人 魚 姫
――蒼天の龍 碧海の華――







第5話


 風を切ってペガサスが空を疾駆する。
「リナ……今行くからな……」
 防具の上から渡されたペンダントを押さえてガウリイは遥か前方へ視線を向けた。
 もうすぐ、夜が明ける。


           ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★


 絶えず立ち上る噴煙。辺り一面に立ち込める硫黄の匂い。
 活発に活動を続ける火山の中腹にペガサスは舞い降りた。
「うぇぇーーーっ、何なのよこの匂いーーーっっ」
 不意にあがる甲高い声。見るとペガサスのたてがみの間から小さな蝶の羽が覗いている。
 恐る恐るつついてみると……
「何するのよ!!………ってあら?」
 手のひらに乗りそうなくらいのサイズの青い蝶の羽を持つ少女は、目をぱちくりさせてガウリイを見上げた。
「あらヤダ、カッコイイ人間……(はぁと)」
「えーーっと……お前さん誰だ?」
「アタシはフェアリーのエリスよ。お兄さんは?」
「俺はガウリイっていうが……」
「ガウリイね。こおーーんなハンサムなお兄さんに会えるなんて、アタシってばラッキー♪」
 底抜けに明るいフェアリーにガウリイは面食らった。どうやらペガサスのたてがみの中で寝てたか何かしたようだが……
「それにしても、何でこんな所にいるの?ここって火山じゃない」
「ここに用があるんだ。危険だからお前さんはまたこいつにくっついて帰れ」
「お前さんじゃなくてエリスだってば。何で人間のガウリイがこんな所に用があるのよ。危険よ」
「どうしてもやらなくちゃいけない事があるんだ。それじゃあな」
 手を振って歩き出したガウリイをエリスは慌てて追いかけた。
「あいつと一緒に帰れよ。エリス」
「その前に答えて。今気がついたんだけどガウリイの持ってるその剣、海界の宝剣『光の剣』じゃない。なんでガウリイが持ってるのよ」
「宝剣?……ルナさんが持っていけって言ってたんだが……」
「ルナ!?次期“真珠の女王”に貰ったって言うの??」
 エリスは目を丸くした。ただのハンサムな人間かと思ったら一体何者なんだろう。こいつってば。
「それって門外不出の物よ。物知りのアタシだって“珊瑚の王女”が生まれた時の集いでちらっとしか見た事なかった物なのに」
「そんなにすごい物なのか?」
「あ・た・り・ま・え・で・しょ・う・が!!」
 エリスはガウリイの前で宙に浮いて腰に手を当て、指を振りながら言った。
「天界の光の祝福を受けた聖剣よ。はっきり言ってそれを人間なんかに持たせるなんて驚天動地、雨が下から降って太陽が西から昇って東に沈むようなものよ。よくもまぁ他の人達が許したものだわ」
「何かえらい言われようだな」
 エリスはガウリイの顔の前で肩をすくめた。
「仕方ないじゃない。人間ってあまりにもこの世界の理を無視しすぎているんだもの。中には多少わきまえた人もいるけど、基本的にほとんどの人はこの世界がどれほど絶妙のバランスで維持されてるか知らないじゃない。
 ……まぁ、アタシ達の方が人間とはあんまり関わりを持たないようにしてるせいもあるんだろうけどね」
「何も知らない……か。確かにな……」
 黙りこんだガウリイを心配そうにエリスは覗きこんだ。
「ゴメン。ガウリイ……怒った?」
「いや。エリスの言った通り、本当に何も知らないからな」
 知らずにいて。結果一番大切な者を奪われた。
 もっと早く彼女を取り巻く危険について知ろうとしていれば。ただ他の人間の事しか考えていなかった。
 二度と同じ過ちは繰り返せない。
 その為にも………
「エリス、本当にもう戻った方がいい。冗談抜きで危険なんだからな」
「………ぢつはアタシもそう思ったんだけど………」
 エリスがガウリイの肩にしがみつく。
「なんかもう無理みたい〜〜〜〜〜っっ」
 エリスが悲鳴を上げ。
 ガウリイにしなやかで強靭な風が襲いかかってきた。
 とっさに横へ飛び剣を抜く。
「サーベルタイガーよ!!」
 特徴的な二本の長い牙を持つ獣が、低く唸り声を上げ目を光らせる。
 金色に輝く瞳が油断なくガウリイを見据えている。
 ガウリイは剣を構えたままじりじりと移動した。少しでも気を抜けばその瞬間に襲いかかってくる。
 唸り声を上げていたサーベルタイガーが、ゆっくりと頭を低くしていく。
 ………来る。
 しなやかな身体が一気に跳躍する。同時に白銀の輝きが一閃した。
 重い音をたてて倒れたのはサーベルタイガーの方だった。一撃で首筋の急所を絶たれ、絶命する。
「……うそ。一撃で……」
 ガウリイの肩でエリスが呆然として呟く。
 当の本人はそれ以上サーベルタイガーには目もくれず歩き始めた。
「ガウリイ、あんたって滅茶苦茶剣の腕良いのね」
「そうでもないさ。何しろ絶対に守らなければならない者を守れなかったのだから」
「……その人の為にこんな所まで?」
「あぁ」
「ふう〜〜〜ん………」
 エリスはガウリイの肩の上にちょこんと座っていたが、やがて一つ頷くとガウリイの前にひらひらと飛んでいった。
「決めた。アタシ、ガウリイの手伝いする」
「おいおい、危険だって言ったのはお前さんの方だろ?」
「だから、よ。アタシこう見えても術だって使えるんだから。それにガウリイは魔族や火の魔物の事良く知らないでしょ?アタシが色々教えてあげる」
 そう言って、ウィンクを一つ。
「それにガウリイと一緒にいた方が安全そうだしね」
 それにこの人にここまでさせる相手の顔も見てみたいしね。
 心の中で呟いてエリスはガウリイの肩に座った。
「帰れと言ってもきかないようだな」
「えへへ〜〜〜♪その通り」
「騒々しいと思ったら。人間とフェアリーなんておかしな組み合わせね」
 こんな火山の石だらけの場所に似つかわしくない真紅の薔薇。
 その薔薇の蕾がふわりと開く。
「アルラウネ!?」
 真紅の薔薇の中央に、一人の少女が顔を出す。
「驚いたな。薔薇に女の子がくっついてる」
「くっついてるんじゃなくて、私はもともとこうなのよ。この花びらも私の身体なの。そんな事よりどうしてこんな所に?この近くには魔族の領域への入口があるのよ。命が惜しければ早く立ち去った方が身の為よ」
「知っているのか?魔族がどこにいるのか!?」
「まさかいくつもりじゃないでしょうね……」
「もちろん行くんだ」
 大袈裟にアルラウネは頭を抱えて溜息をついた。
「ずいぶんと命知らずな人間ね。どうしてまた?」
「大切な者をゼロスに奪われた。だから取り戻しに行く」
「ゼロスですって??……また随分厄介な相手を敵に回したものね」
 アルラウネはそう言うと火山の頂上を指差した。
「魔族の支配地域への入口は火口の中ほどにあるわ。確かほっそい道ならあったと思うけど」
「そうか。ありがとう」
「ねぇ、本当に行くつもりなの?」
「じゃなきゃこんな所まで来たりしない」
 笑って言うガウリイにアルラウネは肩をすくめた。
「待ちなさいよ。あたしの足元にある草、持っていきなさい」
「草?」
「あ〜〜〜っ、これってシルジアじゃない!こんな火気の強い所に生えてるなんてウソみたい」
 エリスはぱたぱたと飛んでいくと草を引き抜いてガウリイに見せた。
「これを煎じて飲むと少しの時間だけ空を飛べるのよ。もちろん煎じてるヒマがないならこのまま食べちゃってもいいんだけど。けどこれ、滅茶苦茶苦いんだよねぇ〜」
「生えてるだけ持っていけば良いわ。と言ってもそんなにあるわけじゃないけれど」
 アルラウネの足元の草を引き抜き、清水珠の入った袋の中に入れる。
「魔族は騙しの天才ぞろいよ。気をつけて。それから、いくらその鎧が強い防御の力を付与されているとはいえ、溶岩そのものの中に落ちたりしたらひとたまりもないわ。その事を忘れないで」
「ああ。色々ありがとう。それじゃあな」
 手を振ってアルラウネはガウリイ達を見送った。



 山頂に近づくにつれ辺りは噴煙に包まれていった。
「それにしても、本当ならこんな所に近づく事すら出来ないんだろうなぁ」
「当たり前よ。それにこの煙には毒が含まれてる。その鎧の加護がなければとっくの昔に窒息して死んでるわ」
 崩れやすい足元に注意を払いつつ、山を登る。
「エリスは大丈夫か?」
「こーやってガウリイにくっついてるから平気。それより頂上まで後少しよ」
 噴煙で一寸先すら見えなくなってくる。エリスが風を起こし、視界を晴らすと目の前に巨大なクレーターが顔を出した。
「ここが噴火口か」
「あ、あれが道!?道って言うよりあんなのはただの筋じゃない!」
 切り立った崖の道の先にぽっかりと顔を見せている洞窟が一つ。
「あそこが入口みたいだな」
「ねぇ、さっきのシルジアを使っちゃおうよ。こんな所を歩いて行くなんて自殺行為だわ」
「いやあれは帰りのために取っておく。どうにもならない時までは使わない」
「頑固ねぇ。落ちても知らないから」
 慎重に足場を選び、ゆっくりと歩みを進める。
 時折足もとの石が転がり落ち、真下の煮え立った溶岩の中に消えていく。
 何度もひやりとする場面に出くわしたが、何とか無事に洞窟まで辿り着きガウリイは息を吐いた。
「いよいよね」
 エリスがガウリイの金の髪を握り締めて呟く。
 ガウリイは無言のまま暗い洞窟の中に足を踏み入れた。





To be continue...










突発!言い訳コーナー

 あうう……ついに来ちゃいました。
 こっから先はえんえん戦闘シーンの山……私なんかのつたない文章力ではたして乗り越えられるのか!?
 今回はサーベルタイガー一匹ですんだけど、次からは……はぁ……
 こっから先ははっきり言って駄文中の駄文!
 書けるかなぁ……設定だけは頭の中にあるんだけど……
 ガウリイだけじゃ説明できないからフェアリーのエリスを出したけど……