の剣”の本当の姿……」 呆然と呟くエリスの目の前で。 ガウリイの持つ剣は、青白い光の刃を具現していた。 ガウリイ自身驚いていた。 「あの刃は、この剣の本当の姿を隠すためのものという訳か……」 リナを背後に庇うとガウリイは切り落とされた左肩を押さえるゼロスと対峙した。 「とんでもない代物ですね。それは」 ゼロスは苦痛のためか見開いた瞳でガウリイの手の剣を見た。 「並の魔者なら今の一撃で完全に滅び去っているところですよ」 「今お前もそうしてやるさ」 ガウリイが駆ける。 青白い光の刃が届く寸前、ゼロスは虚空にその身を溶け込ませた。 「やった!!」 エリスが宙返りをしてガウリイに飛びついた。 「やっぱガウリイってば強い!最強!!」 「大丈夫か?リナ」 スターゲイザーを握ったまま座り込んだリナにガウリイが手を差し伸べた。 「大丈夫。ちょっと疲れただけ」 リナが微笑んだその時。 彼女の背後にゼロスが姿を現した。鋭くのびた右腕が背後からリナに襲いかかる。 「!?」 「リナ!!」 鋭い刃が肉を切り裂く嫌な音がする。 貫かれたのは、ゼロスだった。 「ご無事ですか!」 天空から舞い降りてくるのは猛禽の翼を持つ青年達だった。 ゼロスの姿はない。 奇襲を阻まれた後すぐゼロスは姿を消した。ガウリイの一撃に加え、彼らからの攻撃を受けた今、ゼロスには攻撃を仕掛ける余力は残されていなかった。 「間に合って良かった。我々はバードマン遊撃隊。私は隊長のエリクといいます。エルフの巫女姫の要請であなた方の援護と護衛に参りました」 そう言って一礼するエリクの背後にペガサスが舞い降りる。 「こんな所に長居は無用。行きましょう」 ガウリイは頷いてリナを抱き上げた。リナを背に乗せガウリイが彼女の後ろに跨るとペガサスは大きな翼を広げ滑るように天空へ駆け上った。 ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ バードマン達に周囲を囲まれて、ペガサスは大空を疾駆する。 「隊長、あれを!」 「やはり出てきたか。魔の者め」 行く手に立ちふさがる魔物にバードマン達が次々と剣を抜く。 「我々が突破口を開きます。その間にあなた方は先へ進んでください」 「分かった。…すまない」 「エルフの森で巫女姫が待っておられます。どうぞご無事で」 「ご武運を」 リナに笑顔で敬礼を送り、エリクはバードマン達の先頭に立つ。 「ゆくぞ!」 『おぉ!!』 雄叫びと共にバードマン達が魔物の群に突っ込んでいく。それによって出来た包囲網の隙間をペガサスがすり抜けていく。 鬣を握るリナの手に力がこもる。 「大丈夫だ。エリク達なら心配いらない」 「……うん。そうだよ、ね……」 俯いたままのリナを抱きしめながら、ガウリイは遙か前方に目を凝らした。 目指すエルフの森まで、後少し。 ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 「どうだ」 「まだ見えません。そろそろだとは思うのですが……」 一際大きな樹の枝の上で、弓を手にしたエルフの青年が答える。 「バードマン達と合流しているとは思うが……」 呟いてゼルガディスは空の彼方に目を向けた。 アメリアの要請でバードマンの部隊が飛び立ってからかなりたつ。ここから距離があると言っても気になって仕方がない。 「ゼルガディス様、来ました!!」 「追われています。敵は恐らくレッサーデーモン!」 「魔導攻撃隊、森林遊撃隊は敵の迎撃と彼らの援護を!魔導防衛隊は結界の用意をして下さい!! 今こそ真の正義がいずこにあるかを示すのです!!」 「ア、アメリア……いつのまに」 ゼルガディスの隣りに立ったアメリアはびしいっと天を指した。 「正義は我にあり!!」 『おぉーーーーーーーっ』 「ゆえに……勝利は我らのものです!!」 『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっっl!!』 アメリアに呼応してエルフ達が鬨の声をあげる。 「ふっふっふっ……悪しき者に追われる恋人達を助ける……これぞヒーロー! これぞ正義!!」 「俺の立場は……」 燃え上がるアメリアに対し、ちょっと立場のないゼルガディスであった…… 「きゃあっ!」 「しっかり掴まってろよ!」 背後から次々と炎の矢が浴びせられる。その間を縫うようにしてペガサスは大空を疾駆した。 光の剣を片手にガウリイが炎の矢をなぎ払う。 目指す森まで後わずか。 ガウリイ達の行く手を阻むように魔物が次々と襲いかかってくる。 老人の顔をしたマンティコアが鋭い牙で噛みつこうとしたとき。一本の矢が突き刺さった。 矢はそれだけではない。 森から次々と矢が放たれる。それらは正確に魔物達を射抜き、同じように放たれた呪文が彼らを塵に帰す。 「今だ!」 魔物達の包囲が緩んだ隙をついて一気にガウリイはペガサスを降下させた。 ほとんど突っ込むように森の中に舞い降りる。 彼らを追おうとした魔物は、光り輝く結界に阻まれ攻撃呪文により消滅していった。 「リナさんっガウリイさんっ」 「アメリア」 舞い降りたペガサスにアメリアが駆け寄る。 ペガサスの背から飛び降りたリナにアメリアが飛びついた。 「きゃっ」 アメリアの勢いに押されてよろけたリナをガウリイが支える。 「リナさん……無事で良かったですぅ〜〜」 「迷惑かけちゃったわね、アメリア」 「そんな、迷惑だなんて!!」 アメリアはぐぐっと握り拳を作って言った。 「囚われのお姫様を単身救いに行くのがヒーローです。でもそのヒーローをサポートするのも立派な正義!! ……でもホントはお姫様を救うナイトの役……やりたかったんですぅ〜」 「はいはい。あんたも変わらないわね」 「良く無事に戻ってきたな」 近づいたゼルガディスがぽつりとガウリイに言った。 「言わなかったか?リナは必ず助け出すと」 「……まぁいい。 それより少し休んでいけ。リナも本当はまだきついんだろう?」 くるりとゼルガディスは背を向けて歩き出した。 「この先の泉はまだ清浄な力を保っている。そこで休ませてやるといい。 森の外で騒いでいる連中は片付けといてやる」 「ありがとう。え〜〜〜っと……ゼルガディス」 ゼルガディスは肩越しににやりと笑うと歩き去った。 ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 「お疲れさまでした。ガウリイさん」 「アメリアさんか」 「アメリア、でいいです」 泉のほとりに座っているガウリイの隣りに来て、アメリアは笑った。 ガウリイの傍らには、光の剣と身につけていた防具が置いてある。 「リナさんの様子はどうですか?」 「あぁ良く寝ているみたいだ」 透明な泉の底に横たわる真紅の影に愛おしそうな視線を向けてガウリイは言った。 「ここからどうやって海にリナを帰すんだ?」 「瞬間移動の術があります。それで」 「そうか……なら心配いらないな」 立ち上がったガウリイにアメリアは怪訝そうな顔を向けた。 「ガウリイさん?」 「いろいろありがとな。アメリア達には随分世話になった」 「そんな……お友達を助けるのは当然のことです」 「リナのこと、頼むな」 「え?」 そのまま歩き出したガウリイを、アメリアは追いかけた。 「ちょっと待って下さい。どこへ行くつもりですか?」 「もう俺は必要ない」 「ガウリイさん!?」 アメリアは目を丸くした。 「決めてたから。リナをあいつの手から救い出したら別れるって」 「そんな……どうしてですか?」 「俺のつまらない独占欲の為にこうなった。そもそもあそこで俺が素直にリナを帰していればこんな事にならなかったんだ」 俺の存在は、リナのためにならない。 「リナが生きる場所は海なんだ。そして俺は陸の人間だ。お互い自分の属する場所で生きるのが一番良い。 アメリア、すまないがあの剣をルナさんに返しておいてくれないか?あれはリナを守るのに必要なはずだ」 「そんな……待って下さい、ガウリイさん。ガウリイさん!!」 アメリアは必死でガウリイを止めようとしたが、彼は一度も立ち止まらず無言のままエルフの森を出て行った。 To be contnue... |