白 鳥 の 湖 |
〜第7幕〜
ガウリイ王子とリナ姫の出会いから三日目の夜。 いよいよお城でのパーティーがはじまりました。 この時を待ち望み、日中の行事を上の空でこなしたガウリイ王子の瞳が、探し求めるのは、ただ一人の存在。そして王様とお妃様もそのお相手を今か今かと待っておいでなのです。 きらびやかな城中では国内外の重臣が顔を並べ。王子様のご友人たち、そして、かつては王子様のお嫁さん候補だったお姫様方も。元々、王子様の結婚相手を決めてしまおう、という目論見が多分にあったパーティーでしたから、大勢のお姫様方にも招待状をばら撒いていたのです。ゼルガディスの持っているそれも、ばら撒かれたうちの一つです。もっともリナ姫という存在が現れた以上その招待状は不要なのですが、いまさら回収するわけにもゆかず、期待のこもったお姫様方の眼差しは一心にガウリイ王子へと注がれています。ガウリイ王子の心に届いていない様子なのは一目瞭然ですけれど。 パーティーも中盤に差し掛かった頃、一人の小柄なお姫様が到着しました。ガウリイ王子の言っていた特徴にそのまま当てはまる姿を見て、王様とお妃様が安心したように顔を見合わせます。 『ちっちゃくて柔らかくて、滅茶苦茶可愛いんだぜ。栗色の髪がふわふわで、赤い瞳がきれーなんだ。キラキラ輝いててルビーみたいに。元気だし照れ屋だし、よく食うし。ああそうだ、名前はリナっていうんだ。名前まで可愛いよな〜〜〜』 夢心地で語るガウリイ王子に、頭の痛くなった王様ですが、お妃様は幾分冷静でした。 「リナというともしや。お隣のルナ女王の妹姫、リナ姫ですか?」 「え?さあ?リナはリナだし。ああでも、ゼルとアメリアはリナ姫って呼んでたかな。帰る方向もそっちだったし」 「お前なあ〜〜〜相手の素性くらい把握しとけよ」 更に頭の痛くなった王様に、ガウリイ王子は微笑み返しました。 「素性なんてどうでもいい。リナはリナだから」 わずかに間を置いて、やれやれといった様子で肩をすくめた王様ですが、お妃様と見交わした視線は、満足そうなものでした。 それにしても、世間とはよく出来ている、と思わずにはいられないお二人です。 リナ姫といえば、辣腕で知られるルナ女王の妹姫。可憐な美少女でありながら、その才能はさまざまな方面に発揮されているとか。とくに経済・文化という分野に対しては並々ならぬ手腕の持ち主であると。まあだからこそ、多少風変わりなところもある、との評判もあります。しかし、容姿と体を動かすこと以外には全くもって無能なガウリイ王子には最良のお相手、と言えるかもしれません。 周囲よりも一際小柄な、けれどとても愛らしい少女がぼんやりしているガウリイ王子に歩み寄ります。はにかんだ表情で「ガウリイ?」と、上目遣いに王子様を見つめる様は可憐です。ところがどうしたことでしょう。ガウリイ王子の視線は今尚何かを求めて彷徨っています。そんなガウリイ王子に、少女が苛立たしげに声をかけます。 「ちょっとガウリイ!!あたしのこの姿が目に入らないの!?」 王様とお妃様が不審に思ってガウリイ王子に近づきます。 「どうしたのですか?ガウリイ。そちらはあなたの待ち焦がれていたリナ姫ではありませんか?」 「リナじゃない」 ボソリと漏らされた呟きに王様が眉をひそめました。 「どこからどう見てもお前のリナ姫じゃねえか」 「そうよ!!あたしのどこがリナじゃないって言うのよ!?」 腰に両手を当ててぷんすか怒っているその姿は間違い無くリナ姫としか思えません。 「ねえガウリイ」 少女がガウリイ王子に触れようと手を伸ばしました。それを見たガウリイ王子の瞳に冷酷な光が宿ります。目を細めうるさそうに少女を一瞥し、ガウリイ王子はその太く逞しい腕を勢いよく振り払いました。うなりを上げて少女の左側頭部を直撃。バキイッ!!という痛々しい音とともにぶっとぶ、少女の小柄な体。 死にも等しい静寂が大広間を支配しました。音楽は止まり、会話は途切れ、人々は息を呑みます。誰もがその惨状を、信じられないといった面持ちで呆然と眺めました。 そして。 静寂は一人の少女の出現により打ち破られたのです。 誰もが目を皿にしました。ガウリイ王子を除いては。そう、その少女は。ガウリイ王子に殴り倒された少女にうりふたつ、全く同じ外見をしていたのですから。 侍女のアメリアと別れ、大広間に案内されたリナ姫は、異様な緊張感に包まれました。盛大なはずのパーティーは水を打ったように静まり返り、その場に入った自分には驚愕の含まれた視線が集中します。 リナ姫が・・・なっ、何なのよ?この雰囲気。あたしまだ何もやってないわよね!?と、不安になったとしても仕方ありません。 しかしリナ姫の瞳が、この異様な雰囲気の元凶らしきものを捉えます。ぱあっと顔を輝かせたガウリイ王子から少し離れた場所で、自分と全く同じ姿の人間がよろよろと立ち上がろうとしていたのです。 リナ姫が口を開くよりも先に、ガウリイ王子の弾んだ声が大広間に音を回復させました。 「リナッ」 嬉しそうな笑顔で一直線にリナ姫へ突進したガウリイ王子は、ぎゅむっとリナ姫を抱きしめます。 「なっ?ななななな・・・???」 真っ赤な顔で口をパクパクさせるリナ姫にお構いなしで、ガウリイ王子の弾んだ声が大広間には響き渡ります。 「リ〜ナ〜会いたかったぞ!?昨日はさあ〜ゼルの奴が、明日の準備があるだろうからもう帰れって言ったからさ。リナにお別れできなかっただろ?寂しくて寂しくて死にそうだったんだ」 「わ、わかった。わかったから、放せ〜〜〜!!!」 人前で抱きしめられた照れ屋なリナ姫は、ガウリイ王子の言葉を理解する余裕など無く。ただただ逞しい腕の中でもがき続けます。あんまりリナ姫が嫌がるので。とても、とっても残念そうにガウリイ王子はリナ姫を解放しました。ただし今度は両手をしっかり握り締めます。 「リナ」 少しはマシな状況に気を取り直したリナ姫は、ガウリイ王子の呼びかけに顔を上げ、その真摯な眼差しに心臓が高鳴るのを感じました。 一方外野では、当然ですが事の成り行きについていけません。 「一体どうなってんだ!?あっちが本物なのか?ってことはこっちは・・・」 王様達が偽者らしきリナ姫に目を移すと、かつてリナ姫の姿をしていた者がみるみる闇を纏い別人へと、いえ、本来の姿へと戻ったのです。 「ゼロスッ!!」 視界の端にそれを認め、リナ姫が鋭い声を放ちました。 「途中で随分邪魔が入ると思ったらやっぱりあんたの仕業だったのね!?」 肯定するように目を開けうっすらと笑みを浮かべたゼロスは無造作に王様の側に近寄りました。いつのまにか手にしていた短剣の切っ先が触れるのは、王様の喉元。 「やれやれ。もう少し時間が稼げると思ったんですけどね。おかげで予定が狂ってしまいましたよ」 涼しい顔のゼロスですが、鼻血がチョロリと流れています。 時間があってもなくても予定なんてガウリイ王子に狂わされているのでは!?というツッコミを入れられる者はこの場には存在しません。ゼロスから発せられるあまりにも禍々しい瘴気に失神する者も続出です。 「ゼロス・・・あの悪名高い魔法使いか・・・」 人質となった王様が苦々しげに呟きます。 「悪名高いかどうかは存じませんが、たぶんそのゼロスです」 にっこりと笑う顔。けれどとても笑っているようには感じられません。 「さて、ガウリイ王子?」 ご自分の父親が悪い魔法使いの人質になっている頃、ガウリイ王子は何をなさっておいでだったのでしょうか。いまだリナ姫の手を握り締めた状態でゼロスには背を向けたまま、つまり王様が人質になっているのも素知らぬ様子。ひたすら熱心にリナ姫を見つめ続けていたのです。 「・・・・・おいっ」 王様が不平を漏らしたとて、誰が責められましょう。 「リナ、リナに伝えたいことがあるんだ」 ピクピク。 ゼロスの眉が引きつったのは気のせいではありません。と、王様の眉も。 「あ、あの?お父様が・・・」 「気にするな」 「って・・・」 ガウリイ王子の現状を無視する態度にリナ姫は困惑を隠せません。リナ姫に限ったことではないでしょうけれど。 「いいんだ、母上ならともかく父上だから」 「なるほど」 即座に納得したのは誰なのか。 「ミリーナまで・・・」 涙目の王様が実に憐れを誘います。 そんなんでいいワケ!?リナ姫の思いは大広間全体にほぼ共通していたに違いありません。 「ガウリイ王子!!リナ姫から離れてください。もし、それ以上口を開いたら・・・王様の命はありませんよ?」 ゼロスの脅迫にガウリイ王子は屈する気配を見せません。リナ姫の方がかえって焦ります。それに・・・ガウリイ王子の視線に心が落ち着かないのです。 「ね、ねえ。」 何とかガウリイ王子の意識を後方の事態に向けさせようと、リナ姫が言葉を紡ぎます。 「なんか、ゼロスが鼻血出してるみたいなんだけど。何かあったの?」 「さあ?ちょっと横にどいてもらっただけだけど?」 『ちょっと!?』 ガウリイ王子とリナ姫以外の大広間の住人の心は今!一つになった!! 「そ、そう・・・あ、あの・・・ゼロスがあたしに化けてたみたいだけど」 「そうか?」 「そうかって、そっくりだったじゃない」 「俺のリナは、今、目の前にいるリナだけだ。あんなのとリナを見間違えたりしないさ」 カアッとリナ姫の血が足の先から頭のてっぺんまで瞬時に沸騰します。視線を彷徨わせ、返す言葉もなく俯いてしまいました。赤く染まった頬をガウリイ王子が両手で挟み、優しく、けれど力強く上向かせます。おずおずと困りきった表情でガウリイ王子を見上げたリナ姫は、ガウリイ王子から瞳を逸らせなくなってしまったのです。 「リナ」 情熱に掠れたガウリイ王子の声がリナ姫の耳に届いた時、リナ姫の心臓は早鐘のごとく鳴り始めました。ガウリイ王子の先に続く言葉に何かを期待し、そんな自分を自嘲し、人前での行為に恥じらい・・・様々な感情が複雑にせめぎあい、リナ姫を極度の緊張が襲います。 ガウリイ王子は台詞を続けることが出来るのか、はたまたゼロスの妨害は成るか!?緊迫の一瞬。 見事他者に先んじたのは・・・・・リナ姫だったのです。 「いっいやあああああーーーーー!!!!!」 絶叫と共に自分の頬に伸ばされた腕を掴んで体を宙に浮かせ、ガウリイ王子の鳩尾に両足蹴り!!ガウリイ王子がよろめいた反動を利用して飛び退ると。 「こっこんな人前で・・・乙女心を何だと思ってるのよ!?ガウリイの馬鹿あ〜〜〜!!!」 心臓の鼓動が限界点に達したリナ姫は、緊張と羞恥のあまり瞳いっぱいに涙を湛え、脱兎のごとく城から走り去ってしまいました。 不意打ちをくらい膝をついて鳩尾を押さえたガウリイ王子の情けない声が大広間に響き渡ります。 「リ〜〜〜ナ〜〜〜」 「はっ、ははははは!流石はリナ姫。僕の計算通りです。リナ姫の魔法を解く機会は一度きり!!今夜それが失敗した以上リナ姫は名実ともに僕の物です!!」 頬に一筋の汗を流しつつも高らかに宣言し、飛び去っていくゼロス。負けじとガウリイ王子も復活します。 「リナは俺のモンだああーーーーー!!!誰にも渡さ〜〜〜ん!!!」 おそらくはリナ姫を追ったであろうゼロスを追いかける形で、ガウリイ王子も城を飛び出したのでした。 「あれもガウリイ王子の偽者だったりして・・・」 誰かが無理やり冗談めかしてもらした台詞を否定できるものはなかったとか。 そして、城の外で突っ伏している二つの影。それはゼルガディスとアメリアでした。二人は窓から大広間の出来事を窺っていたのです。 「なんで、何でこうなるんだ!?俺の助言は完璧だったはずだぞ!?そうだ、途中まではうまくいってたんだ。それなのに・・・間を取りすぎなんだよ。なぜリナ姫が真っ赤になっている隙に告白してしまわなかったんだ?あの王子様のことだ・・・どうせ真っ赤なリナも可愛いなあ〜〜〜などとリナ姫にぼんやり見惚れてたに違いない。ああ〜〜〜〜〜俺は一生このままなのか!?あの王子様のせいでーーー!?」 「うううううっ、私達、一生結ばれることのない運命なんですかあ〜〜〜?なんて残酷な運命、なんという悲劇!!」 「と、とにかく。リナ姫が危険だ。追いかけるぞ?アメリア、アメリア!?」 悲劇の余韻覚めやらぬアメリアを引っ張って、ゼルガディスもリナ姫の後を追ったのです。 <お姫様の魔法を解くことが出来るのは真実の愛の力。皆の前でお姫様に心からの愛を誓うことで魔法は解けるのです。しかしパーティーの夜。悪い魔法使いに騙された王子様は、偽のお姫様に愛を誓ってしまったのです。悪い魔法使いの妨害により城への到着が遅れたお姫様はそれを知って、悲しみのあまりお城から走り去って行きました。自らが犯した過ちに深く打ちのめされた王子様はしかし、今度こそ真実の愛を誓うためにお姫様の後を追ったのです> ――――――――――――――――――――――――― 諸々の事情により書くペースが乱れてしまいました。もし続きを楽しみにしてらした方・・・いらっしゃるかどうかわかりませんけど、この場を借りてお詫び申し上げます。 さて今回は。妄想ガウがなんとか落ち着いてくれました。かわりに暴走している節がなきにしもあらず。それにしても出会って三日だったとは。恐るべし。(汗) そして次回、〜第八幕〜にて、決着がつきます。それをもって『白鳥の湖』はお休みさせていただきます。そう〜終幕〜は9月ということになってしまうのです。理由は・・・私事により、とでも申しましょうか・・・。掲示板をご覧の方はある程度ご存知でしょうが・・・。それに加えて生意気なことを言ってしまえば、書き手の都合、というものも・・・。(爆汗) 第八幕でケリがつきますのでたぶん問題はないかなあ〜〜〜なんて。誠に勝手ではございますが、お許し下さいませ。(土下座) |