人 魚 姫 |
第9話 《前編》 炎が消えると、三人の前に外へ続く洞窟が口を開けていた。 「すっごい……もうここまで着いちゃった」 「大丈夫か?リナ」 まだ荒い息をつくリナを降ろし、清水珠を取り出して口に含ませる。 リナが深く息をついた。 「それにしてもねぇ。ガウリイが探してた相手が、よりにもよってあの“珊瑚の王女”だなんて……道理でその剣を持ってる訳ね」 リナが顔を上げてエリスを見た。 「こんにちわ。初めまして、アタシはエリス。よろしくリナ様」 ようやくリナが微かに微笑んだ。 リナが自分を支えるガウリイに視線を向けた。 「……ガウリイ」 リナの真紅の瞳がガウリイに向けられる。 殺気さえこもったそれをガウリイは無言で受け止めた。 とてもじゃないが恋人同士の甘い見つめあいではない様子に、エリスはとまどう。 「……言い訳は、しないのね」 「あぁ」 ガウリイはただリナの瞳を見つめ返した。 「俺のせいで、リナは攫われた。その事を弁解するつもりはない」 「当たり前よ。あんたのおかげでどれだけ事態が悪くなったか」 「あ、あの、でも、ガウリイは本当に一生懸命リナ様を助けようと……」 「エリス」 ガウリイに変わって必死で取りなそうとしたエリスを彼は止めた。蒼い瞳が何も言わなくて良いと告げる。 「いいんだ。こうなったのは本当に俺のせいなのだから」 「でもっ……」 二人の前で、リナが溜め息をついた。 「あのねぇ……何あたしを置いて話してるのよ」 「すまなかった。リナが俺に腹を立てているのは分かっている。けれど後少しだけ我慢しててくれないか?ここを無事脱出できたら、もうリナには付きまとわないから」 「ガウリイ……そんなこと言っちゃって良いの?あんたこの方の事」 「いいんだ」 リナは無言のままガウリイを睨みつけた。 「付きまとわない?」 「あぁ」 「じょーだんじゃないわよ。そんなあっさり解放してたまるものですか」 「え?」 ガウリイもエリスもきょとんとしてリナを見た。 「あれだけの事しといて、別れてはい終わり、なんてさせるとでも思ってるのかしら?充分損害賠償してもらわなきゃ割が合わないわ」 「リナ?」 不意にリナの気配が変わった。微笑みさえ浮かべてガウリイを見上げる。 「………ありがと。助けに来てくれて」 「リナ」 怒鳴られるか、罵られるか。そう考えていたガウリイはかえって面食らい、呆然とリナを見た。 「おかげで助かったわ。正直言ってかなりヤバかったのよね。もうちょっとであいつの思う通りになるところだったから。 それにしてもそれ………」 リナの視線はガウリイの持つ剣に向けられた。 「あぁ、これか。これはリナの姉さんに貰ったんだ」 「………鍛えられたみたいね」 「あぁ。まいった」 くすくすとリナが笑う。 「そりゃあ、ね。あたしの姉ちゃんは最強だもの」 そう言いながらリナは立ち上がった。まだふらつく身体を慌ててガウリイが支える。 「無理するな。まだじっとしてた方が」 「そうも言ってられないわ。このまま逃がしてくれるほど甘い相手じゃないのよ?自分の身ぐらい自分で守らないと……でないとガウリイだって安心して戦えないでしょ」 「無茶言ってるんじゃない。まさかお前さん一人守って戦えないとでも考えてるのか?」 「そうそう。こいつの剣の腕ってばはっきり言って常識外れよ。任せて大丈夫だしそれに」 エリスは自分の指の小さな小さな指輪を見せてウインクした。 「これがあるからアタシだって役に立つわ」 ガウリイはくしゃりとリナの髪を撫でた。 「そういう事だ。リナは俺達に任せてればいい。それとも、俺じゃ安心できないか?」 心配そうなガウリイにリナは笑って言った。 「そんな訳無いでしょ。頼りにしてるわよ、お二人さん」 ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 水晶球に光が灯った。 「逃がしはしませんよ………」 やがて水晶球に映し出されたのは、手を取り合って先を急ぐ一組の男女。どうやら洞窟の中らしく、白々と輝く明かりを頼りに歩いている。 「見つけましたよ。なるほど、あそこにいるわけですね」 紫の瞳が殺気でぎらぎらと輝く。見つめているのは少女を支えながら歩く青年だった。 「やはりあの時、殺しておくべきでしたね。ガウリイ=ガブリエフ」 ゼロスの手に、一本の錫杖が握られる。 「今度は確実に、その息の根を止めて差し上げましょう」 ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 魔法の明かりを頼りに洞窟を抜け、火口に出る。 「もう少しで広い場所に出るわ。後少しよ、リナ様」 「えぇ」 まだリナは本調子にはほど遠い。一人で歩けるようにはなったが一刻も早くここを脱出するに越したことはない。 ましてここはまだ魔の支配する地域。いつゼロス配下の魔物が襲ってくるか分からない。 崩れやすい細い道をやっとの事で上り、山肌に辿り着く。 「見つけましたよ」 「ゼロス!」 「とうとう現れたな」 二人の前に漆黒の衣服をまとったゼロスが立ちふさがる。 リナを背後に庇い、ガウリイは剣を抜いた。 「エリス、リナを頼む」 「気を付けてガウリイ。あいつ…強いわ」 「あぁ」 蒼い瞳と紫の瞳が真っ向からぶつかり合う。 「人間と思い生かしておいてあげましたが……手助けがあったとはいえここまでやるとは思いませんでしたよ」 空中に浮いたゼロスはそう呟いて錫杖を構えた。 「ですが……貴方にはここで死んでいただきます」 二人の武器がぶつかり合い、激しく火花を散らした。 ガウリイとゼロスの攻防を、リナとエリスは少し離れたところで見守っていた。 「ガウリイが強いのは知ってたけど……あいつ、ガウリイと互角に張り合ってるなんて」 「!?」 とっさにリナはエリスを掴んで横っ飛びに飛んだ。 「きゃあっ………って、何よこいつ〜〜〜っ!!」 二人の背後に、青ざめた馬に跨った骸骨の騎士が立っていた。 うつろな眼窩が二人を見下ろす。 「髑髏の騎士……」 「リナッ!?」 「余所見をする暇などありませんよ」 とっさに剣の刃でゼロスの攻撃をやり過ごす。 「貴様……」 「僕が彼女を逃がすとでも?甘いですよ」 ゼロスの瞳に嘲りの色が浮かぶ。 「気を取られている暇はありませんよ?」 「いや」 余裕綽々のゼロスから間合いを取り、ガウリイは顔を上げた。 「?」 焦り一つないその表情に、ゼロスの方が訝しげな目を向ける。 「あいつらなら心配ないさ」 「……あれがどんな魔物か知っても、同じ事が言えますか?あれは」 「あれがなんだろうと関係ない。リナとエリスならな」 目を見開くゼロス。その背後で閃光がはじけた。 ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 「行くわよエリス!」 「はいっ」 二人に髑髏の騎士を前にした怯えは微塵もない。 血がこびり付いたハルバードが振り下ろされる。それをリナが手にしたスターゲイザーで流すように捌いた。 馬上から繰り出される鋭い攻撃を、リナは難なく受け止める。 「アンデッドにはこれよ!『浄化炎』(メギド・フレア)」 リナの背後からエリスの放った白い炎が髑髏の騎士を襲う。 盾を使いその一撃をかわした隙にリナがハルバードを持つ肩に鋭い一撃を加える。 リナの一撃は騎士の肩の骨を砕き、血で染まったハルバードが重い音をたてて転がる。 「もう一発!『浄化炎』(メギド・フレア)」 再びエリスの放った魔法が今度こそ髑髏の騎士を直撃した。 しかしまだ倒れない。全身邪悪を焼き尽くす炎に覆われているにもかかわらず髑髏の騎士は手にした盾を二人めがけて振り下ろした。 「……聖なる光よ、今こそ邪悪な骸を焼き尽くしたまえ!『ホーリー・ストライク』」 リナの手から放たれた青白い光が髑髏の騎士を一瞬のうちに砕き、塵へと返した。 ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 「バカな……髑髏の騎士があんなにあっさりと……」 「だから言っただろう。関係ない、と。次は……」 ガウリイは剣の切っ先をゼロスに向けた。 「貴様の番だ」 ガウリイの台詞にゼロスは小さく笑った。 「………そう簡単にいくでしょうか?」 ゼロスの持つ錫杖の先についた赫い珠に光が灯る。 「僕も、本気でいくとしましょう」 エリスは大きく息をついた。ガウリイにくっついて行動して以来、今まで経験したことがないくらいの魔物と戦った。それでも高位のアンデッドと戦ったのは初めてなのだ。 エリスの隣でリナも荒い息をついている。 「あ、大丈夫ですか?リナ様」 「平気。何でもないから……それよりガウリイは……」 口ではそう言っていても、リナの額には大粒の汗が浮かんでいる。ほんのついさっき一人で歩けるようになったばかりでの戦闘なのだ。何ともないわけがない。 「ゼロスはまだ全力を出した訳じゃないわ。油断できない……」 「大丈夫だってばガウリイなら…!?」 突然赫い光が爆発する。 『きゃあぁぁぁぁっっ!!』 爆風に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。 「な、何…今の……」 爆発の煙が風に吹き流される。 「ガウリイ!!」 ついさっきまでガウリイがゼロスと戦っていた場所。そこには巨大なクレーターが形成されていた。 「くっ……」 瓦礫をかき分けて立ち上がる。 「ルナさんにもらった鎧じゃなければ死んでたな……」 「ほう……あれをくらって無事でいるとは……なかなか丈夫な物ですね、その防具は。 しかし……」 ゼロスの姿が消え、立ち上がったガウリイの背後に現れる。とっさに振り向いたガウリイの背後に再び移動したゼロスの手から放たれた赫い光がガウリイを襲った。 普通なら回避不可能なその一撃を、ガウリイは驚異的な反射神経で身体をひねってかわした。 ゼロスは瞬間移動を繰り返しながらガウリイに攻撃をしかける。結果、ガウリイは防戦一方になっていた。 魔法で援護しようにも、二人の動きが速すぎるためかえって邪魔にしかならない。 ……でもこのままじゃ…… 「どうしようリナ様、これじゃ……」 リナは無言で二人の攻防を見つめている。 「あれさえ発動すれば……でも……」 「あぁっリナ様!!」 エリスが悲鳴を上げた。 ぎいんっ 鋼が断ち切られる嫌な音。 少し遅れて日の光を反射しながら、断ち切られた剣の刃が地面に突き刺さった。 「おやおや……壊れてしまったようですねぇ?」 ゼロスが薄く瞳を開いて嘲笑う。 「ガウリイッ!!」 「これで、終わりですよ」 ゼロスの錫杖に再び赫い光が灯る。 後編へ続く |