白 鳥 の 湖


〜第八幕〜




 ハアッハアッハアッ、と、城を抜け出したリナ姫は湖にほとりで荒い息を整えよう
としました。二十年足らずの人生において、間違いなく最高速度を記録したのではな
いかと思えるほどの、見事な走りっぷりだったのです。息が切れるのも当然といえま
しょう。けれど、頬が紅潮しているのも動悸が激しいのも、走ったせいばかりではあ
りません。むしろ他の理由による所が大きいのではないでしょうか。
 「なっ何なのよ!?なんでこのあたしが逃げなきゃいけないのよ?ああっもうっ!
!それもこれもみんなガウリイのせいだわ!!いきなりあんなところであんなこと・
・・あんな・・・・・。ガウリイは本当は何を言おうとしてたんだろ?もしかしてあ
たしの一人よがりだったりしたら・・・恥だわ。ううううう、もう、わけわかんない
じゃないのよお〜〜〜」
 独り言が多いのは動揺しているせいですね。
 「まあまあリナ姫、これでガウリイ王子がただの変人ということがおわかりになっ
たでしょう?さあ、僕と一緒に行きましょう」
「ゼッゼロス!!なんであんたが追いかけてくるのよ」
 突然現われた気配にリナ姫が慌てた様子をみせ、袖口で目を擦ります。
 「おや、僕ではいけませんか?もしかしてガウリイ王子に追いかけてきて欲しかっ
たんでしょうか?」
「なっ、そんなわけないでしょっ!?」
売り言葉に買い言葉、真っ赤な顔でリナ姫が否定します。
「そうですよねえ〜そもそもあなたはたった今、ガウリイ王子から逃げ出して来たん
ですからねえ〜〜〜」
 照れ屋で天邪鬼なリナ姫を理解して完全に言葉を選んでいるとしか思えません。
薄々は察しても、だからといって素直になれるわけでもないのです。これこそ真の照
れ屋なり!!
 「だからって、あんたと一緒に行く理由はないわよ」
「何を仰いますやら。もはやあなたにかけられた魔法を解くことができるのは僕だけ
なんですよ?」
「・・・どういうこと?まるで何か方法があったのにあたしがそれに失敗した、みた
いな言い方ね」
「ああそうでしたね、リナ姫は全く何もご存知なかったんですよね。まあ今更どう
だっていいとは思いますけど。ゼルガディスさんとアメリアさんにはこう、お教えし
たんですよ。白鳥のあなたをそうと知りながらも心から愛する男性が現われ、その者
が皆の前で愛を誓ったならば、魔法は解けるでしょう。ただし機会は一度っきりで
す。とね」
 リナ姫が愕然とした表情になります。それが本当なら魔法を解く機会を自分の手で
潰したも同然なのですから。どうして前もって教えてくれなかったのか、二人に対し
て恨みがましい気持ちがつい、湧き起こります。けれど、その方法を知ったとして、
自分が素直に応じなかったであろうことも簡単に予測できます。恨むのは筋違い。
み〜んなゼロスとガウリイが悪いのよ、リナ姫はそう結論付けました。
 それにしても?
「こう教えた、ねえ?随分とわざとらしい言い方じゃない。なにか裏があるんでしょ
!?」
「さすがはリナ姫、僕をよく理解してらっしゃる。これも愛ゆえに、ですか。そう、
もう一つ条件があったんですよ」
さりげなく織り交ぜられたむかつく台詞は無視よ無視。と、誰かさんの影響を少し受
けているかもしれないリナ姫です。
「条件って?」
「相手、つまりガウリイ王子があなたを愛するだけでは駄目なんですよ。あなたも彼
を愛していなければ解呪の法は成立しなかったんです。まあ、あなたは僕を愛してい
るわけですから、隠すほどのことでもなかったんですけどね」
「あ・た・し・は!!あんたなんか愛してないってば。だいたい、そう思ってるなら
邪魔する必要なんてなかったんじゃないの!?」
「いやだなあ〜〜〜念には念をですよ。さあ、もういいでしょう?あなたを元に戻せ
るのはもう僕だけなんです。あなたが僕に愛を誓ってくれれば元に戻れるんですよ?
もちろんあの二人もね」
「絶対にイヤよ!!」
 リナ姫が拒絶の言葉を口にした途端、強風が彼女を襲いました。小柄な少女は押し
寄せる風圧によろよろと後退し、大木に背中を預けました。すると風はピタリと止み
ました。頭をかばうように顔の前で交差させていた手を下ろし、目を開けると、ゼロ
スが至近距離に迫っていました。
 リナ姫が虚をつかれた隙に、細い手首を拘束し、リナ姫の顔の両横で幹に押し付け
ます。さらに身体を密着させ、リナ姫の動きを完全に封じ込めてしまいました。
「・・・離れて」
「イヤです」
耳朶に触れるか否かの距離で囁かれた声がリナ姫の耳に生暖かい風を送ります。肌が
粟立ち肩に思わず力が入り・・・けれど畏れを気取られたくなくて、頭を可能な限り
ずらし怒りの込もった視線を叩きつけました。
「いいですねえ、僕はあなたのその瞳が大好きですよ」
ゼロスの冷たい唇が次に照準を合わせたのは、リナ姫の唇。ゼロスの視線からそれを
感じ取り、リナ姫の身体は激しい悪寒に襲われました。拒絶の意を表し硬直する体。
精一杯顔を背けながら忍び寄る気配に耐え切れず瞳を堅く閉ざします。
 「リナから離れろ!!」
声とともに放たれた短剣。
「おっと・・・危ないですねえ」
ゼロスが先ほどまで立っていた場所に短剣が軌跡を描きます。
 「ガウ、リイ」
 リナ姫と少女から離れたゼロスの間に割って入るようにガウリイ王子が駆け寄りま
す。
 背中にリナ姫を庇うように立ち、ゼロスを見据えるガウリイ王子からは血も凍るよ
うな殺気が漂っています。普段とはかけ離れた雰囲気にリナ姫は声もありません。
 「やれやれ、どこまでも邪魔をなさるおつもりですか。どちらにせよあなたを生か
しておくつもりはありませんでしたから、手間が省けたというものです。そう、あな
たの存在は僕の未来を脅かす」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!ガウリイに手を出したら許さないわよ!!」
「おいおいリナ、それは俺の台詞だろ。まあそういうトコがいいんだけどな。けど、
こいつは俺がやる」
 殺気を和らげつつもガウリイ王子が剣を構えます。
「ねえ、どうしてなの?ゼロス・・・なんでそこまであたしに執着するの?」
「僕はあなたのような人を待っていたんです」
「・・・あたしのどこがいいの?」
「僕を足蹴にしてくれる人」
絶句するリナ姫。
「気持ちはわかるな、うん」
「僕もあなたの気持ちがよくわかりますよ、王子様?けれど、だからこそ。リナ姫は
僕のものです」
「と、とにかく。ガウリイ、あんたにはここまでする義理なんてないじゃない」
「リナを愛してる。理由なんてそれだけで十分すぎるほどだろ」
 至極あっさりと、いとも簡単にこぼれ落ちた台詞。
 高鳴る心臓。けれど。苦しくない。むしろ心地よくて。嫌じゃない。きっと自分の
中にあるこの気持ちも同じだ。あたし、ガウリイが好きなんだ。リナ姫はようやくガ
ウリイ王子への恋心を自覚したのでした。
 「でも、あなたはここで死ぬんですよ」
「こう見えても俺は剣には自信があるんだぜ」
冷笑を浮かべ、どこからともなく呼び出した錫杖を鳴らすゼロス。
シャララーーーン。
「な、んだ・・・体が?」
片方の膝をつき苦しげに顔をゆがめるガウリイ王子。
「いくら剣の腕が優れていても、運動神経が野生動物並であろうとも。動けなければ
意味がないんですよ?」
 静かな足取りで動けずにいるガウリイ王子に歩み寄るゼロス。実に嬉しそうな、
いっそ穏やかとも思える笑みを浮かべ、ガウリイ王子を見下ろしました。
「許さないって言ったでしょ!?」
立ち上がることもできないでいるガウリイ王子に近寄るゼロスの前に、立ちふさがる
格好で。
「どういうおつもりですか?なぜその男を庇うのです?まさか本気で愛してしまった
のですか?その男を?王子様を?そんな馬鹿な」
心底不思議そうに問い掛けてくるゼロスに向かって、リナ姫は、はっきりきっぱり拒
絶の言葉を口にしました。
「馬鹿はあんたよ。何度も言ったはずよ?あたしはあんたが嫌い。あたしの心を無視
して、あんたはあたしを見ていない。好きになれるはずがないじゃない」
「だって、予定ではあなたは僕を愛してくれるはずだったのに。あなたを元に戻せる
のは僕だけなんですよ?」
「そんなのどうだっていい!!ガウリイは、ガウリイはあたしが白鳥でもいいって
言ってくれたわ。だから・・・ううん、そんなの関係ないのかもしれない。わからな
いけど、でも。あたしはガウリイが好き。この気持ちは・・・嘘じゃない」
「なるほど・・・・・あなたは僕の運命の人ではなかったということですね。仕方な
い。また、あなたのような人が現われるのを待つとしましょう。さようなら、リナ
姫」
 ゼロスの瞳に狂気が宿りました。いえ、それは初めて会ったときからそこにあった
のかもしれません。
 振り上げられる錫杖・・・縛られるリナ姫の体・・・それが振り下ろされたとき、
リナ姫の命は・・・消える。
 けれども、ゼロスの錫杖が持ち主の意思によって振り下ろされることはありません
でした。
 「え?」
 訳がわからないといった様子でゼロスは自らの胸に刺さる剣を見下ろしました。
 リナ姫を守るため、あらん限りの力を振り絞り突き出したガウリイ王子の剣が、リ
ナ姫に気を取られていたゼロスの胸を貫いたのです。
 「な、ぜ・・僕の何が、間違っていたんで、しょう・・・リ、ナ・・・」
 空虚な瞳が最後に浮かべたのは、彼が愛した少女の姿。
 その姿は、やがて灰になり、さらさらと風にさらわれていったのでした。
 人では在り得ぬほどの長き年月を生きた彼。
 その最期もまた、人ならざるものでした。

<王子様と初めて出会った湖のほとりに、お姫様が止め処なく涙を流しながら戻って
きました。城での出来事を知った侍女たちも悲しみに泣き崩れます。
 やがて、王子様がお姫様を追ってやって来ました。そして、今度こそ本当のお姫様
に愛を誓ったのでした。
 ところが、悪い魔法使いが王子様に襲い掛かり、二人を引き離そうとします。
 傷つきながらも、王子様は勇敢に戦います。お姫様たちは、ただただその様子を見
ていることしか出来ません。
 そしてとうとう、王子様の剣が魔法使いの胸を貫きました>

 「あ〜あ、結局魔法は解けないままか、ま、しょうがないわね」
「そうだな」
「ゼッゼル?アメリアも、いつからそこにいたのよ」
「たった今だ。アメリアがショックから中々立ち直れなくてな。・・・さらに酷く
なったようだが」
 ゼルガディスの足元に座り込み、ゼロスが灰になった付近を見つめ、アメリアが呆
然と涙に暮れています。
 「ああ、この世で結ばれぬ定めの二人ならいっそ誰にも邪魔されない夢の国で幸せ
になりましょう」
滂沱の涙を流しつつ、突然立ちあがったアメリアは、ガッシリとゼルガディスの腕を
捕まえます。
「お、おい、アメリア?」
「さあっゼルガディスさんっ!二人だけの愛の国へ、いざゆかん!!」
自分より身体も大きくさらには力も上回る青年を、何処からくるのかわからないパ
ワーで引きずって、アメリアは断崖へと向かいます。
「ア、アメリア?まさか、まさかとは思うが・・・」
「大丈夫、二人でならどんな苦難ものりこえられるはずです!!
乗り越えようとしている方向が間違っているのではと内心考えながら、ジリジリ後退
しようと無駄な努力中のゼルガディスに構わず。彼の腕を抱えたまま、酔いに酔いま
くったアメリアは崖から湖へと身を躍らせたのです。
「なんて、なんてロマンチックなんでしょう・・・」
「俺は嫌だああああああ〜〜〜〜〜」

 ザッバッーーーーーンッ!!!

 ・・・・・・・・・・。

 「って、ボケッとしてる場合じゃなーーーい!!助けに行くわよガウリイ!!」
「え〜〜〜、ほっといても大丈夫だろ?ゼルが一緒なんだから。そんなことよりもう
すぐ夜が明けちまうぜ。その前に色々やりたいことが・・・」
「何わけのわかんないこと言ってんの!!ゼルがかなづちなのよっ!!さっさと行か
んかあーーー!!」
 心通じ合ったばかりの少女と、彼女が人間であるうちに色々と愛を語り合おうと夢
見ていたガウリイ王子の願い虚しく。彼は愛する少女に湖へと蹴り落とされてしまっ
たのです。
 ハシッ!!
 え?
 ガウリイ王子の一途な願いがほんの一部分だけ天に届いたのでしょうか。
 伸ばした手が掴んだのはリナ姫のドレスの裾。当然のごとくリナ姫も・・・。
 「何であたしまでえーーー!?」
 こうして四人が四人とも湖に身を躍らせることとなったのです。

<魔法使いが死んでしまっては、もう魔法を解くことは出来ません。
 悲しみのあまりお姫様は湖に身を投げてしまったのです。
 お姫様のいなくては、この世に何の楽しみもない、生きる望みが失われたように
思った王子様も。お姫様の後を追い、断崖から身を躍らせたのでした>

 しばらしくして、湖の岸辺にたどり着いた四つの影がありました。
 「ま、まったく・・・酷い目にあったわよ。ちょっとアメリア、悲観してる暇が
あったら人生もっと前向きに考えなさいよ」
「ま、まったくだ。たしかに俺はこんな姿だが。俺自身こんな姿は嫌だが。お前は俺
が嫌いか?アメリア」
 もともと不健康そうな顔色をさらに奇妙奇天烈な色(溺れかけて気分が悪いのと照
れているのが混ざった色のようです)に染めて、ゼルガディスがなんとか言葉を紡ぎ
ます。
「そっそんなこと。ゼルガディスさんがどんな姿であろうとも、私はゼルガディスさ
んが好きです」
「ならば、問題はなかろう」
「はい。はい、そうですね。私ったらなんてことを。ゼルガディスさん、リナ姫、ガ
ウリイ王子、ご迷惑をおかけしました。私はもう大丈夫です。これからはゼルガディ
スさんとの愛の力で世間の荒波をのりきってみせます!!」
 「世話が焼けるわね、全く。最初っからそう言ってれば濡れ鼠にならなくても済ん
だのに」
 憎まれ口の中にもほっとした様子が見て取れます。
 「・・・・・朝日が昇りますね」
 東から白々と明けてゆき、空が徐々に赤く染まりつつあります。
 太陽が顔を出す前にその光は辺りを照らしてゆきます。
 魔法の効力が発揮する時間です。
 朝の光が魔法にかけられた三人を照らしました。
 朝日を浴び、三人は再び白鳥の姿へと変わる、はずの瞬間。
 「どうして・・・・・?」
 リナ姫も、そしてゼルガディスとアメリアも。人のまま。白鳥の姿には変わりませ
ん。
 自分が死ねば魔法は一生解けないという言葉は、ゼロスのハッタリだったのでしょ
うか。それとも。
 驚きに目を見張る彼らを尻目に、お気楽ガウリイ王子。難しいことは考えたって仕
方ないだろ、といわんばかりに。
 「いいじゃないか、愛の奇跡ってことで」
「・・・馬鹿」
「そんなことより、リナ」
 ガウリイ王子が顔を引き締めます。真実の愛を視線にのせて、リナ姫を見つめま
す。
「父上と母上にちゃんと紹介したいんだ。一緒に来てくれるか?」
「・・・仕方ないわね。そのかわり!!あんたもうちの姉ちゃんにちゃんと挨拶しに
来てよね!?」
「ああ、正式に求婚の手続きをしないとな」
「ふん」
 そっぽを向いたリナ姫の頬が赤く染まって見えるのは、おそらく朝日のせいだけで
はないのでしょうね。

<夜が明け、湖に朝日が射しました。すると、どうしたことでしょう。湖に沈んだは
ずの恋人達が光に包まれて浮かび上がってくるではありませんか。そのうえ、お姫様
も侍女たちも白鳥の姿に戻りません。
 王子様とお姫様、二人の愛が奇跡を起こしたのです。柔らかな朝日の中、幸せな恋
人たちは魔法が解けたことを喜び合ったのでした>
 
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な、なんとか。ケリがつきました。(嬉)
長かったよなあ〜〜〜予定の倍の長さになっちゃいましたし。
ではでは読んで下さっている皆様、9月までさようなら、です。戻ってくるつもりは
あるんですけど。なんかもう書く気力が無くなってるかも。で、でも・・・書かない
と極道っすよね。やっぱり。これで終わりだよ〜んって、断言してれば問題ないだろ
うけど、終幕残ってます、って宣言しちゃってるから。元々怠け者大王ですからね
え、私。どうなることやら。
さあて、別の宿題に取り掛からないと・・・。(爆汗)
最後(?)に飛鳥様、長い間ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。精一杯
の感謝を・・・・・言葉に込めるだけ(汗)ですが。ありがとうございました♪