人 魚 姫 ――蒼天の龍 碧海の華―― |
〜エピローグ〜 そして、海へ リナと別れてから一ヶ月がたっていた。 ガウリイは故郷に帰るため、一人船に乗り込んでいた。 海は今だ荒れている。 ガウリイが乗り込んだ船は、しばらくの間順調に航海が進んでいた。 船乗り達にとってもこれほど海が凪いだ日が続くのは久しぶりらしい。しかし他の客が甲板でくつろいでいる時も、ガウリイは船室でじっとしていた。 海は見たくなかった。 嫌でも、海の王女を思いだしてしまうから。 船が港を出て、半月が過ぎた。 晴れていた空に雲が増え始めたと思うと、一気に海は荒れ始めた。 船員達は懸命に船を操ろうとするが、荒れ狂う波の前にほとんど無駄な努力となっていた。 「あんなに穏やかだったのに…どうして急に」 「こんなにひどい嵐は初めてだ。どうなっているんだ?」 荒れ狂う波に揺られて、船室の乗客達もほとんどが船酔いに襲われていた。かろうじて元気な者達が顔を見合わせて話している。 その輪に加わろうとせずガウリイはただじっとしていた。 「案外、海の王の怒りをかった者でもいるかもしれないな」 「海の王?」 「あぁ。海にはそれを治める王がいるっていうただの伝説だけどな。けどこうひどい嵐だと案外いるんじゃないかって気にもなるさ」 ガウリイはふと顔を上げた。 相変わらず船はひどく揺れている。 「海の王の怒り……か」 自嘲気味の笑みを浮かべ、ガウリイはそっと船室を出た。 甲板では船員達が全力で荒れ狂う海と格闘していた。 鉛色の海はちっぽけなこの船など今にも引き裂いてしまいそうに思える。 「邪魔だ!客は大人しく船室に引っ込んでろ!!」 ガウリイの後ろから来た船員が怒鳴りつけながらロープを手に仲間の元へ向かう。その時一際大きな波が船にぶつかった。 折れたマストの一部が落下し、一人の船員が負傷した。そのまま揺れる甲板から落下しかけた彼をすんでの所でガウリイが掴む。 「大丈夫か!」 「こっちだ、早く!」 船員達が駆け寄ってくる。 何とか引き上げた怪我人を船員に渡した時、再び大きな揺れが船を襲った。 とっさに船の手すりを掴んだ手が滑る。 「!?」 「あんた!」 近くにいた船員の青くなった顔が一瞬目に映り。 ガウリイの身体は暗い海に飲み込まれていた。 ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ 荒れ狂う水の力が暴力的な強さでガウリイを海中へと引きずり込んでいく。 息が苦しいはずなのに不思議とガウリイの心中は穏やかだった。 海は、自分の命より愛おしい者が生きる場所。 そこで死ぬのならむしろ本望と言えた。 …そういえば…初めてリナにあった時も海で溺れかけたんだったっけな… 目を閉じ、彼を海底へと引き込む水の力にその身を任せた。 …?… 唇に、何か暖かくて柔らかなものが触れた。そこから注がれた何かが喉を滑り落ちていく。 それと同時に息苦しさが消える。 驚いて目を開けたガウリイの前に、ふわりと豊かな栗色の髪が揺れた。 「何、やってんのよ」 怒りを堪えているせいだろうか、いつもより低い声。 「人間のあんたがこんな状態の海に落ちたら死ぬに決まってるでしょ!?しかも何で沈むに任せてるのよ。一応藻掻いてみるものでしょーが」 不思議な明かりに照らされた真紅の瞳が睨みつける。 「たまたまみんながあんたを見つけてくれたから良かったものの…もうちょっとで水死体の出来上がりになってたんだからね」 「見つけてくれた?」 「そうよ。ほら」 すぅっとイルカの群が二人の周囲を泳いでいく。その中の白いイルカがリナの傍らに寄り添うように近づいた。 「ガウリイを探してくれてたのよ。じゃなきゃ間に合わなくなるところだったんだから。 ……聞いてるの!?ガウリイ!」 「何でだ」 「え?」 「何で俺を捜した?」 リナの視線が険しくなる。 「本気で言ってるの?それ」 「あぁ」 頷くと目の前の人魚はただじっと見つめてきた。 「じゃあ、あれは嘘だったわけね」 「あれ?」 「あたしにちゃんと損害賠償するって言ったじゃないの。あれ、嘘だったというわけね」 「嘘なんかじゃない」 「じゃ、あたしをあそこから助けたら終わりだと?冗談じゃないわ。あたしへの損害賠償はね、そんなに安くはないの」 そう言いながら人魚の少女は白く細い指をガウリイの頬へ伸ばし……思いっきり引っ張った。 「あんたはあたしと一緒にいるのよ。あたしがいいって言うまで」 「いいのか?」 「何が?」 「俺のせいで、あんなめにあったのに」 少女はくすりと笑った。 「ちゃんと助けてくれたじゃない」 「あれは……ルナさんが必要な物を揃えてくれたから」 「その姉ちゃんに言われたのよ。首に縄を付けてでも連れてきなさいってね。あんたを神殿に連れてかなきゃ、あ・た・し・が姉ちゃんにお仕置きされるのよ。分かった? 分かったんならさっさと行くわよ」 すうっとさっきのイルカが近寄ってくる。 「この子に掴まって。急ぐから」 身を翻そうとする少女に腕を伸ばす。 「きゃ、こらちょっと」 「いいんだな、リナの傍にいても」 腕の中でリナは大げさに溜め息をついた。 「じゃなきゃわざわざ迎えに来たりしないわ」 するりと腕の中から抜け出してリナは笑った。 「ついてきて」 先に立って泳ぎだしたリナの後を白いイルカが追う。その背鰭に掴まってガウリイは彼女の後を追った。 やがて二人の前に、淡い輝きに包まれた壮麗な建物がゆっくりと姿を現していった。 第2部《魔炎激闘編》完 そして第3部へ…… 駄文のお詫び まず、このような駄文をずっとHPに載せて下さった飛鳥様にお礼申し上げます。 そして読んで下さった皆様。皆様の暖かい励ましのおかげで何とか第2部無事終了させることが出来ました。 けれど。まだ終わってないんです。何よりリナちゃんの役目とやらが全然出てきてません。それに関してガウリイが絡む理由も。 と、いうわけで。人魚姫第3部へ続きます。 今回思いっきり憎まれ役だったゼロスですが……場合によっては再登場するかもしれません。ま、出てきたところでどうせガウリイにやられる役なんですけど。どうなるかは未定です。 今まで本当に有り難うございました。 それでは、幕間その2へどうぞ。 |